第37話(第1章、完)
【強制サバイバル生活:348日目】
朝が来た。
出発の朝だ。
ここに放り込まれて1年も経たないうちに新天地に出発できるようになったことに、最初の頃を思い出してしみじみとしてしまう。
よく頑張ったものだ。
あの馬モドキに誘拐されてすぐ放置されて、どうすりゃいいのさと泣きわめいてた頃とは比べ物にならない成長ぶりだ。
新しい動物を狩るごとに強くなるんだから、まだまだ伸びしろはいくらでもあるし、そういった意味でも新しい場所に行くのは楽しみだ。
自分の前途が明るいことに満足を覚えながら炎虎の寝床から出ると、んっと両腕を伸ばして深呼吸する。
おおう。肺に入る空気が冷たい。でも清々しい。
昨日は実に久しぶりに私の姿のまま表世界で寝た。それ以前となると、冬ごもりを始める前まで遡る気がする。
私もまだまだ寒いこんな日に表に出て寝る気はなかったのだが、ものすごく修行をしたい熱を帯びたペルカに頼まれてしまったのだ。
炎虎と戦った時のあの感覚を忘れないうちに体に染み込ませておきたい、と。
そこまで真剣に言われて断れるわけがない。
内面世界で鍛錬をしまくるペルカの激しく揺れる視界をぼんやり見ながら、そういえば説教するつもりだったのにしてないなあ、なんてことを今更思い出す。
――私のことだけでなく、自分のことも大事にしてほしい、なんて。言葉にすればただそれだけのことを、ペルカに理解してもらうのはかなり難しい気がする。
だって前からずっと言ってたし。
私はペルカがいてくれて嬉しいって。助かるって。好きだって。
それでも通じないのなら、これはもうペルカにはまだ理解できないってことじゃないのか。
……考えてみれば無理もない。ペルカが第二人格としてこの世に生まれて、まだ1年経ってないのだ。情緒には色々と疎そうなところがあったし、心の成長がどうとか言うには周りの環境が過酷すぎて、そんなものに目を向けている暇がなかった。
そんな、言ってしまえば赤ん坊も同然の彼女に、どうして自分を大事にしないのと叱りつけたってきっとわかってはもらえないだろう。
なにせ彼女は自分のことを人間だとすら思っていないのだ。
…………昨日、炎虎と戦っている時、なんとしても私を生かすという気持ちが流れ込んできて――――。
――同時にポッカの補助機能である自分なんてどうなっても構わないという思いまでもが伝わってきた。
あの時はもう、思わず真顔になったね。
唇を噛んで、腹の底から湧き上がる激情を抑え込もうとしてもまだ無理で。自分の顔を両手でひっぱたいて、それでようやく意識を目の前の戦闘に戻すことができた。
あんな時にあんな爆弾を落としてくるとか!! バカバカ!!
補助機能、とかさあ。機能って。物ですらないの。
自分のことをそう思ってるだなんて知りたくなかったよ…………。
…………でもまあ、薄々気づいてはいたよね。
だって、ペルカって自分自身の一人称がないし。
「私」とも「自分」とも「ペルカ」とすらも言わない。ひたすら言葉を濁して避けていた。
≪っ、気づいて――≫
なんだ。聞いてたのか。
そりゃ気づくよバカ。
だってペルカのことを、ずっとずっと見守ってきたもの。
どんなことが好きで、どんなことに楽しみを覚えるか。無理はしてないか。毎日気にして話しかけてたもの。
大事な大事なパートナーなんだから、細かいことでも気にかけて当然でしょう?
≪………………≫
ああ、責めてるんじゃないの。
さっきも言ったように、ペルカはまだ生まれて1年経ってないんだから。
色々なことを、例えば私が怒ったり心配したりしてる気持ちが理解できなくても、ある意味では仕方ないとも思う。
もちろんずっとそのままじゃ困るけど。
だからって今ここでわからないものをわかるようになれって怒られても困るでしょう?
