第26話
【強制サバイバル生活:179日目】
熟した柿をつつき始めた小鳥を目掛け、待ち構えていた木の上から横に『跳躍』する。
予想しない方向から唐突に現れただろうペルカに驚き、慌てて飛び立とうとするが、遅い!
木刀を振るうと見事に命中した。
地面に落ち、痙攣している小鳥にとどめをさす。
――よし!
前よりずっと手際がよくなった。
最初は逃がしてしまうこともあったけど、ここ最近は狙った獲物はしっかりと仕留められるようになっている。『跳躍』の使い方もそうだけど、待ち伏せとか襲撃のタイミングとか、そういったものが上達してきたからだと思う。
最初に待ち伏せをしたいって言われた時は驚いたけど、許可を出してよかった。
まあでもこれは果物とかを一ヶ所に多く残しておくことでできる、この季節限定の狩りの方法だと思うけど。
≪お疲れさま! また新しい鳥だね!≫
≪ああ。何の料理ができる?≫
第一声がそれかあ。
特性とかよりも料理のほうが気になるとか、ペルカらしい。
まあでも調べるくらい手間でもないので、ぱっと頭の中で錬金可能な料理を探す。
≪んー……。これまでの鳥と変わりないみたい≫
≪そうか≫
≪ただ順番待ちしてるメニューが多いから、食べるのはしばらく後になるだろうね≫
≪……そうか≫
私だって味の感想は気になるけど、他にもまだ食べてない獲物がいるからしょうがない。
さすが実りの秋。そして食欲の秋。
ここ最近本当に手に入る食材の種類が多すぎて、一度も食べてない印の赤表示がずらずらと並んでいるのだ。
私だってなるべく早く食べさせてあげたいけど、鳥料理を三食続けてというのもなんだかなあということで、バランスを考えるとどうしても後回しになってしまう。
ここ最近、目に入る鳥を片っ端から落としたから……。
まあでも一ヶ月もすればあらかた食べきれるでしょう、うん。
そうしたら特性も…………ひとつかふたつ、増えているといいなあ。
それにしてもこれだけ動物を狩り放題なのは、彼らが餌を食べるのに夢中になっているからだ。
ペルカがあれだけ採ってもまだまだ大量にある果物を、あっちこっちで色んな動物たちが食べる食べる。おかげで注意力も散漫になってくれている。
どうしてそこまでと苦笑しかけて、ふと気づく。
――――そうだ。冬に備えてだ。
瞬間、改めてそれに関する諸々を理解する。
夏が来て、秋が来たのだ。当然次は冬が来るだろう。
冬を越すということは、越せるだけの食料と拠点が必須になる。
動物たちは今の時期に必死に動き回ることで、冬を生き延びようとしているのだ。
その点で見ると私はどうだろう。
食料に関してはアイテムボックスがあるから問題ないけど、拠点に関しては…………。
あの洞窟で大丈夫?
夏はじめじめと暑く、環境は最悪だったが、冬は果たして温かいんだろうか。
もし違った場合、燃料をたくさん用意してないと凍死するのでは?
慌ててアイテムボックス内の木材の量を調べる。
それなりの量があったが、ここしばらくは食料集めばかりしていたので減る一方だった。料理の錬金でも煮込み料理とかは木材を使うから……。
≪ポッカ?≫
私の焦燥が伝わったのか、ペルカに声をかけられてしまった。どこか心配そうな響きのあるそれにふっと笑う。
≪大丈夫。これからの計画を考えてただけ≫
そう。大丈夫。
まだ冬は来ていないから、今のうちに集めておけばいい。
早いうちに気づけてよかった。
洞窟の改良も必要だろう。焚き火をずっと焚いててもいいように、空気穴を増やしておこう。入り口を塞いでも平気なぐらいに。
どうしよう。本格的に大改造するべき?
となると洞窟掘りに時間を回したほうがいい?
今の葉っぱの服じゃなくて本格的に温かい服も作ったほうがいいよね?
その辺りはこれからじっくり考えていこう。
場所を移動すれば食べ物が見つかるこの状況で、わざわざ木材だけを集めていくのが勿体ないのは事実だし。
通りすがりの時に切りやすい木があったら、ぐらいの感覚でいこうか。
よし!
