第6話


【強制サバイバル生活:3日目】


≪――起きろ。ポッカ、起きろ≫

 失意のうちに眠ってしまったらしい私は、珍しいペルカからの呼びかけで起こされた。

 …………うゆ……?

 どうやら内面世界でも呼びかけで起きることはできるらしい。

 まだ少し眠気は残っていたが、それも次の台詞で吹っ飛んだ。

≪動物がいる≫

 ざあっと血の気が引く感覚がした。

 頭にあったのは、私をここに連れてきた馬モドキの姿だ。

 何かの気まぐれで戻ってきた?

 その場合、今度は何をするつもりなのか想像もつかない。

 最悪の場合、子供が見つからない八つ当たりで私を殺しに来たとしても驚かない。

≪……あ、あいつ?≫

≪違う。普通の動物だ≫

 落ち着いた呼びかけに、それでもまだ落ち着かなくて、朝が来て間もないのか、まだ薄暗い辺りの景色を見せてもらう。今の体の主導権はペルカだから、彼女が見ている方角だけだけど。

 でも動物らしきものは見つからない。

≪茂みの向こう。あそこ≫

 ペルカが焦点を合わせて、それで私にもわかった。

 巨大な豚、いや、猪だ。

 そいつが茂みを幾つか挟んだ向こう側で地面に鼻を押しつけている。

 動物園とかで見た、私の知る猪より二回り……いや、さらにもう一回りほどでかい。大人の胸辺りまでの高さがある。めっちゃでかい。

 どうやら地面をほじって何かを食べているようだ。根菜でも植わっているのだろうか。

 食事に必死でこちらに気づいてはいない。

 つまり、襲いかかってこられるとかそういう危険はなさそうだ。

 そこまで理解して、ようやくほっとする。

 これならそのうちどこかへ行ってくれそうだ。

≪あいつを倒したい≫

 ――なので、ペルカのその要望には本気で驚いた。

 内面世界でも「はあ?!」と叫ぶところだった。

 いやまあ赤ん坊なので、実際にはふにゃふにゃした声しか出なかったが。

 待て待て私。今考えるべきはじゃそうじゃない。

≪…………本気?≫

≪ああ≫

 ペルカの返事はきっぱりしたものだ。

≪倒せば大量の肉が手に入る≫

 その意見を受けて私も考え込む。

 確かに…………。

 お肉はめっちゃ必要だ。ペルカの成長のためにも、私の生存のためにも。

 私たちならアイテムボックスで保存しておけるから、あいつを倒せれば当分の間は食料に困ることがなくなるだろう。

 問題は倒せるかどうかだけど……。

≪なので、武器が欲しい≫

≪少し待って≫

 ペルカに待てを出し、ひたすら頭を回す。

 考えろ……考えろ……。

 武器は…………ある。木の槍なら二、三本ぐらいすぐにできる。製作難易度が低いのか、失敗するほうが難しい成功率だ。具体的には85%。ただ削るだけだからだろうか。数が欲しいと言われても倒木をいくつかアイテムボックスに入れておいたから問題ない。鉄製品とかは無理だけど、木の武器なら大抵は製作可能だ。

 あと……定番の罠としては落とし穴?

 いやでもあの巨体だから、今から作るには時間が足りないか。

 でも逆に言えば、今すぐに倒さなくても、きちんと準備して倒すための場を整えれば…………。

≪ポッカ≫

 ――ん?

≪武器さえあれば、あいつは狩ることができる≫

≪――――≫

 淡々とした言葉だった。

 ただ事実だけを伝えている感じの、いつものペルカの念話。

 けどそれが、しっかりとした真実味を感じさせた。

 ああ。ペルカは本当にあの巨大猪を倒すことができるのだ、と。

 でも。

≪……怪我することなく倒せる?≫

 そこだけが心配だった。

 なにせ、ここは街中じゃあない。怪我しても病院に行けばいいような環境ではないのだ。

 かすり傷から細菌が入って、そこから重い病気になる可能性だって捨てきれない。

 本来ならリスクを負ってまで真正面から巨大猪を狩るべきじゃない。それはわかってるんだけど…………。

≪……保証はできない≫

 案の定、ペルカからそんな答えが返ってくる。

 やっぱりそうか。

 戦ったこともないのに軽々しくできるとは言えないということだろう。

 そこはむしろ真面目なペルカらしい慎重さでほっとする。

≪だが≫

 それでも、ペルカは伝えてくる。

 言葉にするのは苦手だろうに、このチャンスを逃がしたくないのがわかる必死さで。

≪やってみせる。あれを倒す力が、自分の中にある。わかるんだ。証明はできないが……≫

 うん。そっか。

 自分ではできるって確信してるんだね。

≪じゃあ、やってみようか≫

 そう念話で伝えると、きょとんとしたような反応があって、ちょっと笑う。

 なに。私が反対すると思った?

