第4話


【強制サバイバル生活:1日目】


 洞窟から日差しが差し込んできている。

 ……ん、朝か。

 意識をはっきりさせると、どさどさと手の中にあったものを洞窟の地面に置く姿が見えた。

 どうやらもう一人の私は早くも働き出していたらしい。

≪おはよう≫

 頭の中で念話っぽく声を出してみると、食べられるものとそれ以外を選り分けている手が止まり、返事を返してくる。

≪……おはよう≫

 私の言葉を真似した挨拶。

 それきり、黙々と動き出す。やることがたくさんあるだろうから仕方ない。

 懸命に働く姿を、私は内面世界で仰向けに転がって眺めていた。

 ――そう。

 ここは現実世界じゃあない。

 今の私は内面世界へと引っ込んで、体の主導権は第二人格へと受け渡していた。




 昨日。

 ごく普通のはずの夫婦の家から大自然の真ん中へと誘拐、放置されてしまった私は、誘拐犯の馬モドキに対して散々悪態をついていた。

 それも当然だろう。

 なにせ生後六日だぞ、六日。そんな子供がどうしろって言うんだ。

 魔獣に育てられるルートならまだわからなくもなかった。

 めちゃくちゃに数奇な運命だろうが、それでもまあ、死にはしないだろう。あのミルクだって飲めたことだし。

 けど、あろうことかあいつは私を置いてどこかに行ってしまった。

 私と母親を引き剥がしておきながら、獣道すらない森だか山の中へと捨てていったのだ。これが恨まずにいられようか。

 ごく普通の子供として育つ計画がパアだ、パア。

 裕福な家庭の中で、ゆっくりと自分と世界の状況を把握しようと思っていたってのに。

 怒りに任せて散々喚き散らしていたが、やがて息が切れて黙りこくる。

 そうすると周囲の葉がさわさわと風で揺れる音しか聞こえなくなって、静かすぎる環境に不安が忍び寄ってきた。

 これからどうすればいいのか。

 なにせ、何度だって言うが、私はまだ生後六日なのだ。寝返りすらうてない赤ん坊だ。これでどうやって水やら食料を集めろというのか。いやそもそも、食べ物があったとしても歯の生えてない私は食べれもしない。

 え。これ、詰んでるんじゃ?

 そう焦りかけたところで、私の内側から声がした。

≪……動かないのか?≫

 その声に、あ、と思う。

 そうだった。私は一人じゃなかった。

 私の中にはもう一人いたのだ。あまりのことに忘れていた。

≪このままだと命の危険があると思うが≫

 そう。そうなのだ。

 はっきり言ってこの状況は私一人ではどうしようもない。

 というか、もし彼女が私と同じ年頃だったら、二人でも変わりないだろう。はいはいすらできない子供が大自然の中で生き残るとか無理がある。

 でも、彼女は赤ん坊の体じゃない。

 生まれてすぐに内面世界で鍛錬を始められるように、九歳の体を持っていると設定したっけ。

 ちなみにこの年齢にしたのは、十歳以上にすると必要ポイントが1増えたからだ。あの時は1ポイントでも惜しかったので、九歳ということにさせてもらった。

 まだまだ幼い体に不安はあるが、それでも赤ん坊よりはずうっとマシだ。

 なので、もう全身全霊でお願いする。

≪ごめん! 私は動けない! なので、キミにどうにかしてほしい!≫

 ――って。

 具体的にやってほしいことは、食料集めに水場探しに寝床探しに、罠を仕掛けるとか危険な動物を探るとか救助用の煙を出してみるとか――。ぶっちゃけ全部。体を使うものはお任せするしかない。

 私はといえば、頭を使うしか――。あ、いや!

 錬金! そうだ、鑑定と錬金! それでサバイバルに役立つ道具を作れるに違いない!

