第8話 波紋呼ぶブラジャー2
「おお筋肉、どした? そんな焦って」
「どうしたもこうしたもないよ! 見てくくれよこれを」
バンッ! と俺の机に叩きつけられたのは昨日本間が心底大事にしていた新薗のブラジャーだった。
「昨日の……だよな? なんか変なところあるか?」
「馬鹿なの? よく見てよ練馬君! これだよこれ!」
練馬の訊ねに対し本間は普段の穏やかな口調に棘を含めて返しながら問題点である部分を指し示す。が、訊ねた本人は虚空を見つめて「ば……か……」と呪詛のように繰り返すだけだった。やむを得ない……そのバトン、俺が託されよう。
「タグが付いてるな。新品か……でもそれがどうしたっていうんだ?」
「馬鹿なの? 昨日の事をもう忘れるとか花川君、頭弱すぎでしょ!」
ば……か……。
「吉田君ならわかるよね?」
「いや皆目見当もつかないが……」
頼みの綱だったのか知らんが最後の一人である吉田からも意を酌んでもらえず盛大に息を吐く本間。
「いいかい皆、昨日の事をよく思い出してよ。僕はこれを何に使うって言った? そう! ナニに使うって言ったんだよ! それなのにこれは新薗さんの使用済みじゃなく只の新品、温もりも何もないこのブラジャーでどう興奮しろと言うんだ!」
それはあまりに内容が伴っていない悲痛の叫びだった。ここまで思春期を公公然としている高校生も稀だろう。
「というより手にした時点で気が付かなかったのか?」
「気が付くわけないだろ! あの瞬間からずっと興奮冷めやらぬ状態だったんだ! 真面じゃなかったんだよ!」
俺の当たり前の疑問に本能溢れる野性的な申し立てをしてきた本間。なるほど、真面じゃない自覚はあったんだな。
俺を含めた三人は本間に侮蔑の視線を送る。しかし本間は意に介していない、というより気が付いていないが正しいか、言葉を続ける。
「このブラジャーが新品だったと知ったときは落胆したよ。僕は生まれたての赤子の姿で泣いたよ、比喩でもなくほんとにね。それはそうだよね、寸前までやる気満々だったんだから」
いや想像しちゃうからやめてくれない? その下品以外の何物でもないカミングアウト。
「でもね、ふと思いついちゃったんだよ。孔明の兆しとでも言うのかな? そこから答えに辿り着くまで時間はかからなかったよ」
光明な? 彼の有名な天才軍師がわざわざ変態に助言めいた真似するわけねーだろ。三国志ファンに討ち取られるぞ。
「逆転の発想だよ。これが新薗さんの使用済みでないのなら僕の使用済みにすればいい、僕の使用済みにした上で新薗さんに返せばいいってね。その後はもう無我夢中、我を忘れて陰部に擦り当て――」
「――汚なッ!」
話を最後まで聞かず俺は机上に置かれた汚物を手で払いのけた。俺の顔に冷や汗が浮かぶ、今や本間と同等の発汗量だ。
「何てことをするんだ花川君!」
本間は床に落ちた汚物を拾い上げ、不服申し立てる。
「こっちのセリフだッ‼ おまッ、なに不衛生なもの机に置いてくれてんだ! おちおち居眠りも出来ないだろうがッ!」
「……僕自身が何を言われようと構わない、でもこのブラジャーが不衛生と言われる筋合いはないッ!」
「いや言える筋合いしか見当たらないのですがッ!」
「もういいよ! 花川君には理解できないことが良く分かったから!」
そう捨て台詞を吐いた本間は、俺から目を話して新薗の席の前へ立ちそして、
「ちょっと何する気だ?」
あろうことか手にした汚物を新薗の机に置こうしていた。
「返すだけだよ。新薗さんは人が嫌いらしいから間接的にね。あ、でも安心して、ちゃんと返す旨を綴った手紙は添えておくから」
そう説明している間にも汚物は机に近づいていた。
あーくそッ! 言うより先か、俺は咄嗟に動き汚物に手を伸ばして飛びついた。
「――なッ! 口ではああ言いながら花川君も実はこのブラジャーを狙っていたんだねッ!」
「そんな訳あるか! できれば一生触れたくないが、それでも事情を知ってしまっているが故の行動だ! もし仮に露知らずの新薗がこの汚物を身に着けてしまったらって考えるだけで激しい罪悪感に苛まれそうだからな! な?」
本間と汚物を取り合う中、俺は途中から一言も発さなくなった練馬と吉田に同意を求めた。確かに目が合ったはず、しかし我関せずと直ぐに逸らされてしまった…………友達って何?
「悪いけど、力比べじゃ負けないよッ」
意識を背けたところを本間に狙われ勢いよく引っ張られるが、どうにか離さずに踏みとどまれた。
くッ、ほんと力だけは一級品だな。けど渡すわけにはいかない……何かいい手はないか。
「――あッ! おい本間、後ろでセクシー女優が全裸で手招きしているぞ!」
「嘘でしょ⁉」
……いくらでもあった。てかどんだけ性に従順なんだよコイツ。
「計ったね、花川君」
「……騙しといてあれだが、引っ掛かるか? あんな低レベルな騙しに…………まあいい、これはもうお前には渡さないからな」
俺は本間に言い放った。本間は私怨に駆られているのか険しい表情を浮かべている。
睨みつけてくる本間に俺も負けじと睨み返す。だからこそ気が付いた。本間の黒瞳が左方に向けられたことに、俺から見て右側に向けられたことに。
するとあれほどまでに憎しみに歪めていた本間の表情が見る見るうちに驚愕へと転じていった。
そのあまりの変わりようを不思議に思った俺は、本間が今尚注ぐ視線の先に顔を向けた……そして目が合った。
親の仇と対面しているかのような形相をした新薗と。
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