第4話 群青隊

「群青隊?」


「そう、群青隊! さあ、入って入って。土足でいいからね」


 何故群青隊なのか、と名前の由来が気になるがそれは後で聞くことにしよう。

 にしても中は凄い。私が住んでいた木造の家とは大違いだ。まるで高級マンションのそれだ。


「セバス、報告お願い」


「はっ。神谷様のお宅なのですが、ほとんど無事です。ですがーー」


「えっと、ちょっと待ってください。無事とは? 何かあったんですか?」


 言い方に何か引っかかりを覚えて、咄嗟にそう訊いた。すると、せバスさんは申し訳なさそうに少し俯いた。


「端的に申し上げますと、巻き込まれました。あの辺り一帯が無差別に奴らにやられています」


 目的はデパートだけではなかった、ということだ。あの辺一帯ということはかなりの規模のテロということになる。

 そこまでやるということは、大規模なテロ組織なのだろうか。


「ええと、それに“ほとんど”とは……?」


「ほとんど無事です。ですが、人形の一部が盗まれてしまいーー」


「はあああああああああああああああ!?」


 思わず大声でそう言ってしまい、恥ずかしくなる。

 だが、それどころではない。盗まれた? 私のフィギュアが? 奴らに?


「奴らめ…許すまじ」


「えっ、許すの?」


 よくある間違いだ。沙月さんはまじで許すと誤解しているのだろう。私も始めのうちはそう思っていた。


「許さないという意味ですよ。まじは強い打ち消しの意味です。文語的な表現ですね」


「文語? そんなのあるんだ」


口語と文語は国語でやった思うのだが……確か、中学生の時に。常識の違いか、覚えていないだけか。分からないけど。


「ひとまず、話を先に進めさせていただきます。荷物はお宅ごと運ばさせていただきました。整理はしておりますので、ご確認をお願い致します」


 整理をしたということは私の部屋を見られたってことか。……グッズだらけの部屋を知らない人に見られるのはやはり恥ずかしい。


 ……ん、ちょっと待て。お宅ごと?


「こちらへ」


 そう言って部屋の奥に連れて行かれると、見覚えのある扉が。間違いなく私の部屋の扉だ。開けると、目の前には私の部屋が広がっていた。


「ええ!? ちょっ、どういうことですか!? ……あ、超能力か」


「その通りです。私は空間操作の超能力を持っていますから。この部屋全体が私の空間操作によるもので、異空間にあります。外の世界からの干渉は不可能です」


 後ろから現れた女性にそう説明を受ける。空間操作ってかなり強くないか?

 ……もしかしたら、私が元いた世界にも帰れるのでは?


「ただし、私が行ったことのあるところにしか能力は使えません。現時点では」


 一瞬でその希望は打ち砕かれた。ですよね。

 ……ん、現時点では? ってことはこの先、できる可能性もあるのか? 


「んじゃ、色々説明もしようか。じゃ、まずはそこにでも座って」


 そう言って指さされたソファーは高そうだ。見た目は超高級、というわけでもないが機能性重視のかなりいいものであることが分かる。すぐに分かるのは私が貧乏人だからだろうか。

 まあ、超貧乏人というわけではないが一般家庭よりお金がないのは事実だ。


「まず、超能力者については知ってる?」


 私がソファーに座ると沙月さんは向かいのソファーに座って話をする。何となくだが沙月さんの雰囲気が変わった気がするのは気のせいだろうか。

 違和感——そう言うべきか。沙月さんのようで沙月さんではない感じだ。口調は同じだと思うけど、何かが決定的に違う気がする。


「はい。普通の人ではできないーー例えば、何もないところから火を出すとかそういうことが可能な凄い人ですよね」


「……凄い人、と言わればまあ凄い人なんだけど、世間一般的にはそうじゃないんだよ」


 どういうことだろうか。意味が矛盾していて何がなんだか私には分からない。凄いけどそうじゃない?


「超能力者。能力者とか言われたりもするけど、超能力者と言われるのが一般的かな。法律とかでも超能力者って書かれてるし。超能力者が持つ超能力は確かに凄い」


「なら、凄い人なのでは?」


「この世界では別」


 はっきりと即答される。周りの様子からしても事実なのだろう。どんよりとした暗い空気を感じる。

 ……何か、重い話にでもなるのか?


「この世界では超能力者は差別の対象。殺したりしても誰も文句を言わないの。罪にも問われない」


 衝撃的だった。これまでの話や雰囲気からして良くないイメージがあるというのは分かっていた。だが、殺したりしても罪に問われない? いくらなんでもおかしすぎる。


「どういうことですか?」


「……1から説明しようか。今日のテロ。犯人が全員超能力者なの」


「どうしてそれが分かるんですか?」


 私にはあのテロリストの全員が超能力者のようには見えなかった。思い返せば、そうだったかも? と思うことはあった。だが、全員がそうであるとは断言できなかった。


こうの月。世界中に広がっている大規模な全員が超能力者のテロ組織。……と言っても、正確にはテロ組織じゃないと思うけど」


 中二病っぽいな、と思った。超能力がある時点で既に中二病っぽさはあるけど。

 でも、あれでテロ組織ではないと言うなら……?