 転生前に貰った能力を思い出してみれば、いかにも使えそうに思える。

≪ふむ。……体を交代させる、ということでいいのか? 当分はこのままだという説明を受けたが≫

 ああうん、生まれた直後に確かにそんなこと言ったね。まさかこんなことになるなんて夢にも思ってもいなかったから。

 でもこの状況で交代しないのは自殺行為だ。

≪うん、状況が変わったの! これからはキミ主体でこの体を使ってほしい! 中からアドバイスはするから!≫

 必死で第二人格に訴える。

 というか、こんなことになった以上、第二人格のほうに主人格として生きていきますって言われても文句は言えない。

 だってもう、こちらとしては頼るしかないのだ。

 このままここに転がったままじゃあ鑑定も錬金も宝の持ち腐れだ。泣き喚くだけして乾くか獣に食われるかして死ぬしかない。

≪前言撤回してごめん! けど、なにとぞ……なにとぞご協力を……≫

 へるぷーへるぷー。

 生後六日で死ぬ運命が決まるなんて嫌だよおぉぉぉ。

 相手は私の内側にいるので駄々こねて足をじたばたさせはしないけど、気持ちとしてはそんな感じだ。どんなに無様でみっともなくても、全身でアピールをすることで同情を買えるものならそうしたい。

 残念ながら言葉で説得するしかできそうにないんだけど!

 さらに言い募ろうと気合を入れた時、淡々とした声が返る。

≪了解した≫

 …………ん?

≪自分の働きが必要なのだろう? なら手を貸そう。指示してくれ≫

 えっ。

 なんと、おそらくまだ状況を把握してないだろうに、手を貸すと言ってくれた。

≪ありがたいけど……。いいの?≫

≪助けが必要なのだろう?≫

≪う、うん≫

≪なら構わない。好きなように使え。お前の力となろう≫

 …………うおぉ。

 イケメンすぎる台詞に胸がきゅんとなる。

 これはヤバい。相手が同性でなく、ある意味自分自身でなければ恋に落ちるとこだった。

 これまで第二人格は内面世界で早速鍛錬を始めてしまって、こっちも眠気に負けたり周囲の様子を確認したりするばかりで、あまり会話ができてなかったけど……。もしかして彼女、ものすごく優しい?

 色々と最悪すぎる展開の中、文字通り一心同体の味方がこちらに好意的で、協力を約束してくれたというのは唯一の光明だった。

 ぐっと赤ん坊の手でグーを作る。

≪ありがとう! 一緒に生き残ろう!!≫

≪ああ≫

 よおっし。なんとかなりそうな気がしてきたぞ……!

 それでは、と早速動き出すことにする。

≪さしあたっては体を交代して、安全そうな場所を探してみてほしい。座れそうな木の上とか、雨がしのげそうな洞窟とかを≫

 そんなことを頭の中で指示してみる。

 サバイバルするにあたって、まずはそれだろう。

 太陽の様子からしてもう山の峰に沈みかけているし、夜の森を歩くのは危険すぎるから、休憩できる場所が必要だ。

≪了解した≫

 どことなく軍人口調な第二人格の声がしたかと思うと、ぐいっと意識がどこかに引っ張られる感覚がする。

 慌てかけたが、行き先が内面世界だということに気づき、抵抗をやめた。

 ――すると、次の瞬間にはどこまでも真っ白い世界の中にいた。

 産着姿のまま、ころんと上を見上げて転がっている。赤ん坊の体に一切変化はない。

 空の色はなく、雲すら見えない。ただ、白だ。

 転生前に指定した通りの空間らしい。

 気温とかそういうものは感じず、空気さえ本当にあるのかどうかもよくわからない。夢の中にいるような感覚というのが近いだろうか。

 絶対にこれは現実世界じゃないなと思いながら、外の景色を見たいと願ってみる。

 すると、表に出てるだろう第二人格が見ているはずの景色が見えた。

 実際に自分で見ているかのように鮮明で、映像を切ろうと思えば思うだけで打ち切ることができる。

 その仕組みは気になったが、私に理解できる日が来るとも思えなかったので解明については投げ捨てる。できることはありがたく「そういうものなんだ」と受け止めればそれでいいんじゃないかな。

 第二人格は辺りを見回し、地形や様子を確かめているようだ。慎重に物陰に隠れながら進んでいるところを見ると、野生の獣なども警戒しているらしい。

 思ったより彼女がしっかりしてるらしいことにほっとしながら、前々から考えていたことをそろそろ決めなくちゃな、と思う。

 具体的に言えば呼び名だ。彼女の名前だ。

 これからも第二人格と呼び続けるとか有り得ない。今も助けを借りて、これからも世話になるのが決まりきってるのに。

 と、いうわけで。

 ……うん。やっぱりあの名前かな。

≪――ねえ≫

≪なんだ≫

 彼女に向けて強く呼びかけると、届いたようだ。向こうからも声が頭の中に返ってくる。

≪ペルカ≫

≪?≫

≪ペルカ。君の名前だよ。そして私はポッカ。これからそう、お互いのことを呼び合おう≫

 ポッカというのは、この世界の私の母親が第一候補にしていた名前だ。

 正直、元居た家に戻れる見込みは限りなく低い。

 どこから来たのかもわからないし、気絶していたので途中の道のりはすっぽりと抜けている。母親の顔すらまだ見ていなかった。これで実家に戻るとか、どんな奇跡が起これば可能なのか。

