第31話 ドミノ倒しの惨状
「このままだと、流されるっ……!」
爆発が起こった現場に向かおうとするが、それはこの人の流れに逆らうこと。無理ゲーすぎる。
このまま人が居なくなるのを待つか? その前にドミノ倒しに巻き込まれる可能性も高い。……どうすれば。
「……! あいつ!」
例の怪盗がいた。だが、あいつは私達よりも遥かに上にいた。その上、この人混み。追いかけることすらできない。
「そうだ、店の中!」
店の中なら、この通りの人数と比べると圧倒的に少ないはず。既に道へ逃げている人もいる。入り口は混雑しているかもしれないが、そこを抜けたら後は楽だ。屋上があれば、あいつを追うことも可能かもしれない。
「ちょっ、引っ張るな!」
先程、店から撤退させられた時と同じことを私がしているが、気にしている余裕はない。そのまま店の中へと突撃。エレベーターに乗り、屋上へと上がる。
「いた! ストーップ!」
運が良かった。屋上にはあの白の怪盗服を着たやつがいた。私が叫ぶと、怪盗は振り返ってこちらを見た。
「おや、バレてしまいましたか」
そう言って笑う怪盗。……ごめん。偶然なんだけどな。という言葉は心の奥底に仕舞っておこう。士気が下がりそうだ。
「何が目的だ」
「おや、分かっていないのですか。残念ですねえ」
「いたたたたたたた」
景が思いっきり手を握りしめてきた。多分、あいつの言い方にイライラしているんだろう。私もそうだった。
……まさか、そういう超能力か? でもそれなら、私が引っかかることはない。悪意なしで、というなら話は別だが。
「それならそこの裏切り者がご存知でしょう」
一斉に視線があの女に集まる。彼女は憎悪の目であの怪盗を見ていた。ただならぬ因縁でもあるのか?
「……あいつが、関わっているというの?」
「ええ。私はそれに協力しているだけ。と言えば、もうお分かりでしょう?」
「嘘つけ。お前はそれに便乗しているだけ。お前はお前の目的で動いている。お前は、そういうやつだ」
余裕の怪盗に対して、彼女の方は余裕なんてなさそうな怒りの表情を見せている。そして、深刻そうだった。
つまり裏にはもっとヤバいやつがいる、ということか。彼女も知るほどの、やつが。
「それに、1つ訂正して」
「何でしょう」
小さいが、バチバチという音がした。恐らくだが、電気の音だ。感情による影響、または戦闘態勢に入っている。
このまま単独で戦闘に持ち込まれると相手の思う壺だという可能性が高い。制止しないと。
「私は裏切り者じゃない。そもそも、
……まあ、でしょうね。沙月さんのことだし、半ば無理矢理だろう。説明もろくにしていない気がする。
「おや。捕獲部隊ではないのですか」
予想外、という表情だった。今まで捕獲部隊だと思われていたのか? このメンバーで?
「こんな丸腰のやつらが捕獲部隊なわけないでしょ。そもそも捕獲部隊なら、私がここにいるわけないわよ」
「それもそうですねえ。超能力者が少なくとも4人中3人もいるのですから。私が馬鹿でしたね。では貴方達は何者? たまたまここにいたわけではないでしょう?」
まさか、群青隊を知らないのか? てっきり、紅の月なら群青隊の存在を知っているかと思っていた。
だが、言われてみればそれもそうか。いくら財閥のトップが結成していたとしても、表にできるようなものではない。むしろ、その力を使って全力で存在を隠しているだろう。
その存在を知るには沙月さんが勧誘することのみ。しかも、未来視で信頼できる人が入ることを許される、ということだろう。
「ああ。もしかして最近報告に上がっている謎の集団ですか? 面倒ですねえ」
実に面倒臭そうに、それでいて不敵な笑みを浮かべた。
こいつはヤバいタイプの敵だ。今までの私のオタク知識が、私にそう警告を鳴らす。
「……話を戻すわよ。とにかく、私は裏切り者じゃない。
「……ほう?」
怪盗は相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。だが、それに対抗するかのように彼女も不敵な笑みを見せ、顔を上げる。
「帰ってあいつらに伝えておいて。あんたの言うことなんてもう真っ平ごめんよ! お前らとの縁は切る! こいつらの味方なんかじゃないけど、あんた達とは敵だってね!」
そう声高く宣言した。そして単独で怪盗に突っ込んでいく。危惧していたことが起きた。
……とは、思っていない。
「
意味からして、殺す気満々だ。まるで怪盗を逃がさないように、雷が取り囲む。そして、怪盗の正面から突っ込んでいく。
