第6話 オタクを敵に回してはいけない
「そんな……私のお宝が……いや……いや……」
そう言うと、敵の女は車に駆け込んだ。だが、車はあの戦闘の中で壊れたらしい。正確には“壊した”だが。銃弾があちこちに当たり、人や金属バットなどとぶつかったせいで車の外装はかなり凹んでいる。
車の何かしら大事な部品も壊れているのだろう。エンジンはかかる気配すらない。
女は諦めたかと思っていたが、今度は後部座席に乗り込んだ。そして、何かを探していた。武器でも探しているのか?
「やめろ……がっ」
敵の女に触れた途端、何かしらの攻撃で手を痛めたようだ。他の人も同じだった。誰もあの女に触ることができない。
その上、どうやら近付くことすら困難らしい。何かに阻まれているようだった。
「……ここは危険だから外に出よう」
外の方が危険な気がする。だが、沙月さんに言われるがまま車外に出る。敵の女は何かが入った段ボールを抱えて立っていた。その中身が爆弾の類だと推測して、全員が警戒する。
「Defeat my enemy! Thunderbolt!」
突然、敵の女は流暢な英語を叫んだ。その瞬間、まるで耳元で鳴っているかのような轟音が何度もした。
辺りを見回すと、雷だった。幸い、誰にも当たっていない。空は晴天で、超能力によるものだすぐに分かった。
「逃げるぞ!」
この隙を狙って敵は車を捨て、走って逃げようとする。自分の正義感からだろうか。私も思わず、雷の中を駆け抜けた。
ふと、敵の女の段ボールから何かが落ちたのが見えた。どうやら、その中には相当の量の物が入っているようだ。走る時に中の荷物が跳ねて落ちたのだろう。
ゲームのおかげで動体視力が良い私は、走りながらでも落ちた物が何かを見逃さなかった。
「てめえ、待ちやがれええええ!」
落ちた物を走りながら拾ったその直後だった。ギュン、と一気に自分が走る速度が速くなったのを感じた。
あっという間に追いつき、敵の女を捕まえて後ろに引っ張り、その隙に段ボールを回収して転ばせる。我ながら神がかった行動だ。
「きゃああああああ!」
転んだと同時にそう叫ぶ女。他の敵は我が身大事なのか誰も見向きもせず逃げた。私もそいつらまで追う気はない。目的はこいつだ。逃げないように横たわった女の上に乗り、胸倉を掴む。
「てめえふざけるな、この泥棒が!」
「何が泥棒よ! これは私の物よ!」
「お前の物じゃねえわ! オタク舐めんな! これほとんど私の物じゃねえか!」
そう。段ボールの中身はフィギュアだったのだ。私がゲーセンで頑張って取った物。買うよりも安く手に入れるために技術を上げ、何年もかけてここまで集めて頑張った。セバスさんは一部と言っていたけど、想像よりかなり盗られていた。時間がなくて確認できていなかったため、私もここまでやられているとは思っていなかった。
「その証拠がどこにあるのよ!」
「ああ、あるさ! 全てのキャラの名前を答えてみろ! 私は当然、全て答えられるぞ! お前の物……いや、お前の宝と言うくらいなら名前くらい分かるだろ。さあ、この子の名前を答えてみやがれ!」
そう言って、段ボールから適当にフィギュアを取り出す。女の子のフィギュアだった。私のフィギュアなので、この女に答えられるわけがない。この世界に同じ物は二つとない。
「え、ええと…」
「
「ひいっ!」
熱が入ってついつい地元の方言が出てしまう。女は恐怖で暴れているが、私の全体重をかけているためか動くことはない。
見た目からして、女は20代だろうか。それなのに、年下に怯えて情けないと私が思ってしまうほどの怯えようだ。自業自得なので同情はしないが。
「と、盗られる方が悪いのよ!」
「盗る方が悪いわ! バカなの!? 立派な犯罪ですけど!」
相手が年上だということがどうでもいいと感じるほど、激昂していた。これでもか、というほど女の肩を地面に押し付けた。
「女が女の人形ばかり集めて、気持ち悪い! 男の部屋かと思ったじゃない! 男でも女でも、あんな人形集めてる奴は気持ち悪いわよ!」
「私の心に傷をつけて弱らせようとでも思ったか? 悪いけどそれは全オタクへの宣戦布告にしか聞こえねえわ! というかお前、さっきお宝とか言ってたじゃねえか! あれか? 換金したらお金がたくさん手に入るという意味でのお宝か?」
「ええ、そうよ! 高く売れるのよ!」
その女の言葉は、ただでさえキレている私の心に油を注いだ。女の肩を思いっきり握り締め、大きく息を吸い込んだ。
「尚更敵だわ! 女が女の子のフィギュア集めて悪いか? 可愛いんだよ! 可愛いは正義なんだよ! 私の中ではかっこいいも正義だけど! 人の趣味バカにすんじゃねえ! お前も好きなことの1つや2つはあるだろ。それをバカにされた気持ちを考えやがれ!」
女の眼前で、声量も考えずに全力でそう叫んだ。その影響か、少し疲れて少し息切れをする。
頭に血が上り過ぎた。少し冷静にならないと。だがこいつは絶対に許さん。
「……凄っ」
沙月さんが驚いた様子で、そんなことを呟いた。
流石にここまで言い争ったのは人生で初めてだ。女の方は観念したのか、項垂れて涙目になっている。
