第2話
【強制サバイバル生活:371日目】
歩いたり走ったり飛んだりしながら、北へ北へ。ひたすら北へ。
どこまで行っても土と森しかない大自然の中で、遠くからでも見えるほどの巨大な人工建築物。『塔』へ向かって進む、進む。
まっすぐ…………というのとはまあ、少し違うけど。
なにせ雪が溶けてきて、その下に隠れていた山菜が探さなくても目に入るようになってきた。
そうしたら見つけ次第、せっせと採取するしかない。採らないだなんて勿体ない。
なにせ野草類はほぼ底をついていた。
肉や魚のたぐいは一匹狩ればお腹も膨れるけど、こちらはそうはいかない。一束や二束ではお腹は膨れないのだ。
ペルカの健やかな成長のためにも大量の数を集めておきたい。
それを目的に、あっちにふらふら。こっちにふらふら。
北というより西へ東へ動いているほうが多いかもしれない。なので距離はあまり進んでいない。
けれどまあ、仕方ない。食料集めのほうが優先だ。
それに時間制限のあることでもない。
最終的に塔につけばいいということで、のんびり進んでいくことにする。
そりゃまあ気持ちとしては一刻も早く着きたい、なんて思いがないとは言えないけど、それで無理するのは本末転倒だ。
まずは身の安全。
次に食材と素材の採取。最後に前進だ。
人間…………がこの異世界にいるかはわからないけど、明らかに知的生物が建てたであろうあの塔には、いずれ着けたらいいという心持ちでいこう。
そんな私の心境を読み取ってか、ペルカもせっせと食料を集めてくれる。主に山菜や草花を。
ただ、移動するたびに汚れるのはいただけない。
なにせ地面は溶けた雪が染み込んで、ぐっずぐずのべしょべしょだ。走ればそれだけで泥がいくつも跳ねる。当然足もドロドロになる。
まともな靴を錬金で作ることができなかったため、無理矢理裸足で歩き回ることに慣れてしまったペルカでも、これは堪える。なんだかもう土で固めた靴でも履いているかのような有様だ。
それだけなら防御力が多少上がりそうだし、溶け切らない雪に突っ込んだ時も冷たくなさそうだが、ペルカによると土が纏わりついた部分は痒くなるらしい。それも相当に。なので、しょっちゅう泥で汚れた部分に手で触れて、泥だけをアイテムボックスに放り込んでいる。
痒いのは我慢ならないよね…………わかるよ…………。
なのでそんなに嫌なら『飛行』でも使って枝から枝に飛んで移動すればいいと思ったし、実際そう言った。けれど、返ってきたのは意外な言葉だった。
≪この泥を跳ねさせずに歩けるよう工夫してみる≫
………………。
…………。
よくわからないが、そういうことらしい。
ペルカの鍛錬脳を刺激するものでもあったんだろう。多分。
私だって体は鍛えているが、ペルカみたいな方向性で鍛えようと考えたことはない。だって何の役に立つの…………。いや、忍び足の訓練にはなるかもだけどさあ…………。
はたして意味があるのかないのかわからないが、本人は大真面目なので止めないことにする。勝手に頑張ってほしい。
…………そういえば昔、忍者が自分の身長よりも長い紙を腰に下げて、それを地面に着かせないよう走ることで足を鍛えた、なんて話を地球の物語で読んだなあ。
≪――ほう≫
あ。反応しちゃった。
となると、いずれ夜中の鍛錬でやり出すだろうな。ペルカのことだし。片っ端からあれやこれやと試しているものねー。
長い紙でも錬金で用意しておくか。木材を素材にすりゃいいし。
それにしても、ペルカはどこを目指しているんだろうか。もしや世界一?
いや、まさかね。
戦闘能力に極振りした転生者もいそうだから、それは無理でしょ。
でも鍛えて強くなって、滅多なことでは死なないようになるのは歓迎だから頑張ってほしい。
とりあえず二度と爆弾を喰らっても死なないようになってほしいかな。
記憶を持ったまま三度目の人生があるとは思えないし…………。三度目は私も勘弁だし…………。
とりあえず今回の人生を精一杯生きてやる。うん。
滅多なことでは死んでやるもんか。
こっそり決意を固めていると、表で活動していたペルカの視界が突如移り変わる。どうも木の幹を蹴って登り出しているらしい。
どうかしたの?
