第7話 波紋呼ぶブラジャー1
窓側の最後列の席、それは数々の学園モノの主人公達が座してきた一席だ。
そんな由緒正しい席に俺は腰を下ろす。学年が上がる際、機械科は心機一転も兼ねて席替えが行われる。年一という事で二年の最後まで続くのだが、そこで俺はこの席を引き当てた。
当時は運の無駄遣いだと嘆いた。だってそうだろ? 見渡せど男だらけのこの樹海からは抜け出せないのだから。
しかし今は違う。窓から見える眺めも捨てたもんじゃないなと、そう思うのだ。ありふれた街並み、人工物が軒を揃える変哲のない景色、けれど高校生の内でしか見られない景色でもあった。今だから凡庸に見えてしまう、でもきっといつか貴重な思い出として残るはずだ。
俺はそのやがての為に頬を突いて外を眺め、目に焼き付け海馬に刻む。
「……鋼理、大丈夫か?」
そんな俺を見てどう感じっとたのか、練馬がそう口にしてきた。
「大丈夫? 体は至って健康だが」
「いや健康面じゃなく精神面の方」
「ん? 別に問題ないが」
「そ、そうか。えと、じゃあその……」
「どうしたんだ練馬。朝から変だぞ、ていうかキモいぞ」
「なッ⁉ おまッ――そりゃあこっちのセリフだ!」
さっきまで顔を引きつらせ探り探り言葉を発していた練馬が豹変した。もう我慢ならないと顔に書いてあるようだ。
「朝のお前はいつも不機嫌で幸福に入り浸る全ての人間を恨み、口を開けばラブコメしか出てこない拗らせ腐敗野郎だろ? それがなんだ今日は! 恨み事の一つもなければ邪念のない顔で味の深い雰囲気漂わせやがって、別人じゃねーかッ!」
勢いよく捲し立てた練馬は、ぜぇはぁと息を切らしている。普段、俺がどのように思われているのかが良く分かった。
「そこまで? 全く意識してなかったが」
「いいや花川、練馬の言う通り今日のお前は確かに変だぞ」
と、先ほどからやり取りを傍観していた吉田が口を挟んできた。練馬に賛同する形で。
「喜ばしいことでもあったのか?」
「そんな大袈裟な話じゃないが……バイト先に球磨商の女子が入ってきてな」
「ラブコメ的展開を望む鋼理にとっちゃ喜ばしいことじゃねーか。んでその様子だと上手く進展したんだろ? 詳しく聞かせろよ」
吉田の訊ねに首を振って答えたが、勝手に自己解釈した練馬が前のめりになって詳細を求めてきた。
特に黙っておく理由もない俺は「では僭越ながら……」と予め謙遜を口にし、二人に昨日の出来事を細かく伝える。
「――ってな感じで最終的にLINE交換まで進展したんだ」
ふぅ……と、俺は一息つく。長々と説明し、喉の渇きが遅れてやってくる。
「何故何も言わないんだ? 面白味のある話じゃないのは自覚してるが、それでも無反応とは些か失礼だと俺は思うが」
朝購入したお茶で内を潤しながら、俺は二人に目をやった。口を一文字に結び半眼で俺を見つめる練馬と吉田。言葉を失うほどか?
「ちょっとあの、つまらないならつまらないでいいから何か言ってくれないか? あとその目もやめてくれない? 蔑まれてるような感じがするから」
あまりの空気の悪さに俺は息継ぎの場を探すように二人にお願いする。
すると、練馬が深く大きく溜息をついてようやく結ばれていた口が開かれた。
「実際蔑んでんだよ。お前の救いようのなさに」
「すまん花川、訊ねておきながら悪いが俺も同じ意見だ。呆れて物も言えない」
「え、やっと口を開いたかと思えば君達辛辣すぎない?」
二人の言に感想が零れる。しかし、謝りもしなければ悪びれる素振りも見せない。それどころか二人は鬱憤を晴らすかのように堰を切って批判しだす。
「初対面の、ましてや新人で入ってきた女の子に対して悪印象を植え付けようとする思考回路が常軌を逸しているわマジで。お前は完全無欠の策とか思ってるだろうが、俺達から言わせたら愚策もいいとこだぞ。拗らすのはいいけど周りに迷惑かけんなよ、その子が不憫でしょうがねえ……なあ?」
「そうだぞ花川。この際だからハッキリ言っておくが、フィクションをノンフィクションに取り込んでも碌な事にならない。逆もまた然り、だから夢と現実の区別をつけろ。ラブコメを好むのは良いが囚われるのはよくない。俺と練馬はお前の友達だから呆れながらも笑って流せるが、その新人の女子は違う。このままだと無意識に不愉快を撒き散らす非常識人に成り下がってしまうぞ」
「てかよ、ラブコメを参考にしたとしてもだぜ? もうちょいまともなやり方があったろ。捻くれたやり方じゃなくて」
「もともと花川は捻くれてる節があるからな。それにラブコメはラブコメでも主人公捻くれてる系のラブコメを好んでいるんだろ? だからじゃないか」
「まあどっちにしても」
「クソには変わらないがな」
え、打合せしたの? と錯覚してしまうくらいに練馬と吉田の織り成す口撃は絶妙なコンビネーションだった。というか最後のに至っては完全にわざとですよね目配せしてたし。
「おーい鋼理、大丈夫か?」
打って変わって今度は俺が黙する番。が、名前を呼ばれて黙っているわけにもいかないと俺は弱々しく声を出す。
「なんか……いつもごめん」
「お、おう……なんか素直に謝られるのもこそばゆいな。ま、まあ俺もちょっと言いすぎたな、悪い」
居た堪れなくなったのだろうか練馬はぎこちない笑みを浮かべてそう言った。あれでちょっととか日頃の俺どんだけ悪しき存在なんだよ。
「落ち込むな花川。何もデメリットばかりじゃない、お前の愚かさは確かに俺に愉悦を与えてくれてるからな」
一方の吉田は励ましているようでその実、非難を継続中。まだストレートに言ってもらった方が良心的だ。ていうか翻訳すると只笑いを献上している道化師じゃねーか俺。なに? 絶交したいの?
友情の定義を今一度考え直さねばと思ったが、今は心の四隅に仕舞っておくことにしよう。
と、そこで教室前方の引き戸が勢いよく開いた。
「きみたち、きみたち、きみたちいいいぃいいッ――‼」
そして叫びにちかい大声を上げ駆け寄ってきたの筋骨隆々の剣闘士、ではなく本間だった。朝練終わりなのか顔には滴る汗が目立つ、なんと暑苦しい。
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