第2話 普通じゃない転校生2

 一時限目が終わるや否や、彼女……新薗の周囲に勇敢な男共が集う。



「新薗さん、もし機械の授業についてわからない事や学校について不明な点があったらいつでも言ってね。僕が教えるし、案内するから。それと放課後暇かな?」

「いやいや僕って良い子ぶんなよ。それにお前いつもと話し方違いすぎるし、慣れてないから不自然丸出しだぞ。見え張るな馬鹿が。新薗、こんな馬鹿より俺の方が頼りになるから、困ったら俺に言ってくれ。それと放課後暇?」

「君達に絡まれた時点で彼女は既に困っているんだよ。申し訳ない新薗さん……空気の読めない二人に代わって謝るよ。それから、放課後暇だったりするかな?」



 これは酷い。女子の転校生に気持ちが高ぶるのはわかるし、他人を蹴落とし自分を優秀に見せようとするのもわからなくはない。けど誘うのは絶対違うだろ。揃いも揃って決め台詞のように口にしてたが、腹の底が浅すぎるせいで魂胆が透け透けすぎる。


 当の本人である新薗も見え透いた優しさに惑わされることなく、スマホに目を落として他人事にように流す。


 それもそのはず、新薗は自己紹介の時点で俺達に対して大きすぎる壁を建設したのだから。


 さっき彼等を勇敢と称したが取り消そう、この状況に似合う言葉は無謀、どちらも得をしない無意義な時間。


 俺は隣から傍観する。それは俺だけでなく、練馬に吉田、他の連中もだ。クラスの一員となった紅一点の美女、興味の渦中になってしまうのは必然。


 そんな俺達の視線ですら彼女にとっては煩わしいものだとも知らずに。



「……用意しといて正解だった」



 隣だからこそ、消え入りそうな呟きも耳にすることができた。その呟きは間違いなく新薗の口から発せられたもの。


 その言葉の意味は直ぐに分からされることになる。


 新薗は鞄をまさぐりお目当ての物を手にすると、立ち上がりそれを男共に突き付けた。



「「「…………え?」」」



 目にした男共は露骨に困惑する。傍観する俺達も例外ではない。


 新薗が手にしていたのは、天使の羽で優しく包み込むような形をした女性用の下着、ブラジャーだった。



「これを手打ちに金輪際、私に関わらないで」



 緩急のない声で短く告げる新薗。そう、彼女はわかっていたのだ。いくら壁を作ったところで、空気の読めない輩が強引に壊しにくると。断ったとて、空気が読めないが故に執拗に誘ってくると。だからこそ前もって用意していたのだろう。


 とは言え、だ。いくら人が嫌いだからって女性自らが初対面の男にブラジャーを渡すだろうか? 否だ、断じて否。ラブコメ的にも無しだし常識的にもあり得ない。奇行以外の何物でもない。



「どうしたの? 早く受け取って」

「は、え、う、うん」



 急かされたことによって一人が躊躇いながらも手に取ってしまう。


 異様な光景を目の当たりにしてしまったせいで俺の開いた口から思わず本音が漏れてしまう。



「お前……ほんとに女か? 実は股の下に俺達と同じものぶらさげてるんじゃ……」



 気付いた時にはもう遅い、俺の本音は静まった教室内に十分すぎる声量で放たれてしまった。


 座ろうとした新薗は動きを止め、横目でギロリと俺を睨みつける。女性から敵意を込めた目を向けられることに耐性のない俺は狼狽え救いの場を探すように視線を右往左往させ、最終的には俯き目を落した。悲しいかな、床が救世主とは。


 しかし伏せた視界に新薗の足が近いてきているのがわかり、ハッと顔を上げた瞬間――、



「――ッ!」



 左頬に衝撃が走った。新薗の振り上げた右手が、勢いよく俺の左頬を叩いたのだと数秒遅れて理解する。



「私が歩んできた人生の中で、あなたほどの最低で最悪で下劣な人に会ったのは初めてよ。不愉快だから二度と私の目の前に現れないで。これはお願いではなく命令」



 吐き捨てるようにそう言った新薗は今度こそ席に座る。


 俺は女子に平手打ちされた事実と、教室内に流れる居た堪れない空気に酷い孤独感におわれ一滴の涙が頬を伝った。そりゃ泣くよ、男の子だもん。


 と、そこで二時限目の開始を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。皮肉にも空気を読んだのは無機質の機械だったのだ。

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