試練の塔

第1話


 異世界に転生しながら、私ことポッカとペルカは、今日も元気に大自然の中を生き抜いていた。




 地球にてテロだかなんだかの大爆発に巻き込まれて、大勢の中の一人として死んだ――と思ったら、神を名乗る少年に「転生させてあげよう」と言われて飛び乗ったのが、正解だったのかどうなのか。未だ答えは出ていない。

 いやまあ普通に考えたら、死んで消滅するよりは異世界で第二の人生を――となるところだけど、あの少年神に限っては、その通りだとは安易に頷けない。

 だってあいつ、邪神だし。

 転生イコール邪神のおもちゃとなる契約書みたいなものだし。

 なにせ私が転生する直前、あいつは言ったもの。

『せっかく第二の人生なんてものをあげるんだ。お礼として私を楽しませるべきじゃないかい?』

 …………この台詞だけはちょっと忘れられそうにない。

 衝撃的なのもそうだけど、あの邪神の底意地の悪さが詰め込まれていて、思い返すたびにムカつきがこみ上げてくる。死ねばいいのに。

 今の私が置かれているこの状況も、邪神のせいだというのは明らかだ。

 生後6日目にて誘拐されて、だーーーれもいない大自然のど真ん中に捨て置かれるとか。この環境のせいでどれだけ苦労したことか。

 これまでよく生きてたと思うよ、私。

 邪神からチートを貰っていなければ即死だった。

 まあでもそのチートを渡した当の本人…………いや本神が私をここに追いやったのだから、感謝するいわれはないんだけど。

 はあ。

 …………まあでも、多分だけど、邪神は私を死なせる気はなかったんだと思う。

 いや、だからこそ余計に性質が悪いとも言える。

 ――私が邪神から貰ったポイントで選んだチートは、主に四つ。

【錬金】、【鑑定】、【アイテムボックス】。

 そして――――【第二人格】。

 この第二人格に当たるのが、相棒ことペルカだ。

 ペルカにはもう、本当に、ほんっっっっとにお世話になっている。

 赤ん坊の私に代わって体を動かすのも、探索するのも食材を集めるのも外敵と戦うのも、食べるのも鍛えるのも木を切り倒すのも、全部彼女がやってくれた。

 私と違って九歳児の体で生まれたとはいえ、よくぞここまで頑張ってくれたと思う。とても足を向けて寝られない。いや。同じ体を使ってるんだから無理なんだけど。

 ペルカと私は一心同体。

 ペルカが死ねば私も死ぬ。逆もまたしかりだ。

 そういうわけで否応なく巻き込んでしまったわけだが、今のところとても仲良くやっていけてると思う。

 ペルカは私の意思を尊重してくれてるし、私もそんなペルカが可愛くてたまらない。

 真面目で努力家で、生き残るための工夫を欠かさない。そんな彼女を好きにならないなんて無理に決まってる。

 ここまで生き抜いてこれたのは彼女のおかげだ。

 もちろん彼女の頑張りに合わせて、私がチートを駆使してきたのも大きい。

 様々な物品を劣化なしにいくらでも収納できる【アイテムボックス】。

 その物品の詳細がわかる【鑑定】に、様々なものを作り出せる【錬金】。

 これらを使うことで生き残れた。

 …………そう。生き残ることができたのだ。サバイバルの知識なんてゼロに等しい素人が。

 私としてはここに邪神の介入を感じられずにはいられない。

 近くに拠点にピッタリな洞窟があったのもそうだけど、食料となる草もその辺に生えていたし、水も遠出をすればあったし、脅威となる肉食獣も近くにはいなかったし、改めて考えてみるとなんとも都合のいいスタート地点という気がする。

 この1年で散々思い知らされた自然の厳しさからすると、今こうして私たちが生き残っているのが不自然なほどだ。

 となるとやっぱり邪神がどうにかした、と考えるのが自然な気がする。

 努力をすればゼロ歳児と九歳児でも生き抜けるように、難易度を調整されていたのだろう。

 私たちが生きあがく姿を見て楽しむために。

 …………うん。考えてみると普通にムカつくな。

 やっぱり今後何があろうとも、あの邪神に感謝する気にはなれそうにない。

 私でこれなんだから、他の転生者たちもどうなっていることやら。

 ろくなことになっていない確信だけは湧いて出てくる。

 原始時代に送られた人もいたみたいだし…………うん…………。ナムナム。

 とっくに死んでいるだろう同胞の冥福を祈って、表の世界の映像を見る。

 特に変わりはない。いつもと同じ雪景色だ。

 どちらかの人格が表に出ている時、反対側の人格は【内面世界】と名付けた真っ白い世界に滞在することができる。ここから表世界の映像を別人格の視界越しに見て、どんな様子かを確かめたりもする。

