第5話


【強制サバイバル生活:2日目】


 ぱちりと目を開ける。

 見えるものは、どこまでも続く白。

 ああそうか。内面世界だっけここって、と思いながら、外の世界を覗き見る。

 夜が明けているらしく、早速ペルカは素材集めを始めていた。

 草むらに寝そべり、そこらの草に手あたり次第に手を触れさせている。アイテムボックスに水が溜まっていくのを見ると、朝露を集めているのだろう。水はいくらあっても困らないからね。

 自分で考えて行動に移しているのもそうだけど、私の第二人格は中々優秀らしい。

≪おはよう≫

≪……ああ。おはよう≫

 挨拶すると、手を止めて挨拶を返してくれる。

≪先に寝ちゃってごめんね。ペルカもちゃんと休んだ?≫

≪…………いや≫

≪え≫

 何気なく聞いたはずの会話に思いも寄らない答えが返った。

 まさか……。

≪休んでないの?≫

 え。ホントに?

 夜通し作業していたの? あの真っ暗な中で?

 確かに見てみると、洞窟の突き当たりの穴が広がっていた。ペルカの上半身が入るぐらいに。あれだけで相当な時間がかかったことが想像できる。

≪休む必要ないだろう。ポッカが代わりに休んでいるのだから≫

≪それは……≫

 設定した能力からすると確かにそうだけど…………。でも!

≪いくら体は問題なくても、休憩しないと心は休まらないよ?≫

≪だとしても、今は環境を整えるのが先決だろう。衣食住を整えるまで休んでいる暇などあるのか?≫

≪うっ…………≫

 そう言われてしまうと言い返せなくなる。

 実際、生き残るために多少の無茶をしなくてはならないことも事実なのだ。

 問題は私の肉体は赤ん坊なので、その無茶はペルカにやってもらうしかないことだけど……。

 年下に苦しいとこだけ押しつけるのは……私の良心が…………。

≪ポッカ≫

≪……?≫

≪自分は大丈夫だ。それより今は、これからのことに目を向けるべきだろう≫

≪………………≫

 ふう…………と心の中で大きく息をつく。

 これ以上はただの子供の駄々だな、と気持ちを切り替える。

≪……わかった。新しく増えた素材もあるみたいだし、どう使うかに頭を回しておくよ≫

≪ああ。そうしてくれ≫

 それきり、ペルカは黙々と朝露集めに戻っていく。

 ううん。本当に真面目ないい子だ。

 なんとか彼女に報いてあげたい。頑張った子にはご褒美があってしかるべきだ。

 だというのに、彼女ときたら未だに真っ裸。――そう! 一糸纏わぬ真っ裸なのだ!

 これは早急になんとかしてあげたい。

 とりあえずここらに大量に生えているニワトコの葉で、服とか靴とか作れるようだから、それでどうにか…………成功率低いけど…………。

 初期成功率30%の『ニワトコの葉の服』はともかく、初期成功率10%の『ニワトコの葉の靴』は無理だった。その前に素材が尽きた。成功率は14%に上がってくれたけども。

 これ、失敗したとしても次回の成功率が少しずつ上昇していく仕組みにしておいてよかったな。さもないといつまでたっても成功しなさそうだもの。

 とりあえずできた服をペルカに着させる。

 わさわさしててあまり着心地は良くなさそうだったが、これで肌が木や草で切れることがなくなると喜ばれて、気が遠くなりかける。

 だからさあ…………そういうことは、ちゃんと報告をさあ…………!

 そしたら昨日のうちにでもベッドより先に作っておいたのに!

 ううう。ペルカが我慢強すぎてつらい。

 気づかない私も私だけどさあ……。

 頭が痛くなりながらも、ニワトコの葉を多めに集めてくれるようペルカにお願いする。

 この木の葉っぱは大きく柔らかくて、様々な用途に使えるのでいくらあっても困ることはない。木を丸坊主にする勢いで集めてもらうことにする。幸い、ニワトコの木はここらに群生しているようだから、そこまで葉を刈り取るようなことにはならないだろうけど。

 そうして集めたニワトコの葉で錬金をするが、失敗、失敗、失敗、失敗…………。

 なんと17回失敗した末にようやく靴が成功した。成功率が25を超えても6回連続で素材が無駄になった。運悪いな私?!