≪…………ああ≫
うん。
だからね、これからゆっくり知ってもらうから。
私がどれだけペルカのことが大切で、自分を大切にしてくれないことがどれだけ悲しいか。
そうして何気ない日々を繰り返すうちにわかっていってほしい。
機能なんかじゃない。ペルカもこの世界に生きるうちのひとりなんだってことを。
私は、まだペルカがいないと日常生活も怪しいへっぽこな子供だけど。ペルカもそういう意味では、まったく育ってない子供ということで。
二人三脚で、お互いの足りないところを補い合っていこう。
だって私たちは、そのためにふたり一緒に生まれてきたんだから。
こうなったらもう、死ぬ時も一緒で!!
それぐらいの勢いで、互いに死なないよう頑張っていこうよ。
いやホントにペルカがいなくなっちゃったらピンチだから私! その場では助かっても近いうちに死ぬから!!
≪了解した。なるべく死なないようにする≫
お願いね!?
そこはもう、守ってもらえないと困るってレベルじゃないので。どんな醜態をさらそうがなんだろうが、私だけでなく自分の命も守ってね。
その意義についてはまだわからなくてもいいけど、物理的に守る努力は絶対にすること。約束だよ?!
≪約束、か≫
そう。約束。
触れ合うことはできないけど、お互いの視界の中で小指を立てて、互いに謡いながら同じタイミングで揺らしてみせる。
ゆびきりげんまん。
互いをパートナーと認める限り、お互いに何があっても死なない努力をすることを誓います。
指切った、――と。
「ぅんせっ!」
気合を入れて頂上から飛び立つ。
昨日に続く晴天で、遥か彼方にある塔は今日も札を使った私の目に映ってくれた。
今は『飛行の札』を使ってるから見えなくなっちゃったけど…………。
でもこのまままっすぐ飛んでいけば着くはずだ。
物理的には不可能で、そのうち降りなきゃだろうけど、そのぐらいの気持ちってことで!
飛ぶのは体重が軽い私のほうが向いてるからね!
白と茶が混じった風景を下に見ながら飛んでいく。
白はもちろん雪で、茶色は木の幹だ。枝に葉が残ってないので寂しい色合いになっている。
こちら側の雪はまだ溶けかけていないようだ。北側だからだろうか。
ただ、ずっと森が続いているのは変わりなさそうだ。
常緑樹が少ないという違いはあるけど、これまでいた場所と合わせても延々と変化のない風景が続いている。山と森だらけだ。
もっと他に色んな景色があればいいんだけど。
砂漠とか荒野とか草原とか。多分この世界のどこかにはあるんだろうけど、この辺りにはなさそうだ。
もっともっともーーっと色んな場所に行きたいけど、果たしていつになるのやら。
視界いっぱいに広がる寂しい景色の中で目立つのは湖ぐらいだろうか。
以前滞在した所とは場所が違うし、こちらのほうが大きく見える。
おそらく山に積もった雪が溶けるに従って流れ落ち、麓へと溜まっていった結果出来上がった天然の水場なのだろう。思い返せば向こうの湖も山に接する場所にあった気がする。
ただ今回は先に進みたいし、このままスルーかな。
そう思っていたらペルカから要望が届いた。
≪すまない、交代してほしい。あの湖の近くに降りたい≫
えっ。
今飛んだばっかりなのに?
このままゆったりと滑空して距離を稼ごうって話はどこ行ったの?
歩くよりもこうしてパラグライダーのごとく飛んだほうがずっと早いし疲れないのに?
それを知っていてなんでわざわざそんなことを?
不満っていうか、意味がわからなすぎて理由を教えてほしいと頼むと、あっさりと見つけたものを教えられる。
≪猪がいた≫
「よし殺せ。食料にしよう」
獲物がいるなら話は別だよね!
掌返し?