≪卵を見つけた≫
――――卵!!!
なんとも久しぶりに感じるその単語に、目が輝く。
卵って言うとあれでしょ。茹でたり焼いたりして食べるのが一般的で、半熟も捨てがたくって、なにより酢と混ぜると調味料にもなるっていう…………!
≪い、いくつ?!≫
普段は思っただけで伝わるが、重要なことは念話にして語りかけることにしている。で、今回は念話を使うことにした。
だって卵だよ、卵!!!
数によっては…………うふ、うふふふふふふ…………。
≪3個だな≫
――3個。
む。それは、なんとも少ない。
いやでも、あるだけ百万倍ぐらいマシだけど。
≪中に雛とか…………入ってたり、する?≫
≪いいや。今のところ孵化はしそうにない。――ああ、ひとつは無精卵だな。そのままアイテムボックスに入れることができた≫
鳥の巣から卵をつまみ上げたペルカからそんな報告が来る。
よおーし、良し。
それじゃあ残り2個の殻も割っちゃって、そのままアイテムボックスに入れようか。
自然の掟からすると見つけられた時点で卵は生まれずに死んだも同然だからね! 仕方ないね!
ひゃっほう!
本当は様々な調理法を片っ端から試したかったけど、無理なら無理で優先順位を考えながら使おうか。
いやー。考えるだけで心が浮き立つね。
思わず鼻歌なんて歌っちゃったりしながら、錬金の製作可能リストを眺める。新たに手に入った素材があれば必ず確認しているやつだ。
新しく作れるようになった料理はどれとどれかなー。
やったー! 予想通り作れるのが大量にある!
2個は調味料を作るためにとっておくとしても、1個は誕生日みたいなお祝い事があった時に使っちゃおうか。
≪…………!≫
うわ。なんかすごく反応してる気配がする。
ペルカって本当、食べるの好きだよね。
こういった生活だし、娯楽ないし、わかる気もするけど。
え、鍛錬すること自体が楽しい? 少しずつ強くなっていくのが嬉しいって?
ああ、そう…………。
ヨカッタネ。うん、ホントホント。
私には理解できない感覚だけど、ペルカがそれに楽しみを見いだせてるのなら何よりだよ。
【強制サバイバル生活:398日目】
よく晴れた日だった。
雪はすべて溶けて、土もすっかり乾いている。
常緑樹ではない木にも緑の葉が茂り、地面からも様々な植物が生え、私たちがここに連れてこられた時と同じような風景が辺りに広がっている。
どうやら今年は去年よりも一ヶ月ほど冬が長かったらしい。
去年が短かったのか、今年が長かったのか。両方の合わせ技ってこともあるかもしれない。
その辺りは統計でも取ってみないないとわからないだろう。
こっちとしては冬が長いのは嬉しくないので、なるべく早めに終わってほしいけど。
いい天気なので、今日は私が表に出たいとペルカに頼んで、するりと感覚を入れ替える。
薄いベールのような抵抗を乗り越えれば、直接肌に日差しがあたった。
傍から見ていると、十歳の少女が突然赤ん坊へと若返ったように見えるかもしれない。
……そういえば、ペルカと自分の姿は同じなんだろうか。
そんなことを今更のように思う。
確かめる手段はまあ、今のところないんだけど。
湖とかも風で揺らめいていて、水面に映る姿はいつもぼやけていた。たまに視界に入ってくる髪から、ペルカが黒髪なのは間違いないと思うんだけど。
…………というか見た感じは人間と同じ手と足と体だけど、私は人間族…………でいいんだよね? 耳とかも尖ってないし。
だって鏡とかないんだもの。細かいとこなんて知りようがない。
まあ実はエルフとかドワーフでしたと言われても、特にショックとかはないけど。
この世界で差別されるような種族でした! という可能性はあの邪神のことを考えればあるかもしれないけど、そこはどうでもいい。
だって、前世と同じ感覚で動かせる体には病気も怪我もないし、特に足りないものがあるとも思っていない。この世界の人間族は三つ目とか三本腕が標準だとしても、私は困ってないんだから、今のままで生きていけばいいだけだ。
んっと目を細めて太陽に顔を向けて、大きく背を反らして伸びをする。
とりあえず今の私の感覚は人間のままなので、たまに太陽を浴びたくなるのだ。
内面世界では夜でもずっと明るいけど、あれは謎の明るさであって太陽とは違う。
なのでたまにこうしてペルカと交代してもらうのだ。
