HP0
いざ振るえ、鉄槌を。こいつにかかれば南京錠などあってないようなものだ、と床に落ちた金槌に手を伸ばそうとすると、破壊を企んでいた屋上への扉はすでに開かれており、その先にはセーラー服とスカートを着用した少女が壁にもたれ佇んでいた。
「おや、いいのかい。卒業式の最中だろう」
細長いチョコレート菓子を咥えて微笑む少女。彼女はこの場所への不法侵入仲間である。特にこれといった出会いのタイミングがあったわけではなく、いつの間にか知り合っていた。どちらが先に話し掛けたのか、話題は何だったのか、今となっては思い出せない。
「そっちこそ。卒業生代表だと聞いたけど」
「我らが副会長は優秀でね」
「彼が駆け回っていたのはそういうことか」
「最後くらい迷惑を掛けてもいいでしょ」
「いつもだろ」
違いない、と菓子を噛み砕く少女。風の噂によれば彼女は卒業後に海外の大学へと進むらしい。いつになるかは分からないが、彼女の名前を再び聞くこともあるだろう。凡俗な道を歩むことすらできなかった私とは雲と泥以上の差がある。
「実はね。賭けをしていたんだ」
「賭け?」
「そ。君が来なかったらここから飛び降りよう、ってね」
以前に何度かこの場所は不用心だと話したことがある。施錠が南京錠であること。
そして、少し跨げば屋上の縁に立ててしまうこと。
「危ないよ」
「危機感がないなあ。いいのかい? 瞬きしたらいなくなってるかも」
「そりゃあ、こっちの台詞だろ」
「確かに。むしろウェルカムって感じなのかな、君にとっては。いや、というかそうであってほしいものなんだけども」
こちらを向いた彼女がしなやかな腕と細く長い手を伸ばしてくる。
……ああ、これでは立場が逆だ。今にも落ちそうな彼女の手を取り助かりたいと思っているのは私だ。
しかし私は――私は彼女に触れない。
私は悪霊だ。いつからこの学校に存在しているのか、自分がどういった存在であるのかそれすらもおぼろげではあるが、分かっている。私が彼女に触れると狂れてしまう。分かっている。分かっている。私はこれからも永遠にこの場所に取り残され続けるのだ。だから私は、ぎこちなく笑うことしかできなかった。
「……どうやら振られてしまったようだね。ちょうどいい。卒業式だ。瞼が腫れていても変じゃない。見せつけてやろうじゃないか、泣き顔ってやつをさ!」
「ごめん」
「それじゃあ、行くよ」
「卒業おめでとう」
「あーりーがーとーうっ!」
叫びながら扉を叩きつけて少女は去った。これが最適解だ。分かりたくはないが、分かっている。私は幸せにはなれない。
この場所は不用心だ。少し跨げば屋上の縁に立つことができる。
そこに腰掛け、舞う桜の花びらを眺める。
ああ、天気が良く心地が良いな、と。
ただただぼんやりと、そう思っただけの話である。[了]
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