第29話


【強制サバイバル生活:321日目】


 一見、何も素材とかがなさそうな雪景色。

 だけどその下には色々なものが芽吹いていることを私はよく知っていた。

『聞き耳の札』を使う。

 使える時間は4分かそこらだけど、冷たさを我慢して雪に耳を押しつけていたが、やがてひとつかふたつ、下側から雪を割る音が聞こえてくる。植物が雪の重さにも負けずに伸びてくる音だ。

「やたぁ!」

 うまく回らない舌で歓喜の叫びをあげて、音がした辺りの雪に手を置き、アイテムボックス行きにする。たちまち地肌が見えて、そこから覗く緑色の芽がこんにちはした。ふきのとうだ。

 生きようとしているその植物を、ためらいもなく採取する。

 悪いね。けどこちらも生きているもので。

 秋の季節を過ぎてからこちら、果実やキノコ、肉などと食べるものは大量にあるものの、野菜類がろくになくて、そういったものに飢えていたのだ。

 最初の頃は野草のサラダばかりだったのが懐かしいぐらいだ。

 どうもこの辺りではそういったものは春ばかりにあるようなので、せっせと集めていく。遠慮なんかしない。

 これだけ広い山の中で私ひとりが頑張ったって、採り尽くせたりしないことは知っていた。秋だって、どれほど取りこぼしたことか。ペルカが採取した量の軽く数十倍はあるだろう。

 それにこうして雪の下から見つけ出すのはとても効率が悪い。やるしかないからやるんだけど。

 札が面白いように消えていくが、必要経費だ。そう思ってないとやってられない。

 ペルカがやれば札も節約できるけど、彼女には内面世界で趣味らしい鍛錬に集中してもらっている。実際、止めないと延々と鍛えている。どうしてそこまで……とおののくぐらい、全力で。

 でもそれが彼女の役割分担なのだろう。

 戦闘を期待して生み出された存在だからと役割を果たそうとしているのだろうか。

 そんな考えはサバイバル初日に爆発四散してどこかに行ったんだけど。

 本来はこれが当初の予定だったんだっけ。

 私が表で動いて、ペルカはひたすら鍛える。そのつもりだった。

 彼女の有能さにすっかり慣れて、つい彼女を呼び出したくなってしまうけれど。自分で歩けるぐらいには大きくなったし、そろそろ頼りきりは卒業しよう。

 …………いやまあ、さすがにまだちょこちょこ手を借りる年なのはわかっているけどさ。

 基本は飛んで、たまに降りるだけでも足先が冷たくなってきた。足を下ろす場所の雪は収納しているにも関わらず、だ。肺に吸い込む空気も冷たい。

 でも、もうちょっと。もうちょっと。この札が終わるまで。

 休憩するにしても、時間いっぱいまでねばってみよう。





【強制サバイバル生活:335日目】


 変わり映えのないような景色の中で、日ごとに雪が溶けて、少しずつ地面があらわになっていくのは面白かった。

 スマホがあったら絶対に映像に残しておいたのに。

 もちろん私もせっせと雪を回収して、溶けやすくするのに一役買っていた。

 すでに雪の総量はこれまで貯めた洞窟の土の量にも匹敵している。

 なにせやれることが少なかったもので、運動代わりにただひたすら無心で雪を集めまくったのだ。

 いやあ。おかげで寒さにはすごく強くなった。…………強くならざるを得なかったとも言う。

 最初の頃はすぐに凍って動けなくなったが、今では平気で雪を触って回収できるし、素足でも雪の上を歩ける。冷たいけど。

 人間は慣れるものなのだ。

 ……邪神に頼んだチートである『鍛えれば鍛えるだけ強くなる』が影響しているような気もする。ちょっとだけ。でも邪神のおかげとか考えるだけでムカつくので、あまり考えたくはない。

