第7話
【強制サバイバル生活:4日目】
本日は朝露を集めた後、早速火を…………点けようと思ったんだけど、その前に小枝や燃えるものを大量に集めることにした。
多分だけど、火は錬金に使っても消えるものじゃないと思う。火だし。飲める水の錬金に使った砂利と同じで。
ただその場合、代わりに火種がたくさん必要になりそうで、前もって集めておくことにした。
地面にごちゃごちゃと落ちてるそれらを集めれば周辺だけでも歩きやすくなるかもしれないっていう計算もある。
少しずつやれることをやっていかないと。
そんなことを考えている間にペルカはせっせと働いて火種をたくさん集めてくれる。指先で触れれば収納されるので、そういう点では楽だろう。地面を這うように動き回るのは大変だろうが。
火があれば作りたかったリストをスクロールして、どれから作るか目星をつけつつ、そろそろ量は充分だと見て、拠点に戻るよう指示していく。もちろん拠点とは洞窟前のことだ。あの辺りはぽっかりと地面だけが空いて広場のようになっているから、燃え移るようなものがない。
そうしてまずは火を点けるための道具を出して、と伝えたところで、ペルカがこれからの予定を破棄せざるを得ない一言を返してくる。
≪ポッカ。緊急事態だ≫
≪ん?≫
≪大型の獣がこの辺りに来たようだ≫
≪えっ!?≫
――ペルカに言われて地面に目を凝らしてみると、確かに足跡のようなものがある。昨日の巨大猪とは形が違うものが。人攫いの馬のものともまた違う。
洞窟の入り口は出入りする度に木の枝を立てかけて入り口を隠していたのが幸いしてか、そちらには入られていないようだ。
それはよかったのだけど……。
≪な、なに? クマとか?≫
≪いや…………これは四足獣だな。形状としては猫科に見える。立ち上がればクマほどの大きさだろうが≫
えええええええ。
そ、そんな、クマほどの大きさの動物がここに? ライオン? いやそんな馬鹿な。
どうしよう。
……いやホントどうしよう。
猪はどうにかペルカに倒してもらったけど、そんなクマみたいなのに襲われたら無事だとは思えない。
に、逃げる? 拠点を捨てる?
でもそうすると、どこに?
まだほんの近くの周辺以外は足を踏み入れてないし、この洞窟ほどに安定して雨をしのげるところがあるとも限らない。
いくら荷物はアイテムボックス内だから移動は問題ないと言っても、拠点は大事だ。移動先が今より危険なところだったら目も当てられない。何もわかっていない以上、その可能性だって当然有り得るのだ。
となると、無計画にここを捨てる案は却下。
その上で対策できそうなことは…………。
≪罠を作る…………かな?≫
≪罠?≫
≪そう。難しい仕掛けとかじゃなくてもいい。穴を掘るとかでも充分――≫
自分で言いながら、これだ、と思う。
≪――うん。この洞窟を囲むように、地面の土をアイテムボックス内に収納していっちゃおうか≫
時間はかかるだろうけどコツコツと進めて、最終的には城の堀みたいになればいい。
移動する際には橋のようなものを使って毎回収納していけば、空を飛ぶ動物以外には出入りできなくなるはず。
うん、これだ。これでいこう。
でもって洞窟の隠蔽も木の枝に頼るだけでなく、もうちょっと防犯性を上げていこう。
要するに物理的に侵入できなくすればいいのだ。
とりあえず、物は試しと外側から、洞窟の中に向けて土や小石を出現させていってもらおう。
ざらざらざらざらと。猪を窒息死させた時のように存分に、容赦なく。
するとたちまち洞窟の入り口が半分ほど土に埋まり、中に入る気が失せる形になる。入り口がこれだけ狭ければ、中にあれだけの広さがあるとは考えにくいだろう。半分だけ空いていれば空気の循環も問題ないはずだ。
よし、と頷いて今度は逆に土や小石を収納するよう指示するも、そちらも特に問題ないようだ。三分程度で元の洞窟がぽっかりと穴を開ける。
よし。
毎回手間はかかるけど、これでいこう。
