第25話 箱の外は壮大で——
「……俺は親不孝ものだ。俺は父さんと母さんを殺した。氷漬けにして、殺した。そんな俺が、宝物?」
読み終わったのか、少し落ち着いた頃にそう言う。その声はまだ涙声だった。
「そうだよ。……というか、そうじゃないと思うけど」
明らかに、氷漬けにしたことが原因ではない。むしろ、どう考えたらそう思うのだろうか。あれは後だ。
「ナイフか何かで刺されてるのが原因だと思うけど。氷漬けになってから刺せるわけないし」
その上、氷漬けにされたら身動きが取れないため、本にこんな文字を書けるわけがない。先に書いていたにしては文字は歪んでいたし、赤いインクの説明がつかない。ほぼ間違いなく先にやられている。
てっきり、彼がさっきみたいな氷柱で刺したのかと思っていたけど違うらしい。先に暴走していたせいで……とか? 彼の見えないところで刺してしまったとか……
いや、それでも分かっていたはずだ。明らかに刺し傷は深い。彼の部屋に入ってきている時点で、見ているはずだ。
「……まさか」
彼の頭を撫でる。何度も振り払われるけど、気にせず続ける。多分、これくらいやればもういいだろう。
「お前、さっきから何を……!」
「はい。思い出して」
頭を撫でるのをやめる。呆れたような、不快感を示すような表情で見ているが、それどころではないのだ。
「いや、だから……ん?」
この発言。やっぱり、か。
「で、どう?」
「消えた……俺が両親を殺した記憶が、消えた……殺意を持ったはずなのに、その記憶も……」
予想通りか。自分の予想がことごとく当たっていて、怖くなりそうだ。
「きっかけになった出来事とかは?」
「……思い出せない」
やはり、さっきので消えてしまったか。あの時の記憶は自分で口にしていたから、その記憶のおかげでそういう事実があったことは覚えているのだろう。だが、それ以外は忘れてしまったようだ。
「多分、そいつが真犯人」
彼を暴走させたのも、彼の両親を狙ったのも、多分そいつだろう。
目的は……マイヤを滅ぼすためか、彼の両親が目当てだったけど予想外の方向になってしまったか、大方そのどちらかだろう。
後者の場合、記憶の書き換え方に疑問が残るが……見られたから、子どもを犯人にしようとしたのか……
でも、書き換え方からすれば彼の能力を知っていたことになる。やはり、前者の説が濃厚か。
「……1つ訊きたい。お前は、復讐は虚しいと思うか?」
「うーん……」
唐突の問い。しかも、かなり難しい話だ。虚しいと言われれば虚しいだろう。けれど、私は復讐なんてしたことがないし。
……あの人のフィギュアを盗んだ泥棒女にはキレたけど、あれは復讐ではない気がする。あれが復讐の一種だとしても——
「別にやってもいいと思うけど」
予想外の回答だったのか、彼は驚いていた。彼が期待していたのは肯定だったのだろうか。分からないけど。
「いくつか条件はあるけどね。犯人の家族であろうと、やったことに関係ない人は巻き込まないこと。復讐した後に復讐相手は別人でしたとかは更に最悪。ちゃんと相手は確認しろ」
そんな復讐は果たされずに、また復讐が自分に返ってくるだけだ。全く報われない。何が悲しくてそんな復讐をしなければならないのだろうか。
だから、相手の確認は必須だ。憶測ではなく、確信を持ってやるべきだ。
「命を奪うようなことはダメ。そいつと同じところに堕ちるなんて、アホくさいし。それに、生き地獄を味合わせた方が復讐になるでしょ」
そんなことは、勝ち逃げされた気分にならないだろうか。失った人は戻ってこないし、自分の未来の最悪は絶望。幸せなんてほぼないと思っていいかもしれない。
「復讐するなら、まずは自分が幸せになれ。相手にもよるかもしれないけど、それが1番の復讐かもね」
実際は知らない。憶測でしかない。他人が言ったことの受け売りだってある。
「命を奪う、っていうなら自分が不幸になることを覚悟して。虚しくて、後に何も残らないっていうのも覚悟して。それでもやるって言うなら、私は知らん」
そこまで覚悟を決めてやる気があるなら、そもそも止めても無駄だろう。後は自己責任だ。後で何と言ってこようとも、苦しくなっても、全ては自分が決めたこと。責任は取れん。
「復讐は虚しいとか憎しみの連鎖とか言うけど……まあ、否定はしないよ。でも、綺麗事かな。こっちは不幸なのに、犯人は幸せ。そんな不条理、あってたまるか。だから、やってもいい。だけど、自己責任だし復讐相手を間違えないこと」
