第4話 素敵な新人さん1
午後は流れるように時間が過ぎ、あっという間に放課後を迎える。
一日の学務を全うした生徒達は、部活、遊び、バイト、帰宅とそれぞれの目的に従い散っていく。その中で誰よりも早く教室を出たのは新薗、今日が転校初日とは思えない定時退社っぷりだ。
「ゲーセンいこーぜ!」
まだ放課後の予定がないのか練馬から誘われる。
「悪い、バイトがある」
「んだよー、まだバイトやってたのかよー」
「お前が勧めてきたんだろ」
「いやいやあれは鋼理が出会いない出合いないって嘆いてたから適当に勧めただけで、まさか本気でやるとは思わなかったわー」
断られすっかりご機嫌斜めな練馬は不貞腐れた顔をする。ていうか適当って……まあこればっかりは気の迷いで始めた俺が悪いが。
「辰真も同好会だし、筋肉も部活だしなー」
吉田はアニメ同好会、本間はラグビー部だ。昼を共にした二人は既に教室に残っておらず、活動場所へ向かったと考えられる……本間はブラジャー隠した状態で走り回るのだろうか?
「しゃーね、他に声かけてみるわ。じゃな、バイト頑張れよ」
「おう」
軽いノリで別れを交わし、練馬は教室に残る暇そうな奴を見繕い駆け寄っていった。相変わらずコミュ力の高い奴だ。
――っと、俺もそろそろ向かわなくちゃな。
俺はスマホに表示された時間を確認し、遅刻はまずいと早足で教室を後にした。
バイト先は球磨工の近くにあるホームセンター。時給は埼玉県の最低賃金をほんの少し上回る程度。従業員は中高年が多く、俺を除いて一番若いのが三十前後の店長だ。
出会いを求めるにしては少々無理があるのでは? なんて声が聞こえてきそうだが、ごもっともだ。居酒屋、カフェ、ファミレス等々、同年代が好んで働きそうなバイトはたくさんある。
なら何故、このバイトを選んだのかといえば答えは至極簡単で〝楽〟だからだ。低賃金には低賃金たる理由があるということ。
日頃から出会いだのラブコメだの恋に渇望しておきながら、結局俺という人間はいつだって楽さを優先してしまう。怠惰と呼ぶに相応しい人間だ。
しかし言い訳をさせてほしい。第一優先こそ楽を取った俺だが、出会いに期待してないわけじゃなかった。ホームセンターと言えど、同い年の女子が一人くらいはいると思っていたのだ。今思えば甘かったと……自分に甘かったと言わざるを得ないが。
結果同い年の女子はおらず、遥か昔に女子高生やっていたマダム達しかいなかった。
さすがに出会いがなかったので止めますとも切り出せず、ズルズルときてしまい今に至る。
「おはようございます」
「やあ花川君」
事務所に入り挨拶をすると、一服中の店長が笑顔で返してくれた。
「あ、そうそう、今日新しいバイトが入ってくるから」
「あ、そうなんですか」
ロッカーに鞄をしまい、指定用エプロンを身に着けていると店長がふと口にした。入れ替わりが多いこのバイト、特に珍しくもない。俺は驚くことなく返す。
「花川君と同じシフトだからそろそろ来る頃だと思うんだけどね」
そう言って店長はふぅーと紫煙を吐く。お世辞にも広いとは言えない事務所内は白く霞む。
――コンッコンッコンッ、と、ドアをノックする音が鳴り渡る。
店長は来た来たと煙草の先端を灰皿に雑に押し付け、腰を上げて「どうぞ!」と恐らく新しいバイトであろう来訪者に呼びかけた。
「――失礼します」
期待すらしていなかった俺は驚きを隠せなかった。
可愛らしい声と共に現れたのは、元女子高生のマダムではなく現在進行形で女子高生だったからだ。
「今日からここで働かせていただきます、
丁寧にお辞儀をして律義にフルネームで自己紹介をした新人さん。小野町紡希……ったくもう、名前からして可愛さが滲みでちゃってるじゃないですか。
「店長の
続いて店長が自己紹介をする。口振りから察するに二人は初対面ではないよう、面接で顔を合わせているのだろう。
「で、こちらが花川君」
流れ的にはそうか…………よし、ここは社会を一足先に経験している先輩として華麗に決めるか。
「は、花川です。よろしくです」
滑り出しからつっかえた挙句、記憶にすら残らない淡白な紹介となってしまった。いついかなる時も女子と会話するのは緊張する。
華麗に失敗して気落ちしていたが、小野町さんは特に気にした様子もなく一礼を返してくれた。
「じゃあ小野町さんには早速仕事を覚えてもらいたいから…………花川君、小野町さんに一連の業務を教えてあげてくれる?」
「あ、はい」
冷静に答えつつも内心ワクワクドキドキが止まらなかった。今まで何度か新人さんに教える機会はあった。が、女子高生で尚且つこんなに可愛い相手は当然初めて。この状況で胸が高鳴らない男子がこの世にいるか? いたとするなら是非教えを請いたい……その余裕はどうやったら手に入るんですか、と。
「えっと、それじゃあ…………その前に、さすがにその格好で仕事は」
小野町さんは学校指定の制服を身に纏っていた。だからこそ一目見て女子高生とわかったのだが 、さすがにスカートでは仕事に支障をきたすと思い俺は口にした。
その事に店長は遅れて気が付いた様子。
「ごめんごめん伝え忘れてた。小野町さん、着替えを持ってきてたりする?」
「あ、はい。念の為持ってきました」
さては店長、合否の連絡の際に服装の事について言い忘れたな? 仕事をするうえで基本且つ重要なのに相変わらずだな。
店長の非、しかし口では謝っているものの特に悪びれた様子のない店長は飄々と口にする。
「それは良かった。じゃ、僕と花川君は少し外すからその間に着替えてくれる? それと次からは着替えてから来てね」
「わかりました。ほんとにすみません」
「いや、こちらこそごめんね」
この状況を第三者の大人が目にしたら何と口にするだろうか。恐らく小野町さんにも非があると言及する。例えば「常識的に考えればわかるだろ」なんてそれっぽい無難を。それを言うなら俺達より遥かに社会経験豊富な店長が連絡不足という初歩的なミスを犯すのは常識的にあり得るのだろうか? って話になる。寧ろ事前に知らされてもいないのに着替えを用意してきた小野町さんの方がよっぽど常識的だ。
だがそう切り返したとしても今度は「誰にだってミスはある」と口にするだろう。しかしそれは矛盾、店長のミスを擁護するのなら、非があると言い放った小野町さんも擁護してしまう。
回りくどくなってしまったが要するに最初にミスをした店長が全面的に悪い。
しかし立場的に上の店長に今日初めての小野町さんが強く言えるはずもなく、結果頭を下げ謝罪を口にした。悲しき社会の構造。
「ほら花川君、僕らは出るよ」
けど同じく下である俺も口にはできず、店長の言葉に頷き事務所を出た。
「お手間を取らせて申し訳ありません」
程なくして着替え終わった小野町さんが丁寧な言葉と共に事務所から出てきた。スクールシャツはそのまま、スカートは黒のスキニーに履き替え、指定用エプロンを身に着けた彼女。少しでも時間を取らせたくないという配慮が窺える。
「いえいえお気になさらず。それじゃ花川君、よろしくね」
「わかりました。行きましょうか」
「はい。お願いします」
そして本日の業務が始まった。
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