第2話


「ふへえ…………」

 やっぱり根を詰めていると疲れる。

 どれも自分の今後に関わることなので、気を抜けないからなおさらだ。

 ……まあ、第二人格の件については後で見直すことにして、次に行こうか。

 戦闘に関するものはこれで充分だろうから、次は便利機能だ。

【容量無限のアイテムボックス。時間凍結とリスト機能つき】

 いそいそとあれば便利なものを書き出す、――と。

 えええ、ポイントがマイナス47?! つまりアイテムボックスも100ポイントなの?!

 うええ……。これじゃあ残念だけど、アイテムボックスは…………。

 …………いや、待てよ?

 上のものに加えて「生物は入れられない」と文字を書き足すと、必要ポイントが一気に50にまで減った。

 減りすぎぃ! とも思うが、同時にほっとする。

 条件を付け加えることで必要ポイントを減らせることはわかっていたが、これにも通用したようだ。

 アイテムボックスを使って敵を消滅させることができたら強いなんてものじゃないしね。50ポイント分の効果も納得だ。

 でも私は便利使いしたいだけなので、半分に減ってもまだ多い。最低でももうひとつ入れたい能力があるので、残り3ポイントじゃ困る。

 なので手で触れなきゃアイテムボックスに入れられないとか、攻撃には使用できないとか、色々条件を足していく。それが制限とみなされてか、必要ポイントもガンガン減っていく。

 最終的には16ポイントにまでなった。

 これぐらいなら許容範囲だとほっとする。

 まだ37ポイントも残っているし、これなら本来の目的だった能力も習得可能だろう。

 よし、これなら――。前々からずっと、チートだったらこれが欲しいと思っていた【錬金】を――。

 …………って、マイナス180オーバーってどういうことおぉぉ??!




「ううぅ…………」

 どうしても欲しかった【錬金】のため、色々デメリット条件を付け加えに付け加えて、どうにかこうにか30ポイントにまで収めた。

 ものすごく使い勝手の悪いものになった気はするが、仕方ない。欲しかったんだ。夢だったんだ。ロマンだったんだ……!

 錬金しても必ず成功するとは限らない、と自分で書いた部分をちらりと見る。

 簡単なものについては成功率は高いが、難易度の高いアイテムは作るのが難しくなる、とも。

 この条件によって必要ポイントはがくっと減ってくれた。

 ただしこれにより、効果の高いアイテムはおそろしく成功率が低くなるし、素材も大量に必要になるし、きっと費用も莫大なものになる。

 …………だ、大丈夫、かな?

 やっちゃったかもしれないという不安は頭の隅にあるが、それでも! ありとあらゆるアイテムが作れるという可能性は! 残したかったんだ!!

 よく使うものであれば、そのうち成功率100%にもなるし!

 大丈夫! 大丈夫だ!! 根拠はないが、断言してやる!!

 なのでもう、このまま突っ走ることにする。

【錬金】ついでに【鑑定】も書き込む。錬金のために素材の把握は欠かせないからね。これも5ポイントだった。

 ――よし。

 これで合計98ポイント。残りは2ポイント。

 余ったらこれにしようというのはあるけど、まずはしっかりとこれまでの見直しをしようか。




「もういい…………かな?」

 その後もポイントを増やしたり減らしたり、色々文言に調整を加えながら、最終的には残り2ポイントと、チェックを始める前と同じになった。

 いやあ、誘惑がつらかった。

 もっと他にこれがあれば便利だというものを色々と思いついてしまい、ポイントは100しかないんだからと自分自身を宥めたり。第二人格用にとっておいてある20ポイントを使ってはどうかという悪魔の囁きが浮かび、いやいやそれはできないと必死で振り払ったりもした。

 ううう。好きな能力を100ポイント分も得られるなんて本来すごい恩恵なのに、人間の欲って限りないんだね……。

 5ポイントもあれば地球にいた頃では実現しようもない願いですら叶えられるってのに、あれもこれもという思いが今も胸を突き上げてくる。それは私だけでもないようで、周囲では実際に頭を抱えたり、唸り声を上げて悩んでいる人が数多くいた。

 うんうん。わかるわかる。

 転生後のチート能力がこれで決められるんだものね。そりゃあ悩むわ。

 けど私としてはもうこれ以上増やしたら100ポイントで収まらなくなるし、他の能力との整合性がめちゃくちゃになる気がする。

 だからもう、この辺で腹をくくるべきだろう。

 最後に、あれば死ににくくなると思っていた能力を付け加える。

【自分に迫る死の予感を知らせてくれる直感。ほんの直前に発動する】

 これの必要ポイントは狙った通り2で、合計でぴったり100ポイントが消費できた。残りポイントの数字が0になる。

 良かった。

 発動は直前と付け加えたら5から2へと減ってくれた。

 わりと能力に使うポイントって、条件なしだと5のままが多いよね。

「ふう…………」

 深呼吸して頭をからっぽにしてから、もう一度だけ最初から最後まで読み直してみる。

 ………………うん。じっくり読み返したけど…………。もういいかな? いいよね? 書き忘れたこと、ないよね?