最後に言いたいことをまとめた。思い付きで言ったことも多いので、文章がちゃんと構成できているか自分でも怪しかったからだ。
「……そうか。なら俺は、復讐をする」
忠告はしたつもりだ。表情を見ると、彼も覚悟を決めたようだし、私は止めない。
「……でも」
少し間を空けて、彼は付け加えた。深呼吸して、そして、また少し間を空けて、言葉を続けた。
「殺さない復讐をする」
今度は私が驚いた。てっきり、逆の方かと思っていた。あまりにも、その覚悟を決めた表情が真剣すぎて。
「利用されたとはいえ、もうこれ以上誰も殺したくない」
「それがいいと思うよ」
自分は悪くないという意識はないようだ。
操られていようが、利用されていようが、思考をいじられて暴走させられていようが、最終的にやったのは自分だ。そういう意識なのだろう。その意識の方がいいだろう。
「殺すなら、お前は知らないと言ったな」
「言ったね」
「だが、殺さないなら——お前は犯人探しくらいは協力してくれるか?」
「勿論。まあ、私はそんなに役に立たないと思うけどね」
この世界の常識ですら知らないし、役に立たないのは明白だ。
ネットで調べて出てくるならいいけど、犯人もそこまでバカではないだろう。他人の記憶を操作できるというなら、そう簡単には見つからない。
「よし、荷物はこれくらいかな? さあ、外に出ようか」
アルバムなどをリュックサックや手に持ったりして、荷物は完了した。
かなり大きいリュックサックだが、元々の荷物の量が多いため流石に全ては入らなかったのだ。
「まだ心の準備が……」
そう言って、私の手を力強く握ってくる。この言動は幼い少年のようだが、痛い。
本当に3年間もここに引き篭もっていたのか? と思うくらいに握力が強い。確実に私よりもある。
「大丈夫。帰りを待ってる人もいるし、外は既に天気が……ああ、嫌なら目を瞑っていいよ」
窓があったので、外の景色を見ることができた。建物の外には明かりがあるようで、暗くても外の景色はある程度見えた。
なるほど。ここに入る前の氷柱も、ここから私の姿を見て、発生させたのか。
外は既に星空が広がっていた。そして、氷の中にいた人は——
……当然のことか。
「……いい。これも現実だ。俺がやったことだ。目を背けるべきじゃない。行くぞ」
「え、ちょっ」
もう準備ができたらしい。先に進み、私の方が引っ張られてしまった。しかも、歩く速度もかなり速い。本当に引き篭りだったんですか。
「綺麗だな……」
「田舎の夜空はこんな感じだよ」
空は雲一つなく、綺麗だ。コンパスで確認すると、月も南の位置にある。いい感じの位置だ。空気も綺麗で、ここまで綺麗な夜空は都会ではまず見られないだろう。
「そういえば、名前は?」
訊こうと思って、すっかり忘れていた。いつまでも「貴方」と呼ぶことには違和感を感じていた。
「
「私は神谷 光。よろしくね」
少し遅めの自己紹介だ。これでやっと名前を知ることができた。
水瀬 景か。いい名前だなあ。ちょっと羨ましい。男に生まれ変わるなら、そんな感じの名前がいいな。
「……なあ、出ない方が良かったんじゃないか?」
「どういうこと?」
「どうやって帰るつもりだ?」
……あっ。そうか。帰りのことを忘れていた。
沙月さんが迎えに来てくれるとは思うけど……場所が分かるだろうか。
目印も何もないし、距離もある。未来視で見えていても、それまでの道順か座標が分からないと難しいだろう。
「……光れ」
「なっ……! やっぱり、お前——」
掌を上に向け、そう呟く。すると、一筋の光が空へ伸びる。そして、消えた。これで私達の位置は分かっただろう。
予想が正しければ、もうすぐかな。
「光ちゃーん!」
遠くから声が聞こえた。沙月さんの声だ。
姿は全く見えないし、声の感じからしてもかなり遠い。でも、障害物も何もないから、聞こえるのだろう。
「2人とも、無事で良かった!」
「本当、ヒヤヒヤしたよ」
アルフさんの能力で来たようだ。これも予想通りだ。1番楽だし、早い。帰りも同様だろう。
「帰ろう」
「ああ」
アルフさんに掴まり、一瞬にしてマイヤに来て最初の研究所らしき場所に移動した。
——ああ、どうやらこれは私の想像以上に壮大な話らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます