第24話 協力要請

「――おい鋼理。昨日のLINE、ありゃなんだよ」

「なにってそのままの意味だ。協力してくれ」



 翌日、朝の教室にて前の席に座る練馬に早速問い詰められ、俺はありのまま答えた。



「だからその協力について詳しく聞いてんだっつの。内容によっちゃ断るからよ」



 あらかじめ予防線を張る練馬。できるなら言質を取った後に明かしたかったが、まあそんな都合よくはいかないか。



「吉田は俺の為ならたとえ火の中水の中でもってスタンスだよな? ありがとう」

「感謝をされる筋合いはないな。何故なら俺も練馬と同じ意見だからだ。というわけで速やかに説明してくれ」



 練馬と同じく俺が協力を求めた吉田に希望を込めて投げかけるが、あっさりと突っぱねられてしまう。やむを得ない、素直に話そう。



「大したことじゃないんだが……誠勝手ながら新薗を救う為、二人に声をかけた所存だ」

「「…………は?」」



 息もぴったり、表情もそっくり、唖然呆然とする練馬と吉田。



「ぜひ、協力してもらいたい。というか君達の協力なしでは話にならない。だから協力してお願いこの通り」

「いやどの通り? 頭下げずに無表情で頼み事って、それで誠意を示したつもりか?」

「すまん、断られたらどうしようという雑念が邪魔しすぎて忘れてた。改め直して――この通り」



 机上に手を突き、実る稲穂のように俺はこうべを垂れてみせたが、練馬は「仕切り直されてもなぁ」とつれないことを言う。



「昨日の今日で心変わりすぎだと思うのだが、なにか理由が?」

「それはだな……ずばり、小野町さんとのラブコメの為だ」



 真意を確かめてきた吉田に俺は顔を上げ明言した。



「小野町さんって、鋼理が前話してたバイト先の子だよな? 新薗を助ければその子といい感じになれんのか?」



 すると、興味を示したのか練馬が思い出すように顎に手を当て訊ねてきた。そんな練馬に対して俺は自信を持って答える。



「間違いなくな。小野町さんは新薗を救う為に色々と行動しているらしいんだが、そのどれもが不発で思い詰めている。そこで俺が代わって水面下で動き、見事解決してその事実を小野町さんが知ったとしたら…………どうだ、ラブが見えてくるだろ?」

