アイスクリーム

 断続的にピアノの音が鳴る。どの音だったか思い出せない。三日間だけ音楽教室に通って辞めたから。あのとき以来、音楽自体が嫌いになった。多分。それすらあやふやだ。私は音楽があまり好きではない。


 ああ、この曲は知っている。ラーメン屋のテーマだ。タイトルは知らないしどうしてこれがラーメンに結びつくのかも分からない。そもそもラーメン屋だったろうか。そば屋やうどん屋だったかもしれない。アイスクリームだったら良いのに。そう、私はアイスクリームが好きだ。熱いものが苦手だから。今夜は冷奴にしよう。豆腐は良い。白いからね。


 きらきら星。これくらいはさすがの私でも分かる。確証はないが恐らくいける。自信あり。確認する術はない。いや、聞きに行けば良いのだが、見知らぬ誰かが弾いているに違いないのだ。放課後の音楽室には大抵、いたずら好きが集っているから。私も一度椅子に座って奏者を気取ってみたが、鍵盤を叩く前に教師に叱られて何もできなかった。


 次は――全く分からない。聴いたことくらいはあるかもしれないしないかもしれない。あるようなないような、頭のどこか隅に引っ掛かっている気がしないでもないような気がするかもという辺り、一度くらいは耳にしたことはあるのかもしれない。というか何だ、急に複雑な曲を出してきたな。今までのは俗に言う序曲というやつだったのか。序曲という言葉の用途が合っているのかは知らない。私は音楽の知識がないから。序曲の次に何が来るのか何かが来るものなのかすら定かではない。


 音が消えた。弾いていた生徒が帰ったのだろう。私もそろそろ帰ろうか。もう少し。もう少しだけ待ってから帰ろう。ピアノを弾いていた人と鉢合わせしたくはない。いや別にどうせ面識はないのだから構うことはないのだが、向こうが少し照れくさいに違いない。ラーメン屋のテーマやきらきら星を弾いていたことを知られたら、私だったら顔を真っ赤にして逃げる。弾けないが。例えばの話だ。



「何やってんすか? 遅いじゃないすか」

「いや……少しラーメンや星について考えていたら思考がこう、ぐるぐるとな。すまない」

「…………もしかして、聴こえてました?」


 気のせいか、後輩の頬が紅潮しているように見える。熱でもあるのかもしれない。アイスクリーム。そう、アイスクリームを食べれば治る。あれは万病に効くから。多分。だからアイスクリームは好きだ。かき氷のほうが実は好きだ。けれど今はアイスクリーム。あの丸い月を見ていると団子でもいいかもしれない。団子とアイスクリームは実は抜群に素晴らしく合うのだ。かき氷にも。しかし。だがしかし今の私の気分はそう、ア イ ス ク リ ー ム !


「ああもう……別にいいか。あ、先輩。いい感じの月ですね。ちょうど曲に合うような光じゃないすか」

「曲とは?」

「知らないんすか? あのですね、最後の曲は――」[了]

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