 失敗すると使用した素材が全部消えてしまうのが本当に痛い。せめて半分、いや、四分の一でも残ってくれれば……。

 考えても仕方のないことがつい頭をよぎってしまうが、首を振って散らす。

 まあでもこれで服と靴が揃った。

 少しは獣から人間に近づいただろう。私も視界から肌色が少なくなってほっとした。

 さあ、まだまだ朝も早いし、ここから素材をがっつり集めていかなければ。




 ニワトコの葉を中心に、食物優先でアイテムボックスに入れていく。

 アイテムボックスの中は時間が経過しないので、いくら多くても困ることはない。容量もほぼ無限なので問題ない。具体的に言えば地球ひとつ分。

 生きているうちに使いきれる気がしないのでガンガン放り込む。

 食料保存の心配がないっていいなあ。

 問題はむしろ、葉をむしるにも手間がかかるということで、欲しいものを錬金するための素材が圧倒的に足りないってとこか。

 葉っぱで作りたいものがありすぎる。

『葉の器』があれば集めた朝露を飲むのでも零す量が少なくなるだろうし、食器とかにも使えるはずだ。

 錬金した料理を手で受け止めてそのまま食べるっていうのはなんていうか、その……ちょっと原始的すぎるかなって……。

 もうちょっと人間らしい生活がしたいです、はい。

 でも葉っぱの服も今日一日だけでだいぶボロけて千切れたりしているので、あまり長持ちしそうにない。

 それどころか靴に至っては今日一日だけで分解寸前だ。

 そりゃあ所詮、素材は葉っぱだし? わかってたけどさあ……。一日ももたないとか……。

 失敗した回数と使った素材の量が頭によぎり、がっくりきてしまう。

 …………いや、必要なんだし、これからも作るよ? 作るけどね?

 そのうち成功確率も100%になってくれるだろうし、その日まで頑張るけど、必要な素材数がね…………。

 それを集めてくれるのはペルカなんだよなあ…………。

≪ごめん≫

≪気にするな≫

 負担をかけていることを謝るも、そんな言葉が返ってくる。

 私の第二人格が男前すぎてつらい。女の子だけど。

 はあ。

 ……まあでも、少しずつやれることをやっていくしかないか。

 よし。もう日が暮れるし、拠点に戻ろう。後のことは明日だ明日! 朝早いんだし!

 水の確保がとにかく大事だからね。朝露を集めるためにも、明日は今日より広い範囲を回ってもらわないと。

 いくら私が疲労を肩代わりできるって言っても、慣れない場所を歩き回るのは精神的にも疲れるだろうしね。

 というわけで、今日はもうこの洞窟から出ないことにしよう。

 ここの居住性を上げる必要性があるのも確かだしね。少しずつ拡張していこう。

 さあ、もうその役に立たない靴の残骸は脱いじゃって。そうそう。…………って!

 足の裏が傷だらけじゃない! なんで?!

 あ、あああ、そうか、整備されてない山の中を歩いたから……。しかも靴の出来がよくないから……。

 うわああああ。言ってよ、言ってよ頼むから! 怪我とかそういうことはさあ!

 私は体が赤ん坊で、まだまだ役に立ってないし頼りないだろうけど、それでも知恵出しぐらいできるんだから!

 ほらほら消毒しないと! えっと……。ここら辺の草のどれかにそういう効果が書いてあったはず……。

 ほらあった、発熱を防ぐ効果! …………ん、なんか違う? いやでもいい……のかな?

 よくわかんないけど、ほら! 草をそのまま出して自分で揉んで足の裏に当てて!

