俺がラブコメしたい相手はお前じゃない
深谷花びら大回転
第一章 工業生の望むもの
第1話 普通じゃない転校生1
埼玉県北部、夏になると日本一熱いということで度々ニュースにピックアップされるここ
埼玉県立
俺、
だが今日からは違う。転校生、それも女子が新たなクラスの一員になるからだ。
「転校生ってどんな子なんだべ! 可愛いかったらまじどしよ!」
「期待しすぎるのは危険だぞ。大きな失望となって反ってくる可能性があるからな」
前の席では友人の
「席に着け。ショートホームルームを始めるぞ」
と、そこで担任、
「と、その前に……今日は転校生を紹介するぞ」
「「「うおおおぉい!」」」
三村先生の通る声に負けじとクラスの歓声が上がる。騒々しい。
「騒ぎ過ぎだ全く……それじゃ入ってきてくれ」
男のみならではの下品なノリに俺が辟易する中、三村先生が廊下の方へと声をかけた。
「へ?」
転校生が教室に足を踏み入れた瞬間、マヌケにも開けた口から情けない声が漏れてしまった。
けれどきっとそれは俺だけではないだろう。声には出さずともクラスの全員が面食らっているているはずだ。目の前の光景に。
その証拠にクラスから耳ざわわりな喧騒はすっかり鳴りを潜め、唯一奏でられるのは転校生の歩む音のみ。
「では自己紹介を頼む」
小さく首を縦に振り、顔を前に向ける転校生。
「埼玉県立球磨谷商業高等学校から来ました
肩まで伸びた黒髪は質の良い毛筆のような美髪。太陽の元でいくら照らされようとその身を焦がすことのない透き通るような純白な美肌。耳にすればどこであろうと思わず立ち止まって聞き入ってしまう美声。
そして何より目を引くのは女優と言われても疑う気が一切起きない端正な顔立ちだ。これはどんな女子でも可愛く見えてしまう工業病の症状などではない。純粋に美しいのだ。
一縷の望みすらなかった高校生活に、僅かにだが青い春の香りが漂った気がした。もしかしたら彼女が待ち焦がれていた運命の相手なのかもしれない、そんな淡い期待が内から湧きだす。
「…………新薗、さすがに出身校と名前だけってのは」
珍しく困り顔を浮かべる三村先生。さすがの先生も女子相手には強くでれないのだろうか。
「…………わかりました。では――」
ゴクリと、あちらこちらで息を呑む音が聞こえてきた。誰もが彼女に視線を注ぐ。俺も例外ではなくもはや釘付けと言ってもいい。
そして彼女の口はゆっくりと開かれ――、
「私は人が大嫌いですので気安く関わらないでください」
そう拒絶の意を示した。
俺を含めたクラス全員、それに促した三村先生までもが二の句が継げないでいる。
それもそのはず、転校生の自己紹介とは伝え方が変われど本質はいち早く受け入れてもらえるようにする為の謂わば宣伝なのだから。
その考えは固定概念として多く人々の内にある。つまりは世の常識、けれど彼女は常識を覆した。迷うことなく平然と突っ撥ねた。
……普通じゃない、この女は普通じゃない。
微かに灯った期待という名の火は意図も容易く掻き消される。
「以上です」
何ともいえない微妙な空気が流れる中で、しかし彼女は一顧だにしない態度で短く言い終え、最後に一礼を加える。
「…………先生、私の席は?」
「え……あ、そうだったな。新薗の席は花川の隣、あそこだ」
彼女の訊ねに動揺してか短い間が生まれたが、さすがは大人と言うべきか直ぐに冷静を取り戻し職務を全うしてみせた三村先生。
「わかりました。ありがとうございます」
軽く頭を下げ、男だらけの室内をかしこまることなく無表情で闊歩する。そこらの男より男勝りである。
そして隣の席へとたどり着いた彼女は、周囲の人間に挨拶の一つもなく腰を下ろす。どうやらさっきの表明は本気だったようだ。
「それじゃあショートホームルームを始める――」
その後は普段と変わらない朝へと戻っていった。
工業での転校生イベントは、期待と落胆を短い間で味合わせてくれる実に心労するものだった。
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