 そんな有り得ない夢を見るよりは、今日のご飯を考えたほうが建設的に思える。

 とはいえこんなことになってしまって、今頃きっと悲しんでいるのは想像に難くない。

 私だって彼女をないがしろにしたいわけではない。できれば今すぐにだって戻りたい。今朝までのベビーベッドの柔らかさが懐かしい。

 だが残念ながら、どうしようもないのが現実なのだ。

 一寸先は闇とはいえ、急展開すぎにもほどがあるだろう。

 家に戻るための難易度が果てしなく高すぎて、死ぬまでに叶うかどうかすらわからない。

 正直無理じゃないかな、と私の冷静な部分は判断していた。

 なのでせめて、彼女がつけたかった名前ぐらい名乗っておきたい。

 ポッカという響きは少し可愛すぎる気もしたけど、悪くはなかった。

 そしてペルカのペルは、ペルソナから取った。

 私ことポッカのペルソナなので、ペルカ。

 自分の名前がポッカになりそうな頃から考えていた名前だ。

≪ポッカ……ペルカ…………≫

 頭の中で繰り返しているのが聞こえてくる。

 できれば彼女が気に入る名前をつけてあげたいんだけど……。

≪どうかな?≫

 おずおずと聞いてみると、

≪異論はない。これからはペルカと名乗ろう≫

 なんか思ったよりもさらりと了承されてしまった。

 お、おう。そうなのか。

 うーん。もうちょっと違う反応を求めていたけど、拒否感とかはなさそうだし、これでいくか。

 よし。

≪じゃあ、ポッカとペルカの初めての共同戦線! ミッションその1は『衣食住を揃える』、だ! 数日かかると思うけど、頑張ろう!≫

≪了解した≫

 落ち着いた返答と同時に聞こえるぺたぺたと土を踏む音に、始めは何の音かと思い、それに気づいた途端、口端が引きつりかける。

 表情筋が発達していないせいで唇をむにむにと動かすしかできなかったが、もし私がもう少し成長していたら、きっとものすごい顔をしていたに違いない。

 なにせ、裸なのだ。

 視界の中に見えるペルカは、腕も胸元も太ももの辺りも剥き出しで、布一枚すら纏っていなかった。

≪!!?≫

 衝撃とともに、自分が書いた第二人格についての要求を思い出す。

 そういえば…………服についてのことなんて、一行たりとも書いていなかったような…………。

 いやいやいや。

 だからって本当にすっぽんぽんとか!

 それぐらい気を利かせてくれたっていいじゃない!?

 ああでもあれがそんなことするわけないか! 邪神だものね!

 というか、今更だけどこの急展開すぎる状況って邪神のせいじゃないか?

 ……そうだよ!

 思い返してみれば、転生前に確かに言っていた! 錬金を生かせる環境に連れていく……って。

 それって今のこの現状のことじゃない?

 だって普通の家庭で育っていたら、こそこそ隠れて能力を使っていくことになっていただろうし。そしたら当然使う回数だって少なくなっていたはず。

 でも今は違う。むしろ使わなきゃ死ぬ。持っている手段を全て使わなければ明日の命すら危うい状況だ。

 錬金もアイテムボックスも第二人格であるペルカもガンガン使う。そうしなければ生き残れない。

 まさに邪神が言ったような状況だ。

 ……ってことは、なんだ。つまり、あの誘拐犯の馬から何から全てが邪神の手の内…………ってこと?

 アイツの暇つぶしに私の第二の人生が滅茶苦茶にされている、と?

 はあーーーーーーーーーー???!!

 ふざっっっけんな!!!

 理解した途端、頭が沸騰したように熱くなる。

 直感だったが、間違ってない自信もあった。何よりも状況が整いすぎている。偶然すぎる展開のいくつかに間違いなく邪神の誘導が入っていたはずだ。

 ああああああああ、ぶっ殺す!

 絶対絶対許さない!

