第19話


【強制サバイバル生活:99日目】


 聞いて!!!

 別に特に発見とかがあったわけじゃないけど、そうじゃなくてね!

 なんと!

 私が!

 はいはいモドキができるようになりましたー!! ひゅー!

 ――ごめんね、めっちゃ小さい報告で!

 でもでも、嬉しかったんだよ。

 お腹まで上げて四つん這いで移動するはいはいじゃなくって、お腹を地面につけたままの腹這いだったけど、それでも動けると動けないじゃ大違いだし。

 これまでほら、何度もペルカに交代してもらってたじゃない?

 それが自分で移動できるってだけでも革命だよ!

 毎回毎回、これまでどれだけ心苦しかったことか……。

 赤ん坊の体って出来ることがなさすぎて、本気で精神が削れるよ。

 でも、ようやく。ようやくだ。

 これからお腹をくっつけながらでも這い回っていれば、次第に腕に筋肉もついてくるだろう。はいはいが出来る日も遠くないに違いない。

 ひゃっほう! 未来は明るいぞう!

≪おめでとう、ポッカ≫

 へへへ。ありがとう。浮かれちゃってごめんね。

 でもほら、偉大な第一歩だったからさあ……。

≪困難な壁を乗り越えられるのは誰だって嬉しいものだ。構わない≫

 ううう。

 ペルカってば、ホントにいい子!

 精神年齢が9歳じゃないよね。もっと上じゃない?

 と言っても自分じゃわからないか。

 うー。でもでも頑張り屋だし優秀だしで、もし目の前にペルカがいたらぎゅーってしてあげたいよ。ぎゅーっと。

≪………………≫

 お。照れてる?

