第31話

僕は淡々と真実を口にした。珍しいことだ。これまでも真実を口にしたことはあったが淡々と言ったのは始めてかもしれない。これが最初で最後だ。というか最期になるだろう。小野坂は結婚式に間に合わなかったことを後悔している。その原因となった僕のことを恨まなくてはいけないはずだ。


「お前があのときの……」


 小野坂は悲壮感に満ちた表情を浮かべた。とても悲しそうな顔だなと思った時には既に殴られていた。小野坂が一瞬で距離を詰め僕を殴ったのだ。僕は吹っ飛ばされた。ここをローマのコロッセオみたいだと言ったが正にそのもので大きさもあのサイズをイメージしてくれるといい。そこの中心にいたはずの僕だったが今は壁に激突してぶっ倒れている。要するに中心にいた僕を端の壁際まで吹き飛ばすほどの威力がこもった神殺しのパンチだった。


 あれをくらってまだ息をしていることが奇跡だ。次くらった死ぬな。これは。と思った矢先に小野坂がこちらに近づいて来るのが見えた。二撃目を入れに来たのか?まずい。絶体絶命だ。だがこういうときにこそ強がるのが鳴宮悠斗だ。僕は痛みをかみ殺して立ち上がる。


「なあ小野坂。お前は本当に能力者を恨んでいるのか?」


「……」


 沈黙のまま二撃目が放たれる。先ほどのように吹っ飛ばさとはなかったが相変わらずの威力だった。


「恨んでいるというより恨み切れていないという方が正しいか?」


 そう言うと殺伐とした視線が飛んでくる。だがそれでも訴え続ける。


「お前は全てを失い悲しんだ。苦しんだ。だが加害者を恨み切れなかったのではないか?」


「……」


 三撃目も沈黙だった。そして僕も沈黙した。薄れつつあった意識がここで完全に失われてしまったのだ。だが攻撃はやむことはなかった。なぜなら何度殴られても僕が立ち上がり続けたからだ。意識はなかった。それでも立ち上がらなければならなかった。というか立ち上がれた。


 数十発ほど殴られたころ攻撃がやんだ。そして


「なぜだ?なぜまだ立ち上がれる?」


と息を切らしながら言った。


「それはお前が手加減しているからだろう?」


「手加減?俺がそんなくだらないことをすると思うのか?」


 荒々しい口調で小野坂は言う。


「思うね。だって本当は僕のことも能力者も恨んでなんかいないんだからな」


「何を言っている?恨んでいるさ」


 小野坂はさっきよりも荒々しく憎しみのこもった口調でそう言った。いや憎しみは意図的に込めたのか。だからこそ僕は、そう悪ぶるなよと言ってこう続けた。


「お前は強すぎた。全てを奪った加害者ですらも許してしまえるほどに。そんな自分が憎かったのだろう?許せなかったのだろう?それを否定するために悪人になろうとした。だがなろうとしただけでなりきれてはいない。辛いのだろう?人を恨むのが。だからお前の表情は辛辣なんだ。恨んで戦っているのではなく恨もうとして戦っているのだから。違うか?」


「……違う」


「ならなぜそんなに苦しそうに僕を殴るんだ?十四年前もお前はそういう顔をしていたぜ。僕を本当に憎んでいるならもっと爽快感に溢れる顔をすればいいじゃないか?」


「黙れ。お前に何が分かる」


「分からねぇよ。色々と調べたが肝心なことは一切な」


 徹底的に調べて知れたことはたくさんあった。強いくせに能力者を拉致する仕事を失敗し続けていること。組織が拉致した能力者たちをミスで逃がしてしまったこと。色々と知ったが肝心なことは分からない。


「でもお前のことはお前自身が一番分かっているはずだ。知ってるか?自分のことは自分しか大切にできないんだぜ。お前がなりたかったのは悪人か?違うだろう。悪人なんて損をするだけだぞ。どこへ行っても嫌われるし仲間には恵まれない。お前が本当になりたいのは――」


 愚かな話だ。何も信用するなと言っておいて心のどこかでは自分の恩人を信用していたのだ。この人は悪人ではない、と。愚かで滑稽なことだ。でも信用しているからこそ


「ヒーローだろう」


と言った。


「何を今更。馬鹿馬鹿しい」


「そうさ。馬鹿馬鹿しいことだ。お互いもう夢を見ていられる歳でもない。だがそうした方が今よりかはぶれずに生きていけるんじゃないか?」


 夢。生きている間に誰もが見るものだとは言い切れないがそれでも多くの人間が見るもの。夢は歳月が経つほど即ち努力するほど覚めるものだ。だから大人になればなるほど夢をのたまう人間は減っていく。誰もが自分にはできないものだとあきらめていく。そうやって人は成長していくのだ。もっともそれが本当に叶えたい夢だとしたらの話だが。僕は努力して努力して挫折を重ねてもあきらめきれないものこそが本当に叶えたい夢なのだと思う。そして目の前にいるこの男は夢を捨てきれていない。それが本当に叶えたい夢だから。だったらそれは大切にしなくてはならないものだ。それを持てることなんて滅多にない幸せなことなのだから。


「そうだな。でも駄目だ。俺は自分を許しきれない。あの人たちに何もすることができなかった自分が……。それでも犯人を恨み切れなかった自分が……」


「だったら自分を許せるようになるまで人を助け続ければいい。どの道このまま悪人を全うしところで自分を許さないだろう?自分を憎んだまま死んだらそれこそ嫁さんに合わせる顔がないんじゃないか?」


「全部筒抜け、か」


 小野坂は人体実験のおかげで神をもしのぐ力を得た。だがそんな強大な力が何の犠牲もなく手に入るはずがない。こいつの体には多大なる負担がかかっているはずだ。その体で長く生きることは難しいだろう。


「いいぜ。この命枯れるまで人を助け続けることを、夢を見続けることを誓おう。お前は立派なヒーローになったんだ。俺も負けていられない」


 それは買い被りだ。僕はまだヒーローになれてないのだからな。そう言おうとしたときここはコロッセオではなく元いた場所になっていた。神ノ原の奴の仕業だ。どこかからこちらの様子を伺い、事が解決したタイミングを見計らって元の場所に戻したのだろう。のぞき見とは趣味の悪い神様だ。


 一言文句でも言ってやろうかと辺りを見渡すも神様はいない。先にゲートのほうに向かったのだろう。幸いここからゲートまでは一本道のようだ。迷うことはない。僕は足を動かす。いくら体が痛んでいようと休む暇はないからな。


「そんな体で大丈夫か?」


 歩み始めた足が小野坂の言葉で止まる。


「それをお前にだけは心配されたくない」


「それを言われては何も言い返せないな」


 そうだ。言い返すな。このことに関してはお前に百パーセント非がある。


「安心しろ。こう見えても僕は不死身だ。あの程度のダメージとっくに治癒したさ」


 噓だ。不死身であることも噓だしダメージを治癒したのも噓だ。何もかも噓だ。


「なあ知ってるか?ヒーローになるというのは助けた相手が感謝してくれたかどうからしいぜ。相手がお礼の一つでも言ってくれたのならその人のヒーローになったことになる。忘れんなよ。じゃあな」


 僕は再び前に進む。馬鹿野郎。まだ言わなくてはいけないことがあるだろう?僕はもう一度だけ足を止め


「最後にこれだけは言っておく。あの時助けてくれたことには感謝している。ありがとう」


と言って前に進んだ。体はズキンズキンと痛むが痛がるそぶりは一切見せずただまっすぐに。

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