拠点を奪われたら夜の森で野宿することになってしまう。そんな危ないことはできない。うろつきまわるのはさらに論外だ。せめて周辺の地理を把握して、どんな動物がいるのかとその対策をしっかりと理解した後でないと。
私はまだ弱い。ペルカだって弱い。子供なんだから当然だ。しっかりと着実に育って強くなっていかないと。
そんなことを自分のパートナーにに伝えていく。
≪………………≫
弱いというところでペルカが少し思うところがあるような反応をしたが、結局それに関しては何も言ってくることはなかった。
ただ、拠点の防衛に関しては口出ししてきた。
≪入り口を塞ぐのはいい手段だと思う。ただ、そのせいで逆にいざという時に逃げ込めなくなっている≫
≪あー…………≫
それはねえ……。うーん……。
もう一ヶ所、逃げ込めるような場所があれば解決なんだけど……。でもそれは今日明日でどうにかなるものじゃないっていうか……。
まずはこの洞窟をきちんと暮らしやすい広さにするのが先だ。
あれもこれもと手を広げて全部中途半端じゃ意味がない。
なので、そこも含めてペルカに説明していく。
入り口を塞ぐのは短い期間だけなこと。
最終的には堀を作り、要塞のようにして敵を立ち入れなくするよう考えていること。
洞窟の中にも罠を仕掛け、難攻不落の拠点にするのが最終目標なこと。
それをやりたい順番ごとに伝えていくと、そこまで考えていたのかと少し驚かれた。
うん、考えていたんだよ。考えるぐらいしかできないから、それぐらい頑張りたかったんだよ。
で、とりあえず今でも作れる罠として、洞窟の前に落とし穴を作っておきたいという提案にペルカも賛成してくれたので、今はせっせと地面に手をつけている。
傍から見るとペルカの体がどんどん地面に沈んでいくように見えるだろう。
触れる端から土を収納していってるからね。仕方ないね。
ただ、大型の獣も落とせるようにと考えると、それなりの大きさと深さが必要になるので、思ったより時間がかかりそうだ。太陽はまだまだ真上を過ぎた頃だが、落とし穴が出来上がる頃には今日が終わってしまうだろう。
はあ……。
今日も火が作れなかったか。
山の夜は真っ暗すぎて、手探りで洞窟を広げる以外何もできないから、明かりになる火が欲しかったんだけどね。
洞窟を広げ終わる目途すら立ってないって言われたらそうなんだけどさ。
だってまだペルカが立つと頭をぶつける程度の高さしかないからね。
これでも広がったほうなんだけどなー。
…………はあ…………。
なんか疲れたなあ。
内面世界で寝転がってるだけの魂みたいな存在で、体は疲れていないはずなのに、色々と思い悩むことがあるせいか、精神疲労が肩こりのようにのしかかってくる。
体じゃなくて、気持ちが疲れていた。
次から次へと問題が出てきて、なかなか一息つけない。
あー……。……なんでこうなったんだろ。
私のチートな転生生活はどこ行った。
錬金もアイテムボックスも、断じてこんな後のない崖っぷちのような状況で使う予定じゃあなかった。
繰り返し言うが、私は生後数日だぞ。普通ならとっくに死んでるぞ。
そろそろ生まれて十日だから二桁だって? ――変わらないわ!
はー…………。
頭の痛い展開にぐったりしながら、作りたい錬金リストを再度チェックし直していく。
『歯ブラシ』
あーこれは……。もう今日作っちゃおうか。うん、是非作ろう。雑な作りだろうが構わない。
『タオル』
これも作りたいが、難易度が半端ない。まずは植物を糸に変換するところから始めないと。
『鉄』
ここら辺の土に鉄分が入っているからか、わりと序盤から製作可能リストに入っていた。けど大量すぎる土が必要なので、今のところは無理そうだ。将来的には武器を作るのを検討しているけど。
『布の服』
糸に生成できる植物をこれでもかというぐらい集めれば作れる…………かもしれないアイテムだ。成功率という最難関をくぐり抜けられれば。
『風呂』
材料からすると五右衛門風呂みたいな感じらしい。木材をもう少し集めればいけるかな?
