第24話


【強制サバイバル生活:147日目】


『飛行』を使って昇った山の中腹から見下ろすと、緑一色だった木の葉が南の方向から赤や黄色に色づき始めていた。

 秋が近づいてきたのだ。

 望み通りの季節の到来に早くもそわそわし始める。

 ここにいると決めていた予定の日までまだかまだかと指折り数えていたが、ペルカに気づかれて不思議そうに聞かれた。

≪ここを離れたいのなら離れればいいのでは?≫

≪――――……≫

 その指摘に目からうろこが落ちた。

 そういえばそうだ。

 そもそもその予定の日だって、適当にあげた日数にすぎなかったはずだ。

 なのについ動かせない決定事項のようにこだわってしまっていた。

 一度決めたら臨機応変に対応できなくなるのは私の欠点だな。

 札のこともそうだ。

 目標に向かってまっしぐらと言えば聞こえはいいけど、融通の利かないこの性格は直していかないと。

 ペルカに感謝の言葉と、ついでにまた私がおかしなことをしようとしていた時は指摘してほしいと伝えると、戸惑いが返ってくる。

≪おかしなこと、というのが何かわからないが……≫

≪さっきみたいに自分で思ったことがあれば口にしてほしいってこと≫

≪…………?≫

 うーん。さっきのはたまたまだったのかな?

 この辺りを説明するのは難しいなあ。

 なので、そこはとりあえず置いておくことにして、拠点の洞窟に帰ることを伝えると、即座に立ち上がって片づけを始める。指示さえすればホントにすぐ動いてくれるよね。

 片づけと言っても、家具として出していた椅子やテーブル、日差しを遮るすだれをアイテムボックスにしまうだけだ。

 残していくのは風呂桶2号だけでいいだろう。

 これはアイテムボックスに入れられる重さではないので、向こうの拠点にも置いたままになっている。木材が複数あれば作れるので、壊されても別に惜しいものではない。

≪他にここですることは?≫

≪ない――……うん、ないな。元々そんなにやれることないしね≫

 湖がある以外では森の他の場所となんら変わりない。そんな場所だ。最近魚を獲る日々に変わりがなさすぎて、どうしようかと困っていたところだった。実際に漁をしているペルカには悪いけどね。

≪了解した≫

 ぐるりと第二の洞窟の中を見回したペルカは何も忘れ物がないのを確かめると、すぐに外に出て『跳躍』する。適当な木の上に着地したら、今度は『飛行』。

 この切り替えもだいぶ上手くなった。前はすぐ荒い息をついていたのに、今は長く飛んで着地しても、少し息を整えるだけですんでいる。

 体力がついてきたんだ。

 強くなってきた。

 見ているだけでもわかる変化に顔を輝かせながら、内面世界で膝を立てながらの腕立てを頑張る。

 もう少し。もう少し腕と腹に力がつけば、はいはいが出来る気がするんだ。

 うう。ファイトだ私。筋肉つけろ。

 今日の夕食も猪肉にしようかな。力つけたい。

≪――肉≫

 すぐに反応してきたペルカに笑ってしまった。

 本当に肉が好きだよね。

 でもいいよ。まだまだペルカが狩ってくれた猪肉がたっぷりあるし。

 贅沢を言うとそろそろ別の肉も欲しいんだけどねー……。






【強制サバイバル生活:149日目】


 ――そんなことを先日言っていたのがフラグになったのだろうか。

 このペースなら今日中に帰れるとペルカから報告を受けた直後、当のペルカが目印のある木とはまったくの別方向へと飛び立った。

≪どうしたの?≫

 理由もなくそんなことはしないだろうと思って聞くと、案の定納得の情報が告げられる。

≪鹿がいた≫

≪――! 必ず狩って!≫

≪そのつもりだ≫

 前に追いつけもせずに逃がした時と違って、今はペルカの能力もある。一方的に逃げられるようなことにはならないだろう。

 それに、空中から見下ろす鹿はまだ気づいていないようだ。

 このままなら奇襲ができる……?