それがどうした。
食料は生命の次に優先されるんだ! ――いやホントに。
毎日毎日こう、減っていく食料を数えながら、次はいつ狩って補充できるか考えるのは心臓に悪くってさあ…………。
秋で大量補充できたけど、冬の間は減る一方だったから。狩れるチャンスがあれば逃したくはない。
ペルカと交代すると、カクンとなって落ちかけたが、すぐに『飛行』が発動して持ち直す。
この交代時に、特性が発動するまで時間がかかるのはわりと大きな隙だな。
何度も交代の練習をしていればもっとスムーズにいけるかな?
ペルカが戦ってる時に私が交代しても、何するんだって話だけど。私がペルカに助けを求めて交代するってのは有り得そうだしね。
――で。
私からはさっぱり見えないが、ペルカはきちんと視界に捉えているらしく、迷いなく森の一角を目指していく。
特に相談を持ちかけられなかったので、確実に狩れる自信があるんだろう。
最初にこちらも命を賭けて、木の槍一本で向き合った時の緊張はもう欠片もない。
ぐんぐんと近づく地表を内面世界から見ていると、見えてきた。
その頃にはペルカも包丁を手に持っており、空から森の中へと突っ込んだところで『飛行』を解除する。切り替えのタイムラグの間だけ墜落したが、傍目からではそのタイミングは見極められないだろう。そして『跳躍』に切り替えが終わると、足元にある幹を蹴って猪の頸を狙い包丁を振るう。
すぱっと鋼色の線が走り抜け、猪の頭部が飛んだ。
勢い余ったペルカが地面を蹴って衝撃を殺そうとするが、殺しきれずに高くジャンプした。10メートルほどの高さまで持ち上がると、そこらの幹や枝を小刻みに蹴って降りていく。
空中で停滞していた猪の首が鈍い音を立てて落ちた。固まったままの胴体も今更死んだことに気づいたかのように横倒しになる。
「お、おおおおぉ…………!」
一部始終を見学していた私は、思わず唸る。
なんて言うか…………見事な手際だった。
はっきり言ってしまえば、漫画みたいだった。
すごい! と諸手を挙げて褒めたたえた。なんなら拍手もした。
あの苦戦していた頃が嘘のようだ。
苦戦なんてものじゃない。まるで作業だった。
強くなったんだなあとしみじみしてしまう。
勝ち誇るでもなく、さくさく解体するところも好ましい。
なんかもう、頼もしすぎて。これ! これがウチの子! って自慢して回りたくなる。
うへへへへへへ。ペルカかっこいー。
でれでれしている間にも、さくさくと素材をアイテムボックスに放り込んでいく。
『ホエールピッグボアの塊肉』に『ホエールピッグボアの骨』と……。
そういやそんな名前だったね。
いつも料理を作る時に文字を見ておきながら、頭の中で『猪』と変換してたから忘れてたわ。
あ、新しい毛皮。
今着ているのは使い倒してかなりボロボロになってきたし、来年の分として大事にとっておこうかな。
…………って、毛皮を交換するのを忘れてた!
ごめんね着たままで。寒いでしょ。もうアイテムボックスに入れたから…………え? もういらない?
寒くなくなってきたから、ずっと私が着てたらいい?
――いやいや。騙されないし。
いくら寒くなくなってきたって言っても、それは我慢できるというだけで、着ていたほうがいいに決まってるでしょーが!
はい! いいから着る!!
私はこっちの新しいほうを使うから!
……今はまだなめしてないけど、そのうち乾燥させるつもりだから、気にしない!
というか、ここからしばらくひたすら歩くんだから、ペルカが表に出たままでしょ。
なら使うべきはペルカだよ。違う?
≪…………了解した≫
そうそう。さっさと諦めて。
これ以上ごねたら新しい毛皮を押しつけてやるとこだったよ。まったくもう。
自分を大事にしてほしいって頼んだ矢先にこういうことするとか、ペルカってばホンットに私に甘いんだから!!
