風鈴
部室の窓辺に吊られた薄紅色の小さなガラスの風鈴。後輩が古市で一目惚れして買ってきたものだという。窓を開ければ涼しさを感じる音が聞こえるのだろうが、あいにく今日は猛暑日だ。わざわざクーラーの冷気を逃がす真似はしたくはない。
「アレですね。先輩はもう少し風情というものを楽しんだほうが良いと思いますよ」
「別に音を聞かなくても見ているだけでそれなりに楽しめるじゃないか」
「そうですかね」
うちわを扇ぎ人工的に風を起こす後輩。風鈴はほんの僅かに揺らぐものの音は鳴らず。彼女は何度か試していたが、やがて飽きが来たらしく、部屋の隅に置かれた鉄琴を叩き始めた。ここはいったい何部だったろうかとふと思う。少なくとも吹奏楽とはなんの縁もゆかりもない。
「どうですか? 涼しくなりました?」
「……ああ、うん。ありがとう」
「……クーラー、壊しちゃおうかなぁ」
微笑みながら物騒な発想を口にする後輩である。本心ではないと思いたいが、さすがにそれだけはやめていただきたい。故障と言葉にするだけで近いうちに壊れてしまうような感覚に陥る。大丈夫……のはずだ。暑くなる前に掃除はした。やや古い型だが冷却の性能は衰えていない。
「ザル……ある……小豆……ない……」
波の音でも再現しようとしたのだろうか。少し前に宇治金時のかき氷を作った。その時に小豆は全て使ってしまったはずだ。あれはなかなかにおいしかった。後輩の家では緑茶を作っており、国内外で人気があると知ってはいたが、あそこまで風味が良いものだとは。
「何か冷たいものでも食べに行こうか」
「それじゃあ、うちに来ませんか。ちょうど先日、新作のアイスができたんですよ」
「……それは誰が考案したんだ?」
「私です」
「……アレだな。もう少し風情というものを楽しんだほうが良いかもな。窓を開けよう。夏空を見上げながら風鈴の音を」
「今回はおいしくできたと思うんですよ。知ってます? ミートソースとプリンって意外と合うんですよ」
唐突に、異音が聞こえ始めるエアコン。やがて生暖かい風が室内を循環し始め、蒸し暑さがだんだんと増していった。温度を下げようと何度もボタンを連打しても変わることはなく。汗が一筋、額から滑る。
「ほら、いくらあがこうと無駄ですよ。行きましょう」
開放された地獄への扉から吹き込んでくる熱風。
軽やかに鳴る鈴の音が、ただただ、無慈悲に響いた。[了]
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