第27話
【強制サバイバル生活:217日目】
降り続けた雪が洞窟の入り口を埋めきってしまった。早すぎないだろうか。
そりゃあずっと降り続けてるなとは思ったけど、まさかこんなに早く入り口を塞ぐほどの高さまで積み上がるとは。
雪国ってこんな感じなんだろうか。
壁のようになってしまった雪は寒さを防ぐにはいいけれど、空気が入ってこなくなるのは困るので、手をついてアイテムボックスに収容してもらう。冷たいだろうと鹿の皮で手袋を錬金してみたけど、手袋越しにもアイテムボックスは使えるようでよかった。
入り口とその周りの雪をガンガン放り込んで空間を作り、洞窟に戻って焚き火にあたってもらう。しもやけとかになってたりしない? 平気?
はー。しかしこれだけ片づけても、一晩経てばまた積もってるんだろうな。
降りたての頃に器で雪を回収して、おお雪だ雪だ、なんて喜んでたのがバカみたいな量が一回ごとに手に入っていくのか。
……これ、夏に出して飛び込んでみたら気持ちよさそうだなあ。
そんな遊びを思いつくと、雪を回収するのもちょっと楽しくなった。実際に体を使ってくれてるのはペルカだけど。
でもせっかくのチートの有効活用だし、ペルカだって汗をだらんだらん垂らすような季節が涼しくなってくれたら嬉しいよね?
そうやってなんとか誘導しようとした甲斐があったのか、彼女は次回さらに多くの雪を回収しようと提案してくれた。やったね。
いやいやいや。私の私欲にまみれた発想でパートナーに負担をかけるつもりとか、そんなまさか。
冷蔵庫なんてものがない現在、雪があれば冷やしたりできるからね。私欲だけじゃないんだよ。
実際に錬金に新しい調理法が増えてくれたし。主にデザート系で。
それをペルカに伝えたら一発だった。
彼女ってば本当に食事のためなら努力を惜しまないよね。
…………まあ、それはそれとして。余るほどの雪があれば、ちょーっと夏に使わせてほしいとも思ってるけど。
だってこれだけの雪が無料でいくらでも転がってるんだもの。有効利用したいと思ったっていいじゃない。ダメ?
【強制サバイバル生活:243日目】
特筆することなくひと月が過ぎた。
雪のせいで洞窟から外に出れなくなるのは想像していたので、特にショックとかはない。
長靴とかもないのに雪の中を歩くのは無謀すぎるからね。
外だって真っ白に埋まってるばかりで何もないし。
やれることは洞窟の拡張と、ひたすら体を鍛えることぐらいだ。
冬になってからは私は表に出て、ペルカはひたすら内面世界で肉体をいじめまくっている。
いやホントに。あれは肉体への虐待では? ってぐらい無理してる。
とにかく体力が必要とかで、走って走って走って走って走って…………ぱたっと倒れる。
だから! 限界までやるのやめようって!!
叫んでも全然聞いてくれない。
そうかと思えばひたすら『跳躍』、『跳躍』、『跳躍』…………とか。
またある時は、ひたすらに『突進』、『突進』、『突進』…………とか。
またある時は、落ちてくるまでひたすら『飛行』を…………って、だからさあ!!!