地上に降りてしまったので、ついでに湖に寄っていく。
新しい場所だし、あわよくば新素材があれば…………と思ったのだけど。湖自体は完全に厚い氷が張り、周囲にも生命の気配はない。この場所にはまだ春は届いていないようだ。
がっかりしながらも湖の上を歩いてもらう。
いくら氷が張ってても湖の中にいる魚は生きてるだろうし、あわよくばそれが釣れたりしないかなという計算を働かせたからだ。
釣り具があればワカサギ釣りみたいに挑戦してみたんだけど。うーん。
ゴンゴン、と金棒で氷を叩いてへこませて、適当に足元に両手で輪を作ったぐらいの穴を開けると、ちょん、と指を浸してもらう。
「冷たい?」
≪そうだな。この中に飛び込むのは無謀だろう≫
うーん。
せっかく『淡水呼吸』の特性を持ってるのに、水温が妨げになるとか。この能力って本当に使えるのか使えないのかわからないな。
寒さをものともしない特性だってこの世界にはあると思うけど、じゃあそれを持つのはどいつなんだって話だからな。
手がかりゼロで探し出すのはつらい。情報が欲しい。
もうこの際、行こうとしてる塔に人間がいなくたっていい。手記でも残っていてほしい。
出発前に早くも悪い予想のほうに流れている私を差し置いて、ペルカは氷の下にある水を収納していた。あーはいはい。補充ね。
水ならこの冬に嫌というほど収納した雪を錬金すれば、数十年分はありそうだけどね。
≪………………≫
ふと。ペルカが立ち上がり、つつつと開けた穴から下がった。
どうしたの? と言いかけたが、氷越しにもデカい黒いものが浮上してくるのが見えて、黙り込む。
その大きさでわかった。あの巨大魚だ。
氷越しにも私たちを察知したらしく、ぬうっと水面に出ようとして――。
ゴン! と、やかましい音と衝撃があった。ペルカの視界が揺れる。
「………………」
≪………………≫
思わずふたりして沈黙してしまう。
何もなかったかのように巨大魚が水の中に潜り、もう一度浮上しようとしてくるも、やっぱりゴン! と。水面に出るための蓋になっている氷の壁に邪魔をされる。
「あー…………」
巨大魚の頭突きだけではこの氷はぶち破れないのか。そりゃそうか。
ペルカみたいに一ヶ所を何度か殴って耐久を弱めてからならともかく、巨大魚のはそのまま正面から体当たりしてるようなものだからな。いくら私を狙おうが、この物理的な壁は乗り越えられないのだろう。
とは言っても、こちらも手出しはできないんだけど。
あれだけ夏の間に私を翻弄してくれた巨大魚が、ごつんごつんとぶつかるもどうにもできないのは、可哀想なのと同時にちょっと面白かった。
それにしても、こっちの湖にもいるんだね。この巨大魚。
こんなデカいのに、さらに嫁とか旦那とかいるのかねえ。どうやって増えているんだか。
…………と。そういえば何回も巨大魚巨大魚言ってたけど、こいつの正式な名前って知らなかったな。
今なら触れそうだし、触ってみるか。
「んじゃ、交代ね」
≪了解した≫
ペルカも止めるでもなく交代してくれる。
表世界に戻ると、ひやっとした空気が体を包んだ。うえ、寒っ!