 ぎゅむぎゅむと踏むと鳴る雪の音を楽しみながら、早くも生えてきた野草を採取していく。

「ふんふふーん♪ ふん、ふん、ふーん♪」

 ついでにリズムに合わせて歌っていく。発声練習代わりだ。

 どうせ誰も見ちゃいないんだし、聴いているのは野生の動物くらいのものだろう。

「らったらー♪ らー、らー、らー♪」

≪……楽しそうだな≫

 おっと。ペルカが見ていたか。

 まあでも別に恥ずかしくはない。だってペルカはもうひとりの私だし。もっとみっともなく泣き喚くとかもしてきたし、今更だ。

「ペルカはきゅうけー?」

≪ああ≫

 やっぱりうまく舌が動かない……と思いながら内面世界を見ると、転がったまま動いていないようだ。また力尽きるまで鍛錬したのか。

 毎回よくそこまでできるなと呆れる。私は無理。文字通りの全身全霊では頑張れない。ほどほどって大事。

 適当に自分周りの雪を収納して、出てきた土の上に座る。雪はなくてもお尻は冷たい。でも我慢。

「山の雪って、いつ溶けるかなー?」

 視線を頭上へと向けながら聞いてみる。

 地上から遠くなるごとに気温が下がっていくだけあって、山は全身すっぽりと雪をかぶっている。

 いつも飛んでいくところの雪をアイテムボックスに入れて着地地点を作ったけど、それだってここからでは見えやしない。

≪ポッカがここに来た季節の頃では?≫

「ああー…………」

 そういえばその頃には雪なんか欠片も見えていなかったっけ。

 いやでも山頂とか溶けるのかな?

 富士山とかいつでも雪をかぶっていなかったっけ?

 今年が特別に雪が多く降っただけかな?

 …………まあいいか。

 その時が来ればわかるだろうと、気にしないでおくことにする。考えたってしょうがないし。

 いくら頑張ったって山全体の雪なんかどうしようもない。自然に任せるしかないのだ。

 着地地点があっても雪は周りにそびえ立っているので、そこから漂う冷気のせいで冷凍庫同然なのは変わりない。なのであの辺りの気温が自然に上がるのを待っているところだ。

 距離から考えて、おそらく二ヶ所。中腹を少し過ぎたところと、山頂に近いところ。そこでしっかりと休んで飛んでいけば、無事に山頂に着けると思う。

 そわそわと考えるだけで浮いた足先が揺れる。指先までぴこぴこ動かしてみる。

 まだかなーまだかなー。

 まだ早いけど、もういっかい上の方の休憩所予定地に行って、雪を少しでも減らそうかな。

 頭のてっぺんから爪先までキンッと凍えるのは苦手だけど。このままここにいたら死ぬ!!! って本能で感じるけど。っていうか、あんなの好きな人はいないだろうけど。

 でもでも、それで少しでも早く頂上に行ける日が来るのなら。微力だろうとやっておきたい。

 うっし。決めた。

 というわけで、これからまた山の上に行ってきます。

≪了解した≫

 ペルカがあっさり相槌を打つ。とりあえず返事だけしたって感じで、あまり興味なさそう。

 まあね。山頂に行く日が来るまで好きにすればいいってスタンスだものね。

 冬明けのせいで採取できるものもほとんどないし。今、私はやることがろくにない状態なのだ。

 危ないことをやろうとすれば何か言ってくるかもだけど、そうでなければ私に任せてくれるのだろう。

 だって私、基本的にはチキンだし。

 安全を確保しない冒険なんてしたくもないからね。

 今回だってペルカが先行して安全確認をしてくれたところしか行かないつもりだ。

 よし。お尻も冷え冷えになってきたし、そろそろ行こう。

 左手に『飛行の札』を出現させ、使用するなり地面を蹴る。と、ふわりと体が重力に反して浮いた。もうすっかり慣れたものだ。

 上へ上へと飛んでいきながら、遠ざかっていく地面を見る。

 地表の雪はだいぶ溶けて、地肌の茶色が見えている箇所も多くなってきた。緑の部分は少ないけど、それはまだこれからだろう。

 20分ちょい飛んで最初の着地地点に降りる。

 ここまでは楽に来れるようになった。

 問題はここからだ。

 深呼吸をしたり屈伸したり腕をぐるぐる回したり、体に異常がないことを確かめると、新しく『飛行の札』を取り出す。

 重ねがけすると前のスキルが破棄されるが、別に構わない。

 これがもしスキルが残ったままだったら、ペルカみたく複数能力を使いこなすために躍起になってたのだろうが、残念ながらこの札はそう便利なものじゃない。私が使えるスキルは必ずひとつ。これは大前提だ。

