ホーンテッド・スイーツ
とある農村の外れに建つ荒れ果てた館にはいつ頃からか亡霊が住みついており、時折姿を見せては不用意に近づく者を脅かしているという。
人々は悪政を敷いた前領主のものとだと口々に噂し、好き好んで館に近づこうとする者は変わり者以外にはいなくなっていった。
「いやはや、どうにも人手が足りないもので助かります。死者の手なら売るほどあるのですが」
私が訪れた時、館には若い女主人が住んでいた。話を聞けば彼女はまごうことなき人間であり、
決して褒められたことではないが、私自身も日銭を稼ぎあてもなく放浪する身、健全とは言えないのはお互い様だった。
「あ、その目玉はこちらの瓶へ。すみません、手伝っていただいて。……あら、良い時間ですね。お菓子の時間にでもしませんか?」
どうにも彼女は胡散臭い。死霊術師といえば主に死体を取り扱う職業であり、中には自らの私利私欲のためだけに死体を取り扱っている者もいると聞く。
私の疑いの視線に気づいたのか館の主は困ったような笑みを浮かべ、
「大丈夫ですよ。あなたが想像しているようなものは入っていません」
と建物の中へ入っていった。
甘い匂いと共に運ばれてきたものは砂糖と牛乳がふんだんに使われた焼き菓子だった。
見た目は不均等であり、ともすればその辺りに転がっている石ころのようにも見えたが、一口つまんで食べてみると思わず次へ次へと手を伸ばしたくなるような不思議な中毒性があった。
……中毒性。そう、おそらく毒が入っていたのだろう。息をすることが苦しくなり、身動きは思うように取れず、私は地面へ倒れるように寝転んだ。
「ごめんなさいね。わたくしを倒しに来たのでしょう? 実は、あなたが最初ではないの……」
彼女には懸賞金が掛けられており、生死問わず連れて帰れば決して少なくない額の報奨金が出るという。
実を言えばそのことは私も知っていた。戦禍の中で消えた複数の死体。浮かんできたのは一人の高名な魔術師。
しかし私は――私は病に侵されていて、ただただ死に場所を求めてたどり着いたのだ。金などどうでも良かった。はなから彼女を捕まえることなど考えてはいなかった。死後であっても誰かの役に立てるのならば、それが私の本望だ。
「……なるほど。お気の毒に。あなたの身体は必ずや誰かの助けとなりましょう。何か言い遺すことはありますか?」
「焼き菓子、とても美味しかったよ。ありがとう」
そして、私は命を落とした。
と同時に、彼女の手により即座に生き返らされた。
「おはようございます」
「…………どうして」
「気が変わりました。あなた、わたくしの使用人になりませんか」
この館は修繕作業が一向に進んでおらず、重量物や危険な箇所がそこかしこに残っているという。人手が足りず、かといって雇うことも難しく、その上ここ最近は平和が続いて新鮮な死体が手に入らず死者を操ることも叶わず困っていたと彼女は語った。
「それに――お菓子は誰かと食べたほうがより美味しく感じられると知ってしまったのです。その責任、取ってくださいね?」[了]
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