内側からじゃわからないけど、そろそろ匂ってるだろうなあ。あれだけ毎日動き回ってるんだし。
よしこれは火を作れたなら明日にでも。……と思ったけど、タオルが必要かな?
あー。うーん。
代替品として葉っぱでどうにか……。
……チートのくせに悩みが尽きないなあ。はあぁ……。
もうすぐ日が落ちるというところでようやく作り終わった落とし穴から這い上がり、今日も洞窟を広げる指示をして、さて私は寝ようとしたところで念話が聞こえた。
≪ポッカ≫
≪……ん?≫
≪強くなりたい≫
≪――――≫
≪鍛錬がしたい。鍛えたい。弱いと言われたくない≫
言葉を失う。
そこには単なる独り言ではない切実な思いがあった。
…………あ、ああー……。
そこでやっと、私は昼間の自分の発言を思い出す。
弱い、と言った。
ペルカはまだ弱いと。これから強くなっていかないと、と。
最上級に戦闘の才能があるはずの相手をサバイバルのために振り回して、彼女を強くするための協力を何もできていない分際で。
≪…………ごめん≫
自分のことしか考えてなかったことに今更気づく。
恥ずかしかった。
ペルカが何を考えているのか、何を求めているか。それすら聞こうとしてなかった自分が。
≪いや、謝ることはない。今の自分が弱いのはただの事実だ≫
なのにペルカはそんな私のフォローをしてくれる。大人すぎない?
いくら一心同体だからって言っても、私にそこまで優しくする必要ないのに……。
≪だからこそ強くなりたい≫
うん。
≪夜の時間を鍛錬に使いたい。訓練道具が欲しい。武器も欲しい≫
うん。わかる。
≪鍛えてもいいか? 夜に。なんなら内面世界のほうで≫
そっちのほうがいつでも一定の明るさと気温だから鍛えるには向いてるよね。わかるよわかる。
でもね。
≪駄目≫
≪…………何故?≫
≪それだと強くなる前に死ぬ可能性が高い≫
大型の獣が近くをうろついてるような山だ。
もし出会ったら場合によっては即死するだろう。
それを避けるには準備がいるのだ。
周辺調査も洞窟の拡張も落とし穴も堀も全部そのためだ。どれひとつだって手を抜けない。
死なないために、二人で生きる未来を作るために、今ここでペルカに譲るわけにはいかない。
その辺りをしっかりと納得いくまで説明しようとして、
≪そうか。了解した≫
≪えっ≫
どういうこと?
あっさりと引かれてしまったことに拍子抜けする。
そんな生易しい思いで強くなりたいって言ったわけじゃなかった……よね?
≪ああ。強くなりたい。それは事実だ≫
じゃあなんで。
≪ポッカが先のことを考えているとわかったからな≫
…………私が?
考えてるって、それだけで?
≪自分よりも視野の広いポッカが考えた上で今は駄目だと結論を出すのなら、それが正しいのだろう≫
≪――え≫
≪絶対ではないかもしれない。それでも自分がここで鍛え始めるより良い未来があると、ポッカはそう読んでいるのだろう?≫
≪…………うん≫
少なくとも、死ぬ可能性を放置するよりずっといい。そのはずだ。
≪なら、こちらは従うだけだ≫
≪………………≫
相変わらず、ペルカは軍人のようなことを言う。
従う、とか。別に私がペルカより上の立場ってわけじゃないのに。
私のほうが間違ってる可能性だってある。
少なくとも私はずっとその可能性を疑っている。
…………でも、そっか。
信じてくれているんだ、ペルカは。私自身よりも私のことを。
へへ。そっか。
≪ねえ、ペルカ≫
≪なんだ?≫
≪生き残って強くなろうね≫
こんな山の中で生きあがいてるだけじゃなくて、もっとちゃんと広い世界で自由に生きていってほしい。
そのためなら私、頑張れるよ。
≪――ああ≫
その念話は、気のせいかもしれないけど、これまでより柔らかく聞こえた。
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