第18話


 …………あのまま『飛行』でもっと高く飛ぼうと指示しようとしたところでストップがかかった。

≪ポッカ。……駄目だ。降りる≫

≪えっ。どうしたの≫

≪肩や背中に痛みがある。……体への負担が大きい。このまま飛び続けると落ちる≫

≪あああああ、降りて早く降りて!!≫

 そうやって内心で騒ぎながら降りさせて、地面に足をつくとすぐにペルカが膝を折った。息も荒い。本当にキツかったらしい。

 ペルカが訴えてくるんだからそうだと思ったけど!!

≪大丈夫?! 無事? 後遺症が出そうだとかない??≫

≪…………そこまででは、ない。休めばよくなる≫

 ホントに? 無理してない?

 血とか出てない? 肉離れとかはどう? ない? 降りたら痛くなくなってきた?

 それならよかった。

 よかった、けど…………。

 せっかく飛べるようになったと思ったのに、そんなにペルカの負担が大きいんじゃ……。

 残念ながらこのスキルはお蔵入りかな。

≪いや。それは勿体ない≫

 うん?

≪確かに負担はあるが、激しい運動程度のものだ。体を慣らしていけば飛び続けられるようになると思う≫

 ホントに? 無理してない?

≪ああ≫

 うーん。

 うーーーん…………。

 …………そこまで言い切るのなら、まあいいか。

 もちろん今後も様子を見ながらだけど、少しずつ飛んでみて無理のない飛行時間を探ったり、距離とか高さを伸ばせるかどうか確かめたりしようか。

 実際、『飛行』を使わないのは惜しいしね。

 ペルカもそのつもりで鳥を狩ったんでしょう?

≪ああ≫


 ――ペルカが練習していた投石で飛ぶ鳥を落としたのは、昨日の夕方のことだった。

 狩った鳥もタイミングも、どうやらずっと狙っていたらしい。

 あの時間帯になると低めに飛ぶのを知ってから、是非とも自分で狩りたいと思っていたのだとか。

 …………ちなみに、ずっと前に仕掛けた巣箱などの罠だが、あまりにもかからないのでもうやめることにした。

 ペルカの能力上、自分で狩らなきゃ意味がないわけだし。

 肉が手に入るという点では無駄ではないが、メリットが薄くなったわけだし、毎回見回る手間もかかる。

 なので、罠部分…………巣箱に入ると出られなくなるという仕掛けだけ取っ払って、ごく普通の巣箱として置いておくことにした。

 いつか鳥の家族が使えばいいよ。

 どんどん増えてくれ。そしてペルカに狩られてくれ。


 それはさて置き。

 急な運動で疲れただけなら休めばいけるよね? と聞いてみたところ、その通りだと返ってきたので、時間を置いて再び挑戦することにする。

 今度は最初から木の上に登って、そこから余裕を持って、行けるところまで行くことにする。

 それを何度か繰り返して、いつも素材を集めている場所までどの程度の時間で行けるのか。そこから調べ始めることにした。

 そうやって少しずつ、どこまでできるか確かめながら、『飛行』に体を慣らしていく。

 これもまた短期間でどうなるものでもないだろう。

 鍛錬と同じだ。

 毎日の積み重ねが必要だが、上達すれば行動範囲は一気に広がるに違いない。

 なにせ飛べるのだ。

 上から周囲を見回して、どこに何があるか判別できるだけでも楽になる。

 今日も本来はそのつもりだったのだが、途中で力尽きてしまった。

 それはもう仕方ない。

 育てていかないと使いこなせない能力を選んだのは自分とペルカだ。

 もう少し楽に使えてほしかったという思いがないとは言えないが、能力をくれたのはあの邪神なのだ。甘えるほうが間違っているだろう。

 それに、相棒だって落ち込んではいないみたいだし。

≪――よし。そろそろ行ける≫

 自己申告を受けて、OKと返す。

 ペルカが木の上に登り始める。

 枝でバランスを取りながら、ぐるりと周りを見回すのが見える。

 方角については任せたよ!

 見えてる視界からだけじゃそういった細かいことはわからないからね! 迷子にならないように!

≪了解した≫

 行く先を見定めたらしいペルカが腰を屈めて幹を蹴る。ふわりと浮かんだかと思うと、そのまま滑空していく。

 ――そう。飛行よりむしろこれは、パラグライダーの要領のほうが近いだろう。

 最初に少しだけ高く昇ったかと思うと、後はゆっくりと落ちていく。

 これがどうやらペルカにとって一番負担の少ない『飛行』方法らしい。

 今はまだそれでもいい。

 むしろ自分に合った飛び方ができるという点では早すぎるぐらいだ。

 どうやらペルカは自分の体を動かすことについては邪神に願った通り、素晴らしい才能を持っているらしい。

 ある程度の距離を滑空し、適当な木の上に降りると、再び荒くなった息を整えてもらう。

 肺が痛かったりはしない? ……そういうものじゃない? 背中がめっちゃ痛くて体力の消耗が激しいだけ?

