第5話 一難去ったのにまた一難に飛び込む
「こっちに来て」
そう沙月さんに言われて来たのはいかにも研究所らしい部屋だ。机の上には注射器まで揃えられている。ここで検査をするのだろう。
「沙月ちゃんは科学の天才だからねえ」
あの時私を助けてくれた男性が私の後ろから顔を出してそう話す。……助けてくれたでいいのだろうか。だから初めて会った時から白衣を着ているのだろうか。……いや、いくら科学者でも外出時までは着ないと思うのだが。
「あ、俺の名前はアルフ・エヴァンズ、23歳。アルフって呼んで。よろしく!」
そう言って、にこやかな笑顔を私に見せた。距離が近いような気がするのは気のせいだろうか。
「よろしくお願いします、アルフさん」
「さん付けか……」
何故か落胆したようにアルフさんは言った。流石に7歳も年上の人を呼び捨てにはできないので、さん付けは続行だ。
「科学の天才でも代わりに他は全然ダメだけどな。5段階評価で国語関係は1、数学2……」
「渚、何故知ってる!?」
少し聞いただけでも、その成績。いかに酷いか想像できる。本当に科学だけができるようだ。
「セバスさんから聞いた。物理ができて何故数学ができないんだ。……まあ、国語力不足だろうけどな」
数学は文章問題になると国語力が必要になるからだろう。でも物理も必要な気がするのだが……それは好きなことと嫌いなことの差だろうか。
……というか、それで大丈夫なのだろうか。高校生だから、進級できなくなるような気もするが……異世界だから、いいのか?
「セバス……セバスチャンで呼ぶよ!?」
「私は構いません。セバスチャンが正しい名前ですから。愛称でもどちらでも構いません」
「ぐぬぬぬ……」
全く仕返しになっていない、とツッコみたくなるのを堪える。だが、少し笑いが漏れてしまったので、慌てて手で口を塞いだ。バレていないようだ。
沙月さんはバカと天才のちょうどど真ん中という感じがする。それって普通だろ? とも言われそうだが、そうではない。だが、そんな気がするのだ。
「と、とりあえず検査をしよう。採血するね。どっちでもいいから腕出して。あ、私採血できる資格持ってるから安心してね」
「検査というのは遺伝子検査か何かですか?」
そう言いながら左腕を出す。沙月さんの手つきの良さからすると本当に資格を持っているようだ。
採血できる資格となると看護師とか医師とか臨床検査技師……だっけ? とにかくまあ、その辺りが思いつく。だが、どれも仮に年齢制限は無かったとして、それでも18歳では取れないと思う。この世界特有の資格だろうか。
「凄いね、正解だよ。理由は分からないけど、超能力者は超能力を持った途端遺伝子に特有の変化が起きるの。ただ、例外はあるけどね」
「例外ですか?」
腕の上の方を縛られ、アルコールで消毒されていく。その手つきの迷いのなさからして、確実に手慣れている。
「例外は私だよ。私も超能力を持ってるんだけど、何度この検査をやっても引っかからない。国が認めてる他の会社の検査も全く引っかからない。私以外にこの現象が起きてる人っていないんだよね。当然、原因は不明」
意外にも、沙月さんも超能力を持っていた。……いや、思い返せば意外ではないか。
天才なのは能力のおかげだったりするのだろうか。
「天才と超能力は関係ありそうでないんだよね。
アルフさんがそう言う。沙月さんのお父さんも天才だったのか。だが、ここで1つ引っかかった。
「だった……とは?」
「お父さんは私が小さい頃に紅の月に殺されたよ。お金が盗まれたからそれ目当てだろうね」
「あ……すみません」
過去形だったのはそういうことだったのか。あまり訊いてはいけない内容だった。だが、それを全く気にしていないように沙月は笑った。
「いいよいいよ。実感無いし。お父さんの顔なんて全く覚えてないし、お母さんも私を産んで亡くなったっていうし。ネットを見れば写真はあるけど、家族の残ってる写真は親戚も含めて家ごと燃やされて全部なくなったし」
笑ってはいるけど、思ったより壮絶だった。有名な財閥の人間ということは命もお金も狙われてしまうということだ。……りょ…………て…………った……け。……あれ、さっきのノイズみたいなのは何だったのだろうか。まあいいか。
「ありがとうね。結果は数時間で出るから」
いつの間にか採血は終わったようで、腕には小さな絆創膏が貼られていた。袖を元に戻し、採血された部分を右手で押さえる。採血された場所から内出血しないためには、これが適切らしい。
「数時間ですか?少なくとも1週間くらいはかかるかと思ってました」
「1週間ってかなり遅い方だよ。そんなにも時間があればかなり細かいことが分かるよ。特に超能力者かどうか調べることにはどこも力入れてるから安くて早いし」
やはりこの世界は私が元いた世界よりかなり進歩しているらしい。西暦は同じだが、基準がズレていたりして、実際に経過している年月がズレてたりするのだろうか。
「思ったけど、採血慣れてる?」
「はい。言うほど病弱ではないですが、体が弱くてよく採血してます。大抵の原因が持病ですけど」
「なるほど。その歳で偉いなあ……」
「お前は採血を嫌いすぎだ」
後ろでセバスさんが頷く。様子からして今まで沙月さんの採血に相当苦労しているようだ。
……本当に財閥の社長か疑わしくなるが、今はそういうものだと思っておくことにしよう。
「さて、光の歓迎会も含めてクリスマスの準備しようか! 光、何かやりたいこととかある?」
あまりにもドタバタしすぎていて忘れていた。そういえば、今日はクリスマスだ。
って、この世界にもクリスマスの文化があるのか。驚いた。
「あのー……可能でしたら群青隊のお仕事の様子を見学しよう、と思ってまして……準備で忙しいですし、難しいですよね」
今の私は群青隊のことを何も知らない。口頭で語られた一部しか知らない。だから、実際はどういうものかこの目で確認したいのだ。
「あ、ちょうど良かった。よし、じゃあ群青隊のお仕事見学しますか! 車には私とセバスと光。セバス、運転手は……分かってるね?」
「承知致しました」
さっきの話だけでは私だったら全く承知できないのだが。何故分かるのだろう。沙月さんが幼い頃から一緒だったりするのか?