 周囲にいる人たちもだいぶ少なくなった。

 若い子たち、特に少年はあれこれ騒いだりしながらも、さっさと決めて扉の中へと消えていった。

 中に人が入っている時は開かなくて、前の人が転生していくとガチャリと鍵が開く音がするらしい。そんな風に周りで話していた。

 しかしわりと皆、決定するのが早いな。

 最初にあった人混みから判断すると、もう三分の二は先に行ったんじゃないだろうか。まだ数百名は残っているけど。

 体感時間になるが、まだ一日……24時間は経っていないはずだけど、まあやりたいことが決まっているのであれば充分な時間だろう。逆に言えば、まだ考え込んでいる人は優柔不断か、相当に慎重な人に違いない。テストの時間いっぱいまで見直しする性格だったんじゃないかな。

 ちなみに私は見直しはするのだが、ろくに書き直したことはない。

 というか間違えたところを見つけられないので、もういいやって放り投げるというか……。

 ううむ。考える時はわりと慎重なくせに、後は野となれ山となれーっと適当になる癖があるんだよな、私。次の星は地球より危険なのは間違いないらしいから、本当はもっと慎重にいったほうがいいはずなんだけど、これはもう生まれつきの性格のようだ。転生したら治るかなあ?

 せめてもう一度だけでも見直しておくべき?

 ――そう考えてさらに念のため見直してはみたものの、やはり書き加えたいところも直したいところも特に見つからなかったので、諦めて扉前の列の最後尾に加わることにする。前にいるのはひいふう……八人か。一時期は百人以上並んでいたことを考えると、少なくなったものだ。

 少年神はさくさくと転生を進めているらしく、列はあっという間に進み、いよいよ次は私の番になった。

 閉まった扉の前でポイントが0になっていることをしっかり確認する。

 後は第二人格にポイントがしっかり渡せるかを確認して……。うん……。

 ガチャリと扉から音がした。

 うわあ。もう?

 直前になって不安が湧いてきたが、いやいやしっかり確認したと自分に言い聞かせて、えいやっと扉のドアノブに手をかけ、引っ張った。


「――では、この条件で転生を開始しよう」

 気がついたら目の前にはさっきの少年神。相変わらず顔が麗しい。

 あれ? と思う。

 なんか時間、飛んでない?

 いやでも確かに頭の中には、しっかりと第二人格が転生後にポイントを使って能力を作れるのを約束しようと言われた記憶がある。ポイントを過不足なく使いきれるかは知らないけど、とも付け加えられていた。

 …………あれー?

 おかしいな。なんだこれは。

 疑問に思っているうちに私の周りに虹のような様々な色の光が集まってくる。

 おおお……。幻想的……。…………でもなんかガチャの演出っぽい。

 いやでも私が異世界に別世界の記憶を持ったまま生まれるという、確率としてはおそらく激レアと考えたら、こういうのも有りなのか?

 あ。なんか手の指が消え始めた。

 おお。よく見れば足まで。

「君が第二の人生を楽しめることを祈っているよ」

 にこやかに少年神が祝福らしき言葉をかけてくれる。

 その言葉で転生するのだという実感が湧いてきた。

 ありがとう、ありがとう少年神! 第二の人生をくれて! チート能力もありがとう!

 欲を言えば日本と同じぐらい平和な世界であればなお良かったけど、もういいや! 第二人格と一緒に頑張ってくるよ!

 そんな気持ちで半分くらいになった腕を一所懸命振っていると、私の条件を斜め読みしていたらしい少年神が顔を上げた。

「おや、よく見ると【家庭環境】にそれなりの文明を希望とあったね。なら原始時代に送るわけにはいかないか」

 ………………。

 …………。

 ………………ん?