あれこれ自分の体を動かしてみた後、特に異常がないということでアイテムボックスから『飛行の札』を取り出し、自分に使う。
背中に透明な羽が生えたような感覚。
それを動かし、地面を蹴り、ぐんぐん上に昇っていく。
雲の近くまで来たところで、羽の付け根とやらがあるとしたらここだろうという部分が痛む。
幻肢痛というやつだろうが、実際に痛いのは事実なので無理はできない。
自分ができる限界ギリギリの高さまで昇ってから、北にあたる方角を見る。
以前、あそこに塔が見えた。
宇宙まで続いてるんじゃないかと思うほど、細く長い線が左右対称の塔の形をして、空の彼方まで伸びていた。
あの巨大さを考えると、ここから見えてもおかしくない。けど…………。
どうやらまだまだ遠くにあるようだ。
前回だって雲の上にある山の頂上から、よくよく目を凝らしてやっと見えたぐらいだ。光の屈折の都合だかなんだかで、ここから見えなくてもおかしくない。
それでも多少がっかりしながら、ならもっと近づくべく、不可視の羽を動かして前へ前へと斜めに降りていく。
山菜を集めるのも大事だけど、進むのも大事。
今日は久しぶりに私が表に出ているんだから、好きなようにさせてほしい。
そう心の中でお願いすると、≪了解した≫と返ってきた。
なので遠慮なく羽を広げるイメージをして、滑空。そして時たま、くるんと全身で回転したりジグザグに飛んでみたりする。だいぶ下がったところで羽を羽ばたかせるようにして、再び上昇することも試してみる。すると負担は大きかったものの、無事に上昇できた。
これまでは縦方向に昇ることしかできず、パラグライダーのようにいったん降り切るしかなかったのが、どうやら横方向に飛んでいても再び上昇することができるようになったらしい。
これで名前通りの『飛行』というスキルに近い動きができるようになった。
これにもっと磨きをかけて、当初の自由自在に飛ぶという目標を叶えられるようになるべく、30分と少しの時間を活用していく。
『飛行の札』に限っては、使用時間がだいぶ伸びてきた。
これで制限時間のないペルカが同じことができるなら、今よりもっとずっと移動速度を高めることもできただろうけど、ペルカは私より飛ぶのが上手くはないから仕方ない。十歳と一歳では体重の差も大きいしね。
飛びながら眼下の景色を見る。
真下には土もいくらか見えているが、進行方向には小高い山がいくつかと、他には緑の森が、ずっと、ずうっと続いている。
んー…………。
いい天気で、いい景色。
空気も穏やかで寒くはなく、とても飛びやすい。
目に映る景色は珍しいものではないが、それでもたまに太陽を反射して、葉っぱがキラキラと輝いている。
思わず顔がほころぶ。
こういった自然そのままの景色を見るのが好きだった。
森だけでなく、長大な川とか海とか、一面の花畑や麦畑。山の上から注がれるような大瀑布や底の見えない渓谷なども、きっとこの世界のどこかにあるに違いない。そういったものを残らず見て回れたらと思うのだ。
第二の人生の目的と言ってもいいかもしれない。
なのでこうして目的地に向かって旅をしているのは苦ではない。むしろ楽しい。
変わりばえがないように見えても実際にはすべてが違う景色だし、そこにいる生き物だって違う。
大きすぎる世界の一部として、自分はその中で生かしてもらっている。
それを実感すると寂しくなったり恐れたりする人もいそうだけど、私はむしろありがたさを感じる。第二の人生をここで生きるための許しをもらった気がして。
鳥も、虫も、植物も。平等に生きている。
その中に私がそっと混じっても、これだけ大きな世界はきっと気にしない。
なら精一杯生きるだけだ。
でもってただ生きるだけじゃなくて、できればもっと楽しく幸せに、文化的な生活をしてみたい。
うん。この状況だとそれって強欲かもね。知ってる。
でも人間ってばそういうものだから。
もっともっと、昨日よりもいい今日を、今日よりもいい明日を望むものだから。
諦めずに積み重ねてやる。
いずれこのサバイバルが遠い日の思い出となる未来を目指して。
この世界にいる父母…………というか、父母が属していたはずの集団に混じって暮らせる日を夢見て。
今日も私は塔に近づくべく飛んでいくのだ。
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