 いつか絶対に顔面をグーでぶん殴ってやる! ……ペルカが!

 赤ん坊の姿でなければきっとシャドーボクシングを始めただろう憤激を抱えながら、ペルカが動かす体は森の中を進んでいく。

 危険度がまったくわからない、獣道すらない濃い緑の中を、裸の少女に歩かせている。

 そのことに胸を痛めながら、どうにか協力して生き残ってやると誓う。

 この最悪すぎる状況を共に乗り越えて、鍛錬を続けて強くなり、いつか邪神に顔面パンチをお見舞いする。

 その未来予想図を心の支えにすることにした。




≪…………はあ≫

 昨日の出来事を思い出すだけで頭が痛くなるが、とにかく今日から本格的に動かなきゃいけない。

 結局昨日は洞窟を見つけただけでほぼ終わってしまった。

 今私が……というかペルカがいる、獣が掘ったというよりは土が崩れて自然にできたような、小さな穴。

 子供の体のペルカが腰を屈めなければ入れないような高さだが、雨風を避けるには充分だ。

 まずはここを基点に、少しずつ必要なものを増やしていこう。

 幸い、ペルカは私に協力的で、私が寝ている時でも働いてくれている。

 昨日の時点では剥き出しだった洞窟の入り口は、複数の枝で獣から見つかりにくくなっている。と言っても立てかけただけだけど。それでもあるとないとでは大違いだ。

 これらはペルカが昨日の夜のうちにやってくれていた。

 私はといえば、その間ぐっすり寝てた。

 私とペルカは一心同体なので、睡眠や疲労を片方が肩代わりするという技が使えるのだ。

 なんにもしてないうちに眠ってしまうというのは罪悪感があったけど、私が内面世界で睡眠と疲労回復を担当すれば、九歳児の体であるペルカが夜通し動くことができるということで、申し訳ないがお願いすることにした。ある程度の環境が整うまでは無理をさせるのはもう仕方ないと割り切ることにしたとも言う。

 生き残れるかどうかの瀬戸際だしね……。はあ……。

 とは言っても申し訳なさで謝る私に対して、ペルカはやっぱり男前だった。女の子なのに。

≪ポッカが眠れば、こちらは眠る必要はなくなる。役割分担だ。気にする必要はない≫

 ううう。

 9歳とはとても思えない、成熟した精神年齢……。好き!

 今は苦労をかけるけど、絶対絶対、将来幸せにするからねえ!

 固い決意をしながら内面世界からペルカを眺める。

 彼女は今、食べられそうなものと使えそうなものを選り分けていた。

 木の実とか柔らかそうな草とかは周りのゴミを手ではらって柔らかい葉の上に。火種に使えそうな木の枝や蔓っぽいものはそのまま別の場所の土の上に。私が指示する前にしっかりと動いている。

 すごい。優秀だ。

 ペルカの知識がどの程度あるのかはまだよくわからないけど、自分で考えて動くことができるのは間違いないだろう。

 そんな彼女に負けないように私もしっかりと働かなければ。

 具体的に言えば指示だ。赤ん坊の体では動くことができないからね。

 しっかりとした未来を見据えた指示は、生存率を上げるための役に立つはずだ。

 これでも地球では社会人をしていたんだ。

 主人格としてだけでなく、年上として、人間としての経験的にも、しっかりとペルカに進むべき道筋を指し示してみせなくては。

 さしあたっては錬金を使って……。

 使って………………。

 能力を使うことを改めて意識してみて、はっとする。

 物がない。

 錬金を使うにはまず物品がなければ始まらないのだけど、それがない。正確に言えば、アイテムボックスに何も入ってない。

 えっ。

 なんで…………。

 ――あ。

 あああああああっ!!

 や…………。

 やってしまった…………!!

 そこでようやく、そのことに気づいた。

 私、ペルカに錬金や鑑定、アイテムボックスのことについて……何も話してない!

 どういうものか、とか。使い方とかも!

 うわああああ! 馬鹿ああああぁぁ!