無理するのやーめーてー。おーねーがーいー。
もう何度言ったかわからないが、全然直らない。直す気がないのだろう。
いつも≪必要なことだ≫と短く返されて終わってしまう。
一度、力を使い果たしちゃったら敵に会った時に逃げられないでしょ! と怒ったこともあるのだけど、その時は別の特性を使って逃げると返されてしまった。
……なんでも鍛錬の時にひとつの特性ばっかり使うのは、敵襲に会った時に別の特性で逃げられるようにするためらしい。
『跳躍』と『飛行』は当然ながら体に負担のかかる場所が違って、『跳躍』の使い過ぎで足が死んでいても、『飛行』を使って逃げられるよう、体力を配分しているのだとか。
それは正直初耳で、びっくりしたっけ。
ペルカにはペルカの考えがあるのはわかった。
でもさあ……。だからさあ……。報告・連絡・相談をさあ…………。
はあ。
向こうから必要だと思えば話しかけてくるけど、逆に言えば必要だと思わない限り何も言ってこない癖、どうにか直させないと。
先は長そうだけどね…………。
それはさて置き。
ペルカが鍛錬に励んでいるかたわら、私が何をしているかというと、洞窟の拡張だ。
正確には運動を兼ねて土を収集している。
最近つかまり立ちならできるようになった。
壁に両手をつき、ぷるぷると足を震わせている姿は傍から見るときっと子供らしくて可愛らしいのだろうが、私は必死だ。
なんとしても早く歩けるようになりたい。赤ん坊から卒業したい。
そうしたら行動範囲が格段に広がる。
いつまでも何もできないまま、頭を使うのと指示出し以外はペルカに頼ってばかりというのはストレスなのだ。
もっと動けるようになるために、へたり込みそうになる足を叱りつけて壁に沿って歩いていく。そのついでに土を収集していく。
ペルカが鍛錬している間に素材集めやお風呂に入るなど、本来私がやるべきだったことを少しずつやっていきたい。
役割分担こそが私とペルカの真骨頂だと思うのだ。
外に出られない季節のおかげで今でこそ鍛錬に集中させてあげられるけど、これまではペルカをこき使ってばかりだった。どれも生きていくために必要なことだったけど、私がまともに動けていれば苦労は半分ですんだはずだ。そしてペルカはその時間を鍛錬にあてられた。
…………こうして鍛錬三昧の時間をあげられて、初めてわかる。私が邪神に願った『鍛えればどこまでも強くなる体』がどれだけチートなのかを。
冬になり、ペルカはあからさまに強くなっていった。
毎日毎回限界ギリギリ一歩手前まで鍛えるのはいつもの通りだが、その限界が日を追うごとに伸びているのだ。
30分も続かなかった全力疾走が、次の日には昨日より長持ちしてるな、と感じた。さらにその次の日によく見ていると45分近く走っていて、数日後には1時間を超えた。明らかに異常な成長速度だった。
最初と最後に必ずやる全力疾走はわかりやすいが、他の鍛錬も同じ感じだ。
『突進』も『跳躍』も『飛行』も、前に使った時よりも明らかに力強く、継続時間も延びている。
これまでは私が寝ているほんの数時間だけだったから気づかなかった。
札作りとか余計なことも頼んでいたから、彼女が満足できるほど鍛錬をする時間はなかっただろうし、体の成長に合わせてゆっくりした速度で強くなっていた。だから、効果のほどを読み間違えていたのだ。
もっと早く知っていれば、時間を作って彼女に鍛えさせただろうに。
そのほうが結果的には移動速度を上げたり行動範囲を広げたりすることにも繋がったはずだ。
いや、そもそも私があらゆることをペルカに丸投げしなければよかったのか。
赤ん坊の体でできることはたかが知れているとか言ってないで、彼女の百分の一でも手伝うべきだった。そうしたらその時間を鍛錬にあてられたのに。
ペルカの足を引っ張っていたのは私だった。
気づいてしまうと、自尊心がぺしゃんと潰れそうだ。
これまで最善の指示とはいかなくても、なるべくいい結果になるよう頑張ってきたつもりだったけど、無駄だったのだろうか。
ペルカがひたすら好きなように鍛錬ばかりしていたほうが今よりもっと遠くへ行けて、今頃は人里を見つけられたような気さえしてきた。
これはさすがに自分の行動を悪く考えすぎのような気もするけど、でも。
捨てきれない可能性に胸が痛む。
自然と頭も落ち込むように前に垂れようとして、
「ううう~」
子供の重たい頭を持ち上げて、ぶんぶんと横に振る。
「うーあー、あー!」
舌足らずながら、とにかく叫んでやった。気合い、大事。
やめやめ、落ち込むのやめ!
落ち込んだってだーれも助けてくれないぞ!
ここの生活でもう何度も実感したじゃないか!
自分でどうにかするしかないんだ!!
