第20話
【強制サバイバル生活:103日目】
あれから『飛行』で先を急いだ。
ちょっと無理しながら乱用したので、1時間と少しの制限時間はあっという間に過ぎてしまった。
使い切るのは久しぶりだな。
まあ、【自由欄】で切り替えればまた使えるけど。
切り替えに少しのタイムラグがあるから、事前に【限定欄】にセットしておいたほうが組み合わせるのも楽なんだけどね。
湖に続く道に印をつけた件は、わりと役立っていた。
『飛行』を使った後はどうしても体力の回復が必要なので、ゆっくり歩くことになる。その時に目印があるだけでだいぶ違う。
洞窟から湖まで飛び続けられれば必要なくなるのだろうけど、そんな体力はないのだ。出来ることで頑張るしかない。
ただ、飛んでいる間は木の葉に邪魔されて空から印が見えないので、適当な間隔の木に頭から塗料をぶっかけておいた。青だの赤だの紫だの、残り物の色を使い切る勢いで上から散布したのだ。
かなり派手になったので、遠くからでも目立つ目立つ。
これで帰りも楽になるはずだ。
せっせと塗りながら飛びながら進み続けて、なんと、4日目の夜に湖に到着した。前回の半分近くの時間で来れたのだ。
ただしもう時間が時間だったので、その日は何もせずに寝て…………。
そして今日。
よく晴れた青空の下、いよいよ湖から食材を引き上げる挑戦が始まった。
この日のために錬金で銛を作り出している。
木で作った持ち手に矢の先端部分のような型を取りつけた、素手でも使える簡単な漁具だ。
これを手に持ち、魚の影が見えたら上から突いてもらう。
刺したら暴れて逃げられないようかえしがついているので、そのまま引き上げるだけでゲットできるって寸法だ。
前回来た時たまにあのクジラじみた巨大魚ではなく、ごく普通の大きさの魚っぽい影が見えていた。確かめたわけではないが、多分あれがそうだと思う。
なのでそれを待つ。
水の中に潜るにはあの巨大魚が邪魔&危険すぎるので、今回はやめておく。わざわざ危険を冒す必要はない。
というわけで。
まず適当な石をポイッと投げて水面に波紋を起こしておく。そしてその場でいつでも『飛行』を使えるようにしたまま待機。
おとなしく指示に従ってくれるペルカとともに見ていると、相変わらずの巨大魚がごぼぐぁと音を立てながら湖から頭を出してきた。食べる気満々の口もぱっくり開いている。
おー。やっぱりまだいたか。
いるとわかればそれでいいや。
落ちちゃだめだ、ってことだけ頭に入れておけばいいし。
よし、それじゃあ魚釣りならぬ魚突きの開催だ! ゴーゴー!
『飛行』を使い、湖の上へと飛び出していく。
太陽を反射して水面は眩しいほどに輝いていた。うおっ、目が潰れそう!
でもごめんペルカ。頑張って見て! 魚影がどこかに出てくるはずだから!
湖の上をサーーッと弧を描きながら空中遊泳していく。
おおお。なんだか視界を見ているだけで楽しいぞ。
気分はスケートリンク上のフィギュアスケーターだ。くるくると無駄に回転したくなってしまう。
傍から見たらきっと優雅に見えるに違いな――――
ごぼぐぁ。
≪!!≫
は???
視界にいきなり出てきた巨大な口腔を、直角に急上昇することでペルカが避けてくれた。
いや、…………は?
え? 何?
ざぼん、と後ろのほうで潜る音がした。
ペルカが全速力で湖岸へと向かう。
≪え、……っと?≫
今のって……???
≪例の巨大魚だ≫
ペルカが説明してくれる。
あ、うん。
やっぱりそうだよね?
あの大口を向けてきたところを見ると、あいつ、私たちを食べようとしたんだな。
………………。
…………。
――もしかして食べられるとこだった?!
ようやく現実に頭の回転が追いついて、遅ればせながら慌て始める。いや、ホントに遅すぎるけど!
そんな私に代わって巨大魚を避けてくれたペルカは、岸に着地して『飛行』を解除すると、肩を落として荒い息を整える。
さっきの急上昇はやはり体に相当の負担がかかったらしい。
膝をついてもいいんだよ? 無理してるでしょ。足が震えてるよ?