 って、テンション上げすぎたね。ウザがらみになってたか。ごめんごめん。

≪…………構わない≫

 あはは。フォローありがと。

 でもふざけてばかりもいられないからね。約束した期日だし、真面目に相談しようか。

 見えないだろうけど、内面世界でキリッとした顔をしてみせる。

 ――そう。

 今日は方針を決定する日だった。




 季節が夏になって、食料はほぼ採れなくなった。

 採れるものといえば一年中生えている草や木の葉や木材、岩や土。そんなのばかり。新しいものは見当たらない。

 ハニーフラワーの蜜もあらかた採りきっちゃったし……。

 行動範囲を広げても似たような植物ばかり。

 さらにじりじりと照りつける日々強くなっていく日差しが、帽子をかぶっていてもなおペルカの体力を削っていく。

 どうにかしなきゃ、とは思っていた。

 素材集めという点で無駄ではないけれど、もっと効率のいい方法があるはずだから。

 なので、それを覆す乾坤一擲の策――……とはいかないけど、とりあえず案を出してみた。

 ペルカにも少し前に伝えておいた。

 ここ最近素材や食材集めが停滞しているから、一石を投じるべく、ふたつの案を考えてみたよ、と。

 そしてその二種類の中からどちらがいいか、前もって検討しておいてね、とも。


 第一案は遠出ルートだ。

 目的地は、以前も行ったあの湖。

 以前は水しか採れなかったあの場所で、湖の中に生息するはずの水生生物の入手に挑戦する、難易度の高い目標だった。

 だけどそれが失敗したとしても、探索の足りない場所を改めて巡るというのは悪い案ではないと思う。

 それに今は夏で、行き先は湖だ。涼しげでいいんじゃないだろうか。

 なので、おススメはこちらだった。


 第二案は、前述のに比べるとかなり地味。その名も、ひたすら鍛錬ルート。

 素材がしょっぱい量しか採れないなら、諦めて体を鍛えるほうに全振りするという、脳筋解決方法だ。

 ただ、これはこれで悪くはない。

 自力をつけることは必要不可欠で、今のペルカは探索をやって余った時間で鍛錬という、素質を生かしているとは言えない生活をしている。

 本来なら24時間鍛錬に使いたいだろう。

 私だって生まれてから数日はそのつもりで放っておいた。私がのんべんだらりと赤ん坊生活を送っている間に鍛え続けてくれればいいと思っていたのだ。

 大自然のど真ん中に捨てられるという超ド級の予想外すぎる事件で、そんなことは言ってられなくなってしまったけど。

 ただ、ペルカも内心では不満だったんじゃないかなって、頭の隅では思っていた。

 今の状況では私はほとんど役立たずだし。

 一応考えたり錬金したり指示出ししたりしてたけど、ペルカのほうの負担が大きすぎるって言われたら、デスヨネーとしか返せない。それぐらい頼りまくっている。

 いい子だし、状況が状況だから文句を控えているだけで、本心では鍛錬不足の不満を抱えているのなら、この機会に解消してほしかった。

≪どっちにする?≫

 なので、ちょっとドキドキしながら答えを待ったのだが――……。

≪遠出ルートだな≫

 ペルカの答えはあっさりしていた。

 鍛錬が惜しそうな様子もない。

≪…………それでいいの?≫

≪ああ≫

≪えっと、参考までに何がいいと思ったのか教えてほしいんだけど≫

 重ねて問いかけると、こくりと頷いて答えてくれる。

 おお。素直。

≪湖で新しい食材が手に入る可能性があるからだ≫

 …………もしかして、食い気?

 え。湖の決定打って魚とかだったの?

 そう思いかけたが、違った。

≪新しい食材が手に入れば、新しい特性が手に入る。鍛錬はこれからも続けるが、強くなるまでには時間がかかる。その点、特性は入手した時点で戦略が広がったも同然だ。何が起こるかわからない土地で、最悪に備えるならそちらのほうがいい≫

≪………………≫

 あまりに理路整然とした意見にぽかんとしてしまう。

 これは…………正直、勘違いしてたかも。

 ペルカはただ単純に、自分を鍛えていって強くなりたいかと……。言ってみれば、ステータスを上げることだけを優先しているのかと思っていた。

 でも違った。

 本当の意味で勝ち残りたいんだ。

 何に襲われても勝てるよう、生き残れるよう、そのために、ペルカは全力を尽くそうとしている。

 今強くなる近道は新しい特性だと、理性と本能の両方で理解しているのだろう。

≪そっかあ…………≫

 なるほどの意味で、うんうんと頷く。

 ペルカのことがわかったかもしれない。

 前からそうだとは思っていたけど、ストイックなんだ、彼女は。目標に対してものすごく真摯だ。

 強くなるために常に最善の行動を取ろうとしている。

 ――なら、パートナーとして私も協力しなきゃね。

≪OK。目的地は湖で決まりだね。なら早速行こうか?≫

 どうせここにいても出来ることはほとんどないし。必要なものは全部アイテムボックスに突っ込んであるしね!

≪賛成だ≫

≪よし。じゃあ出発だ!≫

 ゴーゴー! と腕を突き上げていると、【自由欄】に『跳躍』をセットしたペルカがその場から跳び上がる。まずは出来る限り高く跳んで、それから今日は【限定欄】にある『飛行』で、木に印がついている場所へと飛んでいくのだろう。

 ペルカの能力の神髄は、こういった特性の組み合わせにある。

 9歳の子供どころか大人でも不可能じゃないかと思える動きが特性ひとつで可能なのに、組み合わせると完全に人外の挙動だ。これで体力増強みたいな特性があったら水を得た魚みたいになって、もう誰にも止められなくなるんじゃなかろうか。

 能力の使い方もだいぶ慣れてきたみたいだ。

 使用時間の制限のほうもあまり気にならない。そんな何度も乱用しないからだ。体力も使うから、かなり無理しないと時間を使いきるようなことにはならない。

 今後もっと成長した後で戦闘に巻き込まれて、それが長期戦になるようなら気になるのかもしれないけど……。

 そこは今考えても仕方ないか。

≪魚が手に入ったら色んな料理を作ろうね≫

 材料がないのでまだ登録されていないが、いずれ魚料理がずらりと製作一覧に並ぶ光景を思い浮かべながら言うと、≪――!!≫と歓喜の感情が伝わってくる。

 あはは。ホントに食べるのが好きだね。

 でもいいよ。頑張ってくれてるご褒美……っていうのも嘘じゃないけど、特性が手に入るし。手に入らなくっても成長するし。

 新しい食材はこれからも率先して狙っていこうか。

 美味しいものいっぱい食べて、いっぱい強くなってね。

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