「とりあえず、お疲れ様。怪我ない?」
「全くの無傷でございます」
「ふふっ、なんで急に敬語なのさ。あ、終わったー?」
そう沙月さんが遠くの方に呼びかけると、何人かがこちらに向かってきた。アルフさん達だ。
「全員捕らえたよ。沙月ちゃんも人使いが荒いんだから……本日2度目で疲れたよ」
どうやら、アルフさん達は敵を追っていたらしい。他の仲間と敵を抱えていた。人数を数えると敵の数はこの女も含めて20人。全員捕らえたようだ。
「こうでもしないと被害拡大でもっとややこしいことになっていたよ」
「紅の月のやつらはクリスマス気分なのかねえ。どこも大騒ぎで大変だったよ」
呆れたようにアルフさんはそう言った。そして、敵を投げ捨てるように地面に置いた。全員、意識を失っている。当分動くことはなさそうだ。
「死者はいないから、とりあえず良しとしよう。物はとんでもなく壊れたけどね」
「今日だけで被害総額、数億はいってるだろうねー」
アニメの描写から被害総額を出してみたというのがあるが、現実世界でもそれだけの金額になるとは……分かってはいたけど、超能力って怖い。
この車も廃車だろう。大きさ的にも6台で最低でも1000万円くらいは掛かるのではないだろうか。そう考えると、数億という数字にも納得できる。
「はい、これが仕事だよ」
「え?」
唐突に言われた言葉に、思わず驚いた。それを察したかのように、沙月さんは続けた。
「群青隊の仕事だよ。今回は一例だけど、こんなこともするね。他にも捕獲部隊と紅の月の争いを止めに入ったりーー」
「ということは、命懸けなのでは?」
思わず口を挟んだ。本日2回の戦闘といい、沙月さんの話といい——どう考えても、命懸けにしか思えなかった。
「そうだね。こんな問題に首をつっこんだら命懸けになるよ。でも、戦闘に強制的に参加させたりはしないから、嫌ならやらなくていい。私がいるから誰も死なせはしないけど。他にも安全な仕事はあるし」
流石に命懸けの仕事は……ちょっと。というか、私はかなりやばかったのでは? 思わず、首をつっこんでしまったし……それは反省しなければいけないんだけど。
でも、死なせはしないってことは——私も、そうだったってことか?
「命懸けって言っても、今まで群青隊の皆は誰も死んでないからねー。沙月ちゃんのお陰だよ」
「えっと……大声で言えないですけど、超能力ですか?」
「そうだよ。未来視って言うやつ。この辺はカメラとか人はいないから、大丈夫だよ」
一応、小声で会話をする。確かに周辺の人気はないが、誰が聞いているかは分からない。
「なんで……どうしてなのよ……!」
どうやら、私達とは別で来たらしい大きな車に乗せられていくあの敵の女は泣いていた。知るか。自業自得だろ、と心の中で思った。
「あの人に相当な恨みがあるようだけど、どうする?」
「徹底的に懲らしめてください。できれば私自ら殴りたいです。後味悪そうですし犯罪なんでしませんけど」
「分かったよ」
そしてここに来たときに乗ったリムジンにまた乗る。今度はアルフさんも乗ってくる。
敵の車が廃車と思われるほどの損傷なのに、こちらのリムジンは無傷なのが不思議だ。
「ところで、あの人たちはどうなるんですか?」
捕らえられていく敵を見て、疑問に思ったことを訊いてみた。
「敵の拠点を聞き出したり、仲間に入る交渉をしたり……今のところ支部は見つかっても本拠地は見つからないし、居場所だけっていうやつは戦闘に参加しないから加わった仲間も全くいないねー」
アルフさんはやれやれと言った様子で話した。様子から察するに成果はあまりないようだ。
「その後はまあ、仕方がないから仕事をさせてるよ。生活は刑務所に近いかな? でも、捕獲部隊に渡すよりはマシだと思うよ。何されるか分からないし。空間操作で別の空間にいるからこっちに影響を及ぼすことはないしね。うちにいる専門家による更生とかも試してるけど、成果はあまりなし」
「今のところ成果があるのは被害を抑える活動だね。沙月ちゃんのおけげで発生場所と時間、被害者は誰か分かるし」
「いくつかの可能性の未来があったりするし、変わる未来もあるから絶対ではないけどね」
それでも未来視は間違いなく助かる力だ。あんな奴らを敵にしているのに、被害を抑えるだけでも十分な功績なのではないだろうか。
「未来視の話はまた今度詳しくしようか。光にも色々訊きたいことはあるし」
「ぜひ聞かせてください」
「勿論! あ、そうだ。一応、盗んだ物は取り返したけど足りない物とかある?」
私が持っていた段ボールを覗き込み、沙月さんはそう言った。
そう言われて、中身を確認していく。だが、数が多すぎる。私の物ではない物も含まれていた。それに——
「まだ盗まれた物の全てが何か把握していないんで、何とも言えないんですけど……」
「よし。じゃあ急いで戻ろう!」
「承知しました」
運転手がそう返事をするとリムジンは少しスピードを上げて街中を走り始め、何事もなく帰路についた。
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