「えっ、沙月ちゃんまだ仕事あるの?」
「面倒なことに、ある。まー、適当に選んでおいて」
「予定変わるのに雑すぎて俺涙出ちゃう……」
アルフさんのそんな言葉を無視して沙月さんはノリノリだ。……なんかアルフさんがかわいそうに思えてきた。
上司がしっかりしていないと部下は大変なんだなと私は学習した。
「よし。行こう、光」
沙月さんに連れられて入ってきた時と同じ扉を開ける。すると目の前にはあの時のリムジンがなく、全く別の場所に出ていた。どこだここ。
「目が点になってるねえ。これも空間操作の力だよ。ここからの方がいいかなと思って」
「超能力って便利……」
「はは、まあね。この世界じゃ邪魔者扱いだけどね。変な話だよ」
そう笑いながら言う沙月さんの顔は暗かった。そりゃ、そうだよな。超能力者であることだけで生きにくいのだから。
どうやらここは駐車場のようだ。そして、あの時と同じようなリムジンに乗る。全員が乗ると、車が動き出す。
「あの、どこへ行くんですか?」
「んー? その辺」
「その辺って……」
ドライブか何かなのか? と思えるようなノリで、少し困惑した。だが、何も心配いらないような表情で沙月さんは微笑んだ。
「まあ、後数分で分かるよ。そこ右に曲がって」
車は沙月さんの指示通りに右に曲がり、細い路地へと入っていった。
「そこ左」
「左」
「右」
そんな沙月さんの指示のもと、リムジンは細い路地や大通りを繰り返して走っていく。
そこで初めて気が付いた。いや、確信したという方が近いか。
「……追われてる?」
さっきから車が後ろにずっと付いてきている。しかも、黒塗り。ド定番じゃねえか。いかにも怪しいだろ。
バレるの前提か? と思うくらいだ。こっそり追っているようにも感じない。
「正解。よく分かったね。もうすぐだから。あ、そこ左」
また大通りから細い路地へと入り、そのまま直進していく。車内は不気味なほど静まり返った。まるで嵐の前の静けさだ。
「お嬢様。囲まれました。如何致しましょう」
気付けば、周りは車で囲まれて四面楚歌だ。車から出てきた人からは明らかに殺気が漂っている。間違いなく紅の月だ。
「応戦よ。……20人か。それくらいなら何とかできる」
沙月さんの言葉を聞いて、セバスさんと運転手の人がやる気満々なようだ。だけど、20対2ですよ? 全員超能力者ですよ? 無理なのでは?
……というか、沙月さんの雰囲気がまた変わった気がする。何かが違うような——
「光は中にいて。大丈夫だから」
不思議とその言葉は信じられた。けど、これは怖い。本日2度目のテロリストとの遭遇。普通なら有り得ない。
「死ね!」
銃声が鳴り響く。超能力というのも目の当たりにした。何も無いところから火が出ている。車に引火すれば辺り一帯は大惨事となってしまうだろう。
「つ、強い……」
2人ともとてつもなく強かった。特にセバスさんが強い。
敵がナイフを持って一直線に首を狙う。それを紙一重で避け、その流れでで敵の手を掴んで背負い投げをした。
その隙を狙うように別の敵が後ろから火の剣を振った。だが、その敵に背を向けたままそいつの腹を蹴り、敵は吹っ飛んだ。強い。強すぎる。
「くそっ、なんだこいつら!」
あっという間に6対2。数だけで言えばまだ敵の方が有利だが、明らかにこちらの方が強い。
ほとんど全員が超能力を使おうとする前に倒されているように見える。手も足も出ていない。
「逃すなよ」
そう沙月さんの声が横から聞こえると、加勢が現れる。よく見ると、何人かは見覚えのある人だ。どうやら、私達の味方のようだ。
今度は逆に敵が囲まれ、奴らにもう逃げ場はなかった。
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