木材はこれでいいとして、他に見落としてることはないかな?
前世の冬の知識を総動員しよう。
雪国に住んだことはないけど、テレビとかで聞いてはいたはずだ。
思い出せー思い出せー……。
必要な道具を! 必要そうな素材を! 今のうちに集めて作るのだ!!
【強制サバイバル生活:194日目】
習得特性に『隠密』と『聞き耳』が増えた。
『隠密』は葉っぱの色をした虫から。『聞き耳』は兎から取れた。
これで【自由欄】に登録されたのは8個になった。
全部が弱い特性……つまり使用時間30分のばかりだけど。
【ランダム欄】にもあれ以来、中特性と強特性が出ていないし。新しいスキルもろくでもない名前ばかりだし。
『強酸』と『超回復』って本当にレアだったんだなあ。
『強酸』は補助系統が多い特性の中ではっきりとした攻撃系統だし、札も百枚近くあるんだけど、巨大な欠点がある。
スキルを使うと酸を吐き出せるようになるのだが、その…………吐き出す時に、喉が…………焼けるようなのだ。
と言うか、ペルカがすっごい咳をする。
あんなもの誤魔化しようがない。報告されなくたってすぐわかった。
繰り返し練習した時には血を吐いたりする。
持っている特性は習熟する必要があると考えているペルカは内面世界でちょくちょく練習しているのだけど、『強酸の札』を使う時は必ず最後に『超回復の札』を使わせることにしている。
ペルカは勿体ないと嫌がったけど、駄目!!! で押し通した。
こんなサバイバル真っただ中で、体調を万全に整えないとかとんでもない!!!
――そういうわけで、最終手段として有効ではあるけれど、できればあまり使いたくはないのだ。
『超回復の札』も残り10枚になったし。
これ以上はあまり減らしたくない。
もっと使い勝手のいい攻撃手段があればいいのに。
できれば【自由欄】に登録できるやつで。
高望みかなあ。
そんなことないと思うんだけどなあ。
何がどの特性を持ってるかわかれば率先してそいつを狙うのに。
情報ゼロで自分から探していくしかないって難しすぎるなあ。はあ…………。
【強制サバイバル生活:201日目】
一気に冷えてきた。
ペルカがくしゃみをしたことで気温の変化に気づいた。
だから! 早く言ってって!
相変わらず報告ができないペルカを叱りながら、夜寝る用の毛皮を体に巻きつかせる。
本当は羽毛が大量にあるのでそれを使って何か作れればいいのだが、羽毛を覆う布とかそういうのがまったくないのだ。
糸とか繊維があれば布が作れるのに。
…………ええとね。
繊維が取り出せる植物とか、一応、あるんだよ? これまでにちまちま集めたりもしてきたんだよ?
それで『布』が錬金できる量がこの間ようやく溜まったから、作ろうとしてみたいんだよ?
はい。お察しの通り失敗しました。
成功率20%以下だったからね…………わかってたよ…………。
ここに何年か滞在して、ちまちま採取を繰り返したらそのうち『布』を錬金して、『服』も作れるようになるんだろうけど、いつになるのそれ。何十年越しの計画よ。
私とペルカは! もっと早くここを脱出するんだからね!!
なーんかサバイバルもすっかり慣れちゃったし、わりと居心地悪くないなーなんて思う日もあるけど!
それはそれ!! これはこれ!!
私たちは!! もっと広い世界を巡るのです!!!
