第5話 素敵な新人さん2
小野町さんに教えながら俺は思った。彼女は本当に真面目で物凄く呑み込みが早い。教えた事を必死にメモに書き写し、試しに作業をやらせてみれば間違いなくこなしてみせる。俺が新人の時とは大違い、というより比べる事すらおこがましいほど抜かりのない人だ。
優秀でいて可憐な彼女に教える立場だと嫌でも自尊心が満たされてしまう。でもそれは一過性で非常に危険。やがては追いつき追い越されるのが定め。その時、満たされていた心は醜き嫉妬に変貌する。優越感に浸るなとは言わないが浸りすぎてはいずれ身を蝕む。
ハッ、と俺は考え込んでいたことに気が付き首を左右に振る。余計な雑念は余計な事態を生みかねない。仕事に集中しなければ。
「どうかしたんですか?」
黙りこみ首を振った俺を訝しんだのか、小野町さんは横から顔を覗かせ上目遣いで訊ねてきた。身を溶かし心を虜にしかねない甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「あ、いえ、大丈夫です」
狭まった距離を開くようにして俺は一歩身を引いた。ああ、なんだろ……ラブコメっぽい。
どれだけ理屈を並べたところで本能は正直、結局俺は雑念を拭いきれず浮ついた気持ちで仕事を再開した。
「花川君、小野町さんと一緒に休憩入っちゃって」
それから少し経ち、店長から休憩を頂いた。
事務所内は誰もおらず、幸か不幸か休憩に入ったのは俺と小野町さんの二人だけ。
俺が長机の端に腰を下ろすと、それに習って小野町さんも少し距離を開けて丸椅子に座る。
「……………………」
「……………………」
早くも沈黙が充満する。初対面同士が狭い室内に二人、当然と言えば当然だが……心地の良いものではない。
この場に居るのが俺ではなく、お話し好きのマダムや気さくな男だったのなら彼女の緊張を解す事など造作もなかっただろうが、生憎俺は饒舌でもなけれな明るい性格でもない。
が、受け身でいてはいつまで経ってもラブコメには発展しない。滅多訪れない好機、ここで奮闘せねばいつするというのだ。
俺は今まで見てきたラブコメを想起し、出会い及び互いの第一印象の傾向を参考にした。
ふむ、だいたい最初はお互いが嫌い合うような出会いで第一印象は両者最悪。なら俺がすべきは小野町さんに悪い印象を植え付けるべく不興を買うことだ。
言葉を用いるのは前述の通り俺にはできない。よって態度で示す他ない。
俺は足を放り出すように組み、スマホを弄る。場慣れしていない新人さんを前に取る行動ではない。
良心の呵責に心痛めながらも表には出さない。意味もなくスマホのホーム画面を右へ左へフリックする。
第一印象は対人関係を築いていく上で最も重要だと思う。そこで素を出すか飾るかで今後の関係性が大きく変わっていく。最初に素を出せれる芯が通った人間ならいちいち気にする必要もないだろうが、多くは飾り見栄を張り、己の器量以上の善人を演じる。一期一会とわかりきっているのなら善人は最善で、相手から感謝され記憶に留めてもらえるし、自分も他者承認欲求が満たされ良いこと尽くめだ。
しかし今後も顔を合わせる相手ならば話は違う。相手に与えた第一印象がそのまま自分を評価する基本水準になるからだ。言ってしまえば善人である事を強要、身の丈に合わない自分を作り出したが故の、好印象が故のデメリットだ。メッキが剥げないよう偽り続けなければならない。心の負担は考えるまでもないだろう。
逆に第一印象が悪印象の場合はどうか。誰も好き好んで自ら嫌われにいくような愚は犯さないだろうが、確かにメリットはある。
それは先にあげた好印象の場合と比べて行動、言動、その他諸々の制限がない事だ。始めから嫌われているのだからと開き直って悪を継続し嫌われ続けるも良し、素を出すのも良し、善人ぶるも良しだ。
だがあくまでも俺が望むのは小野町さんとのラブコメ的発展、いつまでも悪印象のままではいかない。
そこで『悪役だった敵が主人公に当てられて改心し、人気を博して第二の主人公に出世』理論だ。もっとわかりやすく言えば『雨の中、捨て猫拾う、不良かな』理論…………なんか俳句調になってしまったな。
そう、俺の狙いは悪役の特権を使った善とギャップの相乗効果。それに出合ったばかりは好感度の上下が激しい、つまり底についた好感度が軒並み高度急成長ばりにうなぎ上りするという算段だ。
始めさえ耐え抜けば後はおのずとラブコメがついてくる、我ながら完璧な作戦。
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