 しないよそんなこと。

≪せっかくペルカが初めて自分から提案してくれたんだもの。手伝うよ≫

≪………………感謝する≫

 おっデレた。

 ふふふ。デレでいいんだよねこれ。

 私の第二人格……っていうか、もうこれパートナーだな。私のパートナーがこんなに可愛い。

 ほのぼのしながらも、流れ作業で木の槍を五本ほど錬金していく。もう錬金は強く意識しなくてもできるようになった。

≪予備も含めて作っておいたよ≫

≪助かる≫

≪いいって、これぐらい。っていうかそんな私の説得のんびり待ってないで、自分で錬金しちゃったっていいんだよ?≫

≪いや。どうやら自分は錬金が使用できないようだ≫

 え。待って、それ初耳。

≪んんん?? いや…………それは後ででいいや≫

 食べていた場所から移動し始める猪を見て、考えを打ち切る。

 今はあいつに集中しようか。

 アイテムボックスから作りたての木の槍を取り出したペルカは、その場で何度か振り下ろして具合を確かめるようにすると、そっと猪の後を追い始める。気づかれないように。逃さないように。

 ペルカの視界越しながらも、その緊迫感に息を呑む。

 すごい……。映画とかとは比べ物にならない緊迫感だ……。

 なんとなくこちらまで息を潜めて、どうか上手くいくよう応援する。

 巨大猪は森を蛇行しながら、あっちこっちへフゴフゴ鼻を動かしていたが、やがて食べ物を見つけたのか、とある木の根元をさっきと同じように鼻先で掘り返し始める。

≪………………≫

 それを見たペルカは、そっと木の槍をアイテムボックス内にしまうと。そこらの木に登り始める。この数日ですっかり木登りに慣れたようだ。

 何をする気かと見ていると、ひょいひょいと密集した木に次々と移り変わっていき、やがて猪が真下で食べている木の枝に足をかける。

 あ。

 ここまできたらわかった。

 上からあの猪を奇襲するつもりなんだなって。

 ごくり、とないはずの唾を呑み込みながら彼女の一挙一動を見守る。

 ここまで移動する際に何度か枝葉をがさがさと音を立てさせたが、猪は気にした様子がない。あまり周囲に注意を払ってはいないようだ。

 これなら…………いけるか?

 ペルカがアイテムボックスから木の槍を再び取り出し、ゆっくりと構える。槍の先を下に向けて、とんっとそこから飛び降りる。

 ぐっと赤ん坊の手を握る。

 ぐんぐんと地表が近づき、槍先が、下にいる猪に刺さ――らなかった。

 おそらく勢いが足らなかったのだろう。

 ペルカが直前でぱっと手を離したこともあり、せっかくの奇襲の一撃は猪の目元にぶつかって跳ね返るだけで終わる。

 どう見ても攻撃が軽かった。傷もついていない。

 息を詰める私とは逆に、ペルカは上手く受け身を取って地面に着地すると、すぐさま体を起こして猪に向き合う。

 いきなり攻撃を受けた猪はフゴォッ! と呻くも、すぐに体勢を立て直してペルカに向き直った。攻撃したのが彼女だと本能的に察したようだ。

 ざあっと血の気が引いていく。

 し…………失敗した…………?

≪に、逃げて!!≫

 私が指示したのとほとんど同時にペルカが走り出す。ジグザグに、木の幹を利用して回り込みながら。

 だがそれを猪が猛烈な勢いで追い回す。

 いくらペルカがすばしこくても、元々の足の速さは猪が圧倒的なので、すぐに背中をとられる。

 ひっ、と声が出そうになった。

≪あ、あ、危な――。――そうだ、木に! 木に登って!≫

 必死で伝えるも、素早く横に避けて猪の突進をかわしたペルカは、もうひとつの木の槍を手に出現させる。

 な、なんで?

