第7話

 最初に目覚めたとき外の景色はまだ朝だか夜だか分からないような時間帯だったので二度寝をしようと再び目を閉じた。だがそれは予想外の出来事に苛まれてしまう。


 とにかく暑すぎる。


 湯水のごとく流れる汗、それによって生じるべたつき、とにかく眠れる状況ではない。


 僕はたまらず起き上がりシャワーを浴びる。その間にクーラーをつけて部屋を冷やす。シャワーで汗を洗い流すの爽快だ。とても気持ちがいい。


 シャワーを浴び終わり部屋に入るとそこはまるで天国のようだった。さっきまでの暑さなんて考えられないように涼しい。


 コンコン。


 突然扉を叩く音が鳴る。


 こんな早朝に誰だ?まさかまだ夢の中だったするのか。だいたいこの時期にこの暑さはおかしい。だったらこの扉の向こうにいるのは誰だろうか。半分夢だと思いつつ扉を開ける。


「早く開けてくださいよ。あやうく熱中症になるところでしたよ」


 そこにいたのは雨嶋だった。


「昨日ストーカーが捕まりました」


「そうか。やはり日本の警察は優秀だな」


 適当に誤魔化す。


「先輩が仕組んだんですよね」


「何のことだ?」


 さて本当に何のことだろう?意味不明だな。と、心の中でも誤魔化しておく。なにしろエスパーらしいからな。


「とりあえずこのままだと倒れそうなので私を部屋の中に招き入れ飲み物を献上し快適な環境を与えてください」


「お前は何様だよ」


 殿様か?


「お客様です」


 ……。そう言われると無下には扱えない、のか?お客様は神様理論か。まったくこの後輩は。


「分かったよ。とりあえず入れ」


 僕の許しを得、雨嶋は部屋に入る。


「ここは天国ですか?」


 どうやらこの涼しさに感動したらしい。


「ああ。すごいだろう」


「はい。先輩はすごくないけどクーラーはすごいです」


「一言余計だ」


 そう言ってジュースをついでやる。普段客にジュースなんて出さないがこいつならいいだろう。ついでにアイスも添えて置く。


「先輩。何でアイスなんていう世界四代珍味の一つを持っているんですか?」


「珍味の数を勝手に増やすな。僕は年中アイス食べる派なんだよ」


「訂正します。クーラーもすごいですけど先輩もすごいです」


 珍しく暴言を吐かなかった。アイスにありつけたことが途轍もなく嬉しかったと見える。


「お褒めに預かり光栄だよ。で悪いんだが雨嶋。今から仕事でクライアントに会うことになっている。そのためにこの場所を使うんだ。悪いんだが出て行ってくれないか」


 嘘だ。今日約束のあるクライアントなどいない。雨嶋を退却させるための口実だ。こいつだって社会人だ。仕事の邪魔はしてはならないという暗黙の了解ぐらいは心得ているだろう。まあ僕は心得ていないがな。


「だったら私先輩の助手になります。ワトソンになります。さて今回の依頼はどんなものなのだい?ホームズ君」


 どうやらこいつは社会人ならば心得ていなければならない常識を持ち合わせておらずそれどころかホームズとワトソンの立ち位置というごく一般的な常識も持っていないらしい。今ので多くのホームズファンを敵に回してしまったな。ざまあみろ。


「分かった。分かったよ。クライアントとの約束は延期にしよう」


 こうして僕は後輩の熱意に折れることになった。わけがないだろう。僕が、他の誰でもでもない鳴宮悠斗が、人の熱意に心揺らぐことなどない。あってはならない。


「なあ雨嶋今はまだ朝早いから店が開いてないから駄目だがもう少し時間が経ったら飯でも行かないか?詳しい話はそこでということで」


 これは時間稼ぎだ。店が開き始めるまでまだ時間があるしなんなら移動時間もある。その間にこの状況を打開する策を思案しようという目論見だ。


「嫌です。暑いし。それにどうせ先輩のことだから割り勘でしょ?」


「お前。暑い、暑い、と言っておいて汗かいてないじゃないか」


 雨嶋は自宅からここまで炎天下の中を歩いてきたはずなのに汗一つかいていなかった。


「私、汗かかない体質なんです」


 それは何らかの病気なのではないか。


「それに今日は僕のおごりだ」


 そう言うと雨嶋は口をぱかっあーと開け目を大きく見開いていた。一言で簡潔に述べると驚いていた。


「嘘ですよね」


 疑い深い奴だ。だが僕相手ならそれは正解だな。


「いや本当だ。今までの発言を全て嘘だと思ってくれても構わないがこれだけは本当だ」


 昨日、賭けに負けたからな、と言おうとしてやめた。別に言う必要はないと思ったからだ。深い意味はない。


「それを先に言ってくださいよ。今日は思う存分奢らせてあげます」


 今思った。この時間稼ぎは失策だった、と。一緒に飯に行く相手が雨嶋だということを考慮してなかった。この厚かましい女のことだ。どんな高級料理へ連れていかれるか分かったものではない。というか僕は何でここまで必死になっているんだ?


「ああ。奢らせろ。とりあえず今はテレビでも見ながら雑談でもしようぜ」


 とテレビをつけると何やらお天気お姉さんが騒がしかった。


『速報です。九月に入ったのにも関わらず今年の最高気温を更新し、ただいまの温度は四十五度を超えています』


「なあ雨嶋やっぱり飯の話は今度にしないか?」


 どうやら我らが地球でとんでもないことが起きているらしい。



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