第24話 1つしかない宝物

「おお、予想通り」


「なっ、いや、お前一体——」


「よし、問題を解くぞ。えー、なになにー?」


 これまでの答えを全て答えよ……意味が分からん。彼が苦戦しているのだから、そのまま答えを入れればいいというわけではないのだろう。そもそも、今までの答えが何だったかって1ミリも覚えてないし! マジで何!?


「4、1、9、19、21、11、9」


「それ、答え?」


「今まで何回解いたと思ってる」


 沙月さんが置いた食料は回収されている。つまり、ここから何度か出入りしているということか。その度に同じ問題を解いていたら、そりゃ覚えるか。3年間もずっといるんだし。


「そのまま数字を入れても何も起こらないぞ」


「分かってるって。その床に散らばっている本にヒントとかなかった?」


「ない。というか、これは俺が持ってきたものだ」


 バラバラになっていたり、ボロボロだったりしている物が多いが、確かに本だ。本の見た目からして、私が行ったあの家から取ってきたものか。


「変換系か……?」


 問題の傾向が変わったあの2問……一見すればただの自然数の数列を素数の数列に、ローマ数字をアラビア数字に、といった風に変換するような問題だ。それがヒントになったりするのか……?


 それに、今までの答えは全て数字だ。だから今回の答えも数字……いや、多分それが引っかけか。数字を何かに変換するのか……?


「回数制限は?」


「ない」


 最終問題だからか……相当難しくしているのか? うーん……3年も解けていないのだから、相当な難問なんだろうけど……


「俺が3年かけて解けないのに、お前に解けるわけがない」


「いやいや、分からんよ?」


 画面を見る。なんと、今までは数字だけしか表示されていなかったが、ひらがな、ローマ数字、その他、よく分からん文字……古代文字とかそういう系統か? ……うわ、確かにこれは難しそう。


「……うん。解ける気がしない」


 こんな訳の分からんものまで出てきて……解けるかっての。もはや暗号だわ。シーザー暗号とか、シンプルな暗号だったら良かったのに——


「待って。暗号?」


 もしかして……! 慌てて指で数えていく。……合う!


「あはははっ、こんなの作ったことあるわー」


「分かったのか!? しかも、作ったことあるって——」


「うん。小学生の時とか、こういうの考えてた」


 考えていただけで、実際に使ったことはなかったけどね。でも、頭の良い彼なら分かりそうなものなんだけどな。勉強はできても、こういうのは苦手か? ……だったら、先の2問が解けてたのが謎なんだけど。