 登らないの? 逃げないの? どうして? …………何か狙っているの?

 行き過ぎた猪が曲線を描いてぐるりと回り込み再びペルカへ向かってくる。

 ペルカが槍を構えた。

 ただ、その手に力は入っていない。本当に支えるだけと言うか、角度だけを慎重に微調整しているようだった。

 猪が全速力で突進してくる。

 ペルカは構えたままそれを待ち受ける。

 悲鳴が念話からも漏れそうになり、必死で堪える。

 邪魔しちゃいけない。そんな直感があった。

 ペルカは突進をじっと見定めて――。直前で、ふわりと重力から解き放たれたように飛び上がり、木の枝につかまる。槍先だけはしっかりと狙いの角度に向けながら。

 正面から向けられたそれに、猪は自分から突っ込んでいった。

 ペルカのすぐ後ろは木の幹だった。

 槍の石突の部分が幹にぶつかり、後ろに力を逃がせなくなった槍が、突っ込んでくる物体にそのまま突き刺さり――。

 肉に突き刺さるなんとも言えない音が響いた。

 体重の軽いペルカの奇襲と違い、猪の重量と突進の威力がそのまま加わったのだ。槍は猪の目へと突き刺さり、半ばまで沈み込む。

 ブゴオォォォォ、と猪の絶叫が響く。

 さすがにダメージが大きかったのか、後ろ脚ががくりと折れてその場に座り込む。

 槍はまだ目に突き刺さったままだ。

 だが、それが致命傷になるかというとそうでもなく、鼻息はまだ荒いまま、もう片方の目をギラギラとさせていた。

 うわ……。さすが野生、強い……。

 けどそれも、ペルカは見越していたようだった。

 猪の攻撃を避けてすぐ、ぽんぽんっと牛若丸のように身軽に幹を昇っていった彼女は、息を荒くする猪の上に陣取ると、アイテムボックスから倒木を出現させ、それを受け止めるでもなく落としていった。

 それなりの重量のある倒木が鈍い音を立てて猪の上に落ちる。

 さらには石とか岩とか固そうな枝とか土とか、固そうなもの重そうなものをなんでも落としていく。

 容赦というものはなかった。

 最終的にはざらざらざらざらと、土をこれでもかと落として猪の鼻先を埋めていく。

 黒い色でわかる。あれは洞窟の土だ。

 私が寝ている間に少しずつ掘っていったものがアイテムボックスに溜まっていた。それを放出しているのだろう。

 少しずつ天井や奥が広くなっていった分、収納した洞窟の土もかなりの量になっていたらしい。

 それは座り込んだ猪の鼻先を埋めて、顔全体を覆うようにこんもりと上から降り続け、さらには体にも降りかかっていく。ペルカが盛大に撒き散らしているからだ。

 私はぽかんとその光景を見る。

 最終的に猪がいた場所には黒土の山が出来上がり、墓のような有様になった。

 それでも念のためを考えてすぐには近づかず、しばらく木の上で木の実や枝をせっせと収納していたペルカだったが、やがて地面に降りると、黒土を再び少しずつ収納して、見えてきた毛皮の表面に手を当てる。

≪うん。ぬくもりが消えかけている。死んでいるな≫

≪………………≫

 満足そうに頷く彼女に、最初から見ていた私としては呆然とするしかない。

 まさかの。

 木の槍を持って堂々と相対しておきながら、トドメはまさかすぎる窒息死。

 いやまあ、安全に確実に勝てる方法があるならそれで構わないんだけどね?