≪……了解した≫

 返答にちょっと懐疑的なものが混ざっていたけど、おとなしく指示には従ってくれる。

 うん、私も効果がどれくらいあるのかはわからないけどさ。やらないよりマシなはずだから。

 薬草みたいなこれを使えばいいってものがないから、あるものでどうにかするしかないんだよね。

 消毒液とかは成功確率1%以下だから諦めた。

 まだ自分で実際に貼りつけたほうがマシだよ、これ。

 うん。よおく揉んでね。足も休めてね。

 終わったら草のベッドで横になってね。明日は早いし。

 …………あー。そういえば寝る必要はなかったんだっけ?

 でも横になるだけで体は休まるでしょ。

 体が資本だからね。常にベストコンディションで動いてもらわないとなんだから、休むのは義務なの。これは主人格である私からの指令。わかった?

≪……了解した≫

 うん。暇ならストレッチでもしてて。洞窟の拡張でもいいから。あと、今日採取した材料で作れるリストの確認をしてくれると助かる。

 とにかく種類が多かったから……。詳細は読み込んだけど、何を作ったらいいのかとか、そういうのはまだ思考が追いついてないんだよね。なにせ膨大な量があったから……。読み切れない……。

 これからどうすればいいのか。何を優先して作ったらいいのか。そっちでも考えといてほしい。

 とにかく水場を探すのが先決なんだけどね……。どれだけ遠くても一回行けばアイテムボックスに収められるし。

 高い木とかに登るべきかなあ……。いやでもなあ……。落ちたら危ないし……。

 うーん…………。

 はあ……。

 まだまだ先は長そうだ。

 特にペルカにはこれから当分の間、すごい苦労をさせることになるだろう。

 こんなつもりじゃなかったんだけどなあ…………。

 戦闘にだけ集中させるつもりで、その代わりに、チートを使って私が生活費を稼いで、そのお金で環境を整えてあげるつもりだったのに。

 トレーニング器具を揃えたり。格闘技の道場を回ってやり方を調べたり。

 そうやって互いに助け合いながら、いざという時に助けてもらおうとか考えていたのに。

 一般人のフリをしながらその裏ではチートで楽な生活とか、夢だったけど、本気で夢でしかなくなってしまった。

 今はもう生活自体がトレーニングと言っても過言ではないハードモードだ。

 はあ。

 錬金で作った宝石を売り飛ばして、贅沢な料理を食べたり、好きな服を買ったりして、第二の人生を満喫したかった。

 ……したかったんだけどなあ。はあ。

 ………………。

 …………はああぁぁ…………。

 なんだか現状を見つめれば見つめるほど落ち込みそうで、もう寝てしまうことにした。

 ただ、その前に食事だけはきちんと錬金しておく。

 昨日は一食だけだったけど、これからは一日二食にしよう。

 赤ん坊の体が悲鳴を上げているのだ。足りない、足りないと。

 なにせこの状況でミルクなんて飲めるわけがないしね。食事はペルカに取ってもらうしかないのだ。私が彼女の代わりに寝るのと同じ、役割分担だ。

 ガッツリ肉体労働を頼んでいるんだし、ガッツリ食べてもらわないと。

 本当はお肉がいいんだけど、そんなのないし……。

 野兎とかも見つけていないんだよなあ……。いるのかなあここ……。鳥の鳴き声はしょっちゅう聞こえてくるんだけど……。

 いずれ罠も検討したい。

 でもとりあえず今は、わりと多く手に入った山菜を組み合わせた『山菜の盛り合わせ』。たまに木の実つき。そして、『野草のサラダ』。この組み合わせを食べてもらおう。うーんヘルシー。

 栄養はともかく、量なら……小学生の女子としてはそこそこあるから……。

 ごめん。本当にごめん。草ばっかでお腹を膨らませて。九歳の子にダイエットメニューなんて私だってよくないとは思ってるんだけど、他に錬金で作れそうな料理がなくてね……?

 そのうちタンパク質を手に入れる手段を考えるから……!

 なので明日の朝も、いやしばらく、このメニューでどうか勘弁してもらいたい。

 ああああぁ。欲しいものばっかり増えていくぅぅ。

≪もう寝ろ≫

 頭を抱えて転がりたい気持ちでもだもだしていると、ペルカに念話で言われてしまった。

 はい…………。

 おとなしく休んで明日に備えることにします…………。

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