――――まあでも今、あてもなく旅立つのは死ぬしかないので。冬ごもりの支度を頑張るけど。
服については毛皮でどうにかするとして。
食料は来年いっぱい閉じこもっても平気なぐらい大量にある。
木材も採取する量を増やしたし、この調子ならどれだけ燃料が必要だろうが大丈夫そうだ。
ここのところ新しく果実が生る木はほとんどなくて、熟しすぎた実や落ちた実が見つかるばかりだ。なので自然と収集するものも変わってきた。
そろそろ秋も終わりかけということだろう。
暦の上ではまだかもしれないけど、ここ数日であれだけいた動物たちはすっかり姿を見なくなっている。食料を蓄え終わって、今頃は巣の中にいるのかもしれない。
早くも冬ごもりしているのか。
となると、私たちも本格的に冬のための準備を整えないと。
今はせっせと洞窟の居住地を広げている。
これまでは入り口からすぐの場所で寝ていたけど、その横側に通路を掘って新しい部屋を作っている。私のための隠し部屋も……というか、いざという時の隠れ場所も用意するつもりだ。
ひょっとするとかなり長いこと洞窟で暮らすことになるかもしれないから、なるべく居心地もよくしたい。
木の皮でござのようなものを錬金してみたが、出してみるとぺらっぺらだった。どうも思ったものと違うのは、私が作り方を知らないのも関係しているかもしれない。
どうもこの錬金も融通がきかないとこあるよねえ……。
邪神のチート能力は穴があるのが基本なのか。
たくさん本を読んで知識を増やせばもっと今ある素材でも作れるものが増えると思うんだけど、本自体が英知の結晶と言ってもいい。少なくとも今の状況では夢のまた夢だ。
知識は宝って本当なんだね。
前世で嫌というほど勉強したっていうのに、転生してから痛感するとは思わなかった。
あーー。人里行きたい。
どこでもいいし、誰でもいい。
そこにいる人に一年の過ごし方を質問したい。根掘り葉掘り聞き出したい。必要な道具を見せてほしい。
特に、冬。冬だ。
準備はしたつもりだけど、果たしてこれで足りるのか。頭で考えただけでは追いつかない。
いよいよ冬の気配が近づいて不安になってきた。
ただ寒いだけならまだいいけど、もしこの地方が雪国のように雪深くなるのなら、下手したら冬の間は外に出られない可能性も考えなきゃいけない。
でも私が生きてきた時代は文明が進んでいて、そんな閉じ込められるような暮らしをどう対応するかなんて聞いたことすらないから、昔の人がどうやってその季節を乗り越えたかわからない。
私、本当に色々知らないんだなあ…………。
これは人生の大半を受験対策にしか使ってこなかったツケなのだろうか。
自分の知識の偏りに恥じ入りたくもなるが、でも、と言い訳もしたくなる。
まさかこんな大自然のど真ん中で生き抜く知識が必要になるだなんて想像もつかなかった。
それにこんな特殊な状況、大抵の人の手には余ると思う。
登山とかキャンプとかアウトドア系が好きだったとしても、持ち物一切なしで自力で生き抜くのはやっぱり別物だろう。
少なくとも漂流した無人島でもたくましく生き延びれる人でもないと、今の私を情けないとは言えないと思う。
うん。やっぱり私は悪くない。
落ち込みかけはしたが、開き直ってやる。
悪いのは邪神だ。全部あいつが悪い。
ついでに私をこんなとこに連れてきた馬モドキが悪い。
赤ん坊の私がこんなに苦労しているのはぜーんぶあいつらのせいだ。
本来なら誰々のせいというのは言い訳の言葉だけど、今回の件に限っては単なる事実だ。
悲しいのは、その事実を叫んでもどうにもならないってことだ。
聞かせる相手もいないし、大自然に至ってはこだましか返ってこない。実に無意味だ。泣きそうだ。
≪――どうかしたのか?≫
ううう。ペルカ~。
私の感情が揺れているのを感じ取ったのか、すぐに声をかけてくれる。その存在が嬉しい。
本当にひとりきりだったら、もっとずっと前に折れていた。
いやその前に生き延びれもしないけど。
≪なんでもない≫
≪だが≫
≪ついさっき、なんでもなくなった。だから大丈夫。頑張れる≫
ふんす、と鼻息も荒く気合を入れる。
そうだ。
私はひとりぼっちじゃない。
困ったらペルカと相談しよう。彼女の意見も聞いて、二人三脚で、目の前の問題をひとつずつ片づけていこう。
大丈夫。
私たちはこれまでもそうやってきたんだから。
冬だって絶対乗り越えてやる。
【強制サバイバル生活:214日目】
雪が降ってきた。
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