 でもちょっと予想外すぎる結末に呆気にとられる。

 そうきたかって感じだ。

 だって、ペルカは今更言うまでもないけど、戦闘特化として選ばれたはずの人格だった。

 それなのに正面から倒すでもなく、こうしてアイテムボックス内の質量を使って殺すこともできるのか。

 どうやら彼女は思った以上に柔軟な思考を持っているらしい。

 だけどそうして唖然としていたのも短い間だった。

 ペルカの目の前に転がっている巨大猪の死体に、じわじわと嬉しさが湧いてくる。

 倒せたのだ。

 私が……いや、ペルカが。

 生存競争に勝って、当初の目的だったお肉を手に入れることができたのだ。

≪や、……やったよね?≫

 念のため確かめるように聞いてしまって、フラグみたいだ、とちょっと慌てる。

≪ああ。倒した≫

≪だよね? やったよね? ――っしゃ、やったあ!≫

 見ていただけとはいえ、緊張状態から解放された反動で、めっちゃ有頂天になる。これがハイってやつだろう。

≪やったやった! すごいすごい! ペルカよくやってくれた!≫

≪これくらいなんてことはない≫

≪でも! 実際にやったのはペルカだし、すごいよ本当! 偉い! 最高!≫

 ひゃっほーうと内面世界で手を振り回して大喜びする。

 赤ん坊でなければ確実に跳ね回っていただろう。

 でもでも、それぐらいすごいことだ!

 生まれてほんの数日で、こんな邪神の手で弄ばれてるようなひどい状況で、物とか準備とか何もかも足りなくて、それでも自分と相手の実力差を冷静に見極めて、しっかりと言った通りの仕事をしてくれた。

 これで褒めなきゃどうするってんだ!

≪ありがとう! ホントにすごい! 好き! めっちゃ最高! ペルカがいてくれてよかった!≫

 単語が単純? 頭悪そう? ――知るかそんなこと!

 命をかけた大勝負をくぐり抜けた人が目の前にいたらこうもなるって!

 実際には目の前どころか私自身で、抱き着いて踊ったりすることもできないけど、気持ちとしてはそんな感じだ。頭の中ではくるくる踊り出してるし天使はラッパ吹いてる。

 全世界に向けてこんなカッコいい子が私のパートナーなんだって自慢したいし、頭をぐしゃぐしゃにするほど撫でて褒めまくりたい。

 へへへ。

 頭に花が咲いてると言われても仕方ない浮かれっぷりをスルーして、ペルカは淡々と自分が獲物を仕留める際に使った物の回収をしていた。

 猪に突き刺さった木の槍もアイテムボックスに収納して、周りに散らばった倒木やら石も土と一緒にぽんぽんと収納して、横倒しになった猪が剥き出しになる。

 その毛皮に手をついたペルカが、ぽつりと報告する。

≪重さのせいでこのままではアイテムボックスには入れられないが、切り分ければ収納できそうだ≫

 なるほど。

 まるごとはやっぱり無理か。

 どうも収納できる重さって、ペルカが余裕を持って持ち上げられる程度しかないみたいだから。

 これから成長して鍛えていけば、もっとずっと重いものもぽんぽん収納できるようになるんだろうけど、今は無理だ。

 というわけで、肉を切り分けるのは石包丁を使うことにする。

 耐久度が低くてすぐにボロボロに欠けてしまう脆い包丁だけど、材料はそこら辺に転がっている石なので、錬金でいくらでも作れる。そういう点では錬金は中々チートだ。

 せっせと石包丁で猪を切り分けて、その体躯を余すところなく収納していく。

 お肉だけでなく毛皮も血も内蔵も、使えそうな部位は全部貰っていく。

 地面に広がった血だまりまで、まるっと残らず収納できるっていうのはちょっと意外だった。殺人の痕跡とかもなくせそう。いやまあ人なんて私たち以外誰もいないけど。

 アイテムボックスには猪退治の報酬が部位ごとにきちんと分けられて並んでいる。

 適当に収納していっただけなんだけど、アイテムボックス内で勝手に肉は肉の場所に、血や骨はそれぞれの欄に振り分けられていた。

 そういうところはすごくシステマチックだ。手間がかからなくて楽でいい。

 ふう、と気持ちの上で額の汗を拭う。

 朝からヘビーなイベントだった。

 けれどその分、報酬はほくほくだ。

 ホエールピッグボアと名前がついていたそいつのブロック肉は、500グラムに分けられたものがなんと、三桁後半の数だけあるのだ。具体的には652個!

 ひゃっほーーい。これで飢え死にの心配は当分なくなったぞう!

 なにせ肉だ肉。タンパク質だ。焼肉にするだけで一食になる素晴らしい…………。

 …………え。あれ。

 必要素材に、火って書いてある。

 ………………。

 …………。

 …………火って、点けたことなかったよね。

 だから持ってるわけないよね。うん。

 じゃあ…………。

 焼肉は…………作れない?

