復讐者ととある少女

「こんにちは、今日も平和ですね」

 かつて聞いた言葉を明らかにあの時の彼女よりも年が幼い少女が言った。少女にしてはどこか大人びた笑顔は懐かしいもので彼女を思い出させた。だが姿、声、形は彼女と全く違っていた。彼女が少女であるはずはなかった。それは俺がいまだに彼女に囚われているからこそ、そう見えるだけなのだと俺は彼女の亡霊を振り払おうとした。が、見れば見るほどその振る舞いは彼女にそっくりに見えた。

 その少女は小大陸に住む商人を生業なりわいとする夫婦の一人娘だった。少女の両親は穏やか人物達で、少女は二人に囲まれて幸せそうにも見えた。夫婦に旅をしていることを告げると、夫婦は他の大陸のことが知りたいと是非と商人家に泊まることを懇願された。変わった夫婦だった。俺はその誘いを断り切れず結果的に一泊だけそこに世話になることになった。その一泊は少女を避けるように過ごし、夫婦とだけ旅の話をした。

 そして、夜を乗り切り朝を迎えた俺は挨拶もほどほどにその家を早く後にしようとした。が、突然どこからともなく現れた少女がお茶会に俺を招待したいと言い出した。流石に一泊とはいえお世話になった夫婦の前で断ることはできず、俺は渋々その誘いを受けることとなった。

 少女がお茶会に指定した場所は少女の家の裏手に広がる森だった。その森は森の大陸と呼ばれるの大陸とは規模は違うが、それなりに草木が生い茂っており森林浴に最適そうだと感じた。葉のカーテンにとこどころ光をさえぎられたその下で少女はお茶会を広げる。

「もう薄々気付いておいでだと思いますけれど、私は貴方が想像している私で間違いありませんよ」

 少女はティーカップに口を付け、一息つくと何の気もなしに衝撃的な事実を述べた。あまりにも突然の告白にお茶を吹き出しそうになっていると、少女はこちらのことはお構いなしに話を続ける。想像もできない気の長くなるような話だった。

 少女は《何度もいのちを繰り返している》のだと言った。正確にはいろいろと制限はあるようだが、結局20を迎える日に死ぬのだという。そういう決まりなのだ、と淡々と語った。すらすらとよどみなく話す姿は嘘をついているようには見えない。第一彼女と俺しか知りえないことをこの少女は語っていた。

 だが、それでも少女が彼女だという事に半信半疑だった。少女が「信じてくれますか」と言葉を掛けてくるが、俺はすぐには返事ができなかった。改めて少女を顔から上半身までじっくり観察する。ただよう雰囲気は少女らしくなくかつ彼女を思わせる動作があるものの、やはり彼女とは似ても似つかない。

 ふと、観察する中で胸元にぶら下がる、少女には不釣り合いな年季の入った錆びだらけの物が妙に気になった。どうにも永い時間のせいでより一層細かい記憶が思い出しずらい。なんとか記憶を探った時、あれはあの時彼女の胸元で見た物ではなかったかと思い出す。あの日それはそのまま死んだ彼女の手元に残っていたはずだった。あそこにあった物が少女の手元にあるなんていうことはあり得るはずがない。

 ただの物だ。それだけだというのに何故か急にこれは俺の妄想ではなく、少女があの彼女で間違いないのだと認めることができた。こころにしみ込んだ内容は感情を揺さぶり、体が勝手に動いていた。失ったものが目の前にあることが、こんなに嬉しいことだとは知らなかった。嬉しさのあまり視界が歪む。しばらくして腕の中でくすくすと笑う少女の声が聞こえ、静かに「落ち着いて下さい」という言葉と共に小さな抵抗を感じた。いつの間にか少女を抱きしめていた。はっとして体を離すが時すでに遅かった。

「貴方にそんな情熱的な部分があったなんて知りませんでしたよ」

 からかうように笑う少女に顔が熱くなる。同時に腕の中の温かさと柔らかい感触が妙に意識に残り、恥ずかしい気持ちになった。そんな俺に少女は咳ばらいを一つすると言葉を続けた。