≪ペルカ! ペルカー!!≫

≪……どうした?≫

 急いで呼びかけると、動きを止めて声を返してきてくれた。正確には声より念話のほうが近いけど、それはまあさて置いて。

≪言い忘れてた! あのね…………≫

 急いで私が使える能力とその使用方法をざっと説明する。

≪ふむ……≫

 いきなりの説明にしてはとんでもない内容だっただろうに、ペルカは柔軟に受け止めてくれたらしい。

 手の中にある雑草や枝葉をじっと見下ろすと、彼女の手の中の存在が残らず消える。

≪――!≫

 すぐに内面世界にてアイテムボックスを開いてみる。頭の中で操作できるのはいいことだ。

 すると、あった。     

 雑草や枝、葉っぱがいくつか入っていて、詳細がわからないものかと考えていると、鑑定能力が働いたのか、名前がニワトコの葉≪4≫やカーデリーの草≪1≫、石ころ≪14≫へと変わっていく。後ろの数は数量だろう。

 さらに細かいことを知りたいと願うと、草のほうは『丈夫で様々な工作に最適』、枝のほうは『乾いている。燃やすのに最適』などと今知りたい説明文があった。加えて、それを錬金に使用した際に製作可能な一覧までがざっと出てくる。

 おおお…………っ!!

 その中に欲しかった『靴』とか『ベッド』とかの文言を見て、テンションが上がる。

 まだまだ必要な数は足りないけど、こうやって集めてもらったのを錬金していけば、サバイバルもなんとかいけるかも……!

 希望が見えてきたことに、胸の中がほわっと温かくなってきた。

≪――なるほど。こうして一度全部アイテムボックスに入れて出せば、すぐに個別に分けられるのか≫

 ペルカの声にはっとする。

 その手の中には柔らかそうでふんわりしたニワトコの葉だけがこんもりと乗っている。

 さっきから選り分けようとしていたものは、その他≪23≫へと分類されているらしい。土の欠片とか木くずとか腐りかけた葉とか、要するにゴミだ。

 自分が気づかなかったばかりに余計な手間を取らせたことに、すうっと血の気が引いていく。

≪ご、ごめん!≫

 そりゃあこんな能力、言われなきゃ使えることに気づくわけないよね! ごめんね!!

 さっきから時間をかけて選り分けているのを見ていたくせに、私ってば気づくのが遅すぎぃ!

 いくら寝起きでぼうっとしていたからって、そんなものは言い訳にもならない。

≪謝らなくていい≫

 だというのに、ペルカは淡々と告げてくる。

≪今日が本格的なサバイバルの開始だと思えば、むしろ早く伝えてくれたほうだろう。それにこの能力を使えば、圧倒的に手早く大量に素材を集めることができるだろう。いい能力を選んでくれた≫

 …………お、おう。

 本気で気にしていなさそうな様子に呆然とする。

 なんか……何て言うか…………。…………ペルカってば優しすぎない?

 こんなトンデモな状況でも愚痴すら言わないし、使った時間が無駄になったことにも嫌な顔ひとつしないし。

 そんなに優しくて平気? 悪い人に騙されたりしない?

 こちらの世界に生まれて六日でガチサバイバルに巻き込まれたことに、少しくらいは怒ってもいいんだよ? ……いや、私のせいじゃないけども。

 すごいしっかりしてて頼りになりそうな子だけど、そういうところは心配かもしれない。

 むしろ悪意の意味を理解してるのかってぐらいの純粋さだ。

 世間の荒波経験者として、精神的な年上としても、彼女に降りかかりそうな悪意からはきちんと守らねば。

 …………まあ、今はそんな人間相手より、大自然相手にどう生き残るのかが問題なんだけど。

≪では、素材を集めに行くか≫

 洞窟に置いた素材を全てアイテムボックスにしまったペルカが立ち上がって外に行こうとするので、急いで声をかける。

≪待って! ――あ、歩いてていいから、そのまま聞いて≫

 律義に立ち止まってくれようとするので、それはいいからと歩き出させる。

≪えっとね、目につくのもはなんでもアイテムボックスに入れてほしいんだけど、できれば食料優先にしてほしいの。果物とかキノコとか、食べられそうなものはなんでも。毒とかそういうのは鑑定して私が弾くから≫

≪ふむ。了解した≫

 食料がないと何も始まらないからね。

 あと、水だ。

≪それと、葉っぱに水滴がついてたみたい。今20グラム溜まってる。でもまだ足りないから、さっきの葉っぱ……でなくてもいいから、とにかく大量に集めて! 葉っぱのベッドを作るにも必要だし≫

≪そちらも了解した≫

≪うん! ……それじゃ、私は素材の特性を調べたり、錬金できそうなものをチェックしていくから。役割分担して頑張ろう!≫

 ペルカは素直に頷いて、早速とばかりに目についた草をアイテムボックスに取り込んでいく。

 私はそれを意識の横に置きながら、必死でそれぞれの説明文を読んでいく。それから錬金で作れるものも、必要な素材数も、成功率も。ありったけのデータを集めてペルカに最善の方法を伝えるために。

 よおし……!

