第10話 機械科の授業1
工業科は普通科と比べ必修科目に割り当てられる時間が必要最小限である。何故なら工業科では各分野ごとに専門のカリキュラムが組まれているからだ。
その中で機械科に属していると切っても切り離せない授業がある……〝製図〟と呼ばれる授業だ。
製図とは器具を用いて図面を制作すること。物体等の機能や構築状況を視覚的に伝える作図の作法及び規律(ウィキ調べ)。
おいおいかっこつけておいてネット調べかよ! なんて罵声が飛んできそうだが言わせてもらいたい。全国の機械科に属する工業生に「製図とは?」と訊ねて正しく説ける者が果たしてどれくらいいるのか、間違いなく説けない者の方が多い。つまり統計的に処理すれば俺は割合を多く締める側に入る、多数決に則れば俺は正義だ……異論は認める。
正直に言えば曖昧な知識しか持たない中途半端です。そんな中途半端がまるっとわかりやすく製図を説明するとしたら、A3方眼紙に定規やらコンパスやらの道具を用いて与えられた課題、機械図面を寸分たがわず複製する、的な感じだ。
そして今、その製図の授業を受けているわけだが、ここで問題が一つ浮上する。
「おい聞こえているのか花川」
「あ、はい」
「よし。では新薗に製図の基礎を教えてやってくれ、頼むぞ」
「…………はい」
そう、今しがた製図担当の教師が言ったように知識がない新薗に俺が教授しなければならなくなった。席が隣という理由だけで。
そもそも基礎とはどの物事でも大事な根幹にあたるもの、それを曖昧な知識でやり過ごしてきた俺が教えたら粗末な礎になると思うのだが。そうなればいくら新薗がこれから知識を蓄えたとしても全てが瓦解してしまう……人選ミスにも程がある。
てか先生、「知識を閉じ込めてはいけない、教える技術も社会では求められる」とか耳障りのいいこと口にしてましたけども、世の中には適材適所という言葉がありましてね? で、この中で最も相応しい適任者は先生なんですよ。これはもう誰の目にも明らか。だから先生、職務放棄しないでください!
「では俺は隣の機械科職員室にいるから、各々課題に取り組むように。何かあったら訊ねてくるんだぞ」
しかし俺の心の叫びなど届くはずもなく、先生はそう言い残して製図室を出ていった。
それを皮切りに準備を進める機械科の面々、俺もその流れに乗ろうとしたが…………ドラフター(製図台)を見つめたまま固まる新薗がチラついてしまう。
このまま放置していたら一生そうしているのではと思ってしまいそうな程の不動っぷり。
さすがにそれは酷だと俺はよっこらしょと腰を上げ新薗の元へ。
「えっと、取り合えず準備の仕方を教えるけど――」
「話しかけないでもらえる?」
「…………それでまず方眼紙に――」
「話しかけないでもらえる?」
あ、聞き間違いじゃなかったんだ。え、あなたも俺が教える係として任命されたの見てましたよね? なのに話しかけるなって斬新な嫌がらせですね。
仕方ない、口で駄目ならやって見せるしかない。そう考え俺は新薗のドラフターに方眼紙をセットしようとするが、
「触らないでもらえる?」
これまた拒まれてしまう…………ほんと、どうしろと。
思わず溜息が零れてしまう。このまま突っ立ってても状況は変わらないか……まあ少し経てば痺れを切らして教えを請いにくるか。
そう自己解決して俺は自席に着き作業を進めた。
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