 浮かれた心が水をぶっかけられたようにぺしゃんと鎮火されてしまう。

 うああああぁ…………。

 火もそうだけど、水の問題もまだ解決してなかった。

 アイテムボックス内にある朝露の量だけでは一日に必要な水分量に到底足りそうにない。集めきらないうちにあの猪を見つけたからだろう。今日頑張るはずの予定が流れてしまった。

 ――いや、あの猪だか豚だかを殺したのは素晴らしかった。肉の他にも毛皮やら牙やら色々と手に入ったし、大金星だ。それは間違いない。

 でも他の問題が、なんというか、山積みすぎぃ…………。

 ふぎゅう、と思わず弱音っぽいものが漏れてしまう。パートナーである彼女にも気持ちは伝わっていることだろう。

 うううごめんねペルカ。実際に体を張って頑張ってくれてるのは貴女だっていうのに。

≪気にしていない≫

 うん。とてもクール。

 その言葉はありがたい。けど……このままじゃ駄目だよね。

 こんなサバイバルが始まったばっかでもう萎れてるようじゃ、この先もっと理不尽なことが襲いかかってきた時に耐えられなくなる。

 ペルカはきっと沈着冷静に対応できるんだろうけど、パートナーが戦ってるっていうのに私が逃げたり閉じこもってたりしたら格好がつかない。そんなのあまりに情けない。

 強くならなきゃ。

 差し当たっては一歩ずつ、目の前のことに向き合って、何が最善かを考えることから始めよう。

 とりあえず『草の器』を作って、ペルカにある限りの水分補給をしてもらおう。

 それからこの猪がどこから来たのか地面とかを見て調べてみよう。

 あくまで可能性だけど、ひょっとしたら奴が使っていた水場に行き当たるかもしれない。

 よし。調子が戻ってきたぞ。

 頭を回せ。錬金しろ。素材の詳細を読め。指示を出せ。

 それが私のやるべきことだ。

 欠点はあるとはいえ色々チートを持っているんだから、それを使って頑張らないと。

 猪を殺すところも死体もそこまで衝撃を受けずにしっかりと見れたし、きちんと現実に向き直れている。ただ現代社会で生きていた私の常識がたまに悲鳴を上げるだけだ。

 でもそれも経験を重ねればどうにかなるはず。多分。

 よし。

 とりあえず、遅れたけど朝食を食べてもらおう。

 体を動かすのはペルカなんだから、そのペルカの体調を気にするのはパートナーである私の義務だ。

 早朝から色々あったけど、まだ昼には早い時間だし少し休憩してもらって、それからまた働いてもらおう。




 朝食にはいつもの山菜盛り合わせと野草サラダの他に、ベリー系の実を数粒つけてみた。大金星のご褒美替わりだ。

 といっても錬金はしていない。

 ベリー系の実はジュースとかにできるんだけど、その必要数がすごくってね……。今の段階ではとても無理。

≪…………≫

 え。何。どうしたのペルカ。

≪いつかこの実を錬金したものを食べてみたい≫

 そ、そうなの……?

 でもベリー系って単なる盛り合わせでも成功率が50%を切ってるから、あまり錬金したくは……。

≪失敗しても問題ないほど回収すれば錬金してくれるか?≫

 う、うん?

 そこまで食べたいの?

 それが望みなら、うん、収穫量によっては錬金してもいいけど…………。

≪了解した。全力を尽くそう≫

 ――?!

 今までになく気合が入ったような念話が伝わってきて、困惑する。

 えっ。

 ペルカってそんな感情豊かだったの?

 なんかもうちょっとクールめいてるかと……。

 ああ、いや、いいんだよ? 好きなものがあることはいいことだからね?

 錬金で作った料理は美味しくなるらしいしね。

 そういや仮にもベリーなんだし、甘かったのかな?

 甘いものは美味しいよね。わかるわかる。

 めちゃくちゃ大変な肉体労働させちゃってるわけだし、美味しいものが食べたいって言うなら私も協力するよ。

 素材に使えそうな素材とかも、料理に使えるなら使っちゃおうか!