「というと?」


「犯罪集団、って言う方が正しいかも。目的はテロなんだろうけど、ただ殺しなどの犯罪をしたいだけのやつもいる。それを紅の月の上の奴らが上手いこと使ってるだけ。もちろん、テロ目的のやつも少なくはないし、ただ居場所を求めてるだけの人もいる」


「だから差別されているんですか?」


「そう。もちろん、超能力者でもまともな人は多い。というか、ほとんどがそうなんだよ。けど、犯罪の方に目がいっているからか超能力者は犯罪者っていうのがお決まりみたいになってるんだよ。世界中でそうなってるし、多くの国でそういう法律もある。しかも、国際機関までもが世界法の1つとして定めてる」


 思ったよりも衝撃的で、事態は重いものだった。

 それならば世界中で超能力者は生きられないことになる。何もしてなくても、生まれてきただけで罪。一部がそうだからという理由で……


「でも、何故超能力者はテロとか犯罪をするんですか?」


「正直言うと不明。超能力自体が犯罪を犯すように促進する作用でもあるのか、犯罪者が超能力を持ったことで犯罪数が増えただけか、あるいは他の理由か……全く不明。集団になってるから誰が誰を殺したなんて分からない。超能力者による犯罪数はある程度分かっても犯罪を犯した能力者の数は分からない」


 超能力は思ったよりも謎が多そうだ。そもそも、超能力というのは基本的には科学で説明できないものだから、そうなるのだろうけど。


「紅の月の人の数は分からないんですか?」


「推測でしかないけど、全世界で100万人。少なくとも10万人とされてる。本当に実態が掴めない。何もしない人もいるからね」


「100万人!?」


 私の元いた世界のマフィアとかでも、1つの組織にそこまでいるだろうか。超能力者がそこまでいるとは思っていなかった。


「そしてそれを捕まえるのが全世界から集められた精鋭だけで構成されたのが捕獲部隊。超能力者対策部隊とも呼ばれる。というか、こっちが表向きの名称」


「……捕獲?」


捕獲という言い方に疑問を覚える。超能力者を捕獲するということか? なんだか、少し 変な名前だ。


「そう。超能力者は可能であれば捕獲される。だけどその後が不明。私達も調べてはいるけど、不気味なくらい何一つ手がかりがない。だから実験として使われている可能性も否定できない」


 アニメや漫画などで超能力者などの特別な力を持った人間が実験として使われているシーンは見たことがある。そのどれもが生き地獄だ。もしそれが現実で行なわれているとすれば、最悪である。


「実験をしているから手がかりを消してるのかもしれないね。流石に実験なんてしてたら一般人からも非人道的だとか危険だとか批判が集まるだろう。後者の方の批判が間違いなく多いだろうけど」


 非人道的だという批判が少ない方が本来ならおかしい。いくら犯罪者でもあんな生き地獄のような実験はすべきではない。


「捕獲部隊、紅の月、どちらのすることも間違ってると私達は考えてる。だからこの群青隊が作られた。もちろん、超能力者でも非能力者でも私達の意見に賛同するなら誰でも参加可能。衣食住もこっちで用意できるけど、基本的には自由だね」


 衣食住が用意、これほど有難い話はない。でも、何故衣食住まで用意してくれるのだろうか。


「超能力者は仕事なんてできないからね。今では就職条件に超能力者かどうかの検査が必須のところが多くなってきてる。できても在宅の仕事くらいでその多くの人が収入が少ない。超能力者に賛同する非能力者も腫れ物扱いされて仕事にならなくなってる。そう言った人のためにあるんだ。うちで働いてもらうことが条件だけどね」


 私の考えを察した様に沙月さんが説明してくれる。


「検査で分かるんですか?」


「そう。後で光にも一応受けてもらうけどね。詳しい説明はその時にしよう。




……でなんだけど、群青隊に入らない?」


「直球すぎるだろ」


 渚さんが苦笑いしてそう言った。正直、ここで頷くべきかどうか——私は迷った。


「どうせこのままだと、お前死ぬぞ。悪いことは言わない。お前のためだ」


 それも正論だ。この人達を頼らなったら? もう2度とこの世界で生き残るチャンスはないかもしれない。その上、私がいた日本よりも物騒な可能性がとても高い。1人ではまず生き残れない。


 ——そもそも、この状況で断れる気もしなかった。その上、悪い人のようには見えない。私の勘が、そうすべきだと訴えているようにも感じた。


「……入ります」


「歓迎するよ! さて、準備をしようか!」


 立ち上がり、笑顔で沙月さんがそう言った。そして手を差し出してくる。私はその手を取り、握手をした。


 こうして私は群青隊に入った。

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