骨物語
野晒しになった頭蓋骨。私である。こちらは手足の骨。あとは身体のどこかの骨。
十数年前のちょうど今日……いや、数年前? それとも一昨日だったろうか。どうにもこの姿になってから忘れっぽさに拍車が掛かってよろしくない。
ともかく、今ではない以前に私は仲間に見捨てられたのだ。生きて帰ろうと共に誓った盟友だと思っていたのはどうやら私だけだったらしく、もう動くこともできないと分かるやいなや、奴らは私を置いて未開の洞窟を突き進んでいったのだ。ああ、思い出してきた思い出してきた。そうして私は空腹のまま……ああ、思い出すのではなかった。自らの今際の際など思い返すべきではない。
ともかく。ともかくである。何の因果か私は死してなおこの世に留まることを許された。生前……生前? 今の私は死んではいるが生きているとも言えるのではないだろうか。骨にはなったが、こうやって物事を考えることができる。動くこともできるがあまり長くは保たないようだ。なかなかに不便だが、ただひたすら自らの世界に没頭できると思えば良しと言い聞かせた。生きているが死んでいたあの頃に比べれば今の私は随分とイキイキしている。
おっと。そう。生前。生前の話だった。私は生前、鑑定士として冒険者達に付き従っていた。本職は別にあったのだが迫る老いには勝てず、暴れ大兎を逃したその日に引退してはどうかと肩を叩かれた。それ以来、宝箱から見つかる古びた財宝を鑑定する職に就いていた。いや。そんな大層な身分ではない。置かせてもらっていた。私は不要であった。だから私はここにいるのだ。
恨みがない、と言ったら嘘になる。しかし私は私を捨てた彼らを強い感情で憎んではいないのだ。冒険者稼業である、遅かれ早かれ死は訪れるものだ。孤独に腐り落ちるのを待つのはほんの僅かに苦しかったが、仕方がないのだ。ああ、仕方がない。
と、そう、思っていた。本当だ。本当に思っていたのだ。まさか奴らが、私を捨てた奴らがまさかこの場に戻ってくるとは思うわけもないだろう。なぜだ。なぜ戻ってきたのか。まさか。私を助けに? いやいやまさか。そんなはずはない。そこまで慈善を尊ぶ奴らではなかった。パンを分ける時だって、私に対してはいつも一欠片しか渡してくれなかったあいつらが、まさかどうして私を助けようものか!
「確かこの辺りに……お、あったぞ。これだろ、オッサンの骨」
「うわ。ほんとにくたばってる。骨になっても陰気臭いな」
「さっさと金を漁ってここを出よう。こいつの暗さが辺りに染み付いてる」
「違いねえ」
ああ、変わりのない奴らである。私はこんな姿になったというのに、どうしてこいつらはこんなにも笑っていられるのだろうか。私はもう笑えないのだ。鳴らすことはできるが。ほら、このように。
「……今、こいつ、動かなかったか?」
「き、気のせいだろう。おかしなことを……うわ、うわ!」
ふふ。なかなか良い顔をするじゃあないか。私としては満足だ。盗るものを盗ったのならさっさと行くがいい。私は再び眠りに……いや。どうした。どうしてこいつらは大鎚やら大剣やらを握っているのか。やめてくれ。砕かれたらさすがの私もどうにかなってしまうだろう。私はまだ考え続けていたいのだ。もう少し。もう少しで脳内、いやもう脳はないのだがそれはいい。頭の中。頭ももう――ああもう、頭蓋骨の洞の中で書き上げた私による私のための物語が終わるのだ。私の中の主人公の旅はまだ、まだ終わらせるわけには――
「や、やっちまえ! 鑑定士ごとき相手じゃねえ!」
「待て! 確かこのオッサン、鑑定士になる前は、確か――」
野晒しになった頭蓋骨を拾い上げる。その付近には、刀身の錆びた剣。
肉がない分、身体が軽い。臓器もないから息が上がることもない。今の私こそが全盛期と言っても過言ではない。死して評価される者もいる。私だ。それが私なのだ。
「盗っ人共よ。掛かってくるがいい。鑑定士、もとい、骸骨剣士が相手になろう」
……ほんの僅かに込み上がってきた恥ずかしさを柄に込め、私は剣を振り上げた。[了]
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