「繰り返すうちに私は女神の使いだと信仰されるようになりました」

 随分と少女はあっさりと話したが、その言葉に彼女があの都に隠されるように身を置かれていた理由と彼女が何者だったのかを理解した。

 ―御子

 奴らが信仰する日の女神とやらの使いにして、憎き聖教会での最高権力者。

 人前に姿を現すことはほとんどなく、あったとしてもそれは遠目に見ることができるだけで、それもほとんど衣装によって隠されているため性別すら正体不明の御伽噺のような存在。その神秘性もあってか聖教会の信徒達は熱狂的に御子をあがたてまつる。いのちを繰り返すという奇蹟を持つ存在は熱狂を生み出す程のことなのか。俺にはそれが馬鹿々々しくてならなかった。

 そして、それは俺にとって憎悪の対象の一つのはずだった。だが、その事実の前に少女に対する怒りや落胆などなく、不思議と落ち着いている自分がいた。

 代わりに薄暗いことを思い出し居たたまれない気持ちになった。あの日聖教会に侵入をした俺が最終的に殺そうとしたのはその御子だったのだ。まさかあんな質素なところに押し込められるようにして居た女が御子だと、一目見ただけで誰が分かるというのか。

「御子と呼ばれるのは好きではありませんがね」

 別の意味で少女には思うところがあるのだろうか。珍しく少女は心底嫌そうな顔をした。少女はその胸元で揺れる錆びだらけの物を握る。それはよくよく見れば懐中時計のようにも見えた。

「もうこの生活にもお別れなのです」

 少女はうつむくと少し寂しそうに言った。

「今回は随分と遅かったですが、彼らが私を見つけたようです」

 彼らが誰なのかは早々に理解できた。御子は聖都にいるものだ。なら御子が不在の今、奴らは血眼ちまなこになって次の御子を捜していることだろう。慌てふためく奴らを想像して笑いが込み上げそうになる。が、少女の心情をおもんばかると不謹慎な思考だったとはっとした。

「かくれんぼみたいで楽しかったのですが」

「いっそのこと逃げ出すか?」

 自分でも驚くほどに自然と言葉が口をついて出た。それは冗談などではなく本気の言葉だった。少女は驚いたように顔を上げ目をみはった。そして、柔らかい笑みを浮かべるとゆっくりと首を振った。

「今のあそこには私が必要です。それに、今逃げてもそれは問題を先送りにする行為でしかないのです。例え私がいることが崩れかけのものをかろうじて繋ぎとめる気休めでしかないとしても」

 だから、帰るのだと少女は言った。どうしてそこまで聖都あそここだわるのか俺には理解できなかった。少女のその様子は物悲しいものだった。

「ありがとう」

 お茶会の終わりに少女は俺にお礼を言った。それは何に対してだったのか俺には分からなかった。

 御子たる彼女はそうして本来いるべきだとされている場所へと帰還した。

 帰還しても彼女と俺の交流は変わることなく続いた。今更俺が彼女を殺そうと思うことはない。彼女は俺の大切な人だった。その出来事がきっかけなのか、俺は彼女の行く末を共に見ていきたいというあまりにも烏滸おこがましい願いを抱きつつあった。


 しばらく経ったとき俺は時折窓から見下ろす彼女の表情に憂いが浮かんでいることに気付いた。それ自体はきっと今までも彼女の中ではあったのではないかと直感した。単に長い付き合いを経て彼女の機微きびに俺が気付けるようになってきたのだろう。だが、流石にそれが何なのかは分からず、聞く勇気すらなかった。それを知ってしまうことが何かを大きく変えてしまう気がしたのだ。

 故にその話を振ってきたのは彼女からだった。

「この下に何があるかわかりますか?」

 ある時彼女はぽつりと独り言のように言った。

 信徒の居住区のことだろうかと返すと彼女は表現のしずらいどちらかといえば悲哀に近い表情をこちらに向け、「それも間違いではないのですが、いえ、なんでもありません」と答えた。少女が何を言っているのかその時の俺には理解ができなかった。だからなのかこの時の彼女はそれ以上その話題を俺に振ることはなかった。

