グリモワール
先祖代々受け継いできた魔術書が何者かにより盗まれた。私の運命はその瞬間、転落の一途を辿ることになったと言っても過言ではない。あの本は知識だけではなく人々の人生を変えてしまう魔力が込められていたのだ。
などと時々物思いに耽ってみるが、あんなものを私が守り通せるとは思えず、結果的には良かったのだと最近は考えている。魔術書は人を選ぶ。私は選ばれなかったのだと、ただそれだけの話なのだ。
「魔術書? これ?」
久しぶりに我が家を訪れた友人が何気なく鞄から取り出したのは間違いなくあの魔術書だった。どこで手に入れたのかと問うと彼女は「襲ってきた賊が持っていてね」とページをめくりながら返答した。
「きみはこれを読んだことがあるのかい?」
「いいや。私は魔力が弱いから、どうせ意味がないだろうと思ってそのままだ」
「へぇ……」
私はかつて通っていた大魔術学院の中でも成績は下の下であった。五大元素だとか精霊との対話を試みるとかそういったことにはどうにも興味を惹かれず、どちらかといえば独自に考案した料理に時間を使い、茸や草花が食用であるかそうでないかの見分け方であったりいかにモンスターを美味しく食べるかといった今となっては一般的――とまでは言えないが、あんなものまで食べるのかと言われ奇異の目を向けられることも少なくなかったある種の嗜好に時間を割いていた。学院からは除籍された。
不意に、目の前で両の手が打ち合わされる。
「へい、起きてるかい。心ここにあらずって感じだったよ」
「ああ、すまない。少し学院時代のことを思い返していてね」
「思い返すほど行かなかっただろ……」
言われてみれば確かにそうだ。一週間行ったかどうかとそれくらいだったろうか。
ともあれ。
「ちなみにそれ、何が書いてあるんだ?」
「なんというか、魔術書は人を選ぶってのは本当なんだなって。確かにこれはきみが守り伝えるべきものだ。返すよ」
ページが開かれ返却された先祖代々から伝わる魔術書。今の今まで目を通したことはなかったが、私はついに真相を知ることになる。
「……そのページのさ、猛毒人喰い鳥と翼竜の卵の炒めものってやつ、今度作ってくれないか?」[了]
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