 ここから、だ。

 身体を動かせないのはもう少し成長するまではしょうがないから、せめて頭を働かせることで役に立っていこう。

 そうやって密かに自分で気合を入れる。

 ……それにしてもやっぱり、思い返せば思い返すほどにとんでもない状況だな。

 生後数日でこんなピンチに陥ってる転生者なんて、私以外にいるのだろうか?

 …………いそうだな、と思うところにあの邪神へのマイナスな信頼がある。

 いや、私より不幸な人はさて置くことにする。だってどうしようもできないもの。ピンチなのは私も同じだし。

 というかそうだ。私だ。

 他人のことなんて思い悩んでる場合じゃないのだ、本気で。

 なにせここは大自然。

 私は生後七日の赤ん坊。

 家までの距離どころか方角すらわからない。

 さらにこの地は人間が踏み込んだ形跡すらない。もしかしたら生涯出会わないほどの秘境なのかもしれない。

 そんな場所で強制サバイバルをしなければならない現実が目の前に広がっているのだ。

 酷すぎるだろう…………。

 これ、私が転生者でなければ一歩も動けずお陀仏だったよね?

 いや転生者であっても命のピンチはどこにも行ってないんだけどさあ……。

 というか、ペルカが九歳の体を持っていなければアウトだった。

 工夫とかそういう問題じゃないもの。赤ん坊の体なんて。

 食料があったってミルクしか飲めないしさあ。

 いやホント、ペルカの存在が命綱だよ。

 ペルカに食べてもらえば私も食べたことになるからね。

 眠るのだって食べるのだって、どちらか片方がやればOK。分担したって問題ない。

 彼女と私は文字通り一心同体なのだ。

≪あ、その草も取って≫

 赤色が綺麗な新素材が見えたので念話で指示して、アイテムボックスに移動させてもららうと、それから錬金できそうなものをざっと読み込んでいく。

 やっぱりまだまだ数や種類が足りない。作れるものはほとんどない。

 鳥が一羽でも獲れれば違うのだが、残念ながらまだ生き物は見かけていないらしい。どこかにいるのは聞こえてくる鳴き声と落ちている羽根で確定なんだけど。一枚だけじゃあねえ……。

 矢羽根……枕……。うーん…………。

 錬金製作可能なリストは本当にたくさんあるのだが、その大半がグレーアウト――要するに、製作不可――となっている。素材が足りないからだ。

 欲しいものはいくらでもあるんだけどねえ。絶対必要なのは衣食住だし…………。

 やっぱり今日は葉っぱのベッドと食料と水集めで精いっぱいかな?

 なるべく早く水場を見つけたいものだけど……。

 ああ。あと、あの洞窟ももうちょっと掘り進めて居場所を整えて……。

 調べることも考えることも無数にある。

 けど私の苦労なんて、実際に体を使っているペルカほどではないだろう。

 彼女には土やら草やら木の皮やら、とにかく何にでも触れてアイテムボックスに入れてもらっている。駄目なら駄目で報告してもらってる。

 そうしてアイテムボックスに入れられる法則を解析していく。

 岩も脆い性質なら表面を削るようにして入れられたということは、今のペルカの力でも壊せるものならOKと判定されているのだろう。

 重すぎるものは駄目。

 硬いものも駄目。

 軽かったり薄かったり、子供のペルカでもどうにかなるものだけか。

 もうちょっと力があれば植わっている草を千切ったりしなくてもよくて、触れるだけで根っこごと入れられそうなんだけど……。

 でも、土を少しずつとはいえ掘り進められるのは朗報だった。

 この辺りの土とあの洞窟の土は同じものだったから、きっと通用するに違いない。そうしたら掌を当てているだけでじわじわと削ることができる。夜とかの出歩けない時間に拡張していくのは必要だろう。今だと小さい子供が寝転んだら足がはみ出すぐらいの狭さしかないし。

