第27話 ラブコメにあるまじき解決法1

「――ちゃんと説明してくれるよな? この『真嶋神まじまじん』についてよ」



 次の日の朝、教室では更なる盛り上がりに騒がしくなる中、俺の机の周りには説明を求める練馬、それに吉田と悪戸と協力者達が集結していた。



「……『まじまじ卍まじ卍』改め『真嶋神』は……新薗の〝彼女″という設定だ」

「そんなん言われなくても、これ見れば一目瞭然だわ!」



 眼前に突き出された練馬のスマホには『真嶋神』のアカウントが映されていた。プロフ画像には昨日撮影した写真が、プロフィールには『冬華は俺の彼女にして未来の花嫁♡ 今まで出会ってきたどの女よりもサイコーな女♡ 傷つけるような真似したら容赦しないから♡』と綴られていた。自分で作成しておきながら鳥肌が止まらない。



「ハートきもいな」

「きもいって、これ作ったのお前だろ! ってそうじゃなくてだな、今朝のぶっ飛んだツイートの意図を説明してくれ」



 そう言って一度引っ込めたスマホを再び提示してきた練馬。表示されているツイートも見覚えしかない。


『冬華が痴女って噂が流れてっけどよ、俺は冬華の処女もらってんだよ! この目で血が流れてっとこ見てんだよ! まじデマ流して冬華を傷つけた奴許さねえから覚えとけよ(卍)』



「……(卍)ってどういう感情(笑)」

「知らねーよッ! お前が考えたんだろ!」



 練馬の荒げる突っ込みに少々ふざけが過ぎたと俺は手で謝りを入れる。



「茶番はそこまでにしておくとして、実際問題これはなんだ花川。嘘に対抗できるのは嘘、ということか?」



 そんなやり取りを見兼ねてか、吉田が割って入り訊ねてきた。



「いや、相手の嘘を崩すのを目的としてるわけじゃない。正直、ツイートに関しては興味がそそられる筋の通った嘘ならなんでもよかった。それにこの程度で収拾がつくのなら、とうに小野町さんが解決していたはずだ」

