祝福
才能には神の祝福が付き物だ。軽々と岩をも砕く腕力を生まれつき備えていたり、どれだけ大技を放とうとも枯れぬほどに膨大な魔力を有していたり、視界を封じられ音も聞こえぬ状態でありながら全ての攻撃を回避したり。遥か遠くの訪れたことのない場所を見渡す眼力を持っているものもいると聞く。
私はそのどれにも当てはまらなかった。勇者に選ばれた、とはいっても所詮はちっぽけな村で若かったからというだけであり、人とは違う何かが優れていたとかこれだけは誇ることができるとか、そういったことは何一つなかった。
それどころか私は不幸であった。物心がついた頃には家族はおらず独り身であったし、頼れる仲間や師匠と呼べる存在もいなかった。
……まあ、これは人嫌いでもある私の性分によるものも大きいが。
とにかく、私は運の神に見放されている。これだけは間違いようのない事実である。運も実力の内というが、運というものは鍛えられるのだろうか。いつだったか、雇った回復術士に尋ねてみたことがある。
「無理です」
の一言だった。それもそうだ。力を鍛えるのなら重量物を持ち上げ下げすれば良いが運を鍛えるには何をすれば良いのか。祈りか。祈れば良いのか。と思い立ち、神像に跪いていると回復術士に鼻で笑われた。それ以来像には近づこうとすら思わない。
「勇者様はどうしてそこまで自分が不幸だと思うんです?」
回復術士との冒険者雇用契約はとうに満了しているのだが、なぜだか彼女はいつまでも付いてくる。もう払う金はないと断ると、あまりにも不憫なあなたを救うことこそ神より仰せつかった使命であるとわけの分からないことを言われた。
「初めての冒険で魔物の群れに挑んだ。決して難しい依頼ではなかった。しかし奴らは攫った子供を盾にした。傷つけることがないよう避けながら戦わねばならなかった。子供が連れ去られているだなんて聞いていなかった。おかげで大怪我を負った」
「でもその子は助かったのでしょう?」
「恐らくは。町に届けた後は気を失ってしまったからその後どうなったかは知らん」
「きっと聖母の如き慈愛に満ち溢れた美しい乙女に育っていることでしょう……」
「背負っている時に傷口を抉るように蹴飛ばされた覚えがある。それはない」
思い出しただけで古傷が痛む。あの子供、魔物に掴まれていたときには泣きべそをかいて震えていたのに、救い出した瞬間に遅いだの弱いだの疲れたから背負えだのと……。
ああ、そうだ。私の冒険譚は序章からケチがついていたのだ。所詮田舎勇者、順風満帆とはいかないのだろう。
「ところで勇者様」
「何だ」
「わたしって結構運が良いみたいです。ずっと探していた人がいまして。少し話が長くなるかもですが、聞いてくれますか」
思わず眉をひそめる。嫌な予感がする。自慢ではないが、悪い方面へのカンは当たるのだ。この回復術士はいったい何を企んでいるのだろう。普段から考えが読めないところがある。どうにかして他の冒険者に引き取ってもらいたいところなのだが、そいつは駄目だと皆が嫌な顔をする。
噂に聞くところによると、この回復術士がいるだけで他の人間の運を吸い取っているとしか思えないような事象が起こるのだそうだ。宝箱を開ければ皆が罠に掛かっている中で一人だけ財宝を手に入れたり、隠密行動していると彼女だけが見つからずに戦闘を回避できたりという風に。疫病神にでも仕えているのだろうか。
どちらにせよ私から吸い取る運はない。賃金もいらず、側に置いておいてもやたらと賑やかなことを除けば困ることはないから今は目をつぶっておこう。話を聞くことくらい、なに、造作もない。私は不幸であるが、決して不公平ではないのだ。[了]
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