 思いも寄らなかった言葉に動きを止めて少し考えた。

 原始時代には送らない。

 うんそれはいい。そんな時代に送られたら困るなんてものじゃないし。

 でもわざわざ私は送らないと言っているってことは、逆説的に考えると、当然送られる人もいるってことで。

 …………あれ。

 そう言えば。全員が同じ頃の年代に生まれるとか、そんなことは一言も言ってなかった気がする。というかそもそも異世界がどういうところかの説明すら不足していた。

 私もそのことについて考えはしたけどわりとあっさり流してしまったし、そういえば、周囲でもそういった不満や相談を聞いたことがなかった気がする。異世界の環境の知識なんて、ものすごく重要なことなのに。

 じわりと背中に汗が出る感覚がする。

 嫌な予感が忍び寄ってきていた。

 なんていうか、これは…………悪寒?

 今更ながら、最初に少年神を見た時に感じた酷薄さを思い出す。

 その後すぐに人の良さそうな笑顔に変わったから、今の今まで思い出しもしなかったけど、これって…………。

 思考を……操作されていた?

 え?

 なんで?

 私の文明社会を希望という文章がなければ、原始時代に送られるところだったってこと?

 さらにこんな、そのことを転生直前のギリギリで言ってくることを合わせて考えると、あの。

 これって罠、だったりしますか?

 それってすごく、ものすごく、故意の匂いがするんだけど。

「…………もしかして、邪神様だったりしますか」

 問いかけにも少年神はにこやかなまま、ただその笑みが深くなる。

 ――あっ。察し。

 現代社会でチートする気満々だったどこかの誰かが原始時代に送られる光景が幻視できた気がした。

 いやでもそんな誰かのことを思ってる場合じゃない。差し当たって私がピンチだ。

「君は生誕場所をランダムにすることはできないからね。実に残念だ」

 ほらーーーー!

 やっぱり! ろくでもないこと考えてた!!

 これ相当悲惨な境遇になった人がいるよ絶対!! ランダムだったばっかりに!!!

「ああでも、私の考えた通りだとこの家庭環境に意味がなくなってしまうのか。……ふむ……」

 あの……。何を考えていらっしゃるのでしょうか?

 いらないよ? 安心して育てる環境に生まれ落ちることができればそれで充分だからね? 手を出さないでね?

 そう訴えたくとも体の部分はもう消えているらしく声を出すことができない。残るのは頭だけだ。

 このまま……。このまま消えたい……。

 邪神様が余計なことを口にする前に、このまま…………。

「――よし、せっかくだ。サービスとして、この錬金能力を存分に生かせる環境に行けるよう手配してあげようじゃないか!」

 いやあーーーーーっ!?

 それ絶対サービスじゃないでしょ! 愉快犯として掻き回したいだけでしょう?!

 声を出せたらそう絶叫しただろうけど、今は魚のように口をぱくぱくすることしかできない。

「ははは。喜んでくれてるみたいだね」

 誰が喜んでるかーーーっ!!

 というか、わかってて言ってるでしょう?! 読心能力ぐらいあるでしょう! 邪神なんだし!!

 内心で怒り狂って吠えたてていると、邪神様が唇の片端を上げて笑みの性質を変える。言葉にすれば「ニヤリ」ってな具合に。最初に見た時と同じ、虫けらで遊ぶような残酷な笑顔だ。

「せっかく第二の人生なんてものをあげるんだ。お礼として私を楽しませるべきじゃないかい?」

 それが本音でしょーーーーっ!!!

 めちゃくちゃに文句を言いたかったが残念ながら私にその手段はなく、さらに底なし沼のような何かに魂ごと引きずり込まれるような感覚がして、


 あとは もう




「んぎゃーーーーーーーーーーっ!!!」

 痛い苦しい悔しいつらいが群れをなして襲いかかってきて、私は叫んだ。身も蓋もなく。全身全霊全力で。

 いやだいやだ! なんてこんなひどいことをされなきゃいけないんだ!!

 狭かった苦しかった暗かった! 今でも見えない!

 なんだ! 何が起こったんだ!?

 あちこち痛い! 熱い! いや寒い!

 ありとあらゆる嘆きをぎゃんぎゃん叫んで、よくわからないままゆらゆら揺らされて、なんかお湯らしきものにつけられた。でも見えないので怖い。また泣き喚く。

 泣いて泣いて泣いて叫んで喚いて、疲れてぐったりする。頭がぼうっとする。

 ゆらゆら揺すられる感覚。

 なんか抱かれてる?

 歌が聞こえる。

 抱き上げて揺らされたまま。子守歌らしきものが。

 あー…………。

 そこに至ってようやく気づいた。

 私、転生したって。赤ん坊になっちゃったんだなーって。

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