第3話
【強制サバイバル生活:430日目】
毎日、毎日、北に向かう。
その合間に野草などを採取しているけど、ここ最近はその比重を増やしている。
もうそろそろ気温が上がってきて、今生えている草花が枯れそうになってきたからだ。
野菜代わりのこういった草を集めるのはこの季節が最適なんだから、一年分を集める気でいかなくっちゃ。
去年はすぐに野草が底をついちゃったものね。山菜もろくになかったし…………。
どういったところに生えやすいか、みたいな基本的な知識も、ぱぱっと集めるための腕力も体力もなかったから仕方ないんだけど。
アイテムボックスに入ってる数が去年の十倍以上というところに、成長した自分を感じる。
まあほとんどはペルカなんだけど。
私だって飛びがてら、目についた木の実をささっと集めるとかしていたし。無力ってわけじゃないと思う。
いやまあ、先にペルカが見つけて教えてもらうことはだいぶ…………いや、しょっちゅうあるけども…………。
ま、まあいいんだよ! どっちが見つけようと。私が働いたのは事実なんだし。分業ってことで。
足りない部分は互いに補い合えばいいのだ。
口出しと指示しかできなかった赤ん坊時代を思えば、動けるようになっただけマシに思える。
…………いや、一歳は充分に赤ん坊か?
赤ん坊を卒業したとはっきり言える年っていくつだろう。幼稚園に入学した時かな。
となると三歳?
地球でならそれでも充分に幼い保護されるべき子供だけど、残念ながらここは甘やかしてくれる人が誰もいない大自然だからね。
なるべく早く成長して、自分の身は自分で守るべく頑張っていこうか。
はあ。
それにしても服が欲しい。
私が望む文化的な生活って、半分は服が占めるんじゃなかろうか。
だってさあ…………。
繊維がまともに取れる植物が未だに見つからないから、私の服もペルカの服も葉っぱを組み合わせて作ったものだ。
暑さにも寒さにも弱いし、汗をかいたらすぐにへたっとなる。夏なんか一日に何度も取り換えなきゃならない。
柔らかいから肌触りはいいし、木の枝とかの接触からは守ってくれるけど、剥き出しの肩から先はしょっちゅう引っ掻いて傷跡ができる。
ペルカなんかは最近それを利用して、うまい移動方法を考え出すための練習とかしているけど、私はそんな鍛錬マニアとかじゃないから。普通に袖のある服が着たい。
昔はそりゃ、産着を着てたけどね? もうすっかりボロボロだよ…………。
私だって大きくなったし。寝ているだけだって汗で汚れるし。
途中から運動を始めたものだから、産着はあっという間に卒業した。
一応何かの役に立つかもと思ってアイテムボックスにしまってはあるけど、特に使い道は思い浮かばない。
一着しかないんじゃあ、再利用するとしてもねえ。
母親はきっと私のために何着も用意してくれていただろうに。あーあ。
おのれ誘拐犯め。
愚痴をちょこちょこと言いたくもなるが、ないものはないでしょうがないという気持ちもある。ここ最近、諦めばかりが早くなった。
錬金で『ペルカサイズ』と『ポッカサイズ』で勝手に分けられているので、それを使って二人の服を作っている。ちなみに私サイズのほうが必要な葉っぱの量が少ない。
あと、私サイズの葉っぱでできた靴。身の回りのものはこれで全部だ。
夏と冬には帽子をかぶってるけど、今のところは必要ない。日差しが強い日には取り出すこともあるけど。
これらに使うニワトコの葉には大変お世話になっている。
そこら辺によくある木らしく、あちこちにわさわさ生えているので材料にはまったく困っていない。もうとっくに数年分は余裕という量が溜まっている。手軽さでも使いやすさでも、これに勝るものは中々ないだろう。
でもやっぱり普通の服が欲しい。
糸とか綿とか、そういった材料はありませんか。
同じものでなくても似たような要素で使えるならいいと、ペルカにも頼んで必死に探してもらっているけど、今のところ見当たらない。
別に葉っぱの服の着心地が悪いってわけじゃないけど、不便があるのは確かだし、どうしても地球で着ていた様々な服を懐かしく思ってしまう。
もうデザインとかはいい。着心地だって妥協していいから、せめて、せめて下着を…………! 特に下側のを…………!!
お願いだよおおぉぉぉ。
心の内で切実に思う。
最初の頃は衣食住を揃えることのほうが切実でそれどころじゃなかったけど、滅多なことでは死ななくなってきて、そろそろ耐えられなくなってきたんだよぉぉ。
だって、これでも日本人として生きてきたのだ。
そこで身につけた常識が、ノーパンでいることの恥ずかしさを煽ってくる。
でも、だって、仕方ないじゃないか…………!!
