夜の無重力
コンビニを出ると、暗闇に目が慣れていないせいか、辺りは深海のように真っ暗だった。
小倉は袋から出した棒付きのチョコレートアイスを頬張りながら歩き出した。
全く季節外れな食べ物で、見ているこちらが寒くなってくる。
そんな俺を見て小倉は言った。
「こいつはエネルギーがあるからな。おでんなんかはそん時は温まるけど、安い大根とかは後で腹が空くし喉も乾く」
「なるほど」
小倉は齧ったそれを俺に差し出した。
「お前もちょっと食う?」
「いや……やめとくよ」
そう断ると「やっぱな」と小倉はそれを引っ込めた
その時だ。
「ちょっと君たち、いい? 未成年だよね」
ふいに後ろから声をかけられた。
制服姿の警察だった。
「やっべ、逃げろ!」
小倉はすごい勢いで走り出した。俺も後を追いかけた。
全速力だった。
階段をジャンプして、公園を横切って、裏道を走って、肺の中が冷たい空気で冷やされて切れそうなぐらいに痛かったが、懸命に走った。
だが、小倉は楽しそうに笑っていた。「ははははは!」と大きな声で。
そして、俺も堪えきれずに「ぷはは!」と笑ってしまった。笑いながら走った。
が、そのせいで、家に着く頃には息も絶え絶えだった。酸素が不足しているのかしばらく目の前がぐるぐる回っていた。
警察の姿はもう見えなくなっていた。
俺の自室の床で毛布を被った小倉は天井を向いていた。
「なぁ宮脇。俺はな、親ってのは子どもが立つ星みたいなもんだと思うんだ」
「なんだよいきなり」
俺はベッドの上から小倉を見下ろす。小倉は落ち着いた顔をしていた。
「まぁ聞けって。俺が思うに親の価値観ってのは子供に受け継がれちまうんだ。例え子供が嫌がってても星の重力には敵わない。親が許せないと思うものは子供も許せなくなる。それは無意識下で目に見えないし逆らえない、重力みたいなもんだ。他の人からどれだけ違う価値観を吸収しようとしても、結局は親の価値観で判断してたりするもんなんだよ。
だから、俺はそれを振り切る、ロケットみてぇにな。そのために勉強だってする。まぁ今はさすがに1人じゃ生きていけないから親に頼ったりもするが。あいつらがじいさんばあさんになった後は絶対に面倒見ないって決めてんだ」
その時、どうして小倉がそんな話をしたのか、なんとなく分かった気がした。
夜更けに出かけて全速力で走ったあの時、一瞬のようだったけど俺は確かに重力から解き放たれていたように思う。小倉が、俺を重力から引き離してくれたんだ。
俺たちはその後、いつどうやって家を出て行くか、一人暮らしはどんなに楽しいか、住むならどんな家がいいか、どんなことをやってみたいか、いろんなことを話した。
気付けば窓の外はだんだんと明るくなっていて、小倉は俺が少しうとうとしたのを見計らって「サンキューな」と言い残して家を出て行った。
その日、目にクマを作りながらもなんとか学校に行った俺は人生で初めて授業中に居眠りをした。
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