 固唾を飲んで見守っていると、ペルカはアイテムボックスから木の槍を取り出し、右手に持った。『突進』と組み合わせる武器だ。

 内面世界ではこの槍と、あと、木刀をよく振るっている。こちらは『飛行』や『跳躍』を使い、頭上から攻撃するのをイメージしているようだ。

 おそらく今は『突進』の札を左手に持っているのだろう。

 着地する直前に札を使い、槍を両手で握り直してすぐさま鹿に突進する予定と見た。

『突進』の札は7分近く使えるけど、使用時間を長くしておくに越したことはない。ひょっとしたら追いかけっこが始まるかもしれないし。

 だんだんと鹿の姿が近づいてくる。

 同時にじわじわと緊張が忍び寄ってきた。

 上手く狩ってくれるだろうか。

 こういったことに関してはペルカに任せるしかないけど……。

 なんとなく、三千枚近くあるにも関わらず鉄から札を錬金し始めてしまう。何かしていないと落ち着かなかった。

 えーと。

『突進』も『飛行』も『跳躍』の札も……。二百枚以上あるな。うん。

 今回は間に合わないけど、そのうちこれも一律三百枚以上に…………。いやこれはやりすぎかな?

 ついつい余計なことを考える私をよそに、滑空していたペルカが高度を下げ始めた。もう地上が近い。

 のんびりしていた鹿が何かを感じたのか首をこちらに向けてきた。ペルカの視界越しに目が合う。

 ――見つかった!

 逃げられる、と思った瞬間『飛行』を切ったのか、すとんと地面に落ちていく。枝の間をすり抜けて着地すると、走って逃げていく鹿の後ろ姿を捉えた。

 見失ってないなら追って! 捕まえて!

 私がそう指示するまでもなく、ペルカはすぐさま走り出す。視界を流れる速度からして『突進』は使ってないらしい。ごく普通の追走だ。

 えっ、なんで。

 木の槍は邪魔だから一旦収容したみたいだけど……。

 札、さっき使ってたよね?

 別の特性の札だったの?

 いやでもこの場合は『突進』しかないよね。

 なんで使わないの? 本気出さないの?

 どんどん鹿が遠くなっていくよ?

 えっ、やだ。また逃がしちゃう…………。

 泣きそうになった時、鹿が藪を掻き分け、開けた空間に飛び出した。地面に穴も開いてない、走りやすそうな空間に見える。

 ――――あ。

 瞬間、理解した、と思った。

 ペルカは最初からここに追い込む気でいたのだ。

 おそらく鹿のいる位置へとゆっくりと滑空していたあの時から、空から目星をつけていたに違いない。

 遅れてペルカが開けた空間に出る。と、周りの景色が早送りしたように流れた。

『突進』だ。

 地面を踏み込む力強い音が聞こえる。

 立ち木の群れの中に飛び込もうとする鹿がぐんぐんと近づいてくる。

 また距離を開けられる前に狩らないと…………!

 視界の中で木の槍を振りかぶるのが見える。

 そうだ、行け!

 木の槍がヒュッと投げ出されて――……外した!?

 少し先に落ちた槍に、鹿が慌てたように急カーブで曲がっていったが、脚を止めるには至らなかった。

 あ、あ!

 木立の中に入られてしまった。絶好のチャンスだったのに……。

 でも、まだ逃がしてない!

 今度こそ、と思ったところでペルカが木立を前に『突進』を解除する。こういった障害物が多いところで使う特性ではないからだ。なにせ直線距離にしか使えない。

 わかっていても速度が落ちるのを残念に感じてしまう。自分より早い相手では距離が開くばかりだ。

 くそう。もう一回さっきみたいな開けた場所に追い込まないと……!