私だって下着をペルカに履いてほしい。
でも葉っぱは下着にするには向いてないのだ。さすがに。
丈夫な皮膚はともかく、そういった場所にはちゃんと清潔な布をあてたい。
清潔に関しては、アイテムボックスに放り込めばそのたびに汚れがどこかにいってくれるので、一着でいい。洗う必要も干す必要もないんだから。一着があれば、それを大切に使い回すというのに…………!!!
現実は厳しい。
これまでに植物にある繊維を使って、糸を錬金することには成功した。
うん。
十二本。
…………30センチぐらいの細い髪の毛みたいな糸が、十二本。
ははははは。
服どころかタオルですら遠いんだけど。
これを集めていっても、靴下すら出来上がる未来が見えない。そもそも服に向いてない糸みたいだし。ナイロンぽいって言えばいいのかな? やたら丈夫で、そこはいいんだけど、下着には…………。
今度、ノートとして紙束を纏める紐にでも使おうか。
だって向いてるものに使った方がいいし。
服は…………もっと向いている植物が、いつかどこかにあるだろう。多分。それに出会えることを期待しよう。
そしていつかこの原始人にしか見えない見た目を卒業するのだ。
葉っぱの服も着てみたらそこまで悪くないけど、傍目から見た時のイメージが完全に野蛮人だし。いつまでもペルカにそんな恰好させたくない。
――いやまあペルカがそんなこと気にしてないのはわかってるけども。
自分が内面世界にいる時なんか、面倒だからってすっぽんぽんになったりもしたからね…………。
さすがに見た目的にどうかと思うので、それは止めてもらっている。
できればペルカには原始人コースには進んでほしくない。
ペルカと私は年齢によってまったく見た目が違う体格だとしても、同一人物なわけだし。全裸で歩き回れるのはこちらの精神ダメージがね…………。
ううう。ちくしょう。
邪神が憎い。
全部あいつのせいだ。
あいつがもっと繊維のある植物がたくさん生えている場所に置いてくれればこんなことには。
いやそもそも、私を赤ん坊のうちから誘拐させるとかいう極悪な運命操作をしなければ。
くそおぉぉぉ。
思い返すたびに呪いたくなる。
同じ地球からの転生者にもし会えたとしたら、開口一番次の質問をしてやろうかと思うぐらいに。
邪神を呪う方法、誰か知っていませんか?
【強制サバイバル生活:462日目】
ここ最近は雨だらけで、梅雨みたいな季節が続いている。
じめじめしてて非常にうっとうしい。やだー。
嫌すぎて、最近は夜以外は表に出ていない。進むのはペルカに任せている。
悪いとは思うけど、本人はいかに降ってくる水滴を避けられるかに集中しているから、鍛錬の役に立っているんだろう。
…………いやホント、ペルカはどこを目指しているんだろうね?
そういえば数日前、ペルカが目ざとく土の中から出てくるモグラを見つけていた。
早速狩って食べてみたら、『穴掘り』という特性を覚えた。
草花が植わってる場所を土ごとサクッと掘って、丸ごと収納するのには便利…………だったかもしれないけど、今のペルカは素手で同じようなことができるので、あまり嬉しくはなかった。
もっと早く手に入れたかった。
そしたら洞窟を掘るのも簡単になっていただろうに。
残念。
小雨の中をペルカがてくてくと進む。
服にしている葉っぱが濡れて非常に邪魔そうだったけど、脱がないでほしいとお願いしてそのままにしてもらった。全裸はやめて。
ただ体が冷えるのはなんなので、何度か脱いではアイテムボックスに出し入れしてもらっている。そうしたら取り出した時には乾いてるって寸法だ。濡れたままのを着ているのはよくないからね。
こういった雨の日は動物もじっとしているので、ペルカも周囲に注意をあまり払わず、『俊足』を使って走り抜けていく。
そろそろ採れる草花が少なくなってきた。
常に新しい場所へと移動しているので採りすぎたとかではなく、単に季節が過ぎ去ったというだけだ。
この地方ではこの長雨の季節が一区切りなのだろう。
これを超えると一気に夏になるはずだ。去年はそうだった。
毎日ではないにしても、乾く暇もなくまた雨が降るので、地面はぐずぐずになっている。
そんな中でもペルカの足音はほとんどしない。『隠密』を使ってるわけでもないのに、だ。
どうも以前言った通りに、静かに移動する方法を見つけ出したらしい。
すごい、と呆気にとられる。
スキルというわけでもないのに、技術として身につけるとか。