片手で自分の頬をぱしぱしと…………叩くつもりだったけど力が入らなくてぷにぷにとつつきながら、なんとか考えを前向きに持っていく。
そもそも自分がパーフェクトな対応をとれるなんて思ってもいなかったはずだ。なのに何をうぬぼれているのか。
そもそもが情報不足すぎる。
準備一切なし、この世界の知識ゼロで手探りスタートだし。これで一切無駄のない行動なんて、それ予知能力あるんですかって感じだ。
ごく普通のOLだった私が、そんな素晴らしい天才的な閃きでペルカを導けるわけがないでしょうが。
失敗するのはもうしょうがない。
問題はこれからどうするかだ。
と言っても、答えは出たようなものだけど。
鍛錬をすればするほどペルカが強くなるなら、そのまま鍛錬をさせておけばいい。
本人が望んでいることだし、私たちのためにもなる。
そう思って、ペルカの鍛錬は続けさせている。元々その予定だったし。
代わりと言ったらなんだけど、私自身がやれることを増やすつもりだ。
たとえば、お風呂。
これまではペルカにまるっと任せてたけど、たらいを錬金して風呂代わりにして、私が体を洗って清潔を保つようにすれば、その分の時間を鍛錬に回せるはずだ。
洞窟の拡張もその一環だ。
ペルカに比べたら効率はめちゃくちゃ悪いけど、塵も積もれば山となるの精神で頑張ってやる。
掃除とか整理整頓とか、他にも色々。
食事は…………彼女の楽しみらしいから手は出さないとしても、やれることはなんでも請け負うつもりだ。…………できるなら、だけど。
まあ、ね!
今も足が限界になって、情けなくも仰向けに寝転んでるしね!
ううううう。弱い~~~。どうしようもなく弱い~~~。
こんな具合で彼女の代わりができるのかと、ついつい遠い目をしてしまう。
やれるようになるしかないんだろうけどね。
私だってこのままお荷物なのは嫌だし。
少しずつ少しずつ、自分にやれることを増やしていこう。
そのためにもまず、うつ伏せに戻ってはいはいの練習を…………。
…………はあ。
やれることのあまりの少なさと、思うようにいかない体にげんなりする。
赤ん坊卒業まで、先は長いなあ…………。
【強制サバイバル生活:266日目】
さっっっっっっっっっっむ!!!!!
この冬一番じゃないかという冷え込みに、焚き火にあたっていても歯の根が合わなくなる。
いやホント、ささささささ寒すぎて運動をしようにもここを離れたらすすすすすすぐに凍りそうでっていうか皮膚が凍っててててててててて。
――――駄目だ! 頭が回らない!!
あまりに寒いと痛いって感じるんだね! 初めて知ったわ!
痛いよおぉ全身がキリキリするよおぉぉぉ。
これでも毛皮をかぶってさらに周りに羽毛をこんもりと盛ってるんだけど、何の役にも立たない。
寒い。痛い。足の指の感覚がない。凍傷になって落ちそう。
ヤバイ!!!
ちょっとお風呂入ろう、お風呂!!!
すぐお湯が水になりそうだけど、それでもしばらくはもつはず……。
ぐああぁぁ。さっきとは逆に熱さで痛いぐらいだ。でも気持ちいいぃ。
…………って、想像以上にあっという間に温度が下がっていくのがわかるんだけど。
急いであがって焚き火で乾かして……。
…………ひぃぃぃぃぃ!!! 濡れているせいで! さっきよりも痛い痛い寒い!!!
あっ、眠くなってきた…………。
って待って待って、イヤーーーーーー!!!
自分の拠点なのに! 遭難した感覚が味わえるってどういうこと?!
寝たら死ぬ!!! 誇張でなく!!!
ごめん、ペルカ…………。交代…………お願い…………。
あなたには鍛錬をさせたままのほうがいいってわかってる! でも!!
このままじゃ死んでしまうので…………助けて…………タスケテ…………。
≪了解した≫
ああああぁ天使ィーーーーーー!!!!!