 そして、そののち彼女は俺の知っている限りで2度目の死を迎えた。

 何も知らないまま俺は彼女と3度目の出会いを果たす。

 こころは、きおくは変わらない。

 だが、いのちは繰り返す。

 どんな状況であろうと、はじめからそうなることが決まっていたといわんばかりに。

 そこからは何も変わらずそれを繰り返すだけのものだった。何度目の出会いなのか俺がどうでもよくなったとしても彼女は変わらなかった。

 彼女が繰り返し、俺は現在いまを重ねる。そのうちに俺は少しずつ本質に気付きはじめていた。最初は違和感だった。違和感は彼女がいのちを繰り返す度に大きくなり、ようやっと彼女を取り巻くものの異常さに気付いた。

 最初に持った違和感は彼女が死の際に司祭や教会関係者が狼狽ろうばいすることもなく、淡々と事務的に行動していることに対してだった。繰り返していることとはいえそれは機械のようで気持ち悪く異様な光景に見えた。そこに敬意や悲哀は一切見受けられない。

 御子が死ぬ度に悲しんでいたのは何も知らない聖都に住む一部を除いた信徒の方だった。もう何度も失っているというのに、信徒たちは馬鹿みたいに御子が死ぬ度にこの世の終わりだといわんばかりに嘆いていた。それは御子たる彼女が聖都ここに戻ってくるまで続いた。では、御子が帰ってこなかった場合、この国はどうなるのか。

 ああ、そうかと気付いた。

 この国のいびつさに気付いてしまった。

 皆が断片的にしか事実を知っていないのだと。本当の意味では誰も何も知らないのだと。それぞれが自分の知りえる中で独自の解釈をし、自分の現実の中で生きている。それは俺も同じだった。あの時の俺は聖都ここに何があるかなんて知らずに、ただ憎悪の対象にしか思っていなかった。

 誰がどんな思いで生き、死んでいったかなんて誰も考えはしない。考えられないのだ。そして、それが当たり前のことなのだ。そんな者達に何かを訴えたところに一体何の意味があるというのか。復讐したところで何も残らずただ空しいだけだ。

 意味なんてない。そんなものは最初からなかったのだ。勝手に意味を作っていたのは他ならぬ俺自身だったのだ。そう悟った時俺はもうどうでもよくなっていた。

 そんな風に悟った頃、俺は同時に聖都の目に見えぬ下に何があるのかを知った。一見綺麗に見えても目に見えぬところには、まるで汚泥のようなものが混沌と広がっているのだと知った。

「ずっと昔、貴方が生まれる前からあそこはありました。信徒になりたくても認められなかった人々は行き場を失い、初めは壁の外に住んでいたんです。今よりはまだずっとマシだったでしょう。でもある日を境にその数が爆発的に増え、教会も見て見ぬふりはできなくなってしまったのです」

 壁なんてどこにあるというのか。彼女の言葉に俺が真っ先に持った疑問はそれだった。聖都は見晴らしの良い山の頂上にある都市で、遠くからでもその町並みは見え遮蔽物など存在しなかったからだ。

「だから、壁の上に聖都を移して、彼らを下に隠したのです。容易に出られぬように」

 まさしく聖都という蓋で臭いものを閉じたということなのか。あまりにも行動の方向性がおかしすぎる。

「ええ、そう思います」

 彼女は自嘲気味に笑いを浮かべながら答えた。

「教会は、この国は歪です。私さえも。歪みが新たな歪みを生んで形を整えることさえ不可能になってきている」

 彼女はひどく辛そうに顔を歪めて語る。

「私には何もできないのです」

 彼女は心底悔しそうに見えた。

 だが、それは俺も同じことだった。聖都の下に何があるかをこの国の民は知っている。知った上で見て見ぬふりをし、一部の人間はそれを利用してさえいる。それは下手に手を出せばでさえこの国を崩壊に導きかねないことだった。俺はこの国が壊れてしまってもいい、だがそれでこの国愛着を持っている彼女が悲しむ姿は見たくなかった。これは言い訳かもしれない。逃げなのかもしれない。そもそもこの国に憎悪しか抱いたことのない俺にとっては、何もしないということしか思い浮かばなかった。