何と言うか、本当に体を動かすための才能を持っているんだなあ。
心なしか、走り抜ける速度も前より上がっている気がする。いや、ペルカも成長して少しずつ身長が高くなっているから、そのせいかもしれない。
忍び足で走ることを覚えて、今度はパラパラと降ってくる水滴を避けようとして。
だんだんとレベルアップしていくペルカは、果たして将来どんな戦闘力を身につけているのやら。
ただでさえ今でも人間卒業し始めているって言うのに。
なにせ、体力が半端ない。
ここしばらく、私は表で活動していない。
いや、普段から出ていないのはそうだけど、これまで夜は毎日交代していたのだ。真っ暗な中で鍛錬するより内面世界のほうがいいとペルカから訴えられて。
だけど最近は暗闇の中で動くことに慣れたいというのと、日が落ちても走り続けられる余裕が出てきたということで、夜でもペルカが表に出たままになっている。私は内面世界で寝るだけだ。まあ夜に表に出ても、ハンモックをかけておとなしく寝るぐらいしかなかったので、暮らし方は何も変わっていないんだけど。
たださすがに24時間走り続けるのはまだ無理のようで、日付が変わる頃に足を止めて、自分でハンモックを用意して寝ている私と交代して、内面世界でクールダウンしたりお風呂に入ったりしているのだとか。
そして夜明け頃にまた私と交代して、再び走り始める。
眠ったままの私は当然何も気づかないまま寝続けていた。
なんかこれだけ聞くと私が怠け者のようだけど、いやいや。ちゃんと私も体を鍛えてるから。ごくたまーに見つけ出す新種の植物とかも調べたりするし、足りなくなったものを錬金して補充してる。やることはやってるよ。起きてる時はね。
ただ体がまだ幼児なもので、あまり体力がないのと、きちんと成長したいので、多目に時間をとって寝ているのだ。そこは勘弁してもらいたい。
対してペルカってば、まだ十歳なくせに真夜中まで走り続けられるとか…………。
そんな規格外と比べられたら、私が見劣りするのは当たり前な気がする。
一度にアイテムボックスに収納できる量もどんどん増えているし。
たまに地面の土を採取して他と違いがないか調べてるんだけど、200キロに近い量をごそっと抉り取るし…………。
そんな人類はいないってわけじゃないとは思うけど、少なくとも十歳の子供ができることではないのはわかる。
今の時点でこれなんだから、成長したらいったいどうなってしまうのやら。考えると恐ろしさすら感じそうだ。
24時間走れるようになるのも遠い未来じゃないんじゃないかな。
強いイコール死にづらくなるってことなので、私としては大歓迎なんだけどね。
頑張れ、ペルカ!
なんか物語とかでよくある、強すぎるあまりに周りから迫害を受ける展開になったとしても、私だけはずっと味方だからね!
【強制サバイバル生活:474日目】
久しぶりに朝から晴れていたので、表に出て高く高く飛んでみた。
背中と呼吸が苦しくなってきて、やっぱりまだ雲には届かないと思ったその時、先の方にうっすらと縦線のようなものが見えた。
その正体はすぐにわかった。
塔だ。
今よりもっとずっと高い山に昇った時でないと見えなかった塔が、こうして上昇するだけで見えるようになったのだ。
…………うわあ。
…………うわあ!
――やった! やったぁぁ!
見えたという、ただそれだけのことで心が沸き立つ。
空気が澄んでいるというのもあるのだろうけど、前よりも低い位置で見えたということで、ちゃんと進んでいるという実感が湧いてくる。
近づいているんだ。
このまま進めば、きっともっと、はっきり見えてくるはずだ。
そしていずれは辿り着くに違いない。
宇宙にまで届いていそうな、あの塔に。
「…………よし!」
ぐっと拳を握りしめる。
方角は間違っていなかった。
ならもう後は進むだけだ。
どれだけ歩みが遅かろうと、あの塔から見下ろした私たちの移動距離が測れないほど短く見えようとも、北へ進み続けていれば、きっといつかは届くはずだ。
そこに何が待ち受けているのか。
集落か。遺跡か。転生者か。
なんでもいい。このサバイバル生活に変化をもたらす一石になれば。
「待っていろ…………!」
空中で、見えない翼を使って静止しながら、大き目の声で呟いてやる。
誰にも私の決意なんて届かないだろうその場所で、ペルカだけはそんな私を見守ってくれていた。
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