魔女
魔女を目指していると常日頃から公言し、念願叶って魔女になれたは良いものの世間の風当たりは決して好意的なものではなく、不憫な子扱いされ半ば引きこもりと化してしまった友人に街中で偶然行き当たった。
彼女は私を視界に捉えた瞬間に踵を返し逃亡を図ったが、普段から騎士としての鍛錬を積んでいる私に適うはずもない。息を切らすこともなく掴まえることができた。
「ひ、ひい! ごめんなさい! 家でおとなしくしているので!」
「逃げることはないだろう」
私と彼女は十年来の仲である。
魔女となる以前、まだ一般の人間として活動していた少女が独自の調合を施した謎の薬品を私に飲ませ生死の狭間をさまよわせたのが初対面時のことであり、それ以来何度か彼女の作るあまりにもお粗末な魔女の道具の被害を受けている。
「なぜ外に出てこないのだ」
「家にいても……別に、魔女にはなれるし」
「そろそろ免許の更新期間だろう。無資格では闇の魔女も同然だ」
「わたしはこの世界を滅ぼす予定なので問題ないのです」
決して視線を合わせようとはせず、何やら物騒なことをぶつくさとつぶやいている。この世界どころか小さな虫すらもろくに倒せないのでは、と喉元まで出かけたがさすがに止めておいた。
「それではこちらが困るのだよ。お前さん、旅に出る気はないか」
「旅……? ああ、なるほどです。そういえばあなたはそろそろ……。やです。行かないたたたた! 痛い! 頬をつままないで!」
「今は魔女が不人気だからな。募集をかけてもほとんど来てくれないのだ」
「ふ、不人気……」
想像できるものとしては恐らくかなり古いものなのだろうが、鍔が極端に広く頭頂部が長く尖った帽子を被って黒い衣装に身を包み、巨大な釜に乾燥した動植物を放り込んで煮込んだものをかき混ぜては奇妙な笑い声を上げるのがいわゆる魔女である。その華々しさからかけ離れた印象は若者が忌避するのには十分だ。実際、魔女の後継者不足はその界隈では社会問題にもなっていると聞く。
しかし私は知っている。彼女の魔法……いや、魔術? どちらでも良い。彼女の魔法は間違いなく強力だ。幼い頃、私を人獣から救うために投げつけた炸裂爆弾……ん? これは魔法なのだろうか。化学? どちらでも良い。彼女の知識が相当なものであるのは疑うべくもなく、共に旅をしてくれれば頼りになるはずだ。
「北の王国。行きたがっていただろう」
「……む。少し惹かれましたが、なんというか、いいように使われそうでやっぱやです」
「頼む。あの場所で生き残るには魔女の知識が必要なのだ。任せてくれ。護衛は引き受けよう」
「あなたの悪い噂を聞いています。どういった内容であろうと警護を受け確実に守ってくれるが、その代わりに法外な金額を請求すると」
「友人に大金など求めるものか。割引する」
「えっ、請求はするんですか……」
魔女は薄い財布を開き、食費やら何やらの計算を行っているようだったが、やがて、今出せるのはこれだけだと謎の液体の入った歪な形の小瓶を差し出してきた。聞けば、食事代わりの栄養源だという。まだ開発途中なので味は決して褒められたものではないが、一本で三日分の栄養を補えるのだとしたり顔で押し付けてきた。
嫌な予感しかしない。過去にも同じようなものを貰ったが、口に含んだ瞬間煙が上がり小爆発が起こったのだ。その時に欠けた奥歯は今もまだ治っていない。
「昔に比べればだいぶおいしく、飲みやすくなったはず。ささ、ぐいっといってくださいな」
「これは爆発しないのだろうな?」
「大丈夫です。わたしも同じものを飲むので」
人差し指で宙に円を描いて蓋を外すように空間を切り取り、その中に手を差し入れ取り出したティーポットから、これまたどこから取り出したのか浮遊するティーカップに小瓶に入っているものと同系色の液体をゆっくりと注ぐ。
そして彼女はカップを掲げ――
「それでは、わたしたちの旅路に乾杯!」
「……ああ、よろしく」
――お互い、薬草の香りが漂う液体を口に運ぶ。
やはり不味い。しかし、懐かしい。
そう、確かあの時も。
「あ! それ、違うやつだ! 爆発します! 逃げて!」
私達の旅はまだ、始まったばかりである。[了]
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