第28話
【強制サバイバル生活:285日目】
最近、ペルカが人間やめた動きをし始めている。
訓練場として作った空間で、左右の壁を蹴りながら前方に進んだりそこからアクロバティックに回転して着地したり、傍から見て漫画の登場人物のようなことになっていた。
特性とか何も使わないで、これだ。成長速度すっごい。
いや、この程度なら地球でもできた人はいるのかな? 格闘系とか興味なかったからよくわからないな…………。
ただ、十歳に満たない年でこれだけ動けるのは尋常ではないってことだけはわかる。しかも見た目はほっそりとして、筋肉とかろくについてないように見える少女なのに、だ。
この辺は邪神のチートによる恩恵だろう。
第二の自分が筋肉むっきむきなのは見た目的にこう、拒絶反応があったため『鍛えても外見は変わらない』みたいな条件を付け加えたが、きっちり働いてくれているようで何よりだ。
鍛えれば鍛えるだけ強くなるというのは現在のペルカを見ていればよく理解できる。これに限っては邪神はいい仕事をしているんじゃないだろうか。
このまま鍛え続けていたら前世の私の死因である爆発にすら耐えられる体になれるかもしれない。
そこまでなれれば不慮の事故で死ぬ可能性が一気に遠ざかるので、是非とも彼女には頑張ってもらいたいと思う。
で、ペルカはそんな感じとして。
肝心の私だが、ペルカと違い、ろくに体は鍛えられていない。
なにせ体力がなくて…………。鍛える以前の問題なので…………。
よちよち歩きはできるようになったが、それだけだ。
その場でジャンプしたり横に回転したり、前転したりとやれることはやってみている。でも走ろうとするとすぐにコケる。子供の体系はバランスが悪くて頭が重い。足もふんばりがきかないし。
なので、最近ではもっぱら飛んでいる。
言葉の通り、『飛行』で空中を飛んで移動しているのだ。
これが実に便利だ。
長いことまともに動けもしなかったから、最初の頃は嬉しくて意味もなく飛び回った。
くるくる回転しながら急上昇。直角に曲がった直後に急降下。
いやあ、楽しい。
ペルカが湖の上で巨大魚に邪魔されながら何度も向かっていったのもわかる気がする。
自分で飛んでいる分には調整がきくし、あの心臓がギュッとなるような感覚は味わわなくてすむ。
内側から見るのはやっぱりやめておこう。
そうやって制限時間いっぱいまで飛んでいたが、地面に降りた時、それほど疲れてはいなかった。
最初の頃に少し飛んだだけでペルカが肩で息をしていたから、私なんかもっと地面に転がって死にかけるぐらい体力を奪われるかと思っていたのに。予想よりもはるかに症状が軽い。
そこのところをペルカに相談してみると、私の体重が軽いからではないかという予測を立てられた。
なるほど。
確かに。
『飛行』だし、背中周りの筋肉を使っているし、体重が軽いなら負担は少ないということは充分に有り得る。
それでいくと成長するごとに飛びづらくなるのかとも思うが、そこは考えないことにする。
ペルカなら飛ぶために必要な筋力をぶっちぎるぐらい鍛えちゃいそうだし。それに、そこまでやっても見た目は変化しないから、細身のまま中身はゴリラになれそうだし。彼女なら自分でどうにかするでしょ。
私? 私は知らない。
とりあえず今こうして飛べて、移動できればそれでいい。
使えるものは使うのだ。
今のところペルカよりも私がこうして飛ぶほうが体力に余裕があるってわかっただけでも収穫だ。
春になったら是非とも山の上に飛んでいきたい。
そのために歩くよりむしろ率先して『飛行』を使うようにしている。
この秋冬を使って色々な料理を食べることによって、特性の使用時間はどれも大幅に伸びた。食材も山ほど手に入った。
その中でも『飛行』の伸びはものすごく、なんと札でも30分は使えるようになった。【ランダム欄】にセットした時は5時間強だ!
これだけあれば他人に札を渡すこともできそうな気がする。「30分飛べるようになる札ですよ」とか言って。売れたりするかな?
ううう。やっぱり人里行きたい。誰かに会いたい。
そのためにも山頂から見る景色には期待している。
あれだけの高さで、『鳥の目』とかも発動させれば、きっと何かは見つかるはずだ。新しい素材とかでも。
そしたらそこに向かってやる。
この周辺に何もなくても、そうやって移動して色々な素材を集め続けていれば、きっと道は開けるはずだ。
やってやる!
やってやるぞ!!
いつまでもこんな何もないところにくすぶっていてたまるものか!!!
私は! 世界を!! 巡るんだ!!!
決意しながら『飛行』の使用時間が切れて、ひゅるひゅるぽてと床に落ち、息をどうにか整えようとする。その間、空いた時間で柔軟をする。
寒いから動いていたほうがいいというのもあるけれど。
自分にやれることを少しずつ、少しずつ。
その繰り返しこそが望む未来に繋がっているはずだと信じて。
頑張れ、私。
【強制サバイバル生活:313日目】
あれから凍りつきそうな日が何度も訪れながら、どうにかここまで来れた。
途中、何度となく死ぬかと思った。
でもようやく。ようやくだ。
――春が近づいていた。
洞窟にこもっている間に特別なイベントがあったわけじゃない。
だけど雪が降り始めてから、今日で100日。ほとんどを洞窟の中で過ごしているうちに、それなりに変化はあった。
私が立ち上がれるようになり、歩けるようになり、それよりも飛ぶのが上手くなった。
これもまあ変化と言えば変化だろう。
他にもペルカが体の表面を凍りつかせないようにひたすら動き回っていたら、人外に片足つっこんだ曲芸ができるようになったのもそうか。
火をつけた松明を何本か、お手玉みたく放り投げては受け止めながら、ついでに体もぐるぐる回転させて、踊るように動き回っていたっけ。あれ、地球でなら確実に大道芸としてお金が貰えたと思う。
いやだってほら…………寒かったから…………。
効率よく体を温めるにはどうすればいいだろうとペルカとふたりして真剣に考えた結果なんだよ、あれでも。
焚き火にあたってる時って背中側は寒いから。
でもできれば全身が温まってくれたほうが嬉しいよね。
となると、回転していたらいいのでは?