 ははあ。本来翼が生えるべき場所か。

『突進』でも足の裏がついていけずにボロボロになっていたし、そういうものなのかもね。

 使いこなすためには体全般を鍛える必要があるわけか。

 ペルカ、いける?

≪時間はかかるが必ずやってみせる≫

 ふはは。

 念話からでもわかる。やる気たっぷりだね。めちゃくちゃ燃えている。

 うん。でも私も。

 こういうのってあの邪神に「やってみせろ」と言われてるようで――。反抗したくなるよね。

≪ああ。…………そろそろ次が行ける≫

 お。もうか。早いね。

 よし。それじゃあ二度目の滑空だ。

 体調はOK。方角はOK? ……よし、GO!

 ぐんっと反動をつけてまた飛び上がる。

 相変わらず緑の絨毯しか見当たらない周辺の景色。

 だが太陽の光を反射して、青々とした葉はきらきらと、眩しいほどに輝いていた。






【強制サバイバル生活:92日目】


 とう…………ちゃくっと!

 ザッと音を立てながら着地すると、ペルカが膝をつき、荒い呼吸を何度も繰り返す。

 やっぱり無茶だったらしい。

 体力を限界まで振り絞ったという無茶であって、後遺症が残るレベルの無茶じゃないけど。

 あれから何度も滑空を繰り返して、慣れ始めた今、横ではなく縦に昇るほうにシフトしてみた。文字通りの飛行ができるように頑張っているのだ。

 具体的には山の中腹まで飛んで来てみた。

 洞窟がある辺りはまだまだ麓に近くて、ここまで歩いて登るには相当の時間と労力がかかる。だが飛んで昇るのなら直線距離だ。歩きやすい道を選ぶ必要もない。

 さらに言えば、こうして昇るのはつらいが、帰るのはゆっくり降りていくだけだ。体力はろくに使わない。『飛行』を最大限に生かしたいい移動手段だと思う。

 少しずつ息が整ってきたペルカに声をかける。

 疲れたよね。汗かいてるでしょ。水飲みなよ、水。ぐいっと!

 ここ最近暑いし、脱水症は怖いからね。ガンガン飲もう。

 夜に洞窟の小部屋で寝転んでいても、むわっとした熱気を感じるようになった。

 涼しいはずの山中でもこうなんだから、世間ではきっと夏なのだろう。

 ホント、こまめに水は飲もうね。そうでなくても動きまくってるんだから。

≪……ああ≫

 素直に頷いたペルカが作っておいた果実水を飲んで、すっくと立ちあがる。もう素材の収集に移るようだ。

 働きすぎて倒れたりしないよう、私がちゃんと見張っておかないと。




 あれから、特性の使用時間はこんな風になった。


『突進』……51分。

『跳躍』……30分。

『飛行』……1時間6分。


 以上だ。

『飛行』は鳥をさらに一羽仕留めたので、1時間の大台を超えている。

『跳躍』は素材となった虫を見つけられていないので、時間は変わらず。

『突進』については肉は大量にあるものの、調味料がなくて新しい料理を作れないためここで止まっている。

 だって、塩もたれも何もないんだもの…………。

 ペルカはこれでよく我慢してくれてるよ…………。

 相変わらず毎回美味しそうに食べる様子が逆に申し訳ない。

 新しい食材が手に入れば、それと組み合わせることで新しい料理が作れると思うんだけど。

 ――というわけで、ペルカと私は今ここに来ていた。

 山の中腹にオレンジの花が咲き乱れている場所がある。

 それは下側からもよく見えていたというのが、無理してここまで飛んできた大きな理由だ。

 この辺りに見渡す限りあちこちにあるオレンジの花からは、他の花より遥かに多い花の蜜が採れる。

 その名もハニーフラワー。蜜を目当てに乱獲されないか心配になるような花だ。

 …………だからこんな人が来ないとこで咲いてるのかな?

 後ろ側、崖だし。普通は来れないよ、こんなとこ。

 ペルカによると蜜の味は濃厚らしい。頭が痺れるほどの甘さだとか。

 そんなにかー。いつか食べてみたいなー。

 そういうわけで、せっせと花の蜜を集めてもらう。

 こういった甘味料がひとつあれば、食べられる料理がまた増える。デザートだって充実することだろう。特性の使用時間を延ばすため、ペルカの食生活を充実させるため、山ほど蜜を集めさせてもらう…………!