 この世界で鍛えた体は現実世界の体にも影響するし、反対にこの世界で破壊の限りを尽くしても現実世界には影響しない。なんとも都合のいい空間だ。

 これも邪神から貰ったポイントで作ったチートだ。

 他には【鍛えれば鍛えるほど強くなる体】と、【自分の死の予感を直前に感じ取る直感】を貰った。後は、ペルカ自身が選んだチートか。それで全部だ。

 ん? チートの数が多いように見えるって?

 数で言えばそうかもしれないけど、邪神に貰ったのは全員一律に100ポイントだったから。分散させたことでどれも効力が弱くなってるから。

 例えば【アイテムボックス】は生き物は入れられないし、直接戦闘には使えない。

【錬金】は失敗することもある。というか最初のうちは失敗だらけだ。

 失敗するごとに素材の数はガンガン減っていくし、成功率100%には中々ならないし…………。頭を抱えたのは一度や二度じゃない。

 そういった不自由を許容してポイントを増やして、それでどうにか思い通りの能力を詰め込んだのだ。使い勝手を犠牲にして。

 それを誰かにずるいと言われても困惑するしかない。

 私が選んだチート――特にペルカという第二人格――は相当に特殊だろうという自覚はあるが、まったく後悔してないどころか、彼女がいなければとっくに死んでいただろうことを思うと、よくぞあの能力を選んだと自分で自分を褒めたたえたくなる。

 念話で互いに話ができるのもよかった。長い間ひとりぼっちで誰とも話ができないとか寂しすぎるし。

 他の転生者は私よりずっと強力なチートを持っているだろうけど、それでも私はペルカがいい。ペルカがいてくれてよかったよ。

 それに、いかにご立派なチートを持っていようと、邪神のおもちゃにされる現実はきっと変わらないだろうから…………。むしろより凶悪な環境に放り込まれている気しかしない。

 同じ転生者たちの行く末を思うと遠い目になってしまう。

 苦労知らずの人生を歩めるのは誰一人いないだろうという確信がある。

 生きるのって、つらいね。

 特に邪神の息がかかってたりするとね。

 …………やっぱりホントにあの邪神、死ねばいいのに。




 気温だけは春になっても、積もった雪はまだ溶けずにいる。

 子供姿のペルカが胸辺りまですっぽりと埋まってしまうぐらいの高さがあるから、これをそのまま歩いていくことはできない。

 なので、雪から飛び出ている木の上を、枝から枝へと飛び移っていく。

 このぐらいなら『跳躍』を使わずとも楽勝だということらしい。

 ホント、1年前とは比べ物にならないぐらい頼もしくなってくれた。

 たまに森が途切れることがあるけど、その時は『飛行』で飛んでいく。

 ――こうして様々な動物の特性を制限時間有りとはいえ使えるのは、やはり便利だ。ペルカが選んだ能力だから、基本的にペルカしか自由に使えないけど。

 使える種類を増やせば増やすほど便利になるから、是非もっと初見の動物を狩っていきたい。虫でも可。

 もちろん知っている動物でも植物でも、食べられるならなんでも歓迎する。

 なにせペルカが邪神から貰ったチートは、【自ら狩った生物を食べることによって強くなる】能力だ。ただし複数の特性を使う時には制限時間が有る。

 使える時間を延ばすのも、能力を重ねて使うために朝食・昼食・夕食のどれかで食べるにも、とにかく目当ての動物の食材がなければ始まらない。

 狩れるチャンスがあればガンガン狩っていってほしいという私の願いはペルカもわかっているようで、北へと向かいながら、たまに目についた虫や動物を殺してアイテムボックスに放り込んでいる。