――みたいな発想から始まって、松明を持ってみたら? ついでに動かしてみたら? 火も吹いてみる? なんて、昔どこかで見たファイアーダンスの映像を再現させようとあれこれ助言とかしちゃったりして…………。
うん、まあ、傍から見たら遊んでるみたいだっていうのは認める。
実際ペルカがあの曲芸を見事にこなし始めたら、見ているこちらも楽しくなってきたし。
内面世界で手拍子に合わせて歌ったり、飛びながらこちらもくるくる回転してみたり。私は私で楽しんでいた。
変わりない暮らしの中で娯楽だって必要なんだ。そういうことで許してほしい。
えーと他には、ほらあれだ。
雪が降ってない夜にちょっと出歩いてみたら、夜行性っぽい鳥が飛んでいたので狩って食べてみたら特性:『暗視』を手に入れたり。
相変わらず微妙な特性しかない【ランダム欄】に、ひとつだけ強特性が混じっていたりした。
ちなみにその名も『洗脳解除』。
……? …………???
私というかペルカが殺した中に、そんなもの持っていそうなやつっていたっけな?
そこのところはさっぱりわからないが、とりあえず強特性ということで再びデスマーチを開催して、20枚ほど確保しておいた。成功率は6%になった。
これ、中特性や強特性が出るたびにやらなきゃなのかな……。やだな……。
そんなことがありながらも、札はちょくちょく量産しておいたので六千枚に増えた。【ランダム欄】に新しいのがくるたびに数を減らしながらもあれから二倍以上にしているのは褒めてくれてもいいと思う。
あー。ちなみに他の【ランダム欄】のやつはこんな感じだ。
『軟体』『発光』『絶叫』『水面歩行』『牙』『弱酸』『方角感知』『粘液』『毒液』『腐食』
…………なんかもう、ランダムには期待しなくなってきた。
あっても困るものじゃないけど、あっても使い道が浮かばないのがほとんどなんだもの。
それよりすでに習得している『跳躍』とか『突進』が出てくれるほうがありがたい。鍛錬の時に使用する札を少なくできるわけだし。
こんなに種類ばっか増えてどうするんだろう。
一応、ホントに一応、弱特性の成功率は100%にして、溜まった札も保存してるけど……。使う日がいつか来るのかね、これ?
そんなことを思いながら、昼になり、気温が高くなってきたので洞窟の入り口から外に出る。太陽で雪が溶けてきていた。
これまでと比べて格段に過ごしやすくなっている。
宙に浮いたまま、んっと手足を伸ばして全身で日差しを受け止めた。
温かい。
たまにこうして雪が降らない日に『飛行』して外に出てみたけど、身を切り刻むような冷たい風に負けて、すぐ戻って焚き火の前でガタガタ震えていた。でも今日は毛皮さえしっかり着込んでいれば平気のようだ。
ふわりと飛ぶ高度を上げていく。
飛び方についてはもうすっかり慣れて、30分いっぱい飛んでも地上を歩くより疲れなくなっていた。
いや、歩けなくなったら大変だから必死で練習してるけどね?
それでも私にとっては重たい頭を抱えてよたよた二本足で歩くよりも、飛んでしまうほうがよっぽど楽なのだ。この調子ならきっと1時間でも2時間でも飛んでいられるだろう。
ふわふわと上へ上へと飛んでいく。
少しして息が苦しくなってきた。
疲れたわけではない。酸素の薄い領域に入ったからだ。
なにせ私たちが根城にしているこの山はとんでもない高さで、計ったわけではないが、富士山くらいありそうだ。『飛行』の制限時間もあるし、当然ながら到底一息に越えられるようなものじゃない。そのまま山頂を目指せばどうしても途中で降りて休憩する必要がある。かと言って雪だらけの中に降りても、体力を回復するどころか逆に気力も減っていきそうだ。そんな装備があるなら洞窟でガタガタ震えてはいない。
やっぱり雪が溶けるまでは無理か。
わかってはいたけど、確認することが大事だし。
そう自分を納得させて、そのまま今度はゆっくりと下方向に降りていく。
秋には鮮やかな色を見せていた地上は今は白一色で、太陽を反射して非常に目に眩しい。直視したくなくて、できる限り目を細める。
――けど。
雪の合間に見える幹や常緑樹の葉が、ミニチュアの作り物ではなく本物だと主張するような、素朴ながらも冬を生き抜いた生命力を見せていて、ふふっと笑ってしまう。真っ白い息がこぼれた。
いつもペルカの視界を通して同じ場所を見ていたのに、自分の目で見る景色はやっぱり格別だった。たとえそれが、寂しい冬の景色であっても。
ああ…………やっぱり綺麗だなあ。
これを写真とかにしてしまえば、雪だらけで何もなくてつまらないと切り捨てられたかもしれないけど、自然がそのまま目の前にあるというだけで、胸を打つものがある。
もっと色んな光景を見たい。
この世界を自分の足で歩きたい。
もう少し。
もう少しだ。
山頂から何か見えようと見えなかろうと、移動する日はもうすぐそこに来ている。
春めいた気温がそれを告げていた。
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