内面世界に移動した途端、寒暖差のあまりぶっ倒れる。ここは常に朝も夜もなく、一定の気温だ。具体的には18度ぐらいだろうか。いつも思うが、とても過ごしやすい。
温かい…………素敵…………。
芯まで凍っていたのが…………溶けていく…………。
真っ白い床に倒れたまま外の景色を見る。
ペルカはどうやら腹筋や背筋をしているようだ。
あの寒さに対抗するには運動するしかないよね。わかる。
けどいつもの激しい運動をするには空間が足りないのか、自分から洞窟を拡張し始めていた。
そうだね。それも大事かもね。
本当は内面世界のほうが鍛えるには向いた環境なんだけど、今は表の世界が生きるには向いてない環境になっちゃってるから。このまま私が表にいたら死ぬ。
なのでペルカが洞窟内に訓練場が必要と思ったなら、是非とも作ってもらいたい。
ペルカの育成計画にブレーキをかけちゃうけど、今回ばかりはしかたないと思って諦めてほしい。
≪了解した≫
うわあ。即答だし。
こんなに急な方針転換をされても嫌な顔ひとつしないとか。
やっぱりペルカってば懐広いし、精神的にも頼りになりすぎでしょ。
ううう。それに比べて私は。ペルカに助けられまくってるとか。年上のつもりなのに情けなさすぎぃ。
≪気にするな。適材適所だ≫
ありがとう……ありがとう…………。
もう存在が尊すぎて拝むしかない。
本気でありがとう。ペルカのおかげで私は生きていけます。
…………ほっとしたら眠くなってきちゃったな。
色々と疲れたし、回復も兼ねてこのまま眠ってしまおう。おやすみー……。
………………。
…………。
≪――ポッカ≫
…………んあ?
なんか呼んだ、ペルカ?
寝てたから表のこと見てなかったんだけど……。
何かあった?
≪特には何も。だが≫
ん?
≪全身が氷のように冷たくなり、動きが鈍くなってきた≫
≪交代して!!?≫
絶叫するなり表側に出ていく感覚がした。ぼてっと、ござを敷いた洞窟の床に落ちる。
って、さっっっむ! さっきよりさらに寒すぎるとか、もはやなんかの冷気攻撃を受けたりしてない?
こんな気温の中にずっといたの?!
ちょっとちょっと、本気で体が凍りついたりしてないでしょうね。
もうそこでお湯を頭からかぶるでもなんでもして解凍して!!
お風呂を内面世界に設置して、そこでゆっくり入るでもいいよ。置けるでしょ? 予備の風呂桶は作ってあるし。
とにかく凍傷とかになったりしないで。洒落にならないから。
っていうか、そんなになるまで我慢しないでもっと早く言ってよ!! 交代するから!!
改めて表に出てわかった。
ここ、やっぱり人が生きられる気温じゃないや。
都会の文明育ちなせいで、真の自然の厳しさをわかってなかった。
冬の天敵は食料なんかじゃない。寒さなんだね。
その点、はっきり言って私は冬支度が足りなかった。
本来なら乗り越えられずに死んでいたかもしれない。いや、チートがなければ確実にそうなっていた。
でも私たちには内面世界という逃げ場がある。
どれだけ外の気温が厳しくても、交代すれば常に18度の世界に戻れる。
これを利用しよう。
外の寒さに耐えられなくなる前に内面世界に戻って体を温めて、また外の世界に出ていくのを繰り返そう。
これを繰り返して朝日を待てば乗り越えられるはずだ。
寝る暇はないかもしれないけど、そんなのは些細なことだ。
生き残る道がそれしかないならやるしかない。
≪よし、やるぞ!≫
≪了解した≫
≪……で、早速なんだけど……交代……してください…………≫
さっきから30分も経っていないのに、もうキリキリした寒さが骨にまで染み入っていた。
いたたたたたた。耳が耳が。ちぎれそう。
再び戻った内面世界で、耳を両手で押さえながら必死で温める。
情けないけど、こんなもの我慢してもしょうがないし。ちょくちょく交代していったほうが体にはいいはずだ。
見栄とかそんなものは生き延びるには邪魔だ。少しでもまずいと思ったら、すぐ報告していかないと。
わかった、ペルカ?!
≪……了解した≫
本当にわかってる?
敵は自然っていう巨大なものなんだからね!
私だけでもペルカだけでも敗北必至なんだから! 協力していくしかないんだよ!?
下手に我慢して手遅れなことになったら困るのは私もなんだからね? 凍傷で指を切り落とすしかない、みたいなことになったら許さないから!!
≪…………。了解した。体を痛めつけないうちに交代することにする≫
よし!
これだけ強く言った甲斐あって、ようやくわかってくれたらしい。
そうそう。無茶はすべき場面とそうでない場面があるからね。
そして今回は体をいたわる場面だ。
なるべく負担がかからないようちょくちょく交代して、どうにか乗り越えていかないと。
ふうっと息を吐きながら、視界から見えるペルカの指先がカタカタと震えているのを見て、憤慨しながら問答無用で交代することにした。
ペルカの基準の「まだ頑張れる」は、まったく信用ならないんだから!!!
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