第23話 痴女疑惑5
「じゃあな」
放課後、バイトがある俺は練馬達に別れを告げ教室を後にする。
ちなみに新薗はといえばホームルーム終了と同時にささっと帰ってしまった。泣いていたのが嘘のように昼休み以降は落ち着き払っていた彼女。何か良い打開策を閃いたがための余裕か、それとも単なる虚栄か。
まあどうでもいいか。それより俺にとって大事なのは小野町さんと同シフトのバイトの方だ。休憩中に話はするがそれだけ、せっかく交換したLINEも未だやり取りなし。繋がるアプリを有効活用できていない。
いつまでも癒しの時間に心弾ませていては駄目だ。そろそろ俺の方から積極的にアクションを起こしていかねば。
そう己を鼓舞して、俺はバイト先へと足を進めた。
「おはようございます」
「やあおはよう花川君。今日もよろしくね」
事務所に入ると、片方の手にスマホ、もう片方の手に煙草を持ち丸椅子に腰かけている加地店長がいつも通りの穏やかな口調で返してきた。
俺は「はい」と頷きロッカーからエプロンを取り出し、身に着ける。
支度を終え、フロアに向かおうとドアに手を掛けようとしたが、その前にレバーハンドルが下りた。
「おはようございます……」
「あ、おはようございます」
開かれたドアから姿を現したのは小野町さんだった。絶妙なタイミングに思わず肩が跳ねてしまったが、なんとか挨拶は返せた。ぎこちなさは拭えないが及第点といったところか。
小野町さん、心なしかいつもの明るさが薄れているような……なにかあったのだろうか。
「おはよう小野町さん。ちょっと元気ないみたいだけど、大丈夫?」
店長も小野町さんの普段と異なる雰囲気を感じ取ったのか、優しく声をかける。その際、
「え⁉ あ、いえ、大丈夫です! 全然元気ですよ!」
自覚がなかったのか店長からの心配する言葉に驚きを見せた小野町さん。しかしそれも最初だけ、心配には及ばないとすぐに笑みを浮かべた。
「そっか。でも不調を感じたら遠慮なく言ってね。こっちとしても無理させるわけにはいかないから」
「はい、お気遣いありがとうございます!」
仄かに漂わせていた沈みは消えさり、すっかり調子を戻した小野町さん。俺と店長の杞憂だったか、それとも無理して振る舞っているのか。
とにかく感情を抜きにしたら平常通りなバイト風景。気にはなるがいつまでもここで油を売っていては交代する他のバイトさん達に悪いと、今度こそ俺はフロアへと向かった。
業務開始から二時間、暗くなった外ではしとしとと雨が降っている。
「いつにもまして暇だなー。雨のせいかな? まあ楽でいいんだけどさ」
「そうですね、体的には良いですね。店舗的には良くないですけど。主に売り上げが」
「唐突に現実つきつけないでよ」
レジから少し離れた位置にあるサービスカウンターから店長と社員のやり取りが聞こえてくる。確かに今日はお客さんが少ない。やる気のない店長と呆れかえる社員さんとの会話がここまで筒抜けになってしまうくらい閑古鳥。
「――花川君、小野町さん、休憩入っちゃっていいよ」
「あ、わかりました」
店長のお言葉に甘え俺はレジを離れる。次いで品出しを担当していた小野町さんも「お先に頂きます」と続いた。
***
「ふぅ……まだ二時間しか経ってないですけど疲れましたね」
事務所での休憩中、小さく息をつき、そう口にしてきた小野町さん。申し訳ないが今のところ仕事量は過去一番に少ない。この内容で賃金が発生してもいいの? と疑問を抱くくらいに楽、当然疲れは全く感じていない。
「俺はそんなにですけど、小野町さんはだいぶお疲れですね」
「はい……今日一日、疲れました」
弱った笑みを浮かべながら嘆息する小野町さん。無意識に出たのだろうか〝今日一日″という単語が引っかかる。
「今日一日ってことは学校でなにかあったんですか?」
「え? わ、私、今日一日なんて言ってましたか?」
やはりポロッと口にしてしまったのか、俺の訊ねに慌てた様子で訊ね返してきた小野町さんに俺は首肯してみせる。
「……あの、どうして学校でなにかあったと思ったんですか?」
「それは、平日の高校生が行く場所を考えたら自ずと……」
遠慮気味に俺が言うと、小野町さんは「確かに、納得です」と微笑んだ。その微笑はどこか観念したようにも見える。
「…………新薗さんの噂はご存知ですよね?」
「はい、知ってます」
しばしの沈黙の後、小野町さんの口からゆっくりと紡がれた言葉に俺は頷き返す。流れからして今日の疲れの要因だろう。そしてその内容は察するまでもない、球磨工内でも持ちきりとなった新薗の痴女疑惑だ。
「その事で、投稿者に撤回してもらうよう何度も説得したり、他にもいろいろ手回しして誤解を解こうとしたんですが、どれも無駄に終わっちゃって……ちょっと途方に暮れてます」
「そうだったんですか……新薗って球磨工に転校してくる以前からこういった目に遭っていたんですか?」
「……はい。ある日をきっかけに新薗さんは嫌がらせを受けるようになりました。新薗さんの名誉の為にも詳細は省かせてもらいますが、恐らく転校した理由も劣悪な環境に耐えかねてかと……」
何も知らずにいたのなら、新薗がそんな理由で転校するなど到底信じられなかっただろう。けれど俺は知っている。腑に落ちてしまう程の弱さを。
「どうすれば新薗さんを救えるんでしょうか…………やっぱり、第三者が関わらず時間が解決してくれるのを待つのが最善なんですかね」
「そう、かもしれませんね」
救う手段は他にないのか、救いを求めるような瞳で問いかけてきた小野町さん。確かに、どんな問題であったとしても、時間がいずれ解決してくれる。ただそのいずれがいつになるかは不明確。きっと小野町さんが欲しているのは明確な解決策、だからこそ俺には曖昧な返答しかできなかった。
「ですよね…………あの、この話、もうやめませんか?」
「そうですね。すいません変なこと聞いちゃって」
小野町さんの申し出に俺も同意し、謝りを入れると、彼女はスッと立ち上がる。
「――大丈夫ですよ。少し早いですけど仕事に戻ってますね」
そう残し彼女は背を向け、事務所を出ていく。
小野町さんが新薗にあそこまで肩入れする理由はなにか、二人の関係を知らない俺にはわからない。けど新薗を助けたいという気持ちは痛いほど伝わってきた。
助けたい、しかし助ける
ふと頭によぎった考えが実現可能か否か、俺はさらにつき詰めて考える。
……上手くいくかもしれない。
長考の末、確実性はないものの可能性は大いにあると判断を下す。
思い立ったが吉日、早速帰ってから取り掛かるとしよう。
望みを叶える絶好の好機を離すまいと俺は決意を宿す。小野町さんとラブコメ的関係を築く為に、新薗を救うと。
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