「いや見えてはこねーけど、その子も悪くは思わないんじゃね? な?」



 同意を求めるように練馬は吉田に顔を向けると、「まあ、そうだな」と吉田は無難を口にし、そのまま言葉を続ける。



「動機はわかった。しかし、協力とは言うが具体的に俺達に何をさせようとする気でいるのだ?」

「悪いがそれは言えない。逐一指示を出すから従ってもらいたいんだが……ただ万が一しくじったとしても二人にリスクはなんら及ばない、これだけは保証する」



 俺の言に二人は難色を示す。協力内容を教えてもらえず、信憑性の欠片もない口約束だけの保証じゃ渋るのは当然か。

 だからといって俺も引くわけにはいかない。もう既に計画を実行に移してしまっているから。


 こうなれば否が応でもだ。綺麗に拘らず、卑怯に手を染めて――、



「しょうがねえなあ、手伝ってやるよ」



 俺は喉の奥まで出かかった言葉を寸でのところで飲み込む。醜い奥の手の行使を阻止してくれたのは、観念したように笑う練馬だった。



「え、いいのか?」

「まあな。俺も美波関係で無理言ってきたし、仇で返すわけにもいかねーだろ。それに失敗したとしてもリスクはないみたいだしな」

「すまない、助かる」



 あ、危ねえ……練馬の決心があと少しでも遅かったら俺から言ってしまうとこだった。

 小南の件を引き合いに恩返しを強要という下劣な交渉をせずに済み、加えて練馬の協力を得れたことに、ほっと胸を撫で下ろす。



「辰真はどうする?」



 未だ難しい顔で黙考する吉田に練馬が振ると、やがて深い溜息となって返ってきた。



「まったくもって卑怯、この流れで断れるわけがないだろ……花川、俺も協力する、ただ俺達に危険が及ぶことは絶対にないのだな?」

「ああ、約束する。ありがとう吉田」



 快くではないものの、引き受けてくれた吉田に俺は感謝を言葉にした。



「――ゴホンッ、では早速やってもらいたいことがあるんだが……」



 咳払い一つし、早々に第一の指令を送ろうとする俺に「切り替え早すぎだろ」と皮肉めいた発言をする練馬。それを俺は聞き流して懐からスマホを取り出す。



「新しく俺が作成したツイッターのアカウントをフォローしてくれ。アカウント名は『まじまじ卍まじ卍』だ」

「ま、まじ? まじ、まん、じ? ……まじ?」

「すまないがもう一度、日本語で言ってくれ」



 理解しようと繰り返し呟く練馬と、理解したくないと額に手を当て再度訊ねてくる吉田。言うより見せるが早いか。



「さあ、目に焼き付けてくれ。『まじまじ卍まじ卍』だ」



 そう言って俺は二人の顔の前にスマホを差し出す。



「おおう……ジャックナイフより尖ったアカウントじゃん。気持ち悪っ」

「できれば聞き間違いであってほしかったが……実に低能感丸出しだな」



 画面を覗く練馬と吉田の感想は最もで、俺も頷く。



「そうだな。ちなみに呟いてる内容も見てるだけで頭が悪くなるものばかりだから注意してくれ。が、フォローは今この場でしてもらいたい」



 フォロミーとお願いする俺に訝しむ視線を向けてくる二人だったが、渋々スマホを取り出し言う通りに従ってくれた。



「確認できた。ありがとう、また放課後も頼む」

「放課後にもなんかあんのかよ」

「ある」



 うげぇと顔を歪ませる練馬に俺は短く返して席を立つ。



「どこかいくのか? 花川」

「ちょっとな、もう一人の協力者に服を借りてくる」



 頭に疑問符を浮かべる吉田。まあ見ていればわかるだろう。

 俺が協力を仰いだのはこの二人だけじゃない。同じ機械科の一員にして自称〝不良優等生″の悪戸正義あくとせいぎにも昨日の時点で伝えてある。



「悪戸、頼んでおいたやつ持ってきてれたか?」



 廊下側の一番前の席にいるもう一人の協力者。長身且つ堅気じゃなさそうな強面顔、しかし身に纏う学生服は一切の着崩しがなく基準を守っている悪戸に俺は声をかけた。



「おう、持ってきたぜ。ちょっと待ってな、えーっと…………ほらよ、これだ」



 渡されたのは綺麗に畳まれた服、より正確に言えばジャージのセットアップだ。

 俺は手渡されたジャージ上下を広げて確認する。指定した通り、黒をメインにあちこち金の英字がプリントされている理想的な悪羅悪羅おらおらだ。



「申し分なしだ。じゃ、これ少しの間借りるから」

「それ通販で買ったんだけどよ、サイズ間違っちまって着ねーんだよ。だからやるよ」

「いやいい」

「遠慮すんな、一回しか着てねーから新品同然だ。衛生的にももんだいねーから、な?」



 悪戸からしたら良心からくるお節介のつもりなんだろうが、顔が顔だけに悪徳商法にしか思えない。



「大切にしてやってくれ。あ、その格好で街中を歩いてるとやたら絡まれたりするからよ、その辺、注意してくれな」

「お、おう」



 黙る俺を見てどう解釈したのか注意喚起してきた悪戸。安心してくれ、私服として絶対に着ないから。


 何はともあれ今できるのはここまで。次は放課後だ。


 思いのほか順調に進んでいき俺は満足する。自席に戻る足取りは余裕からか少し軽かった。

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