 …………今のところ新しい生物はいないな。

 鹿のように一匹狩れば大量の食材が手に入るのがいれば嬉しいのだが、そういった大物は滅多にいないので、そこは仕方ない。兎でも充分にありがたい。

 それにしても。

 トン、トンっと軽々と渡っているように見えるのに、幹に張りついた羽虫や葉っぱの裏の芋虫など、私では見つけられなかった生物も気づけば収納されている数が増えているとか。

 手際が見事なのもそうだけど、観察眼が半端ない。

 ……いや、これは『鳥の目』を使って見分けているのかな。

 それもありそうだけど、やっぱりペルカの素の実力と言うのも大きそうだ。

 なんというか、もう私が追いつけなさそうなところにいるよね。

 感心しながら腹筋を頑張る。

 これが終わったら背筋と柔軟と片足立ちと前転と…………。

 とりあえずやれることはやらないと。

 ペルカが強くて頼りになるのはもう大前提だけど、だからと言って私が何もせず鍛えなくてもいいってことにはならない。ペルカが気絶して私に交代する可能性はゼロではないのだ。体力はあって損はないわけだし。

 うー。苦しいけど。うひー。

 でもあの炎虎と正面から戦って、死ぬかもしれないって思いを味わったら、このまま甘えてる気にはならないよね。

 …………いやまあ実際戦ったのは私じゃなくてペルカなんだけどさ。

 私もちょっとだけとはいえ案を出して協力したってことで。うん。

 まあでもあれを至近距離の特等席から見られて生きているのは、同一人物の特権だなあとは思う。

 何度も死ぬと思った攻撃を避けて、避けて、避けて避けて避けて避けて逃げて逃げて逃げ続けて、どうにか機を掴めた。

 再びあれをやらなきゃならないと聞かされたら、今度こそこちらの心臓が止まりそうだ。絶望で。

 いやでもペルカなら二度目だし、もっと上手く戦えると思って喜ぶのかな?

 戦いを楽しめる人の思考はわからないので、それは置いておくとして。

 前回、虎によく似た獣――炎虎との闘いで、はっきり言って私は役立たずだった。

 そりゃまあゼロ歳児に何ができるんだと言われたらその通りだけど、少なくとも私は他の本物の赤ん坊に比べたら考える頭は持っているし、邪神からもらったチートもある。抵抗する手段は持っているのだ。

 勝てるかどうかはわからなくても、生き延びられるようにはしておきたい。

 その一心で、こうしてちまちまと地道に体を鍛え続けている。

 どうせ今の私にやることはないしね。

 目的地まで進むのも食材や素材集めもペルカがさくさくと進めてくれているし、私の内側にあるもうひとつの世界……。内面世界から表の世界を見るだけだとしたら、空いている体ぐらいは動かしておかないと。

 この世界が弱いものに無慈悲なのはもうわかりきっているから、生きたいのなら自分でも頑張らないと。

 ペルカに頼りきっているだけだと、きっといつかあっさりと死んでしまう。

 それはもう確信だった。

 自然の中で、生き物を狩る姿を視界越しに見ながら培われてきた死生観とも言えるかもしれない。

 どんな生き物にだって弱いところはある。

 例えば鹿や兎だったら追いつかれたらどうにもならない攻撃手段や防御手段のなさだったり、猪だったら方向転換をすることのできない体の造りだとか。強みと弱みは表裏一体だ。

