第23話 絶対零度の箱

「もしもーし」


 ドアノブをガチャガチャしたり、扉を叩いてみるが開く気配はない。

 それどころか、刺激を与えているようだ。こちら側の扉にもじわじわと氷が生えてきた。


「……」


 何か1発で開けてくれるような魔法の言葉……そうだな。「開けゴマ!」……はダメだな。開けてくれる気がしない。

 中に人がいるんだし。せめて話を聞いてくれればいいんだが——


「……雪だるまとか作りません?」


 悩んだ末にこれである。バカか私は! と内心、自分につっこむ。普通はこれで返事がくるわけが……


「は?」


 いや来るんかーい。即行で返事が返ってきたよ。

 どうやら脊髄反射で返したようだ。中から「あっ」というような声が聞こえた。


「とりあえずここ、開けてくれませんか?」


「……無理だ」


 先程の発声によって中に人がいるということが私にバレたことで、観念したらしい。話には応じてくれるようだ。


「制御できない。溶かそうと思えば思うほど凍る。死にたくないなら帰れ。殺すぞ」


 冷たい声が響く。……これ、心の壁だな。そう直感した。この目の前の扉が彼の心の壁だ。

 心の壁は壊してはいけない。その中には彼の心があるからだ。……自分で勝手にそう思っているだけだけど。


 壁を壊すことでその破片が中にいる心を傷付ける可能性がある。壁の中が広かったり、運が良ければ傷付かないだろうけど、彼は壁の中が狭いタイプだ。


 ……いや。壁というよりはもはや、とても小さな箱の中に閉じこもっているようなものだ。


「……いやあ、実は帰り道分からなくて帰りようがないんだよね。ということで、ちょっと話そうよ」


「は?」


「この辺、雪が凄いからさ。私クタクタなんだよね」


 そう言って音を立てながら、扉を背もたれにして座り込んだ。返事はない。私から話しかけにいかないとダメなようだ。

 ……で、自分で言っておきながらだが、何を話せと? 私はそんなにコミュ力ねえよ。


「……お前は何故平気なんだ?」


 悩んでいたところ、なんと向こうから話しかけてくれた。上手いこと話を繋げないと。


「いやいや。寒くて風邪引きそう——」


「そういうことじゃない」


 言葉を遮られた。冷たい声。……今まで気付かなかったけど、声は年相応には聞こえない。この世界、大人びた未成年が多すぎないか?


「……人を凍らせて殺してる。こっちに来てた、あの人も。それなのに——」


「あ、もしかして沙月さん? 全身がめっちゃ重装備だった人。その人なら生きてるよ」


 氷の侵食が止まる。心情が分かりやすいな。……もろに影響を受けるようだ。やっぱり、扉を壊して強行突破はしなくて大正解だ。


「……仲間か?」


「うん」


「……仲間」


 すると、氷の侵食が突然再開する。しかも、さっきよりも明らかにヤバい。この部屋を氷で埋め尽くす勢いだ。

 ……え、NGワードだった!? まさかの禁句!? 気付かねえよっ!


「と、溶けない……!」


 氷は触っても溶けない上に、目の前にまで押し寄せてきた。このままだと私にまで影響が及びそうな勢いだ。だけど、大丈夫なのは分かってる。


「……さっきの質問に答えようか」


 何故私が平気なのか。沙月さんの話に持っていってはぐらかしたけど、言った方がいいのかもしれない。……いいや、言おう。これしかない。


「平気にさせてるのは君だよ」


「どういう意味だ」


「この氷も、さっき外で生やしてた氷柱も——脆い。軽く握ったら壊れる」


 私の握力は大してない。平均かそれ以下——20kg後半ギリギリあるかどうか、くらいの握力だ。それでも簡単に壊せた。

 この氷もそうだ。あっさり壊れる。溶けない氷はこうやって簡単に壊れてしまうのだ。


「私に『帰れ』とか『殺すぞ』とか言っておいて、無意識に誰かが来ることを望んでるんじゃない? 今も、氷の侵食は私のところには来ないし」


 さっきの氷柱もそうだ。進路を妨害はしていたが、私に害が及ぶことは一切なかった。

 私の足はとても速いわけでもないし、荷物があったから普段よりも鈍足になっていた。やろうと思えばれただろう。


「……違う」


「私がここまで来れたのもそう」


「……違う」


「でなきゃ、こんなに早くここに来てないよ」


「違う!」


 拒絶。そうしたい気持ちが今、力をさらに暴走させたようだ。この室内でも吹雪が吹いて、先程よりも凄い勢いで部屋中が凍っていく。


「……俺はまた、人を殺し——」


「いや、勝手に殺さないでくださります? 生きてますから」


「!?」


 今ので私は氷漬けにされて死んだと思ったようだ。全く、私を舐めないでもらいたいなあ……これで氷漬けになるなら、来る途中でとっくに氷漬けだよ。


「なん、で」


「理由はさっき言ったでしょ」


 そう言って、扉にもたれかかったまま私は立ち上がった。立ちくらみはしたが、いつものことだ。大丈夫。

 ……よし。準備は整った。いつでもできる。ただ、これが成功するかは分からない。


「ここから出よう」


「無理だ。俺は罪を——」


「償いたいなら生きて償え! 死ぬことで逃げるな!」


 彼の力が制御できず、こんな事態になっている理由はある程度分かっている。彼が原因ではない。だからこそ、死ぬべきではない。死んでしまえと思うほどにどうしようもない最低人間ではない。


「……まだ、俺は解けてない。最後の、問題が」


 まさか、この扉の先が最後の問題……? しかも、解けてない? 難問、ってことか?


「よし。解いてやる」


「俺ができないのに、お前なんかが——」


「私だって、ここまでの問題を全て解いてるんだからね?」


 ドアノブに手をかける。息を吸う。緊張感が漂う。

 大丈夫、大丈夫。私なら、きっとできる。

 溶かせ。壊せないのなら、溶かしてしまえ。


「出よう」


「……嫌だ。出たところで、この力はどうしようもない」


「大丈夫。そういうことに詳しい専門家がいる。それに、私もいる」


「俺の罪は消えない」


「もちろん。だから、償え。死ぬよりもつらい生き地獄が待っている。それが罰だ」


「俺のことは誰も理解できない」


「誰だって同じ。私は貴方じゃないから、理解できるわけがない。同じように君も私を理解できない」


「俺は人殺しだ。俺にそのつもりがなくても、俺の力がお前を殺すかもしれない」


「上等だよ」


「——」


 しばらくの静寂。覚悟も決めた。ドアノブを回す。






























 扉が、開いた。


「はじめまして」


「——!」


 彼の驚いた顔。私は笑う。彼は床に座って、私を見上げている。こんな構図、見たことあるなあ、なんて思う。


「——貴方は生きたい?」


「……い」


 俯きながら、細い声で何かを言った。聞き取れなかったが、しばらくすると顔を上げた。


「生きることが許されるなら、生きたい……!」


 その言葉を待っていた。私は中腰になって彼に手を差し伸べた。


「……」


 だが、その手を取ろうとはしなかった。触れることで、私が凍ることを恐れているのだろう。だが、私は彼を真っ直ぐと見続けた。自分でもここまでやったことはないと思うくらいにやった。


「信じて」


 その一言を言って少し経った後、彼は私の手を取った。





 氷や雪は一瞬で全て消えた。

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