「答えは!?」


「えー……言う?」


 彼の親も不器用っていうか……自分で作っていて、恥ずかしくなかったのだろうか。もっと最適な言葉があったような……ストレートでいいけどさ。


「大好き」


「は?」


「だから、答えは『大好き』だって」


 意味が分からない、というようにこちらを見てくる。まあ、そうだろうね。こんな答えを聞かされたら、誰だってそう思うわ。


「ローマ字ないし、漢字もないから全部ひらがなでいいかな? ……ほれ、開いた」


「嘘だろ……?」


 意外と単純だった。私からすればさっきの問題よりも時間はかからなかったし、簡単だった。過去に作ってたというのもあるけどね。


 あの数列の意味はローマ字の順番だ。さっきの問題の、ローマ数字というのもヒントだったのかもしれない。

 1はa、2はb、3はc……という風になる。すると答えは、d、a、i、s、u、k、i。で、大好き。ストレートだけど、告白かよ。


「宝箱、か?」


「やっぱり、そういうのがあるか」


 扉の先には広い部屋の中にぽつんと宝箱があった。宝箱には鍵がかかっていて、開かない。だが、鍵は既にある。


「お前、それは……これの鍵か?」


「書斎でね。貴方の部屋でこの本を見つけたから」


 一応、この本も鍵も見つけてなかった場合に備えて暗号があった。……シーザー暗号か。1文字後ろにズラせば、「お前の部屋に宝の地図がある」と書かれてある。


「ほら。開けて」


「俺がか?」


「そうだよ。この建物も、問題も、全て貴方のために作られてるんだし」


 そして多分、これは私が開けるべきものではない。彼が開けるからこそ、価値があるのではないだろうか。何となくだけど、そんな気がしていた。


「これ……」


 宝箱の中身は大きめの本と手紙。本の形から、その中身はおおよそ察している。手紙の宛名に書かれた字の拙さ——


「そういうことか」


 なんとまあ、粋なことを考えたのだろうか。私の考えが合っているかは分からないけど、多分そういうことだろう。


「この写真、全部俺が写ってる……? それに、この手紙は俺が書いたやつか……?」


「やっぱりね。泣かせてくるなあ」


 涙脆い私はすぐに泣いてしまう。だけど、ここで私が泣くべきではないと思い、堪える。彼はこの意味がまだ分かっていないようだ。


「意味が分からない……父さんと母さんは何を……?」


「宝物は貴方」


 そう告げると、こちらをびっくりしたような顔で見る。その通りの意味なのに、まだその意味を飲み込めていないらしい。


「宝物は自分の子供。つまり、貴方ってことだよ」


「……」


 多分、それを伝えるためにこんな大がかりなことをしたのだろう。普通、ここまでするか?

 この建物も彼の能力に備えてか、かなり頑丈に作られてある。相当お金もかかっているだろうし、あの屋敷も考えれば、かなりのお金持ちだということはよく分かった。


「あ、この宝箱も二重底か」


 底が取り出しにくいので、宝箱をひっくり返した。すると、底が取れて手紙が3通落ちてきた。これは……彼が書いたものじゃない。彼宛てだ。


「これ、貴方に」


 拾った手紙を渡す。……ってか、何故に3通? 父と母……あと1通は誰からだろうか。


「これは多分、俺宛てじゃない。中身を見てみろ」


 そう言って彼からあの手紙のうち、1通を渡された。よく見ると、他の2つは彼の名前が封筒に書かれているのに、これだけない。便箋の方にも宛名らしきものはどこにもない。


「はじめまして。貴方が息子を救ってくれた人ですね」


 ……は? いや、どういうこと? 既に亡くなっている人だし、救ったのもついさっきのことだ。まるで、私がここに辿り着くのを予め知っていたかのような——


「この手紙が読まれる頃には私達は既にこの世にはいないでしょう。まずは息子を救ってくれたことに感謝を申し上げます」


 ますます意味が分からない。死ぬことも知っていた? ……ということは、未来を知っていた? それじゃ、沙月さんと同じような——


「私達は息子に厳しく接してきました。息子が成人する前に私達は消え、大惨事を引き起こしてしまうことを知っていたからです。そして、それが避けようのないことも」


 頭が混乱してきた。この人も超能力者? そうとしか、説明がつかない。あるいは、沙月さんのせいか——


「愛情も注いできたつもりでしたが、私は親として失格だったようです。何一つ伝わっていませんでした。息子からすれば、私は最低な父親だったようです」


 字で何となく察してはいたが、彼のお父様が書いたもののようだ。何があったかは分からないが、そう思わせる出来事があったのだろう。


「だから、私達の代わりにどうか彼に愛情を注いでやってください。息子は抱え込みやすい性格です。自分の力も私達の最期まで隠し通そうとするでしょう」


 最期。……そうか、最期か。


「どうか、寄り添ってやってください。それから、息子は——」


 親バカだなあ。彼がどういう人間か、好きなものは何か、などが事細かに書かれている。本人に訊いてみなければ正しいかどうかは分からないけど、この感じだとほとんどは合っているだろう。それに、親だし。


「——改めて、息子をよろしくお願いします。どうか、お気を付けて。」


 手紙の最後はどこか意味深な言葉で締め括られていた。


「……っ!」


 隣で彼は後悔の涙を流していた。

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