≪――――!!≫

 そう提案してみると、ものすごい勢いで賛同の意思が流れてきた。

 ははは。そっか。

 うんうん。りょーかい。おっけおっけ。

 どうやらペルカは意外と食いしん坊らしい。

 けどこの娯楽の少なそうなサバイバルの中で、食べることにだろうと楽しみを見いだせるのはいいことだ。

 私も全力で協力するよ。

 それが苦労ばっかりかけてる私が、ささやかながらペルカにお返しできることだろうしね。




 色々と素材を集めながら日没までねばってみたけれど、あの巨大猪がどこから来たのかは結局よくわからなかった。

 ペルカが必死に地面に這うようにして目を凝らして探してくれたのだが、来た方角こそ森の中からということはわかっても、落ち葉やら枯れ枝やらがあちこちに落ちていることもあり、痕跡がろくに残っていなかったのだ。

 ただ、いいこともあった。

 あの猪が水飲み場として使ったのだろう水たまりが見つかったのだ。

 掘られた穴に雨水が溜まったのだろう、沼とも言えない小さな水場で、人間が飲むのは無理なほど泥で濁っていた。

 だけど問題ない。

 私には錬金がある。そして、アイテムボックスもある。

 水たまりに手を触れさせると、たちまち水嵩が減っていく。アイテムボックス内へと移動しているのだ。

 その間に私は錬金を使用する。

 泥水を拾い集めておいた砂利と錬金。――よし、成功。『微妙な水』になった。説明文には、飲んでもただちに影響はないとある。うん、できれば飲みたくない。

 なのでさらに砂利と錬金する。

 この砂利は使っても減らないようだな。減るのは『微妙な水』だけだ。よかったよかった。

 そうすることでようやく『水』が出来上がる。

 集めた朝露と同じ、人間が飲んでも大丈夫な、ごく普通の水だ。

 ここからさらに錬金すると『蒸留水』になると出ているが、実験とかをする環境にはないのだし、そういうのは今は必要ない。ただの『水』で充分だ。

 というわけで、せっせと『水』を量産していく。

 途中途中で失敗するので泥水はガンガン減っていくが、それでいい。

 どうせこのサバイバルの最中、まともな水なんて手に入らないだろう。

 かといって汚れた水は病気が怖いので、これは必要な作業だった。

 錬金は成功しても失敗しても次回の成功率が上がるんだから、とにかく使っていけばいい。そうすればそのうち100%成功するようになるはずだ。

 この調子なら……5リットルほど『水』ができるかな。

 数日間の水分補給としては充分だ。

 これに朝露を集めていけば、しばらくは水に困らなくなるはず。

 その間に少しだけ遠出をしたり、火を点けるのを試してみたり……。色々とやれることが多そうだ。

 まあもう今は真っ暗なので、全部明日だけどね、明日。

 ちなみに夕飯は『ホエールピッグボアの血のスープ~山の恵み入り~』だ。

 名前がちょっとおどろおどろしいのは気にしないでおこう。

 あの猪モドキが掘って食べていたところから見つかった長芋っぽい根菜と、木の実を数種類使って出来上がったものだ。

 回収した血の使い道がないか調べて、成功率も悪くなかったから錬金してみたところ、見事成功した一品です。拍手ー!

≪よくやってくれた≫

 心なしかペルカの念話の声が弾んで聞こえる。

 私は逆に、木の器になみなみと注がれた毒々しい赤いスープに引いてるんだけど…………。

 説明文には栄養たっぷりって書いてあるし、毒もないけど……。

 大丈夫? 食欲減退しない?

 そんな私の心配をよそに、ペルカはむしろがっつくように木の匙をスープに入れて中身の具ごと頬張っていく。

 お、おおお。

 食べた。食べちゃったよ。

≪大丈夫? 気分悪くならない? 平気?≫

 わりかし本気で心配になってそう聞いてみると、

≪美味しい≫

 え。

≪ものすごく美味しい≫

 ものすごいきっぱり言い切られる。

 …………そ、そうなの?

 本当に? 作った私に遠慮してとかじゃなくって?

 木の匙がひょいひょいと器と口を往復して、もぐもぐと咀嚼している。

≪生まれて初めてここまで美味しいものを食べた≫

 ええええー……?

 これまで反応がよかったベリー系の実よりも上な反応にびっくりする。

 ――あ、でも空腹だからかな? 

