第35話
大したことはない。メテオさんの正体が佳華だと見破ったところで褒められるものではない。メテオ、流星。こんな分かりやすい伏線に気づかないようならば探偵をやめるべきだろう。
そう考えると昨日の異常気象の説明できる。
僕はメテオさん、つまりは佳華に夢のことを話した。神ノ原に記憶を奪うように指示した彼女はさぞ驚いただろう。奪った記憶の一部を夢で見たと聞けば。能力はその時の気の持ちようだと雨嶋が言っていた。夢の話を聞いた彼女は驚き混乱した。混乱まではしなかったかもしれないが動揺ぐらいはしたはずだ。そのせいで地球を安定させていた能力に支障をきたし昨日のような猛暑を生んだ。
「お前何でスマホを持っていたんだ?」
「神ノ原さんがくれたのよ。暇つぶしにどうだって」
わりと気が利くじゃないか。あの神様。
「それにしてもあなたのチャットでのキャラクターには驚いたわ。何あのキャラ?」
「お互い様だ」
確かに僕も変なキャラを作っていたがこいつもこいつであの年上キャラは何だったのだ?
「お互い。歳をとったわね。もう悠斗君というよりは悠斗おじさんね」
佳華は愉快かつ楽しげな口調でそう言う。おじさんとはなかなか痛いところをついてくる。だから僕も
「だったらお前は真音おばあさんだな」
と言い返した。
「死にたいの?」
とても冷たい声音が響き渡る。
「……」
どうやらこの女も年齢の話には敏感らしい。僕は噓だ、と言って真音お姉さんだなと訂正した。しかしまあ年齢の話をするならば僕は普通のおっさんになったが佳華は歳をとってなお若い者には見劣りしない美しさだった。なんなら歳をとることでその魅力に磨きがかかったと言ってもいい。要するに彼女の魅力はあの時以上に増していた。
「それにしても老けたわね。目はそのままだけど」
「まあ色々あったんでな。土産話がてらに聞かせてやろう。噓かもしれないけど」
最後に重要な一言を付け足して語ってやることにした。特に面白い話ではないがそこは少し盛ればいいだろう。噓は得意だからな。
色々と話した。首を突っ込んできた事件やら巻き込まれた事件。無論その全てが嘘という可能性もあるが今は佳華と少しでも多く話したかったのかもしれない。ひょっとするとずっとここに縛られていた彼女に面白い話の一つでもしてやろうという気持ちも心の片隅にあったのかもしれない。
一通り語り終え
「さて続きはここから出てからだ」
と言った。続きなんてないが己を鼓舞するために言った。
「出られるの?」
佳華は素っ頓狂な声をあげる。どうやらここから出られることが信じられないらしい。
「当たり前だ。僕はそのために来たんだからな」
自身たっぷりにそう答える。嘘偽りなく自信はある。あとは気の持ちようだ。
「ここから出る前に一つ質問がある。お前はここから部外者をつまりは僕みたいな奴を強制的に退去させられるんだよな?」
「ええ。できるわ。でもそれが?」
「いやなんでもない」
ただの確認だ。神ノ原にそのことは聞いていたが念には念を入れて確認することにした。なにしろこの依頼は最後の依頼になるかもしれない。だからしくじるわけにはいかない。
「で、どうするの?」
「こうするのさ」
僕は彼女の肩に手をおき静かに目を閉じて彼女に唇を重ねた。
回想
「で、佳華真音を救い出す策とは何だ?」
いきなり回想に入ったがこれは三日前、僕が記憶を取り戻した時のことだ。
「佳華の能力を僕に移す。それぐらい神様なんだからできるだろう?その後あいつの記憶を書き換えてくれ。僕にやったみたいに」
「神を甘く見るな。それぐらい楽勝だ。だがその方法を使えばお前が犠牲になる。俺の知ったことではないがそんな方法を彼女が望んでいるとは思えないぜ」
もっともな意見だ。それは恐らく正しい。だがそれでも、あいつには生きていてほしい。なんてな。噓だ。噓であり噓でしかない。ただの虚偽妄言だ。だからあえてもう一度だけ言おう噓だ。
「望んでいるか望んでないかは関係ない。これはただのやり返しだ。十四年前の」
あいつは勝手に僕の記憶を書き換えるように仕向け勝手に犠牲になりやがった。そんなことをして許されると思ったか?
「どうしてそんなに素直になれないんだ?」
「素直?これが本心だが」
「まあいい」
と言って僕の肩に手をおく。
「今お前にある能力をくれてやった。ある条件で相手の能力を奪う能力だ。それで佳華真音の能力を奪え」
案外あっさりくれたな。僕は適当に相槌をうち
「で、その条件って何だ?」
と一番重要なことを訊いた。
「唇を奪うことだ」
「は?」
回想終了
ゆっくりと唇を離し目を開ける。
彼女は啞然としていた。あまりにも突然のことに驚いたようだ。
「ちょっと。やるなら、その……言いいなさいよ。いきなりだと、びっくりするじゃない。別に嫌というわけではないから」
頬を朱色に染めこちらに目を向けることなくそう言った。
「佳華――」
照れているのは分かる。一目瞭然だ。だがそんな彼女に僕は真実を告げるのだった。このまま何も告げないことが無責任に思えたから。
「というわけだ」
ありのまま告げた。記憶を書き換えることもすべてだ。いやすべてありのままではない。嘘をついた。能力を奪う条件についてだ。唇を奪って能力を奪うなどというありがち過ぎる展開がつまらないと思ったからだ。特に深い理由はない。
「――そう」
佳華は力なく答えた。
「……」
僕は彼女の背中に手を回し抱きしめた。
「安心しろ。これが最後ではない。いつか何の犠牲もなくここから出る方法を見つける」
「それまで私に待っていろってこと?」
「……」
「冗談よ。ここまで待ったのだもの。いつまででも待ってあげるわ」
彼女は記憶を書き換える件を知ってなおそう言った。
「ああでもあなたよりいい男がいたら乗り換えるわ。それまでに早くここから出ることね」
それは急がなくてはな。
「だから早く帰って来てね」
「任せろ。……じゃあな」
「それじゃあ」
ずっとこうしていたいと思ったか?思ったさ。彼女と別れるのが悲しいか?それは悲しくはない。なぜならこれが最後の別れになることはないからだ。僕は彼女を地上に戻した。
結局ハンカチを使う機会はなかった。まあいいか。それは別に。
さて難しい依頼を片付けた後だというのにそれに勝るとも劣らない難易度の依頼を受けてしまった。内容は何の犠牲もなく地球を助けるか。随分とスケールのでかい依頼だな。僕なんかがこんなでかいことを言うと嘘に聞こえてしまうだろう。だから言っておく噓だ。すべてなにもかも嘘だ。
だがこれだけは断言しておこう。
雨嶋佳那の想いと佳華真音の想い。そしてタイトル詐欺もはなはだしい鳴宮悠斗の想いは本物だった、と。
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