 そしてペルカの弱みとは何かと聞かれれば、それは私だと断言できる。

 ペルカは強い。

 それは山の頂上にいた、あの炎虎から生き延びたことを見ても明らかだ。

 私が目に負えない攻撃でも避けるし、判断は早いし、邪神のチートを上手く使いこなして、相手の意表を突こうとする頭脳も持っている。

 だけど搦め手には弱い。

 毒だったり、麻痺だったり、眠くなる攻撃などがもしあった場合、ペルカにどうにかできる手段はない。退避して仕切り直すしかないだろう。

 でも、退避すらできそうになかった時。

 その場で崩れ落ちて、交代するように私が表世界に体ごとぽんと投げ出された時。

 それはただ、何もできない赤ん坊が敵の目の前に転がっただけだ。

 …………悔しいが今の私がペルカを追い詰められるような敵の前に現れたとしても、逃げるどころか抵抗すらできるとすら思えない。

 チート能力を使ってどうこうする以前に、慌てふためいて頭が真っ白になって終わりだ。

 実際に炎虎の時はそうだった。

 もう終わりだ。とか、誰か助けて。みたいなことばかり願っていた。

 根本的に私は戦いに対する心構えがなってない。平和な日本で生きてきたので当然なのだが。

 けれどここは、異世界だ。

 そこはもう心から理解したし、自然の厳しさも思い知った。甘ったれた考えだと確実に終わるという思いもここからきている。

 なので自分でも、戦うための手段…………は厳しいので、時間を稼げる手段を持つためにこうして頑張っている。

 体を鍛えるだけでどうにかなるとは思わない。

 けれど落ち着いて敵に相対するために、自分に自信を持つことは重要だし、その自信はこうして地道に繰り返してこそ宿ってくれると思うのだ。

 繰り返した時間は裏切らないみたいな? そんな言葉を聞いたことがある。

 そうでなくても体を鍛えることで悪いことにはならないだろうと思い、こうして自分を痛めつけているわけだ。…………よし。基本セット終わり。

 さて後は、逃げ足を鍛えるためにひたすらランニングをしないと。

 心肺能力も強くできて一石二鳥だ。

 これが一番キツいんだけどね! ぜーはー。

 えっちらおっちら、おぼつかない足腰でよたよたランニング…………というよりも早歩きしながら、せめて3時間は続くようにならないと……! と気合を入れる。

 この年齢には無理があるとわかってはいるけれど、こうして普段から無茶ぐらいしないと、いざという時に体が動いてくれそうにない。

 私はそういう点では、自分自身にマイナスの信頼がある。

 身に染みついた平和ボケって怖いよね。

 とにかく何かあれば逃げるのだ…………。固まってないでまずは逃げるのだ…………!

 事態を把握するのはそれからでいい。

 そう何度も何度も自分に言い聞かせながらひたすら走る。もとい、歩く。

 キリキリしてきた足首を撫でつつ白い床を踏みしめて、疲れでくらくらする頭を振って意識を戻しながら、歯を食いしばって歩く。

 ――いやホント、こんなに頑張ってるゼロ歳児なんて、転生者の中でもそうはいないんじゃないかなあ!

 ヤケになってそんなことを思って、ふと気づく。

 サバイバル生活が始まってから、359日目。

 これに誘拐される前の日にちを合わせたら…………ああそうか。

 私、いつの間にか1歳になっていたのか。

 立ち止まると、もう動けそうになかった。

 そのまま後ろにごろんと倒れる。

 痛いぐらいの肺にぜーはーと空気を取り入れながら、仰向けになって何度も呼吸をして、息を整える。

 だらだらと汗がとめどなく流れてきた。

 タオル……はないので柔らかい葉っぱで顔を拭いて、また呼吸して、葉っぱで拭いて…………を繰り返して、どうにか落ち着いてきた頃、ぽつんと頭に浮かべる。

 ペルカ。

 誕生日おめでとう。

≪…………ありがとう?≫

 よくわかってないまま返された言葉に、ふっと笑う。

 いいじゃない。私たち以外誰もいないんだから。せめて互いに言ってあげたって。

 この1年、お互いよく頑張ったよ。

 まだまだこのサバイバル生活は続きそうだけど、区切りの日ぐらいちゃんと祝っておかないと。あまりに変わりがないと、長い年月の中で変化に鈍感になっちゃいそうだ。

 ペルカに野生児みたいな生活だけじゃなく、健康で文化的な都会生活を送らせることを私はまだ諦めていないのだ。そのためにもこうして一心同体のパートナーの祝い事ぐらいは祝ってくれる子になってもらわないと。

 予想通り、不思議そうながらも真似して言ってくれる。

≪ポッカも誕生日おめでとう……?≫

 で、いいのだろうか?

 そう付きそうな言い方ではあったけれど、それでも言ってくれた気持ちが嬉しかった。なので笑顔になって答える。

「――うん。ありがと」

 互いに顔は見えないけど、気持ちだけは伝わったと思いたい。

 まだまだ生まれたてで、情緒とかそういうものがわかっていないからこそ、ひとつずつ知っていってほしかった。

 私がペルカのことを子供のようにも相棒のようにも、とにかく大事に想っているってことを。

 こうして何気ない日々の中で少しずつ積み重ねて、いずれは心に届くといいなあ。

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