 ここで下手なことを言って邪魔してはいけないと、念話はシャットアウトしながら表の状況に歯噛みをしていた、その時だ。

 トン、と固いものを蹴る音が聞こえた。

 さっきに負けず劣らずの速度で景色が流れる。

 弧を描くように木立の隙間をすり抜けながら、気づけば逃げようとしていた鹿の進行方向に先回りしていた。まっすぐ向かってきた目標がこちらに気づいて急停止する前に、新しく取り出した木の槍を振るう。

 脚を切りつけられた鹿が悲鳴をあげながら横倒しになった。

 ――――え。

 あっという間のことだった。

 何かを言う暇もなく、倒れた鹿へとペルカは再度槍を振りかぶる。

 二度、三度と。

 叩きつけるように首へと振り下ろすと、鹿が短い悲鳴を上げ、そのうちぴくりとも動かなくなった。

 ふう、と息を吐く音がやけに大きく聞こえる。

 ゆっくりと地面が近づいてくる。腰を屈めているのだろう。ざりり、と土が擦れるところを見ると地べたに座り込んだらしい。

 多少乱れた息を整えるように何度か深呼吸をして、それから目の前に倒れた鹿の首に手をやり、血が通わなくなっていることを確かめると、石包丁を取り出して切り分けていく。

 さくさくとブロック状の鹿肉がアイテムボックスへと収容されていった。

≪………………≫

 愕然とした。

 何が起こったのかわからない。

 途中からまったく展開についていけなかった。

 あまりにも事が早く進みすぎて、見ていたはずの自分でもあんなにあっさりと倒せたことが信じられない。

 だって。

 途中の、あの、アレ。…………なに?

『突進』じゃあなかったよね?

 うん。だって木がたくさんあったし。あんなところで使ったら正面から衝突してしまう。

 でも。じゃあ、さっきのは。

≪…………ペルカ? おーいペルカー≫

 わからないことは聞けばいいと呼びかけると、作業の手を止めてこちらを気にかけてくれる。

≪どうした≫

≪ごめんね、邪魔して。えっと、さっき鹿を仕留めた直前に使ったのがなんだったのか聞きたくて≫

≪鹿を? ……『飛行』と『突進』、『跳躍』だが≫

 え?

 話はそれで終わりのようだ。ペルカは再び鹿の解体を…………って、いやいやいや。

 え? おかしくない?

 突っかかりたい気持ちをぐっと堪えて、さっきの出来事を改めて考えてみる。

『飛行』と『突進』と『跳躍』…………。

 要するにさっきの狩りでは、前から持っている能力しか使ってないってことだよね。

 ちなみに、万が一だが、そのすべての特性を同時並行で使った可能性はあるだろうか。

 考えてみて、すぐにないなと結論を出す。

 昨日も今日も特性がつく料理は食べなかった。魚料理は食べたが、『淡水呼吸』は今回関係ないので除外していいだろう。

【限定欄】にセットされている特性がない以上、使えるのは【自由欄】と札で使えるようにしたスキル。合計ふたつだ。

 札は、登録されているスキルを使えるようにはできるが、さらにもうひとつ別の札を使うと上書きされてしまう。使用時間が残っていても関係ない。直前に使った札のものしか使用できない。

 やっぱり札はペルカの能力とは違う、別のものって感じがする。

 いや正確にはペルカの能力のほうが浮いているのかな?

 なのでなんとなく、ペルカがセットする能力を特性、札で入れ替える能力はスキルと言い分けている。

 基本はセットされている特性を使いながら、いざという時はスキルをがちゃがちゃと入れ替える。そんな感じでやっていこうと思っている。

 そしてここで大事なことは、あくまでもスキルは最大ひとつまでしか使えるようにならないということだ。だって重複しないし。

 なので三個同時並行とかむーりー。【自由欄】の特性ひとつとスキルひとつで限界のはずだ。

 そのふたつを組み合わせた、っていうのなら有り得るけど……。

 んー…………。

 木立に入る直前で『突進』を切ったっていうのは、要するにあそこではあの特性は使えないと思われたってことだ。実際に木がごちゃごちゃと生えているところでなんか使えるはずもない。

 なので、残る特性はふたつになる。

『飛行』と『跳躍』。

 弧を描くように木々を擦り抜けたあの動きは、どちらのほうが可能性があるだろうか。

 普通に考えたら『飛行』……になるけど…………。

 …………もしかして、『跳躍』?

 縦ではなく横に跳んだ?!