 私としては飛べるだけでもすごいし、ペルカの十分の一の時間とは言え能力を借りることができるから、そんなに悲観してないんだけど。その時間だって調味料がきちんと揃う環境に行ければ爆発的に延びるだろうし。そもそも私は能力のおこぼれに預かってるようなものだ。文句はない。

 札を使い、ていっと再度地面を蹴る。人間にはできない速度でぐんぐん上昇していき、次第に周囲の温度が下がっていく。

 風を切るごとにキンキンしていく耳を手で覆う。ひえ。ちべたい。

 辺りの空気に氷が混じっているのは気のせいではないだろう。山にこんもりと残った雪が風に吹かれて舞っているのだ。

 かといって山から離れて飛んだら今度は風の勢いが強い。ただでさえ体重の軽い私は本気で飛ばされそうだ。

 うーうーと唸りながら、毛皮をさらに強く体に巻きつけ、吹雪く中を突っ切って昇っていく。息も苦しくなってきた。

 これだけ自然の抵抗が強いのはきっと、特性の元になった鳥がここまで高く飛ぶ鳥ではなかったからだろう。『飛行』持ちは数多くいたけど、そのどれもが大型ではなかった。ほとんどが小鳥だった。

 高高度を飛べる鳥とか長距離を移動する鳥とかは、きっとそういった特性を持っているに違いない。

 でも今ここにそんなものはいない。それがすべてだ。

 あるものでどうにかするしかないのだ。

 私とペルカはずっとそうやってやってきた。

 大丈夫。飛べるだけでもかなり楽してる。

 ここまで毎回歩いてきてたらとんでもない時間がかかっていた。

 もう無理だ降りようと訴えてくる本能をなだめすかして、もうちょっともうちょっとと飛び続け、ようやく見えてきた着地地点の目印に勢い込んで突っ込んだ。ぱぱっと周りの雪を消し、地面に降りる。前もこうして整備したのに、もうペルカの身長ほども積もっていた。

 手作りの旗が凍りつきながら立っている周りの雪を、再びせっせと回収していく。

 旗と言っても布はない。樹皮で適当にボンボンみたいな飾りを作って、それに塗料をぶっかけただけだ。錬金ですらなかった。

 雪一色の中で埋もれずに目立てばいいんだ、目立てば。

 この辺りは崖とかでなく安心して降りれるって情報があるだけでも役に立つから。

 いやあ。こんなとこで暮らしてると何度も情報の重要性ってものを実感するね。

 止まれば凍えそうなので、せっせと働く。

 洞窟の中で感じた一番の冷え込みほどじゃないけれど、わりと洒落にならない寒さだ。うっかり寝れば凍死体の出来上がりだ。少なくともここからさらに上に飛ぶのは無理だろう。確実に死んでしまう。

 いやホント、体の前に肺が凍りつくわ。まだ雪山登山のほうがマシだ。

 いやそれも嘘だな。少なくとも、もう少し気温が上がらなければ途中で凍死する未来しかない。

 はーーーー。

 わかりきってたことを確かめて息を吐く。ぶわっと白い息が風に流れた。

 やっぱり駄目だったかー。

 今日は天気もよかったし、ひょっとしたら、なんて思いもあったんだけど。まあね。知ってた。

 雪はしばらく降っていないのに、この風のせいで周囲から氷の粒が少しずつ流れてきて、いくら取り除いても元に戻ってしまう。

 それでもやらないよりマシだ。

 前より積もった雪も少なくなっているし、繰り返せば全体量も減って、この辺りの雪が溶ける日が早まるかもしれない。その可能性に賭けて頑張ろう。

 そんなことを思いながら手を動かす。

 ペルカに比べて悲しくなるぐらい少しの量しか減ってくれない。

 冬を越えた後のペルカはごっそりと、それこそ教室の机がすっぽり入るぐらいの雪を一度に収納できるのに、私はと言えばティッシュボックスがせいぜいといった具合だ。それをちまちま繰り返す。