……あ。毛皮がアイテムボックスに戻ってる。
頼む前からやってくれるとか、本当にペルカってそういうところ気が利くよね。
ぐるりと毛皮を体に巻きつけながらその時を待つ。
何度無理でも諦めることなく、再びぬぬっと浮上してきたそいつが、ガヅンと痛そうな音を立てて全身をぶつけてくる。
それに合わせてペルカが開けた穴に手をくぐらせ、巨大魚の表皮にぽんと触れた。
【鑑定】を発動させる。
生きている相手のことも、触りさえすれば情報がまるっとわかる【鑑定】は中々のチートだと思う。毒草や毒キノコの見分けができたのもこの能力のおかげだ。
ただ、ペルカではなく私にしか使えないので、彼女が苦戦するような戦闘時には何の役にも立たない。
あの炎虎みたいのなんか到底ムリムリ。どうやって近づけって言うの。自分の手が触れるかアイテムボックス内に入ったものでないと鑑定できないのに。
ただ、今回は氷越しなので、私のままでも平気だ。
いやー珍しい。本当に久しぶりに生きてる動物を鑑定できる。
えーとこいつの名前は…………。
…………ん?
二度見した時、ぴしぱきと、どこからかヒビの入る音がした。どこというか、下からだ。
地震が起こるように足元にある氷が揺れている。
えええええええ。
っと、ととっっ…………。
ばきゃりと氷が割れて、私が乗った重さでバランスを崩した。
湖の中央にほど近い、幅跳びしようが到底届かない距離で、冷たい水の中に落ちかける。
――うわっ。
≪!!≫
ペルカの慌てる気配がしたが、それも一瞬だった。
交代するため表に出てこようとするのを断って、ふわりとその場で『飛行』する。
これの発動についてはもう慣れたものだった。
札を取り出すためにどちらかの手さえ空けておけば、頭で考えないでもできるようになった。
最近ではもう、歩くよりも圧倒的に飛んでいる時間のほうが多い。
斜め上へと浮き上がりながらその場を離れつつ、ぼちゃんと湖に沈んだ元足場を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
飛べてよかった。
さもないと、こんな日に水の中に落ちてしまうところだった。それは流石に風邪をひく。
ペルカの能力について色々と思うところはあるけれど、この一点に限っては手放しで褒めてもいい。
時間制限有りとはいえ、飛べるというのはかなりのアドバンテージだ。
それに、空から見る景色は好きだった。
山頂から飛び降りながら見る景色なんてものは、このチート能力がなければ確実に見れていないだろう。見れてもその直後に死ぬ。
それにこれから先、色々とできることが増えると思えば、ペルカがこの能力を選んでくれてよかったのかもしれない。
さっきまでの意見と180度変わっていることを知りながら、現金にもそう思う。
能力を前向きに考えられるようになったという意味ではいい変化なので、特には気にしない。
――それで。
斜め下を見ると、あの分厚い氷を頭突きのような形で割った巨大魚が、それでも水面に飛び出すことができず、ウロウロした後でまた潜っていくのが見えた。
割れた場所が一部なため、全身が潜り抜けることはできなかったのだろう。巨大な体が仇になったようだ。
「………………」
水の中を泳ぐその姿を見て、ついさっき鑑定した種族名を見る。
――『ホエールピッグボア(成体)』。
ついさっき見た名前だ。
というか、サクッと狩った猪だ。
あっれー?
なんで?
陸を歩いてた猪と、湖の中を泳ぐ巨大魚が同じ種族?
そんな馬鹿な。
いやホントなんで???
意味不明すぎて混乱してしまう。
猪と魚って…………。
………………。
…………。
…………ホエールって、確か鯨だったよね。
え?
それじゃあピッグボアって…………豚と猪?
――え?
そういうこと?
直訳すると、クジラブタイノシシ?
なにそれ! なんだそれ!?
地球とは違う世界なのに、そんなあからさまな名前があるものなの?!
これって…………これって…………。
要するに、名づけ、もしくはこの不思議生物の誕生のどちらかに、転生者が関わっている…………?