 それに対して彼女は、この国を正しいと思えるような方向に導く何かを待っていたのだと言った。その後彼女は付け加えるようにでも、もう待つのは疲れました、とも言った。彼女の表情は疲れたものでありながら、その蒼い瞳を見た俺は彼女が何かを決意したように感じた。彼女はもう何も語らなかった。

 そうして彼女は何度目になるか分からない死を迎えた。

 次の生を受けた彼女のかたわらには、身寄りのない魔術師が一人連れ添っていた。正直言って奴の印象は最悪だった。奴の彼女に対する様子ははたから見ると、信徒と何ら変わりないように見えたからだ。ひどく気持ちの悪い奴で、彼女が奴と普通に接していることに対して俺は少しだけ苛ついていた。奴は彼女と以外関わることはせず、俺も奴に積極的に接触することを拒んだ。

 だからこそ俺は、奴を他の信徒と変わりないものだと見誤り、奴の中にある狂気に最後まで気付くことができなかった。

 俺が気付いた時にはすでに奴の目的は達成されていた。問いただした時ひどく狼狽した様子で「失敗した」と繰り返した。何をしたのか問えば、要は彼女にこころと体に関する魔術をかけたのだと語った。だが、それだけでは何もわからなかった。その魔術とあの《奇妙な存在》がどう繋がるというのか。奴はあの存在については何も知らないと言った。いつもの傲慢ごうまんな様子とは打って変わって見る影もなく怯え切っていた。だからこそ俺は現状が良くないのだと悟った。

 そこには長い耳を持つおそらくは獣族がいた。見た目は獣族だが中身が何か違うとものだと俺は感じた。

 それは襤褸ぼろのマントを羽織り、右手にはからのカンテラを、左手にはシャベルを持っている。

 そこまで見て俺はその存在について知っていることを知った。次々と襲い来る情報に対して知るはずのないことを知っている自分が理解できない。俺の中にある何かがそれは門番だと告げた。その門番の前には彼女がいる。ひどく嫌な予感がした。

「今の私は彼女が追うものと何ら変わりがないのです。歪みは修正できない。ならば、あれらと同じく『私』は消えるべきなのです」

 カンテラの扉が開く、中からあるはずのない光が溢れ影を映し出した。一体あれとは何のことを言っているのか。

「きっと貴方達は『私』のことを忘れるでしょう」

 影が門へと変わる。彼女が何を言っているのか『俺』には理解ができない。彼女は門の手前で足を止めると、こちら振り返り俺を見た。

「もし、いつか私が助けを求めた時には助けてもらえますか?」

 彼女は俺にそう言って頭を下げた。正直言って驚いた。今まで誰にも助けを求めるところを見たことのない彼女が、俺に頭を下げたのだ。驚かずにはいられなかった。そもそも彼女はもしかしたら御子というあり方故に、今まで誰にも助けを求めらずに一人で戦ってきたのかもしれない。そんな彼女が俺にお願いをした。自惚うぬぼれなのかもしれないが、それでも俺は胸が熱くなった。同時にこれから起きるであろうことを察して目頭も熱くなる。頷くしかなかった。

 それに対して彼女は違和感のない年相応な笑みを浮かべた。それは聖人のような造り物ではなく、本当に彼女自身の純粋なものに見えた。それが俺には今の彼女が少女らしく見えた最初で最期のものだった。

 鍵が扉を開く。そこには何もなかった。彼女が後ずさりそれに入っていく。手を伸ばしたいのに体が動かない。

 扉が閉まる直前、彼女が胸元の何かをこちら側に投げた。

 ああ、消えるのだと閉まる扉を見てぼんやりと思った。嘗てのように後悔をした。ヒトは近くにあるものの大切さに気付かない。今度はもうそれは取り戻せないものだと確信していた。