≪いや、……いい≫
やせ我慢は駄目だよ?
休める時には休まないと。
≪無理はしていない。……ポッカ≫
なあに?
≪もう一度行きたい≫
えっ。
行きたいって、湖に? 上を飛ぶってこと?
≪そうだ≫
…………巨大魚がいるのに?
あれって確実に私たちを狙っていたよね?
水面が揺れるのだけを感知してるんだとばかり思ってたけど、どうやら水面に映る影だとか、そういうものを察知して上がってくることもできたらしい。
ペルカがいなければ危ないところだった。
いきなりあんなことになった以上、根本から作戦を見直さないと。
巨大魚がいつ飛び出してくるかわからないのに、湖の上を飛び回るのは危なすぎる。
岸から体を乗り出さないようにしながら魚影を狙っていこう。それでも目的は達成できるはずだから。
≪それでは時間がかかりすぎる≫
えええ。まさかの駄目出し。
出来る限り安全な方法を選んだだけだよ?
だってそんな、必要もないのに危険を冒すことはないでしょう?
≪危険ではない≫
えっ。
≪さっきのは巨大魚が来ると知らなかったせいで回避が遅れただけだ。今度は余裕を持って避けてみせる≫
え、ええー…………。
困惑した。
いやそりゃあするわ、こんなの。
無理しなくていいって言ってるのになんでやろうとするの?
意味が分からない。
ペルカがこんな強引に事を押し通そうとするなんて、今まで…………。
…………いや。そういえば猪の時にも≪倒せるはずだ≫と言って、引く様子を見せなかったっけ。
もしかしてバトルジャンキーなところがあるのかな?
もしくは自分の力が試せる相手には絶対に引きたくない……とか。そういうこと、なのかな?
それがペルカの本心からの願いだっていうなら、一方的に却下するのもなんだし……。
≪…………絶対、あの巨大魚に食われない? 確実に避けれる?≫
≪! ――ああ!≫
その返事があまりにも嬉しそうなもので、折れることにした。
安全策のほうが……という思いはまだ抜けないし、一抹の不安もある。
でもペルカがが望んだことだし、それが成功であれ失敗であれ、彼女の成長のためには必要な過程なのだろう。
ならここは見守るべきか。
≪よし。じゃあ、頑張れ! 私はタイミングはわからないから、任せた!≫
≪任された≫
気合を入れているペルカに微笑ましくなる。
そうだね。少し早い実戦のための練習だと思えばいいか。
いきなり襲いかかられたりするよりは、これは避けるだけだからずっとマシなはずだし。
本当に命が危なくなるまでは口出ししないでおこうか。
――数分後。そんな自分の思考を早くも後悔していた。
≪イヤーーーーーーーーーッ!!!≫
≪大丈夫だ≫
急降下、急上昇を繰り返して、もはやまともに外を見れていなかった。
視界が回る回る。ぐるんぐるん回る。
それでも見なければと自分を叱咤して視界を覗けば、目の前に自分を飲み込もうとしている巨大な口が。
≪!!!!!!≫
≪もう避けたぞ≫
≪???!!!≫
もはや思考が追いつかない。
私、無事なの? 生きてるの? 魚の腹の中にいたりしない?
でもペルカが避けたって言うなら、またしばらく上がってくるまでは平穏のはず……。
≪――魚影が見えた!≫
ああああああぁぁぁまた急降下あああアアアァァーーーー!!!
≪くっ、逃げられてしまった。――!!≫
いやああぁぁぁぁまたまた巨大魚ォォォォォ!!!
今度こそ死ぬぅぅあああああ!! もういやぁぁぁあああああああ!!! いっそ殺せぇぇええええええええええええ…………!!!!!
――――――――!!!! ――――???!!! ――――――――……………………………………………………………………………………
その後、私は気絶していたらしい。
起きた時には目に涙が溜まっていた。寝ている間も泣いてたんじゃなかろうか。
なのでもう精神年齢とかそういうのは考えずに赤ん坊らしく泣きわめいてやった。
――怖かった!
――怖かったよぉぉぉ!!!
もう! あの湖の上を飛んでる時は!! 絶対に外を見ない!!!