――いや、もうそうとしか思えない。
だってそうでなければおかしい。
生物の名前なんて、地名とか発見者の名前とか地元で呼んでいた呼び名みたいな、きっかけは適当なものばかりで、それが長い年月をかけて定着したからこそ意味のあるものになっているだけだ。
歴史が変われば当然動物への呼び名も変わる。それが普通の流れだ。
変わらないなら、それにも当然理由がある。
そのことにもっと早く気付くべきだった。
知らない植物もたくさんあるけど、ぶどうとか柿とか、私の知る名前もたくさんあった。鹿や兎だってそうだ。
よくよく考えてみれば、転生者の面影はこんなところにもあったのだ。
うわあ、と溜め息をついてしまう。
今更になってこんなことに気づくとか。
自分自身にちょっと呆れたが、それと同時に初めて感じ取れた転生者の痕跡に、少しだけわくわくしてしまう。
きっと色々なものの名前をつけたのは大昔の転生者だろう。
あの邪神は様々な年代に送り込んでいるようだし、これから先も世界を巡るたびに様々な転生者の痕跡を見つけられるかもしれない。それは地球での記憶を持たない者にはわからない、転生者ならではの特権だ。
どうやらこれからの旅は希少素材や動物たち、素晴らしい景色を自分の目で探す他にも、広い世界に眠っていたり馴染んだりしている、遠い昔の同胞たちが残したものを探す旅にもなるらしい。
言葉で纏めてみると、それは何と言うか、そう。宝さがしによく似ている。
価値があるのかないのか。そんなことはさっぱりわからないけど、それでも探し求めずにはいられない。
アメリカ大陸のフロンティアを開拓する人たちはこんな気持ちだったのかもしれない。
改めて下を見る。
私を食べるのを諦めきれずに、戻ってくることを期待してうろついてるホエールピッグボアは、地上で倒した猪との大きさの違いからして、おそらく成体だろう。
哺乳類にしか見えなかったのに成長すると湖の中に潜るという、奇妙奇天烈摩訶不思議生物だけど。この大自然に来たばかりの私のお肉になってくれるという大切な役割を担ってくれた種族だ。
こいつがあれの親族なのか遠い親戚なのか、それはわからないけど。近くにいたんだし、まあ無関係ってことはないだろう。
ナムナムと、この世界にあるかもわからない言葉を唱えて、湖の上から離れていく。
悪いな。私は喰われる気はない。
もっともっとこの世界で生きるのだ。
高度を上げるたびに小さくなっていくその姿に、数ヶ月前、絶対にあいつを殺してやると誓ったことを思い出し、くすりと笑う。
実はもうとっくに幼体を倒していたとかね。知らなかったよ。
喰われそうになった恨みはペルカが前もって晴らしていてくれたみたいだし、さあこれで心置きなく出発できる。
進路は北。
細かい角度はペルカがしっかりと覚えて教えてくれている。
あとはもう、示される方向に進むだけだ。
ゆったりと飛んでいく。
体格とか鍛え方の違いで歩くのはペルカが圧倒的に早いけど、『飛行の札』さえ使えば私だって負けていない。
だからたまには私が表に出ていい?
そう聞くと、≪もちろんだ≫と返された。
ありがとう!
思わずぱあっと笑顔になる。
ああ、もう! 相変わらず互いの顔が見れないのが勿体ないなあ!
この気持ちペルカに届けーーっ!!
めっちゃ強くて頼りになって、そのくせ私のことばっか考えてくれる優しいパートナーのことが大好きだーーーっ!!!
≪…………もうわかったから黙ってくれ≫
その念話があまりにも照れているように聞こえて、堪えきれずに笑ってしまう。
うんうん。もっとそうやって積み重ねて、心だとか自分の気持ちをわかっていけばいいよ!
焦ることはない。ひとつずつ経験していけばいい。
好きなこと。嫌いなこと。楽しいこと。苦しいこと。
いっぱいあるだろうけど、その中でも素敵だと思うことが強く心に残るように、小さなトラブルは吹き飛ばせるぐらいに強くなっていこう。
心だけでなく、体も。あのチート能力を使って、さ。
大丈夫。
ペルカならきっと成長できるって。
だって私たちはまだ生まれたばかりで、人生これからなんだから!
――――第1章、完。
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