 ぱっとした思いつきだが、考えてみればみるほど、それしかないと結論が出る。

『跳躍』ならなるほど、直線に跳ばないのもわかる。元々バッタに似た虫から出た特性だし、跳びたい角度を狙って跳べばあんな風な動きにもなるだろう。

 自分の中ではほぼ結論が出たが、念のために解体を終わらせかけているペルカに確認してみる。するとあっさり肯定された。

≪ああ。鹿の前に先回りした時は『跳躍』を使った≫

≪横にも跳べたんだね…………≫

≪試してみたらできた≫

≪え≫

 なんと。思いつきの行動だったらしい。

 ペルカの運動能力とセンスの成せる技だろうか。

 しかしようやく疑問が解消して、ほっとしかけたところで新たに小さな疑問が頭をよぎる。

『突進』ではなく『跳躍』を使った。それはわかる。わかるが、特性を切り替えたにしてはタイムラグが少なくなかったか?

『跳躍』直後の『飛行』など、できるようになれば行動の幅が広がるものは多い。そのことはペルカもわかっていて、最初から練習をしている。ひたすらに繰り返すうちに段々と切り替えがスムーズになっていったが、だがどうしても3秒程度の時間が必要になるそうだ。

 ああでも、『飛行』を終えてからしばらく経ってるし、【自由欄】にセットしておけばいいのか。

 考えてみれば単純なことだった。

 答え合わせのつもりで片づけを始めているペルカにこれで合っているかと聞いてみると、少し違うと言われた。

≪使った札は『跳躍』だ。後は【自由欄】で切り替えた≫

≪ん?≫

 使った札が『跳躍』…………。

 なら空から降りる前にもう使っておいたっていうこと、だよね。

 横に跳べるかはわからなかったのに? 『突進』より優先したの?

≪これが最善の予感がしていたからな≫

≪………………≫

 絶句する。

 予感ときたか。

 まだ試してもいないのに、最善だと思っていたとか。

 実際本当にそうだったわけだけど。

 これが戦闘のセンスとかいうやつなんだろうか。私には到底理解できない感覚だ。

 でも実際の戦闘でそうやってガンガンと直感でもなんでも使って最善の行動をとってくれるなら、こんなにありがたいことはない。

 センスとかはよくわからないけど、戦闘の才能にあふれているのは邪神印のチート持ちということで確定だからね!

 とりあえず今度から戦闘とかをした際に、どの能力をどの順番で使ったかを後で詳しく教えてもらえるよう頼んでみた。

 真似できるかはわからないけど、ペルカが考えた戦闘の構築はきっと参考になるだろうし、彼女の考えも知っておきたいからね。

 ペルカはあっさりと了解してくれた。

 うん。やっぱりいい子。

 あ、お礼を言うのが遅れちゃったけど、鹿を狩ってくれてありがとう! これでまた新しい特性が手に入る! はず!




 最初の拠点である洞窟は、長いこと留守にしたにも関わらず、今回も変わりはなかった。

 落とし穴とか罠とか念入りに仕掛けたから、動物は近づいてこれないのかもしれない。

 まあ面倒がないのは何よりだ。

 熊とかにでも棲みつかれてたら、拠点をなくして途方に暮れてたかもしれない。

 よかったよかったと安心したところで、今日はもう寝ることにする。

 昼間に寄り道したせいで帰り着くのが夜になってしまった。

 鹿を狩ったことに後悔はないけどね。

 新しい特性である『俊足』も手に入ったし。

 足が速くなるっていう単純な効果だけど、それだけに使いどころは多そうだ。

 ちなみにこれも使用時間は30分だそうだ。だと思った。

 ふふふ。明日はまたスキルコピー祭りの開催だ。『俊足の札』の錬金成功率を100%にしないと。

 鹿肉もわりと量が手に入ったし、せっせと使用時間を増やしていこう。

 さーて。明日のメニューは何にするかな。

 ふふふ…………。もみじ鍋、もみじ刺し、もみじ肉のロースト……ふふふふふ…………。

 夢が広がるなあ。

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