固く固く、そう誓った。
≪大丈夫か?≫
だいじょうぶじゃない。精神が重症です。
えっぐえっぐとしゃくりあげながらボロボロと涙をこぼす。
涙って流すのはストレス解消にいいんだっけ。
ならこの機会にもうちょっと泣いてやる。
ストレスなんてありまくりだわ。
都会人やってた人間がいきなりのサバイバル生活に順応できると思っているのか。
今はそれどころじゃないから不満だのなんだのも全部置いているだけだ。
…………それに、一番頑張ってくれてるのはペルカだし。
そんなことを思いながら、なかなか止まらない涙がこぼれるままにしていると、やや焦ったような念話が聞こえる。
≪どうした。何があった≫
恐怖体験がありましたねえ。
遊園地でもないのにフリーフォールを繰り返されたんです。
≪――――む≫
自分が原因という自覚はあったのだろう。ややバツの悪そうな感覚が伝わってきて、はあ、と内心溜め息をこぼす。
…………まあ、気にしなくていいよ。
ペルカに許可を出したのは私だし。あなたはやるべきことをやっただけだし。
ただ私にそれについていける根性とか平衡感覚とか動体視力だとか、色々なものがなかっただけで。
まだこうしてひぐひぐと泣いてるのは、ここ最近溜まったものを吐き出してるだけだから。放っておいて大丈夫。
≪………………≫
――あれ。
そう言ってもまだ気にしている様子に、思ったより落ち込んでいるらしいと悟る。
本当に問題ないのに。
生まれた時を除いて初めて私が泣いてるのを見て、びっくりしちゃったのかな?
ここはきちんと説明しておくべきかも。
わりと私の思考が垂れ流しになってるみたいだけど、これだけは念話でしっかりと伝えておく。
≪ペルカ。聞いて。ペルカ≫
≪………………≫
≪あなたは悪くない≫
いやホントに。
あえて言うなら弱い私が悪い。……けど、それも少し違うな。
赤ん坊の私だってきちんと毎日体は動かしている。ただあのフリーフォールに対応できなかっただけで。
過度に自分を下げるのも良い方向には向かわない。
私はそれを知っていた。
≪うん。私も…………多分、悪くない。でもってペルカも悪くない≫
≪だが≫
≪どちらも悪くないなんてこと、世の中にはたくさんあるんだよ。ペルカ≫
これはもう、人と関わって生きていれば何度だって痛感する。
ただ、ペルカには初めての概念だったのだろう。
きょとんとしたような間に、この子は本当に子供なんだなと思う。
ある程度の知識は持って生まれたみたいだし、物分かりが良すぎて大人びて見えるけども、心が育っていないんだ。
ならせめて彼女をこの世に生み出した責任を持って、私が彼女を導いていかないと。
それこそ子供を育てるように。
…………私、子供を産んだことなんてなかったはずなのにね。ははは。
異世界に行ったら出来るだなんて不思議なものだ。
しかも同一存在とも言えるような間柄だなんて。
まあそりゃあ、望んだのは私だけれど。
まさか戦闘用のはずの人格がこんな無垢な子だとは思わなかったし。
もっと最初期のような、アンドロイドみたいな感じだとばかり思っていたんだけどな。
でもまあ、これも縁でしょ。
≪ペルカ≫
≪……ああ≫
≪一緒に成長していこう≫
心も、体も。
あの邪神に面白半分に過酷な環境に叩き込まれた者同士、立派に育って見返してやろう。
奇跡的な確率で、せっかく互いに出会えたんだから。
≪……わかった。がんばる≫
ペルカのことを子供だと認識したせいか、返事がどこか舌足らずっぽく聞こえて、くすりと笑ってしまう。
涙はいつの間にか止まっていた。
ちなみに、あれだけ頑張った甲斐あって、魚は3種類5匹を銛で釣り上げられたらしい。めでたい。
その日の夕食で新たな特性『淡水呼吸』を入手した。
でもこれを試すのは残念ながらしばらくは無理だろう。だってあの湖に潜る気には到底なれないもの。
なんかこう強力な電気を湖全域に流せる特性とかあれば全力でやってやるんだけどね…………ふふふ…………。
巨大魚がこちらに向かって開けた口は軽いトラウマになりそうだった。
いつかあいつも絶対に殺してやる。邪神とともに死ね。
わりとどうでもいい誓いをしながら、ぐっと拳を握り締めた。
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