 せめてランドセルぐらいになればいいのに。

 どうも一度に収納できる量は、現在の自分が両手で持てる重さで決定のようだ。

 何度か確かめてみてそう判断した。

 日ごとに入れられる土や雪の量は増えていったけど、ペルカが成長するのに合わせているという可能性も捨てられなかったからね。

 でも冬になって加速度的にペルカが強くなるにつれて、収納できる量も馬鹿みたいに増えていったから、おそらくこの考えが正解だろう。

 もどかしいけど、成長すればするほど使い勝手がよくなると思えば悪くはない。鍛える意欲も湧いてくる。

 それにペルカに比べて効率は悪いけど、時間さえかければ雪をどこかにやれるという点では同じだ。

 それからもてしてしと両手を使って消していく。次回来た時に少しでも過ごしやすいように。

 旗周りを整備して、さらにその周りの雪をアイロンでも当てるようにさくっと消していき、てしてし、てしてしと歩き回り――。

 ――まつ毛が雪でバキバキにくっついて、寒いのか暑いのかわからなくなりかけた辺りで限界と判断した。

 もう無理!!! 帰る!!!

 全身が生命の危機だって訴えまくってる!!!

 ひいいやっぱりここは人間のいられる場所じゃない。撤退だ撤退。

 すぐさま『飛行』を使い、崖方向に走ってそのまま飛び降りる。自殺みたいなこの行動にもずいぶんと慣れた。今ならフリーフォールも怖くないかもしれない。

 たまに突き出た岩を避けながら、ゆっくりゆっくり降りていく。

 そして近づいてくる地表の景色に、ほうっと息を呑む。

 こうして凍えながらも何度だって飛ぶのは、きっとここから見る景色が好きだから。…………だけじゃない。

 地球で生きてた頃には絶対に味わえなかった。

 生身で風を切りながら落ちるのも。この状況でこんな穏やかな気分になれるのも。凍りついた体が少しずつ上がる温度に抱かれるように、じわじわと解凍されていくのも。

 そのすべてで生きていることを実感できる。

 もがきながら、あがきながら、少しずつ前に進めている。確実に量を増やしているアイテムボックスがそれを証明している。

 だからまた数日後に、私は意味もなくここに来てしまうのだろう。

 眠るように瞼を閉じながらそんなことを思った。

 …………ただ、今日は本来必要ない場所に行った分、明日は野草採取に駆け回らないとね。






【強制サバイバル生活:346日目】


 なんか、山の頂上付近の雪が溶けてきた。

 下のほうはまだ溶けていないのに、上にある分だけ。

 ………………???

 え? どういうこと???

 おかしいな。私の常識では高い山の雪っていうのは下から順に溶けて、山頂付近はずっと残っているものだと思ってたんだけど。この世界では違うのだろうか。

 首を傾げるも、でも確かに山頂で山肌が見えている部分がある。全部溶けたわけじゃないけど、この距離からでもわかるぐらい明らかに、白色の中に混じって黒色が見える。この山の地肌だ。

 昨日までは気のせいかなですませられた。一部が崩落したのかなって。

 でも今日の様子を見ると…………なんか…………違うだろう、これ。明らかに広がっていっている。

 なんで?

 ホントになんで???

 疑問に思うが、私の立場では何もわからない。

 なにせここは異世界だ。

 この世界ではそういう物理法則なのかもしれないし、雪が溶けるような自然現象があるのかもしれない。原因は微生物かも。その場合は私が見たってわからないだろう。

 それでも行ってみないと始まらない。

 流石にないだろうけど雪崩の可能性も捨てきれない以上、確認しなければ。頂上で何が起こっているのかを。

 本当はもう少し後にしようと思っていた。ここでの生活が一周年になった頃に、区切りとして登ってみる予定を立てていた。

 だけど、変化が目に見える形でそこにあるのだ。

 放っておいたらそれが致命的な形で降りかかってくる可能性だって捨てきれない。雪崩とか雪崩とか。正直それが一番怖い。

 なら、今行かないと。

 ぐっと顔を上げて雪の少なくなった山頂を睨む。

 ペルカも異変を察したのか今日は鍛錬はせず、おとなしく私の指示を待ってくれている。

 何かが動き出す予感がした。

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