 …………あ。この『木の槍』いいな。成功率も高いし。いざという時のためにチェックしておこう。

 そんな風に少しずつ、役に立ちそうなものに目星をつけていった。




 日が落ちてきて、夕方になったと思うとすとんと辺りが暗くなった。ので、慌てて洞窟に帰る。

 さすが。山は日が落ちるのが早いらしい。

 これは早朝から動くようにしないと駄目だな。

 うん。色々と歩き回ったり木に登ってもらったりした結果、ここは山の中だという結論になった。

 あまり高い木はなかったので二階建てのビルくらいの高さから見下ろすしかできなかったけど、それでも南の方角が緩やかに下側に傾斜しているのは見えたし、何よりも採った素材を鑑定で見てみると『山岳地帯に生えている』と書かれたものが多かった。総合的に考えると確定でいいだろう。

 ……まあ、それがわかったからって何ができるわけでもないんだけど。

 でも山菜がいくらか採れたのは嬉しかった。

 今日の夕飯は『木の実と山菜の盛り合わせ』だ。錬金で作った。成功率は95%だった。

 失敗する確率が5%もあるということで、実はかなり錬金するかどうか迷った。失敗したら二回目はできない量しかアイテムボックスになかったからだ。

 錬金しなくても木の実と山菜ならそのまま食べられるし、わざわざリスクを取る必要があるのかどうか、頭から湯気が出そうなほど考えた。

 最終的には一日食べなくても死にはしないし、錬金で作った料理がどういうものか早期に調べておいたほうがいいはずだという思惑のほうが勝った。

 錬金を実行するのはかなりドキドキしたけど、無事に成功してくれた。

 そして錬金後の状態と言えば、木の実はそのままだったが山菜は火を通した状態になっていたので、それだけでも錬金してよかったと思う。できれば生は避けたかったから。

 ちなみにそれを食べたペルカの感想だが、美味しかったらしい。

 初めて物を食べたそうだが、念話からでもわかるほど声が弾んでいた。多分瞳もきらきらしていたに違いない。彼女の顔は見えないけど。

 あと、ペルカの感想で気になることと言えば、

≪どれも美味い。……というより、複数ある山菜がどれも同じ味……いやむしろ、同一の品質のような?≫

 というものだった。

 そこで、夕飯に続いて『ニワトコの葉のベッド』を錬金してみて成功したのだが、作成する前に地面に一度置いてみた時よりもふわっとしていた。ペルカに触れて確かめてもらったが、やはり感触からして違ったらしい。

 どうも錬金とは、素材の状態を引き上げる能力があるようだ。

 そう考えれば色々集めた際に折れ曲がったり欠けたりした葉が一枚も見当たらなくなった理由がわかる。

 それが一定以上の状態に押し上げるのか、それとも使った素材で一番いいものに合わせるのか。そういったことは要検証だが、少なくともそのまま使えるようなものでも錬金することでの恩恵はある。それがわかっただけでも充分だった。

 満腹とまではいかなかったが、空腹ではない状態になったというので、もう後は眠るだけ……なのだが、ペルカにはここからさらに一仕事してもらうようお願いする。

 やるのは洞窟の拡張だ。

 立ち上がるとペルカが頭をぶつけそうな狭さの穴。そんな住処の行き止まりに手をあて、アイテムボックスに土を収納していくことでじりじりと掘り進めていく。

 地続きではなく、ペルカの胸辺りの高さへと新たな穴を押し広げる。段差があったほうが獣に襲われにくくなるんじゃないかと頭を使ってみた。

 そうそう。そこを平らにして、赤ん坊が寝ても大丈夫なよう……に……。

 念話で伝えながら意識が飛びかける。

 今日は昼寝もせずに、鑑定や今後のことに頭を回しまくってたからだろう。いつになく眠気が強い。

≪ポッカはもう寝ろ≫

 もう一人の自分に言われてしまう。

≪でも……≫

≪役割分担だ。違うか?≫

≪うう…………≫

 ぐずってみるも、ペルカの言うことが正論なのはわかっていた。

 内側から見える景色はもう真っ暗だ。

 そんな中で手探りで作業を続けるペルカを差し置いて寝ることに気がとがめたのは確かだが、私にできることが他にないことも確かだった。

≪ごめん……≫

≪構わない。自分の代わりに眠っておいてくれ≫

≪うん……≫

 あ、もう駄目。

 返事をするかしないかといったところで意識が落ちかけて、どうにかこうにか自分の下に葉っぱのベッドを敷くと、それきりぷつりと意識が途切れてしまう。

 そうして、激動のサバイバル初日は終わった。

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