第7話 大会とは名ばかりのお遊び6

 にしても小暮はさっきから何をしている?


 ボールを受け取ってからというもの、小暮はその場でドリブルを突くだけで動こうとしない。対峙する4番と腹の探り合いでもしているのかとも思ったがどうやら違うよう。



「悪戸君ッ」

「――え、俺⁉」



 攻撃の要である小暮はあろうことか敵陣に切り込もうとすらせずに離れた位置にいる悪戸へとボールを放った。


 しかし受け取る側が素人であることを考えていない配慮の欠けた速度あるパスは悪戸の手を掠めてコート外に。



「わりぃ、取り損ねた」

「こっちこそ……ごめん」



 暗雲立ち込めるとはまさに、職務放棄とも取れる小暮の行動に開始早々からチーム内に重苦しい空気が蔓延する。対する建築科共は「はいラッキーラッキー」と士気向上と挑発を兼ね備えたような声を上げる。



「気にするな。切り替えていくぞ」



 本当ならすぐにでも小暮を問い詰めたいところだが更に空気が悪くなるかもしれない懸念が拭えない以上、下手な真似はできない。今の俺にできることは最低限の励ましだけだ。



「え、新薗さんじゃないの?」



 攻撃から一転して守備の時間。俺が桜美をマークすると彼女の口から疑問が零れた。



「誤解される前に予め言っておきますけど決して邪な気持ちで、とかではないのであしからず」

「う、うん。でも別にそこまでは――」



 とそこで桜美にボールが回り言葉は遮られ、『武士もののふよ、剣を交えて語り合おうぞ』みたいな状況が出来上がる。


 〝DT〟の生みの親である俺がここで屈するわけにはいかない……意地でも守り抜く。


 俺が姿勢を低くし構えるのを見て、桜美も左右にボールを行き交せるドリブルで揺さぶりをかけてくる。


 誤算……だったぜ。まさかこれほどとは。


 腰を落としたせいで景色が変わり、俺の目の前には桜美の動きに追従して∞をなぞるようにして揺れる胸が現れた。


 あの胸、俺を惑わしにきてやがる!


 それは無限大の力を秘めているという胸の暗示か。現に俺はボールを目で追っているつもりでいても気付けば桜美のふくよかな胸に釘付けになってしまっている。集中力を乱されてしまっている。もはやどれが本物のボールかも区別がつかない。


 落ち着け俺。ボールを、真実だけを捉えるんだ。ボールを、ボールだけを、真実を、真実だけを…………でも、もし俺がボールではなく二つあるまやかしのどちらかに触れてしまったらどうなる? ファウルだけで済むのか? いや済むはずがない。というより試合からじゃなく社会からの退場が余儀なくされるに決まってる。



「――えいッ!」



 速い、とはお世辞にも言えない。けれど俺は手も足も動かせなかった。皮肉なことに昨日の跳べなかった情報技術科の男と全く同じだ。


 振り返れば俺を置き去りにした桜美はゴールへと一直線に駆け、ネットを揺らした。


 ――――――――――――――。


 先制点を許してからというもの試合は一方的な展開、一セット目が終了する間際でスコアは28―3と建築科に大きく差をつけられている。


 点数を荒稼ぎするのは主に4番と桜美、言い換えれば小暮と俺の守備がざる。反対に俺達機械科は吉田のまぐれスリーポイントのみ。


 端からリードできるとは思っていなかった。劣勢になると見越し、それでも最大限差を広げられないようにする為の指示だったのだが……まさか小暮にそむかれるとはな。


 残り時間は二十秒を切った。正対する桜美はボールを弾ませ続けるだけで攻めてくる気配は感じられない。欲をかかずこのまま終了を迎えるつもりだろう。


 さすがにこの点差をひっくり返すのは無理か……どれ、俺も絶景とやらを特等席から堪能するとするか。


 どうせ負けるならと俺は弾むボールから桜美の揺れる胸に目を移した。


 改めて見るとやっぱ大きいな……うぉッ⁉ ちょっとやばいでしょ今の揺れ方、どうなっちゃってのよほんとにもう!



「い……いや……」



 不意に桜美の胸の揺れが収まり、見ればドリブルをやめていた。惰性で弾むボールは次第に音の間隔を短くし、やがてだらしなく転がる。


 なにごとか?と前を向けば桜美は顔全体を真っ赤にし、あわあわと唇を震わせていた。桜美の目は俺の瞳を捉えていない、それよりも下。


 動きまわったせいではない、明らかに恥からくる紅潮。だとしたら彼女は一体なにを見つめ恥じらっているのか。気になった俺は桜美の視線追って……そして知る。


 あ……ああ……あああ…………ああああ………………。


 己の陰部が位置する辺りが桜美の胸に負けじとパンパンに膨れ上がっていることに。



「――いや! 気持ち悪いッ!」

「うおッ―――――」



 原因が勃起であると知った直後、桜美に両手で押され、俺は尻から床に倒れる。



「――ファウル! 建築科8番」



 甲高い笛の音が鳴り響き、審判が手を伸ばし桜美を指し示す。


 一方、ファウルを言い渡された桜美はてのひらで顔を覆う。



「大丈夫か春風!」



 様子が一変したのを心配してか、桜美の元に建築科の仲間が駆け寄る。



「……………………う、うん大丈夫……ちょっと、驚いちゃっただけだから」

「驚いたって……まさか、あいつに何かされたんじゃ……」



 桜美の言を受け不審に思ったのか、咎めるような視線を向けてきた建築科の一人と目が合ってしまい、俺は突起物を隠す為に態勢を変えうつ伏せになる。



「何をしている……花川」



 と、頭上から吉田の声が聞こえ、顔を上げるとそこにはチームメイト達の姿が。ただ建築科の奴等とは違って心配してではなさそうだ。



「ちょっとな、床で体を冷やそうと思って」

「そうか…………じゃあ桜美に何をしたのだ?」

「べ、別に何もしてないけど」

「何もしてねえのに突き飛ばされるわけねえだろ」

「…………」



 割って入った悪戸のもっとも発言に言葉を返せない。


 てかどいつもこいつも『ナニナニナニナニ』言い過ぎだろ。もしかして皆気付いてんの? 気付いてる上でナニ連呼してんの?



「まあ予想はつく、間違って胸に触れてしまったとかそんなところだろ。それより早き起き上がってくれ花川。お前待ちだ」

「…………ちょっと待ってくれ」



 誤解されてるが勃起が原因だとバレるよりはマシか。それより今は荒ぶる陰部をどうにかしなければ。


 俺は過去に観たホラー映画やゲテモノ料理を思い浮かべ興奮を鎮める。



「ふぅ…………待たせたな」

「いや起き上がんのにどんだけ集中してんだよッ!」



 これまた尤もな突っ込みを入れてきた悪戸に俺は「気にするな」とだけ返し、桜美がいる方へと向き直る。


 桜美は落ち着きを取り戻したのか他の建築科連中と同じく、いつ試合が再開してもいいよう位置に付いている。


 一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが…………偶然が明かした弱点、これでようやく桜美を退場させられる。


 諦め遠ざかっていった勝利が再びチラホラと見え隠れするようなる。


 残る不安は小暮だけだが…………あいつには次のセットで一皮剥けてもらうとするか。


 その後、試合はすぐに再開するも数秒も経たぬうちにブザーが鳴り響き、一セット目は終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る