第3話 普通じゃない転校生3

 新薗は言った。俺という人間は歩んできた人生の中で出合った誰よりも最低で最悪で下劣な人間と。なら俺も言わせてもらおう、あの休み時間での出来事は俺の人生の中で最も心的苦痛を与えた瞬間だったと。



「おい鋼理、辰真、飯行こうぜ」



 時は昼休み、練馬の誘いに俺と吉田は頷き教室を後にする。


 結局、あの休み時間を機に新薗に話しかける猛者は誰一人としていなかった。


 噂を嗅ぎつけた他クラスの連中が新薗を訊ねに訪れた時もあったが、彼女の一貫した態度に皆、泣く泣く教室を出ていった。


 こうして新薗は転校初日、それも午前中で見事に孤高を築き上げたのだ。


 学食に着いた俺達は各々メニューを注文し、空いてる席へと座る。



「んで鋼理、お得意のラブコメには発展しそうか?」



 早々に口を開いた目の前に座る練馬。そのにやけ顔から察するに新薗について意見を交わしたくて仕方がなかったのだろう。彼女はずっと教室に張り付いていて口にできなかったから。



「発展もくそもないだろ。自己紹介の時点で拒絶してきたんだぞ? 可能性の芽すらない」

「そうとも限らないだろ花川。最初は心を閉ざしたヒロインだが、主人公と関わるようになって徐々に打ち解けお互いが惹かれあうようになり、やがては結ばれる。ありきたりな設定だと思うが」



 横に座る吉田が割りばしを割りながらそう言ってきた。



「ありきたりな設定でも、ありきたりじゃない性格だったろ。あれはさすがにない」


「そ、そうか」とだけ返し吉田は注文した工業スペシャル肉丼を食べ始める。



「まあ新薗も難ありだが、鋼理も大概だろ」



 同じく工業スペシャル肉丼を掻き込む練馬が口に物を含みながら声を出す。行儀がなく下品だと指摘したかったが、それよりも俺はその言葉の意味を知る事を優先した。



「どういう意味だ?」

「いや、いくら新薗があんなんだったとしてもさ、初対面の女に対してチ〇コ付いてるかなんて聞くかフツー。デリカシーないにも程あるだろ」

「なッ⁉ 誤解だ! 俺はそんな直接的に言ってない!」

「直接間接の誤解が解けたとしても、言った事にはかわりなくね?」

「――ぐッ」



 正論を言われ俺はたじろぐ。遠回しに言ったが含んだ意味は練馬のもろそれだ。今思えば中途半端に隠したせいでより如何わしさが増していたかもしれない。


 我ながら下品過ぎた。球磨工はほぼ男子校、同性との学校生活を過ごしていくうちに品性が損なわれ、日常的に恥じらいなく下ネタが飛び交っている。そんな場所に身を置いているうちに毒牙に蝕まれていたのかもしれない。


 俺も立派な工業生って事か。



「にしても球磨商からどうしてうちに転校してきたんだろうな。商業と工業じゃ別物もいいとこなのに」

「商業が向いてなかったからではないか」



 俺が一人肩を落としていると、話は新薗の転校してきた理由へと変わる。



「にしてもだぜ? 工業を選ぶか? よっぽどな夢を持ってきたってんならわかるけど、授業態度見た感じそんな情熱は感じなかったし……真面目は真面目なんだけど、それだけみたいな」

「努力を人前では見せないタイプなのでは?」



 眼鏡をクイッと上げそう推測した吉田。だが練馬は納得いかないのか「う~ん」と首を傾げるだけだった。



「やあ! ここいいかい?」



 と、悩ましい空気になりつつある場を、やかましい声で吹き飛ばしたのは同じ機械科の一人、本間雅俊ほんままさとしだった。



「おお筋肉! いいぞ!」

「その呼び名やめて」



 練馬は隣の席を引き本間に勧める。ちなみに本間が筋肉と呼ばれている訳は見た目通りである。ラグビー部に所属している本間の体つきはまさに屈強。とはいえ直接的過ぎるあだ名に本人は不満があるようだが。



「あ、てか筋肉にも聞きたいことあったんだよ」

「ん? なんだい?」



 割りばしの先を向けて思い出したように口にした練馬に反応する本間。



「お前あの〝ブラジャー〟どうしたんだ?」



 そう、本間はあの休み時間に新薗からブラジャーを受け取った張本人だ。



「ああ……その、事か……」



 練馬の訊ねに対し、頼んであろう工業スペシャル肉丼に目を落として絞り出すようにして返した本間。いや、そんな沈鬱な顔するシーンか今?



「実は……今ここにあるんだ」

「え、まじ? どこにあんの?」

「ズボンの中」

「ポケットの中か…………中々窮屈ではないか? それ」



 吉田もブラジャーに好奇心を示したのか、会話に混ざる。



「そうじゃなくて…………ズボンの中なんだ」

「いやだからズボンのポケットの中なのだろ?」

「違う。ズボンの……中なんだ」



 答えは合っていそうなはずなのに、何故か吉田と本間の応酬が繰り返される。普通、ズボンの中と言われたらポケットの中と連想するが…………。


 ――まさかッ、コイツ⁉

 

 ある可能性が脳裏を掠める。


 次の瞬間、渋い顔した本間が論より証拠と立ち上がった。



「げ、嘘だろ」

「そんな……まさか」



 練馬と吉田も本間の違和感に気がついた様子。


 倫理に縛られていた事で想像もつかなかったんだろう。まさか、文字通りズボンの中だとは。



「本間は天才なんだろうな。常人の俺には一ミリも理解できない」



 俺は本間の不自然に膨らんだ部分を見ながら口にする。どれだけ興奮してもそうはならないだろう部分、股間を。



「し、仕方がなかったんだ。学校のどこかに隠したとして、それが万が一見つかったら、その…………盗られちゃうかもしれない。せっかく手にした女子高生使用済みのブラを盗られてしまうかもしれない。だから、肌身離さず持っているしかなかったんだ」

「深刻にしてるところ申し訳ないんだけど、泣けばいいのか笑えばいいのかわからない」



 率直な感想だった。憂いに沈んだ口調とはいえ内容が内容、少なくとも擁護はできない、というかしたくない。



「ていうか持って帰ってどうすんだよ、使い道なくねーか?」

「そ、それを言わせる気かい? こ、困ったなあ、そ、その…………な、ナニに使うんだよ」



 恥ずかしそうに恥ずかしい使い道を暴露する本間に俺を含めた一同はドン引き。まさかここまでの奴とは。



「あ、でも安心して。独り占めする気はないからさ、俺が使い終わったら皆に貸すよ」

「「「いらねえええよッ!」」」


 本間の汚すぎる気遣いを俺達は断固拒否した。

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