「ふ、ふむ……つまりどういうことだ?」



 合点がいかないと顔に書いてある吉田。それは練馬と悪戸も同じで、息を呑んで俺からの答えを待つ。



「この呟きの趣旨は、新薗の彼女という設定である『真嶋神』の存在を周囲に、ひいては首謀者に知らしめる為だ」



 きっぱりと断言した。それでも三人の表情は雲がかったまま頭上に疑問符が浮かんでいる様子。



「伝え方を変える。皆はこのアカウントを俺だと知らない状態で見たらどう思う?」



 より分かりやすくするには身に置き換えてと、質問形式で俺は練馬から順に訊ねる。



「え? あー……真面じゃないっていうか、ちょっとやべー奴、みたいな?」

蛇蝎だかつの如く嫌厭けんえんするな。関わっても碌な目に遭わないと容易に想像つく」

「…………同じ匂いがする」



 三者三様、だが言い方は違えど練馬と吉田は似たような印象だ。悪戸は……まあ特殊ということで。



「そう、『真嶋神』は恐怖を感じてしまうくらい狂ってる……その恐怖が重要なんだ」

「……なるほど。あの威圧的な悪羅悪羅プロフ画像も、狂気を孕んだ攻撃的なプロフィールとツイートも元凶たる人物に恐怖を牽制する為か」



 腕を組み述べた吉田から当否を問う目を向けられ、俺は「そうだ」と首を縦に振った。



「ただ目下のところ、ぽっと出のヤバい奴くらいにしか思われていないだろ。その証拠に――ほらッ」



 俺は懐からスマホを取り出し机上に置いた。その行為がもたらす意味は何かと三人はスマホを注視し、そして異変に気付く。



「めちゃくちゃ振動してんじゃねぇか」

「ああ、練馬と吉田にリツイートしてもらって以降、今に至るまで断続的にな。これ、全部ツイッターの通知だ」



 俺が経緯と振動の正体を説明すると、悪戸は苦い表情を浮かべる。顔からしておおよそ察しがついたのだろう。



「『真嶋神』宛に球磨商在校の女子共から多くの罵詈雑言が送られてきている。とても戦々恐々としている感じじゃない。寧ろ数の優位性で気が強くなり好戦的になっている」

「おい花川、それってまじぃんじゃねぇのか?」

「まったくもって問題ない。そもそもSNS上で争う気はさらさらないからな。自分を公開できる発信の場と言えば聞こえはいいが、誰でも図に乗り大言壮語できる無法地帯の場でもある。現実では不良と目が合っただけで身がすくんでしまう臆病者でも、ネット上なら噛みつくことができる。何故か、直接相まみえることがないと楽観視してるからだ。それは首謀者を含めた球磨商の女子共にもいえる。ならこっちは…………」



 そこで僅かな間を置いた。気分はさながら探偵だ。今まさに犯人を言い当てようとせん時の。



「余裕こいて高を括っている首謀者に直接恐怖を与える」



 それが最初にすえるお灸にして解決に導く策と俺が言い切ると、聞いていた三人はそれぞれ違う反応を見せた。考え込む練馬、露骨に顔をしかめる吉田、強面顔に似合わず不安そうに縮こまる悪戸。



「首謀者……美波が言ってた狭山玖美って女の素性は知れたのか?」

「ああ、球磨商の女子共の中に混じってた。律義に本名をアカウント名にしてたから簡単に見つけられたぞ。捨て垢使ってのデマ、当人はバレはしないと思ってるんだろうが詰めが甘すぎるな」



 まず口を開いたのは練馬だった。俺のさも首謀者を知っているような口振りから疑問を抱いたのだろうが、俺の答えに「そうか」と返した練馬。納得してくれたようだ。



「首謀者がわかったとしてもだ。俺は直接恐怖を与えることに賛同しかねる。どう考えたってリスクしかない、約束と違う」

「リスクはない。俺達は『真嶋神』の舎弟として振る舞えばいい。もちろん、身バレ防止の為に変装もする」



 続いて直接という単語から危険の匂いを嗅ぎ取ったのか吉田が指摘してきたが、俺は問題ないと答えた。が、懸念はまだあるのか、厳しい表情を崩さない。



「俺達の存在が知られずに済んだとしてもだ、首謀者が耐えかねて先生や親に助けを求めたとしたらどうする? 大人の介入により明るみに出てしまえば、逃れる術はないだろ」

「それはないだろ。向こうが告発したとしてもだ、同時にそれは自供することにもなる。何も知らない第三者は必ずそうなった経緯を訊ねるからな。それに、仮に告発したとしても俺達に白羽の矢が立つことはない。『真嶋神』は別に球磨工生ではないし、そもそも存在しないんだから。向こうが球磨工に絶対にいると思い込んで疑いをかけてきても「そんな人知りません」で通せる」

「……確かに、架空の人物が盾になれば、安全かもしれないな」



 吉田は完全に納得しているようではないが、それでも妥協はしてくれた様子。



「悪戸は? 気になったことはあるか?」

「…………暴力沙汰にはならないよな?」

「それはない、ちょっと脅すだけだ」



 きっぱりと否定すると、悪戸は心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。さすが、不良と優等生が融合した新次元の存在、脅しは良くても暴力は駄目とは。



「とりあえず、今はまだ何もしない。また行動に移すときになったらよろしく頼む」



 各々引っ掛かっていた疑問や懸念はなくなったのか、声を出す者がいないのを見て俺はそう言った。



「にしても、ひどい奴だな鋼理は。ラブコメの主人公なら絶対にやらないと思うぞ? こんな心痛くなるやり方」



 すると、前席に座る練馬が呆れて笑いを浮かべながらそう揶揄ってきた。



「別にラブコメの主人公に憧れてるわけじゃないからな。ラブコメを望んでるだけだ……勘違いしないでよね」

「ツンデレかよ」



 そのボケとツッコミで、多少なりとも張りつめていた空気は緩和したようだった。

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