ここからでも分かるくらいに彼女の目は殺気で満ちている。彼女は紅の月だったのだ。私達と違うのは当然なのだ、と思い知らされた。
「君の攻撃は単純なんだよ。その程度で、私が逃げられないとでも?」
怪盗はバックステップで全ての雷を回避した。後ろは全く見ていないはずなのに。
だが、屋上には落下防止のためにフェンスで取り囲まれている。フェンスは金属だ。電気を通す。逃げられない。
「言っただろう? その程度で逃げられないとでも?」
「ぬえっ!? 反則だろっ!?」
フェンスに触れることなく、フェンスを後ろ向きで飛び越えた。助走があったとはいえ、1m以上の高さはあるはずだ。それを後ろ向きで軽々と飛び越えるって、どんな身体能力してるんだよ! 見ているこっちが思わず叫んでしまった。
だが、屋上から飛び降りたということはただでは済まないはずである。建物の高さはかなりある。……ただし、普通の人間であれば。あいつが怪盗である時点で、この先の展開は見えていた。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
パラグライダーを使って、落ちていく。これでは追いかける手段がない。私達がここから飛び降りるのは危険すぎる。
「うっ」
小さいが、確かにそんなうめき声が聞こえた。まさか——
「私がやりました」
そう言う佐藤ちゃんの手にはナイフが握られていた。やっぱり、警戒していなかったか。
あの怪盗は「4人中3人」と言った。つまり、もう1人——佐藤ちゃんは認識されていなかった。それに気付いた佐藤ちゃんはすぐに行動していたのだろう。それは私も何となく感じとっていた。
だから、1人で突っ込んでいっても特に心配はしていなかったのだ。
「足に当てました。まともに歩くことは難しいかと。後、これを」
渡されたのは特に何の変哲もない女の子のフィギュアだった。……私に渡されても、困るのだが。別に私の物でもないし。
「あの怪盗が盗んでいた物です」
「あ、あの状況でいつの間に回収を……でもあいつは何故これを?」
プレミアが付いたフィギュアなのか? でもそれを盗むためにこんな大騒動を引き起こした意図が分からない。余程厳重な倉庫にでも閉まっていない限り、フィギュアを盗むなんてあの怪盗には容易そうなのだが。
「……それにも100万の値が付くのか?」
「物によっては付く。私はこの作品のことを全く知らないから、これの値段がいくらかは知らないけど」
クオリティは高いので、学生からすればそこそこのお値段はするかもしれない。どこから盗んだ物か分からないので、帰ったら値段を調べないことには話が進まないな。
「ってか、持ち帰って調べたら、私達が泥棒になるんじゃね?」
持ち帰ろうとして気が付いた。これは盗まれた物。それを持ち帰る? 普通に考えたら、アウトである。
「携帯を持っているので、これで撮っては如何でしょう?」
「おっ、ナイス!」
佐藤ちゃんのスマホでフィギュアの写真を撮った。これで写真検索でもすれば、このキャラについて出てくる可能性は十分にある。
「……さて」
骨が折れるのはここからである。
「捕まえようと思ったけど、取り逃したからあの怪盗は後回し。それに、歩けなくてもこの人混みでは探すのは無理そうだし。最優先事項は一般人の救護。佐藤ちゃんはそれで警察……いや、救急車の要請を」
警察への通報は
爆発音があったから確実に誰かが警察への通報はしている。その状況下で繋がる可能性が少しでも高いのは救急しか思いつかなかった。
「人命救助をしたいけど、この状況では……」
人が多すぎて、私達5人だけでは無理だ。その上、状況を悪化させたり巻き込まれる可能性もある。何もしない方が賢明かもしれない。
「……地図があれば何とかなる」
「それならここに」
景は何か思い悩んだようだった。だが、それでも私にそう言ってくれた。
言われた通り、ポケットに突っ込んでいた地図を取り出す。この辺り一帯の地図だ。
「いつの間に取ってきたんだか」
「お店を把握するために置いてあったやつを拝借しました。後は迷子防止」
「結局回る気だったのかよ」
当然だ。知らない作品だろうと、私には関係ない。むしろ、この異世界で様々な作品を知るための絶好の機会だ。逃すわけがない。何としてでも回るつもりだった。……もう、無理だが。
「他は可能な限り手当てとか! もうこれくらいしかやること思い付かねえ! 作戦実行!」
気付けば、分隊長っぽいことをしていた。
超能力者の狩られる世界で 葉月 @haduki_cla
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