第5話 大会とは名ばかりのお遊び4

「――ぼさっとしてないでさっさと整列ッ!」



 審判を務める体育教師の語気を強めた呼びかけに怖気たか、慌てるようにして並ぶ。



「よし――それではこれより機械科二年Bチーム対情報技術科二年Bチームの試合を始める。礼ッ!」

「「よろしくお願いします」」



 挨拶を交わし、各々が位置につく。



「え、ど、どうして?」



 そんな中、センターサークル内にいる二人のうち一人、情報技術科の長身の男が戸惑いの声を上げた。



「なにか?」



 一方もう一人、我がチームの新薗は舐められているとでも思ったのか棘のある声音で敵意をむき出す。



「い、いえ……なんでもないです」


 縮こまる長身の男を見て満足したのか、ふんと鼻を鳴らす新薗。


 なんでもないことはない、きっと奴はこう思っている……『どうして他にも背が高い奴等がいるのに、よりにもよって新薗がジャンプボールを任されてるんだ!』と。


 センターラインぎりぎりまで近づく新薗に対し、長身の男は土俵際いっぱいまで後ずさるが、ほんの少しでも下がれば反則となるギリギリのラインでなんとか踏みとどまった。無条件でこちらにボール保持権が渡るチャンスはなくなる。


 がしかし、奴は接触を恐れ飛ぶことを放棄している。中立であるのは表面上だけ、実質ボールの保持権を握っているのはこちら側だ。


 悪く思わないでくれ……同士よ。


 審判が真上に放ったボールは最高点へと到達し、やがて重力に逆らえず落下する。そのボールに反応したのはやはり新薗だけ。もう一人は地に根を張ったかのように動かず、ただ唇を浅く噛み取られゆく様を見守ることしかできずにいた。



「――小暮君ッ!」

「な、ナイス、新薗さん」



 新薗のタップしたボールは木暮へと渡る。



「――よしッ! 作戦通り〝DT〟でゴールにねじ込んでこいッ!」



 小暮と新薗に向かって俺は声をかけた。


 まず動きを見せたのは小暮、その場でタンッ、タンッ、とリズムを刻むようにしてドリブルを突く。続けて新薗は小暮に背を向け前に立つ。そしてそのまま――、



「う、嘘だろ⁉」

「何考えてるんだ相手はッ!」



 ゴール下で守備を固めている敵陣へと一直線に突っ込んでいった。



「――ちょ、無理無理無理ッ!」

「――お、俺にはまだ早いってッ!」



 勢い緩めぬまま前進する新薗と小暮に動転する相手は猛将に恐れをなした雑兵のようにゴールまでの道を開け、時来たりと新薗の後ろから飛び出た小暮が華麗にレイアップシュートを決めた。



「「「おおおおおおおおおおおおッ‼」」」



 一連の流れを目撃していた観衆から歓声が上がる。いや歓声とはまた違うな、どちらかというと初めての光景を目の当たりにした驚きに近い。


 まあそんなことはどうでもいい、取り敢えず二人に称賛でも送っておこう。



「ナイスシュートだ小暮! それに新薗もナイスアシスト!」

「あ、あはは……あ、ありがとう花川君」



 困ったような笑みを浮かべる小暮。褒められ慣れていないから、というよりはこれで褒められるのはちょっと……みたいな雰囲気を漂わせている。


 一方自陣に戻ってきた新薗は不満を表すようなジト目で見つめてくる。



「どうかしたか?」

「いえ別に。姑息だな、と思っただけよ」



 それだけ言い捨て、俺からボールを保持する者へと視線を移した新薗。


 なるほど、さすがに気付いたか……ま、あれだけ露骨じゃな。


 新薗はただ走っていっただけだというのに、あいつ等は立ちはだかりもせずゴール下をがら空きにした。バスケというスポーツにおいて異様、不自然極まりない。


 にしても、ここまで見事にはまるとは……やはり俺の目に狂いはなかったようだ。


 新薗、もとい女子が錠となり童貞は鍵、そして開かれた先に現れるは勝利への階段。女子と童貞が交わる時、俺の策が真価を発揮する。



「この調子でガンガン行くぞ!」



 俺は自チーム全員に発破をかける。


 〝DT〟…………正式名称〝童貞殺しの中央突破〟の威力、申し訳ないが存分に味わってもらうぞ!


     ***


 〝童貞殺しの中央突破〟を前にチェリー達は成すすべなく、短い時間ながらも24―0と好成績を残して機械科Bチームは初戦を勝利で飾った。


 そしてしばらく経ち迎えた準決勝、相手は土木科だ。恐らく卒業生の割合の方が多く〝童貞殺しの中央突破〟の効力はいちじるしく弱まるだろうと予想した俺は別の作戦を用意し試合に臨むが…………、



「――まったく……えー十分経っても土木科Bチームは来なかったので棄権という形で機械科Bチームの勝利とする」



 どうやら必要なくなったらしい。まさか不戦勝で決勝への切符を得られるとは、素晴らしい。


 程なくして隣のコートから試合終了を知らせるブザーが鳴り響いた。Aブロックも決着がついたらしい。


 勝ったのは……建築科か。


 勝利の喜びを分かち合う面々を遠目に見て俺はそう判断した。


 そして観衆の視線をかっさらう人物、歓喜に飛び跳ねる度にボウィン、ボウィンとおっきなおっきなメロンを揺らす桜美春風さくらみはるかへと目をやった。


 チーム編成は俺達と同じで野郎四人に女子一人……これは相当厄介だな。


 新薗はこのチームの要、けれど決勝では間違いなく桜美にマークをつかれ封じ込められる。男女の人数が丁度割り切れることからして確実にそうなると考えておいた方がいい。となると童貞もヤリ〇ンも関係なくなる単純な実力差で勝敗が決まるわけだが……、



「ちょっといいか小暮。あの中でバスケ部の奴はいるか?」



 建築科の戦闘力を知る為に、同じく隣のコートを見つめていた小暮に俺は訊ねた。



「い、いるよ、二人」

「そいつらは強いか?」

「うん……少なくとも僕よりかは全然強い……」



 自らの技術を基準にして二人が強者であると口にした小暮。どこか勝負を諦めているようなその声音に俺は「そうか」と短く返し、再び桜美へと視線を戻す。


 実力でも劣っているとなるとやはり桜美をコートから引きずり降ろして新薗を紅一点にするしかないか……だが問題はどうやって引きずり降ろすかだ。


 ボウィン、ボウィンと上下に揺れる桜美の胸を目で追いながら黙考する……が、そう都合よくは思い付かない。



「珍しく真面目な顔をしているかと思えば……あなたやっぱり最低且つ変態ね」



 桜美の胸を目の保養にしているとでも捉えたのか、近くにいた新薗に軽蔑の眼差しを向けられる。



「誤解だ。こう見えて頭の中では真剣に考えている」

「そう。好きにしたら」

「いやだから好きで見てるわけじゃなくて――っておいッ!」



 新薗は俺の言葉を最後まで聞かずにスタスタと去っていく。新薗だけじゃない、もう体育館にいる意味がなくなった他の機械科連中もだ。


 この場に居ても仕方ないか。俺は最後にもう一度だけ桜美を一瞥いちべつして、前を行く新薗達の後に続いた。


 ちなみに後から知ったことだが、どうも土木科は準決勝の開始時刻を勘違いしていたらしく、学食で早めのランチを嗜んでいたらしい。ほんと、お盛んなことで。

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