 最高の調味料になるっていうよね、空腹って。水分が不足気味だったことも関係しそう。サバイバル生活だと一日二食が精々だし、多分そういうことなんだろうな、うん。

 どうあれ美味しく感じるのならいいことだ。

 ……なんとなく異論ありそうな雰囲気なのは努めて無視する。

 いや残さなくていいから。赤ん坊だから。将来的に味見する気もないから。美味しいならそのまま食べきっちゃって。残さないで。ね?

 私はまだその、ほら、勇気が出ないから……。

 ペルカが代わりに食べてくれているからお腹は空いてないし、食べるための歯もないから。ね?

 水分補給も兼ねてペルカだけで全部食べ切っちゃって。

 私はその間、木の槍の予備とか葉っぱの靴とか色々作ってるから。

 なんとか赤々しいスープを飲ませられないよう言葉を尽くして断りながら、ふと今朝のことを思い出す。

 そういえば。錬金が私だけしか使えないって言ってたっけ。

 それってなんでだろう?

 アイテムボックスは普通に使えるよね。どちらも。

 別に私だけしか使えない、なんて文言は入れてなかったはず。

 ならどうして…………。

 んー…………。

 そもそも、私が望んだ錬金の能力は――――。

 制限としては、製作には素材が必要で、成功しても失敗しても素材は消え失せる。ただし次回の成功率は必ず上がっている…………というのを主軸にして、製作が難しいものほど成功率が低いとか、素材の効果が高いほど効果が出るとか、一般的な錬金ゲームによくある発想を詰め込んだ。

 本来ならなんでもパパッと素材さえあれば絶対成功! ……とかやりたかったんだけど、それはポイントの関係で無理だった。

 その代わり、特殊な効果を持った武器や防具も工夫次第で製作可能になるのは譲らなかった。

 魔法少女のような、幼い頃に夢見ていたマジックアイテムが自分自身で作れるのだ。

 錬金といったらやっぱりこれでしょう。

 現実に作れるものだけじゃあチートにしたって中途半端だ。

 やっぱり魔法みたいな、まさしく異世界! って感じのアイテムも自分自身で作れるようにならないと!

 ――って、あ、これかな?

 思い返してみるとピンとくる。

 そうだ。確かに、私の想像が及ぶ限り、あらゆるものが製作可能って書き込んだ気がする。

 もしかして、それが制限になった?

 私の想像が及ぶ限り……だから、つまり、ペルカは私の第二人格だけど、私とイコールではないので、想像しても錬金は使えない……?

 揚げ足取りのようなものだけど、なんとなくこれで合ってる気がする。

 そもそもこの能力をくれたのって邪神だし。どこに落とし穴があってもおかしくはないよね。

 なるほどな、と納得してしまう。

 邪神だものねー。邪神の能力じゃあねー。

 今こうして使えていることに感謝をしておくべきなのだろう。

 いつ使えなくなってもおかしくない薄氷の上にいるようなものだ。欲張って望みすぎるとろくなことになりそうにない。

 私が使えるだけでも有難いと思っておこうか。

≪――うん。錬金についてはこれからも私が頑張るよ≫

 宣言すると、大事に大事にスープを飲んでいたペルカから、頼む、と一言返ってくる。

≪もちろん。頼りにしてて!≫

 それに肉体労働を任せている分、自分にしかできない仕事があるっていうのは少し嬉しい。私も役に立てるんだなって感じるから。

 役割分担、役割分担。

 前々から言ってるそれが初めて本当の意味で動き始めた気がする。

 上手く回り始めた手応えにほっとしていると、ふわぁ…………と欠伸が出てしまう。

 あー。赤ん坊の体ってすぐ眠くなるな。

≪もう寝るといい。その間に洞窟を広げておく≫

 ペルカは今日も洞窟掘り?

 いつもごめんねー……。大変で……。

 あ。そうだ。

 転生したその日に伝えたけど、20ポイント分、ペルカの好きな能力が作れるっていうやつ。何にするか決めた?

≪…………いや≫

 そっか。まだ思いつかないか。

 まあ焦って変な能力にしてもなんだしね。ゆっくり考えるといいよ。ペルカのものなんだし。

≪……ああ≫

 んー。駄目だ。本格的に眠い。

 ごめん。相談に乗ってあげたかったんだけど、今日はここまでっぽい。

 また明日…………ぐう…………。

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