 受け取ったそれが、扉が閉まるのに合わせて霧散する。


 気付けばそこには俺しかいなかった。


「これはこれは。珍しいこともあるものだ、こんなところで同胞に会うなんて」

 振り返ると、一人の男が立っている。中性的な顔立ちで友好的な笑みを浮かべているが、怪物のような底なしの不気味な雰囲気を漂わせる男に自分と似た何かを感じ取った。

「僕らのような者が聖都ここに二人もいるなんて、皮肉だね」

 じろじろとこちらを値踏みするような視線を向けてくる男は、「ま、そういうこともあるか」と勝手に一人で納得した。更に男は淡々と独り言にように語り続ける。白い花を探しているのだ、と。

 そう言われて思い当たったのは嘗て旅をしていた時に聞いた花のことだった。それは母樹ぼじゅの一角に白い花が群生しているという話だった。どちらでもよかったのだが、親切心でそれを伝えると男はとても喜んだ。

「ところで、君はこんなところで何をしているんだい?」

 何を今更と思いつつもふとそう問われ、自分がなぜここにいるのかわからなかった。

 昨日のことのように村人の虐殺、復讐心、聖都の秘密、そして復讐に対して吹っ切れてしまったことをすぐに思い出せる。だが、詳細に思い出そうとすればするほど所々記憶が穴あきのように抜けてるようだった。ひどく気持ちが悪かった。

「ふーん、思い出せないでもなく分からない、ね」

 言葉を復唱しながら男は考え込むように黙ったかと思うと、意地の悪い笑みを浮かべた。なるほどなるほどと一人で納得している。

「うん。いい話を聞いた。近頃退屈だったからこれはよい余興になるだろう」

 何の話か分からなかった。いやそもそもそれは俺に言った言葉ではなかったのかもしれない。ようは独り言だったのだろう

「いい話を聞かせてもらったお礼に君のお願い一つ聞いてあげるよ」

 そう言いながら男は自身の秘密を一つ俺に語った。その秘密に関わる願いを叶えてやろうということだった。男の秘密を知った時悩むまでもなく願いが一つ浮かんだ。それを伝えると男は一瞬至極つまらなさそうな顔をした。誰の願いを聞いたところで他人の願いなんてこの男にとってはどうでもいいのだろう。きっと俺でなくても同じ反応をすると感じた。

「なんだ、そんなことでいいのかい?じゃ特別におまけもしてあげよう」

 話しながら他に子供が悪戯を思いついたような無邪気な笑みを浮かべ男は言った。俺にとっては男が何を考えていようがどうでもよく希望さえ叶えば何でもよかった。だからこそ俺は男にいわれるがままにそれで了承した。


 それからどのくらいが経ったのだろうか、穴あきの記憶が埋まることはなく聖都ここも未だに変わらないが、この世界は目まぐるしく変化を続けていた。


 そしてある日その時はやってきた。


 その少女が部屋に逃げ込んできたとき、本当に懐かしい気持ちがあった。だが、やはりそれは穴抜けで、どうしてかは分からなかったが私はその少女の手助けをしなければならないような気がしたのだ。記憶がなくても少女に対して特別な感情を抱いている自分がいた。。

 床にへたり込む少女の胸元に錆びだらけの一見では何か分からない懐中時計がぶら下がっている。ふと自分の手を見てしまう。私の両手には当然何もない。その行動の意味が私には理解できなかった。


「お前はどうするんだ?」


 ひどく憔悴しょうすいしている少女に無情にも冷たい言葉を投げかける。

 おそらく誰かの死を看取った少女は、そのすべてを諦めたような瞳に微かに光を残していた。嘗ての私とは真逆なものだと感じた。だが、不思議と憐憫れんびんや嫌悪感はなく少女のその瞳の光に、何かを期待せざる負えない自分がいることを知った。

 それは私が知っていた人物が失い、私自身が選ばなかったものだったろう。私は少女がこの歪な世界に変革をもたらすと確信した。

 少女が赤にまみれた小さな手を懸命にこちらに伸ばした。


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復讐者ととある彼女 あわい しき @awai_siki

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