 あ、でも、ありったけはやめようね。受粉する虫が来れるよういくらか残しておこう。また来年も咲いてもらいたいから。




 再び休憩を入れている間、適当な岩に腰掛け、中腹からの景色を眺めてもらう。

 南も東も西も緑一色だ。湖があった場所もここからではわからない。

 北はこの大きな山が塞いでいるので向こう側は見えないが、なんとなく森が続いている気がする。

 だって人の手が入っている様子がないし、生活音らしきものもまったく聞こえない。知的生命体が近くにいるのなら、もっとそれらしい跡があるものだ。

 ここはどう見ても誰も踏み入ることのない秘境だろう。

 遠くには他の山も見えるけども、私たちが今暮らしているこの山ほど大きなものはなさそうだ。

 ……とりあえずの目標は、ここの山頂かな。

 周辺で一番大きな山から見下ろせば、もっと遠くまで見渡せるはずだ。

 海でも遺跡でも人の痕跡でもなんでもいい。何かがあってほしい。それを次の目的地にしたい。

 ここからもう一度『飛行』を使って飛べば山頂に着くんじゃないかと最初は簡単に思ったのだが、ペルカによるとどうも無理らしい。この辺りから空気が薄くて、山頂まで飛ぼうとするなら十倍くらいの労力が必要なのだとか。

 ここまであれだけ疲れていたのに、さらに十倍。

 そういうわけで、ペルカは頑張ると言っていたが私が却下した。

 もちろん将来的には目指すよ?

 ただそれは充分に体を鍛えて『飛行』にも習熟してからだ。

 変わり映えのない森の中を少しずつ探索するしかないっていうのは嫌すぎるからね。

 …………特性の中に、そういった探索用のものがあればよかったんだけど。

 習得した特性はもちろん、ランダムで得た中にもそういったものは見つかっていない。

【ランダム欄】にこれまでセットされたのは、大抵が役に立ちそうにないものばかり。

 例を挙げるとこんな具合。


『浮遊』『虫の知らせ』『熱感知』『光感知』『吸血』『羽ばたき』『絶食』『体内清浄』『臭い液』『消化』


 もちろんこれだけでなく、特に効果が高く、これは使える! と思ったのが二種類あるが、使い道の思いつかないものが大半だ。

 最近では新しい特性がなく、見慣れたものが重複するばかりで、あまり【ランダム欄】には期待していない。もっとたくさんの生物を倒せるようになれば違うのだろうけど……。

 ちなみに【ランダム欄】は午前6時から24時間、使用可能な時間だけ使えるようになるが、習得したわけではないので『スキルコピーの札』でその特性の札を作っておかなければ、再度ランダムで選ばれるまで使えない。

 この辺りの使い勝手は正直悪い。

 けど元々ランダム系統はオマケみたいな感じで入れておいたので、あまり期待はしないでおこう。

 はあ。

 もうちょっといい特性が手に入ると思ったんだけどなー。

 …………まあでも、使えそうな特性が二種類あっただけでもいいほうか。

 その特性とは、『強酸』と『超回復』のふたつ。

 効果は名前の通り。

『強酸』は強い酸を吐き出す能力で、巨大な岩もドロドロに溶かしていた。

『超回復』は怪我を治す能力で、切り傷やカサブタでデコボコになっていたペルカの足の裏もつるつるになった。一瞬で、だ。怪我していた痕跡すら見当たらなくなったので、これはいいと札を量産した。

 ただし強い能力だけあって、使用時間はたったの3秒。

 その札に至っては、驚愕の0,3秒。

 果たしてそんな短時間で特性を発動させられるのかと思ったが、ペルカが自信たっぷりに≪0,3秒あればできる≫と言いきってくれたので任せることにした。頼もしすぎる。

 ちなみに『強酸』は使用可能時間は3分だった。札だと18秒。なるほど。十分の一だからね。

 それにしても、30分に3分ときて、3秒とはかなり短縮されてないだろうか。いやわかりやすいけど。

 それともこれが強い能力を使う代償なんだろうか。

 邪神の査定を経ているわけだし、どこかしらに愉快犯めいた要素が入れられるのは覚悟していた。それが使用時間の制限だというのなら、正直かなり楽なほうだろう。札でも一回は使えるわけだし。

≪――ポッカ≫

 ん。もういい? 動きたい?

 はいはい。ペルカもワーカーホリックだよね。もっとゆっくりしてもいいのにさ。

 さーてっと。考察終わり。私も錬金を再開するか。

 最近札の需要が加速度的に高まってるから、『洞窟の土』から『鉄』に。『鉄』から『スキルコピーの札(鉄)』へとひたすら繰り返している。その影響で土が足りずに、赤ん坊の私まで小部屋の土を収納しているぐらいだ。最近は小部屋が広くなってきた。

 赤ん坊のちっちゃい掌ぐらいの土しか取れないから、ものすごい効率悪いんだけどね……。

 ずっとうつ伏せでいるのも苦しいし。

 ううう。でも頑張るよ。訓練だと思って。

 もう少しではいはいが出来そうな気もするし、そしたら移動したくなるたびにペルカに交代しなくてもよくなる! はず!

 さあさあ、錬金も頑張るぞー!

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